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第五話 好きな人

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「あ、ファルン!」
「おいアイク、よそ見すんなよ危ないぞ」

ファルンを見て嬉しそうに声をかけてきたのはアイク。
そのアイクと今まさに剣の対戦をしていたガイは、慌てたようにアイクに注意する。

「ガイはよそ見しながらでもいなせるような打ち込みしてるんだよ」
「お前なあ、言い方ってもんがあるだろ」

今は同世代の子供達で集まって剣の鍛錬をしている。
アイクの両親が手が空いている時は指導してくれるが今日はいないようだ。
例の件をきっかけに、アイクは村の同世代との交流が生まれた。謝りに行ったガイ達をアイクはあっさりと許したそうだ。
アイクはかなりの大怪我だったのに、やはり全く頓着した様子がなかったらしい。
当初ガイたちの方が気まずそうだったのだが、今はすっかり友好的だ。アイクが根に持つような性格ではないとわかってきたのだろう。

「遅かったねファルン」
「アイク、ファルンの家は神官なんだ。手伝いのレベルが違うから邪魔すんなって母ちゃん言ってたぞ」
「分かってるよ。俺がファルンと話しているんだから、ガイはあっちで素振りでもしてたら?」
「はいはい、分かりましたよ。俺はお邪魔でしたねー」

ガイはアイクに対して弟のわがままを聞くような態度で他の子供達の元に行った。
ガイは元々が兄気質のところに、大怪我をさせてしまった後ろめたさもあってかアイクをよく気にかけている。
アイクはアイクで、子供たちの中ではガイに一番気を許しているようにファルンは感じている。

(本当に、仲良くなったなこの二人)

前世でのガイはファルンと遊ぶアイクを見て、徐々によそ者への警戒を解いていったのだろう。
今世と違い大事にならなかったことで当初の除け者扱いを謝るような機会がなく、なくなんとなく気まずいまま微妙な距離感になっていたのかもしれない。

「ファルンは今日もアレ・・してきたのか?」
「ああ、まあそうだな」

アレ・・とは、怪しいことではなく治癒魔法のことだ。
治癒魔法は本来、神官しか使えない。
しかしファルンは使えるし、父よりも強力なのだ。
この間、旅人の傷を治したら腕のいい神官がいると評判になって村の外からも人がやってくるようになった。
怪我人には目隠しをさせて、ファルンは父のふりをして治癒をしている。
このことは内密で、父とアイクしか知らないことだ。

「疲れてるのに来てくれて嬉しいよ」
「アイクが見に来ないとやる気出ないっていうから」
「ファルンが見に来てくれるのだけが楽しみなんだよ」

ファルンが子供達やアイクの親を焚き付けてこうして剣を習う場を作ったのだが、アイクのモチベーションは低い。
本当ならアイクとの関わりを減らすべきなのだが、こうして鍛錬するアイクを見に来たのもサボり防止のためだ。

「私が来なくても頑張りなよ」
「えー、だってみんな弱くてつまんないんだよ」

傭兵の血筋か、それとも勇者となるだけあって天性の才能なのだろうか、アイクは段違いに強い。
けれど、アイクより弱いのは確かだが、ガイは負けん気を出してかなり喰らい付いている。それに他の子供達もいるから一対多数なんかもできる。環境的には前世より恵まれているくらいなのにアイクはこの調子だ。

(このままだとアイクは前世よりも弱い状態で勇者として旅立つことになる。もしかしたら、旅の序盤に死んでしまうかもしれない。もしそんなことになったら、私のせいだ。……どうしたらいいんだろう)

アイクと距離をとったことで結果としてアイクが大怪我をした。その反省を踏まえれば、ただいたずらにアイクと距離を取ればいいと言うものでもないのだろう。

「ファルンも一緒に出来たらやる気も出るのにな」
「それは……」

アイクに一緒に剣をやろうと誘われるのは嬉しい。
それでアイクのやる気も出るならそれは万々歳だろう。
しかし、この誘惑に負けてしまえばズルズルと前と同じ状況になる。それでは過去に戻って来た意味がない。

「私は神官を目指しているんだ。剣を使うのは良くないだろう?」
「ちょっと練習するくらい、いいと思うけど。それにファルンはやりたそうに見えるけどな」

ファルンは用意しておいた答えを返したのだが、アイクに図星を指される。
先ほどもアイクと打ち合いをしているガイを見て、ほんの少しモヤモヤした気持ちが湧き上がっていた。
今世では絶対に囚われないと決めたその感情を、ファルンは必死に見ないふりをしている。

「そう見えているんなら私の修行が足りないな」
「アレが使えるんだから、修行は十分だと思うけどさ……。ねえ、ファルンは本当に神官になりたいの?他に将来の夢とかないの?」

(前は私に神官になれって言ったアイクが、こんなことを聞いてくるのはなんだか皮肉だな)

複雑に入り混じったファルンの気持ちと対照的に、アイクの眼差しはまっすぐだ。
前世を思い出していたファルンは、アイクに本当のことを言ってみたくなった。

「夢か……そうだな。私は出来るなら、勇者のそばで、勇者の活躍を見ていたいんだよ」

アイクにこの言葉を伝えることは、ファルンの中ではとても大きなことだった。
アイクのそばで、アイクをずっと見ていたい。
前世で叶わず、今世でも叶える気がない願い。それを口に出したくなったのはやはり未練なのだろうか。

「ふーん、ファルンは勇者物語が大好きなんだね」

勇者物語とは、数十年前の勇者について書かれた本だ。
ファルンの言った勇者というのが自分を指しているとは思いもしないのだろう。アイクは他人事のようにどこかつまらなそうに呟く。

「これは内緒だぞ」
「そうだね。勇者は魔王の出現とセットだもんね。不謹慎で神官様に怒られちゃうか」
「そうだな……」

今から数年後、魔王が現れて自分が勇者の神託を受けるとはアイクは夢にも思わないだろう。
魔王の出現自体はファルンは止めることができない。
だから、アイクが無事に魔王を討伐できるようにファルンは出来ることをやるしかない。

「ファルンは勇者が好きだから、俺に強くなって欲しいの?」
「あーまあ、そう……かな」
「じゃあ、俺が強くなったら俺のこと好きになるんだね!」
「え、いや、そういうわけじゃ」

何と言っていいか分からず生返事で同意を示したら、アイクは予想外の結論を出した。
ニコッと爽やかに笑うアイクにファルンは慌てる。伝える気は全くないが、そもそも既にファルンはアイクが好きだ。

「アイク、好きってそんな簡単なことじゃないんだよ」

アイクの言うような、強くなったら好き、なんて簡単な話ではない。
気づけば好きになっていて、なぜかなんて理由も分からないのだ。
もし理由が分かれば、魔王に付け込まれる前に、この恋も諦められたかもしれないのに。
アイクはまだ幼いから、そう言ったままならない感情は分からないのだろう。

「ファルン、好きな人がいるの?」

ファルンが真剣に伝えると、アイクの顔からは先ほどまでの笑顔が消えていた。
ほんの少し眉を顰めたその表情は何かを探っている様にファルンは感じた。

(これ以上突っ込まれて、相手は誰なのかって話になったら面倒だな)

「さあ?これも内緒だよ。アイクが魔王を倒したら教えてあげる」

誤魔化すために取ってつけたその言葉は、口に出してみればファルンの本音でもあることに気づいた。
魔王を倒した後の何も心配することのない状態なら、アイクに想いを告げて玉砕するのもいいかもしれない。
しかし、そんなことまでは分からないアイクは誤魔化されたと拗ねた様子だ。

「えー、魔王なんて現れないよ」
「それくらい強くなれってこと」
「ま、ファルンのタイプが勇者ってことが分かったから良しとするよ」

何か落とし所を見つけたらしく、アイクはこの日から訓練に力を入れ始めた。
アイクの中でこの会話がどういうきっかけになったのか気になったが、ファルンは考えないことにした。
深く考えると、してはいけない期待をしてしまいそうな予感がした。


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