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5 嘘でないこと
しおりを挟む日本では一部の観光地でしか見たことのないオシャレな街灯が照らす道を、これまた洒落た豪華な馬車が行く。
前世の両親なんかはお金を払って経験したがるだろうが、ヤマトは実際にやってみるとそんないいものじゃないと分かった。オシャレな街灯は光量が物足りないし馬車は高性能といえど車より揺れる。
しかし、ヤマトは街灯や馬車に強い不満があるわけではない。では何故そんな不満を脳内でツラツラ並べているのかと言うと、単純に馬車の目的地が憂鬱なだけだ。
(殿下がどうしても断れないパーティーなんて、ややこしいに決まっているわな……)
「そんな顔しないでよ」
「……どんな顔してますか?」
「うーん、負け戦に臨む戦士みたいな顔かな」
ヤマトはパーティーに向けて恥をかかない程度に一応は準備をしてきたが、戦う前から負けているという言葉は的を射ていると思った。
「ヤマトはニコニコしててくれれば大丈夫だよ。そんなに気負わないで」
カイユーは項垂れるヤマトを苦笑しながら宥める。そんなカイユー越しの窓に、馬車の外の景色が流れていくのがヤマトの視界に入った。馬車は着々と今日の対戦相手の住まう銀華公爵家に向かっている。
銀華公爵はカイユーの母の父、つまりカイユーの祖父に当たる。言ってしまえばカイユー派閥の筆頭だ。
カイユーが自分の評判を下げたいけれど無茶苦茶な暴挙に出ずに、女遊びをしたりチャラチャラするぐらいに留めていたのは公爵がいるからだ。
この人がカイユーを完全に見限ってしまえば、自分の支配下におこうとする公爵によってカイユーは行動を制限される。カイユーがやろうとしていることは自派閥の利益にならないことなのだから、護衛や従者も公爵の味方をしてもおかしくない。
だから、カイユーは安易に王位継承権の放棄もできないし、評判を下げたいからといってメチャクチャなことはできない。
そんな公爵が今回のパーティーにヤマトを絶対に連れてこいとのご指名だそうだ。どう考えてもカイユーについた余計な虫を払おうとしているとしか考えられない。余計な虫である自覚はもちろんあるヤマトのテンションが上がらないのは当然だろう。
(でも、カイユーを絶対に王にしたい人なら、主人公を陥れようとするのかもだしな……)
公爵はゲームで出てくる 弟王子を罠にかけるモブ貴族の候補ではある。現状の貴族社会からしたら、突然現れたお邪魔モブはヤマトの方であるのだが。
そうこうしている間に歴史の教科書で見た迎賓館のような建物の前に馬車が停まった。
「お手をどうぞ」
馬車から先に降りたカイユーがヤマトへと手を差し出す。品がありつつもわざと大仰にしたような仕草は、ヤマトをリラックスさせるためなのだろう。
(わぁ王子様みたい……。って王子様なのか)
夢女子なら憧れのシュチュエーションだろうな、とか男同士でもエスコートするもんなんだ、とか余計なことを考えながらヤマトはカイユーの手を取る。そして無理やり覚悟を決めてカイユーの誘導に従い会場に入った。
「まぁ、なんてキレイなの」
「まるで夜空と星の一枚絵のようだわ」
二人が入場すると感嘆の声がそこここで広がる。
ヤマトもカイユーと自分が並んだ姿を鏡を見て芸能人みたいだなと思った。カイユーの十代半ば特有の少年らしさの中に表出し始めた男性的魅力は、横に小柄なヤマトが並び立つとより引き立っている。
暗紫色の髪で年齢の割に背の高いカイユーと、金髪で頭ひとつ小さいヤマトは一揃えの人形細工のようだ。
「ほら、君の美しさに見惚れて利害の薄い人たちはもう君の味方みたいなものでしょ」
カイユーがヤマトの耳元を近付けてコソッと囁く。ヤマトは擽ったさに少しだけ首を竦めながら、小声でもチャラ仕様のカイユーの徹底ぶりに感心する。
「それは流石に言い過ぎです」
たしかにヤマトも用意してもらった衣装とセットのおかげでいつにも増してキラキラしている。けれど容姿だけで味方にできるなんて特殊効果はヤマトにも、カイユーにもないだろう。それに見てくれで味方になった人間なんてすぐに手のひらを返すに違いない。
そんなヤマトの胡乱な眼差しに、ニコッとして見せるカイユーは完全に溺愛恋人の演技モードだ。
もう全てを任せてしまおうとヤマトは強張っていた体の力を抜く。そもそもヤマトはカイユーから笑っているだけでいいと言われているのだ。
カイユー陣営筆頭が主催のパーティーなので、同陣営は爵位持ちが来ていてそれ以外は代理が来ているところが多い。大して親しくはないがヤマトの家と同派閥らしい学生が単体でいるのがチラホラ見える。彼らは親の代理できたのだろう。
カイユーのエスコートに従って会場の奥に進むと、カイユー陣営の重役が増えていっているようだ。好意的な雰囲気が薄くなり探るような目線が増える。針の筵のような気分だ。王子は奥に別席が設けられていて、ヤマトはやっと辿り着いたその席にカイユーと共に座る。
(学内ではこんなあからさまな目線は向けられなかった……居心地悪いな)
幸いヤマトたちが着席してすぐに主役が入場して挨拶と乾杯でパーティーが始まった。身分が高いもの順に主役に挨拶に行くのだそうだが、今回は王子が出席しているので逆に主役がこちらに挨拶に来る。
「そちらが噂の恋人か?」
公爵を見て、立っているだけでこんなに威厳がある人もなかなかいないだろうとヤマトは思った。カイユーと同じ黒髪に少し白髪が混じっているのだが、覇気がありすぎて全く老いを感じない。
「お初にお目にかかります。桜花子爵家のヤマトと申します」
カイユーの紹介に促されて挨拶をしたのだが、公爵の目線は冷たい。
「派手な花は毒を持っていると相場は決まっております。殿下が毒の判別もつかないようで祖父として心配ですな」
(嫌味か?すごいな……)
ヤマトは罵られているっぽいことは分かったのだが迂遠すぎて何を言われているのか分からずただ感心してしまった。ヤマトのポケーっとしてる様子が気に食わなかったのか、公爵は一層刺々しい雰囲気が醸し出される。
「ははは、何か誤解されちゃってますね。ヤマトは僕から惚れて口説き落としたんですよ。いじめないでくださいね」
カイユーは公爵のこんな様子に慣れているのか何なのか、余裕の表情で切り返す。
「見た目が綺麗な蝶に浮かれる時期はありますがね。飽きるのが先か、短い寿命が尽きるのが先ですかな」
(これは、オレが蝶に喩えられてるんだよな……。社交とか全然してこなかったんだけど、貴族って公式だとこうやって喋んなきゃいけないのか?)
兄は割とストレートな物言いをするのだが、実は兄も公式の場ではこうしているのだろうかとヤマトは考える。このレベルの婉曲表現が出来ないと会話ができないならヤマトは太刀打ちできない。ゲーム登場のモブ貴族について探ろうだとかそういう思惑はヤマトの中で消滅した。
黙ったままのヤマトの肩に、カイユーがそっと手を添える。これはおそらく傷付いた恋人を勇気付ける仕草の演出だ。
「お祖父様は彼の内面の美点をご存知ないからそう仰るんだ」
「ほう、どんな良さがあるのですかね?」
公爵はカイユーが何を言おうと認めないと決めているような雰囲気だ。ヤマトなら会話をする気がなくなってしまうが、カイユーのこういう場の乗り切る方法の引き出しはヤマトとは段違いだ。
(殿下は口が上手いからな、どんな言葉を用意してるんだろ)
一体どんな美辞麗句が出てくるのだろうとヤマトは成り行きを見守っていたら、次のカイユーの言葉にヤマトは思わず小さく驚きの声を漏らすことになった。
「彼の良いところは、誰かに期待しないところですよ」
「え……?」
その場にいた全員が意表を突かれた。
カイユーは特別変なことを言ったわけではないが、それは聞いていた者たちの予想を裏切る内容だった。
「ヤマトに今日のためにダンスの練習が必要じゃないかって言ったら、自分でプロのダンスレッスンの予約を取り付けていたんですよ?」
声の抑揚や身振りまで考えてやっているのだろうか、聞いている人間は自然とカイユーの話に引き込まれる。
思いもしない切り口からエピソードトークが始まると、遠くでチラチラと場を伺っていたものを含めて全員がカイユーの話を聞く体勢になる。カイユーは自然と場の空気をコントロールしていた。
「普通、恋人である僕にお願いしません?」
恋人に対するちょっとした不満を含めた惚気。先ほどまで威圧感のある公爵に怯みもしなかったカイユーが年相応に拗ねた表情を見せると、大人たちは背伸びした甥っ子を見るような顔になっている。字幕をつけるとしたら「自分もあんな時があったなぁ」と言ったところだろうか。
「ヤマトはね、自分の力で手に入れるものの価値を知っている。謙虚なのもあるけれど根本は自立の意識です。そんな彼だから、そばにいて欲しいと思うんです」
カイユーが笑顔に愛しげな感情を交えて話をまとめると、場の空気は自然と二人の関係を許容しようというムードになっていた。先ほどまでの刺々しい目線は今は若干の諦めを交えた生暖かいものに変わっている。
「あ、衣装は絶対に僕が用意するって譲らなかったんですけどね?」
カイユーが最後に茶目っ気を見せて公爵の方を見ると、周囲の人々からは微笑ましげなクスッとした笑いが漏れる。この空気で嫌味を重ねては公爵が大人気なく映るだろう。公爵は軽くため息をついてからカイユーを見た。
「殿下のお気持ちは分かりました。しかし、愛だけに生きることのできない立場であることは努努お忘れなきよう」
二人の関係は許容するが王位を諦めるようなら引き裂くぞという意味だろう。弟王子がまだ年齢一桁なこともあるのでカイユー陣営にはまだ余裕がある。
カイユー本人の意思を完全に無視するのはリスクも多いのであくまで最終手段。それよりも、同性の恋人の存在は愛人として認めるので、王となったら異性の妻を持ってくれればいいと公爵は思ったのだろう。
「分かってますよ。可愛い恋人のためにもちゃんと役割は果たします」
公爵がこの着地点に話を持っていくことを狙っていたのだろうカイユーは、笑顔で了承の返事をした。
「あ~、肩凝ったー。ヤマトもお疲れ様、ありがとう」
公爵との会話の後は最低限の挨拶やらダンスやらをしてパーティーは退出した。帰路につく馬車の中、カイユーは上着を脱いで肩を回す。まるで面倒な事務仕事が終わった後のサラリーマンの様だ。サラリーマンにしては動きが優雅すぎるけれど。
「いえ、お礼を言われるようなことはしてないです」
ヤマトとしてはこの程度のことは契約時に覚悟していた。それに参加しただけで本当に何もしていない。
「あれで良かったんですか殿下」
「あれでよし。恋にうつつを抜かしつつも、自分の地盤は忘れていないって感じに見えたはずだ。今はそれでいいんだ」
カイユーはヤマトにそう告げながら窓枠に肘をつけて顎を乗せている。珍しく疲れている様子が気怠げで、普段にない色気を感じさせる。
そんなカイユーに、ヤマトは少し口ごもりながら礼を告げた。
「その、ありがとうございます」
「え、何が?」
ヤマトの感謝の言葉を聞いて、カイユーはキョトンと首を傾げた。ヤマトが感謝を告げる理由が分からなかったのだろう。
ヤマトがお礼を言ったのは、カイユーが公爵に告げたヤマトの良いところについてだ。カイユーにとってヤマトは契約上必要な綺麗な容貌を持っていればいいだけの存在だ。だからあの時ヤマトの良いところには、心優しいとか思いやりがあるとか、そういう当たり障りのない言葉が出てくるものだとヤマトは思っていた。
それを実際のヤマトのコミュ障エピソードを、あんな風に言ってくれるとは思わなかった。ヤマトはそれが嬉しかったのだ。
「いえ、なんでもないです」
改めて考えてみるとお礼を言うのも変なことかもしれないと照れ臭くなったヤマトは返事を誤魔化して視線を馬車の窓へと逸らした。
カイユーは不思議そうな顔をしたが、「ふーん」とだけ言ってカイユーもまた肘をついたまま視線を窓の外に向けた。
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