赤い果実の滴り

balsamico

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柱の影

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ホコリだまりをつまむとパラパラと塵がこぼれ落ち、濃色の室内履きを白くそめた。振りはらうと白い粉塵となって舞い上がり、吸い込むとむせてしまう。
そのとても細かい白い粉には、土や布の繊維の他に小さな虫の卵や排泄物、死骸が混じるという。


私を掴んできた手は、やけに熱くて湿っていた。
触れられた皮膚には塵がついたようななんともいえない気持ち悪さが残った。じとりとした手の湿り気で塵の卵が孵化し、その虫たちがちくちくと皮膚を這うような。

 
吸いこみ、取り込んでしまったかもしれない白い塵。
手にまとわりついた見えない汚れを石鹸をなすり付けて洗う。感触を消すよう水気を吸わなくなった布で何度も何度も拭っていると手の甲は赤くなっていた。





いつからだろう。視線を感じるようになったのは。
熱くて粘つく視線が時折向けられてきた。


王宮の懇親の場に呼び出される事が増えた。カイルの後ろ盾になるため、王宮内のささやかな自分の地位を維持するために、無理をして社交の場に出て顔つなぎをしていたからだ。


多数の人が集まる大広間。途切れることなく続く人のさざめき。生温い人いきれに、食べものや装飾の花などの雑多な臭いが混じり、酔いそうになる。


社交の場にはテオの関係者は少ない。彼らはこのような場を好まない。普段から交流がある彼らを全く見つけられず少しがっかりする。


特定の付き合いを持たない私に声をかけてくるのは、最近私たちと父との交流が復活したことを知った目ざとい宮廷人や、利に敏感な商売人だ。


彼らとたわいのない会話を交わし、その場を離れる。
押しつけてくる笑顔の裏で何を考えているか分からない。私が放った一言で取り返しのつかないことが起きてしまうかもしれない。社交に慣れない私は回数を重ねても緊張を強いられていた。


歓談から離れ一人になるとにぶしつけな関心や強い視線が私に向けられる。


私など捨て置けばいいのに。
その辺の人と何も変わらないのに。渡された飲み物を一口飲み、倦んだ考えを切り替えた。


私はもう自信がなくておびえていた、やせっぽちの昔の私ではないのだ。





父に呼び出される。
カイルを中心に広げられる偽りの家族ごっこ。
カイルは父と会うのを楽しみにしていた。優しくしてくれるおじさんと思っているようだ。


カイルには母親がいない分、実家からの援助も補助何も見込めない。後ろ盾となるのは私とテオの一族だけで、他の兄弟のように有力者と直接的な繋がりはない。


父親の情があるうちに少しでも状況が良くなれば。
私の感情でカイルの将来に影響を与えてはいけないと常々思っていた。


父親から呼び出しがあれば、できるだけカイルと一緒に顔をだしていた。
頻繁に出入りするうちに目を付けられてしまっていたのだ。


最初は王宮で歌謡いと舞手を見ている時だった。
いろんな一族が集っていたので、姿を人目に晒したくない私はカイルを前列席において、従者に紛れ柱の陰から見ていた。


歌謡いは歴史に翻弄される恋人たちの出会いから別れを、徐々に上がっていく音に節をつけ、切なげに歌いあげる。
あちこちからすすり泣く声が聞こえる。私も目頭が熱くなり勝手に涙があふれそうになってしまった。


気がつくとすぐ後ろに人の気配があった。髪に息が掛かるようで、ずいぶんと近い。人気の演者で混み合っているのだからと気をとめずにいたら横からぎゅっと手を握られた。


ぎょっとして手を見ると、テオより細くて節ばった男の手。
慌てて手を振りはらい振り返ると、その場から離れ人に紛れる背の高い男の姿があった。
目で姿を追う私と振り返る男の視線が交差した。ねばつくような熱い視線が私の全身にべたりと張り付く。
最近王宮に来るとこの視線を感じることがあった。持ち主はこの男だったのか。


強くにらみつけた私の視線の先には華があるけれど陰を帯び、大人になった上の異母兄の姿があった。
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