赤い果実の滴り

balsamico

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扉の向こう

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皇太子が亡くなった。王が年を取ってからもうけた、ただ一人男子で心の臓が弱く健康面を不安視されていた。
喪が明けると私の父のカナルが後継の座についた。父の兄である王は悲嘆にくれ床につきがちになる。


‪父は後継の君として摂政になり名実ともに権力の中心になる。幼いカイルは王位継承第4位になった。


後継の式の前に私たち夫婦はカイルを連れて王宮に向かった。王宮は子ども時分に訪れて以来だ。父の家族として並んだ端の裏側に母といた。髪をまとめ薄いベールを被る。私たちの目や髪色を見て不吉がる人がいたから。


隠す必要はないとテオに言われ続け自信がついた。長い髪をサイドを編みこみ飾りをつけて垂らす。
シーナに丁寧な化粧を施されて新調してもらった淡い水色のつややかな生地の長衣装に袖を通す。ソナの花に近い色でテオと相談して決めたものだ。

「おきれいですよ」

シーナは仕上がりに満足げだ。嬉しそうに私をにこにこと見ている。
丁度入室してきたテオは私の姿をみると目を細めて「本当にきれいだ」と言った。


近づいてくるといたずらそうな目をして「すぐ脱がしちゃいたいくらい」と耳打ちしてきた。そして首元にちゅっと唇を落としてきた。これではせっかくシーナが仕上げてくれた髪が台無しになってしまう。

「テオ、テオってば」

さらに近づくテオをいさめる私の後ろからガサリと音がする。振り向くと顔を赤らめたシーナがいた。 

「私、失礼しますね」

シーナはそそくさと退出していった。

「テオ、駄目じゃない」
「残念、今、脱がせたかったなぁ」

シーナが退出したことをいいことに後ろから腰に抱きつくテオを引き剥がした。





王宮には顔を合わせたくない人たちがいた。異母姉や異母兄たちだ。
できれば父にも会いたくなかった。
私に関心のない父を前にすると自分が価値のないちっぽけな存在だと思い知らされる。


馬車を見てはしゃぐカイルとは違い王宮に向ける私の足は重い。
ため息をつく私の手をテオがぎゅっと握った。





父に会うのは皇太子の葬儀以来。私は王室関係者ではなく外戚として参列し遠い場所から王や父の姿を眺めていた。
父は私との対面は母の葬儀以来。

「あっちに行きたい」
「今はダメ。お父上に会いに行くのが先なの」

好奇心で方々に飛び出しそうなカイルの手を引きながら案内人の後を二人で歩いた。


式の直前に軽く顔を出し祝いを述べる。式では顔を合わせるのみで個別に話をする機会が無い。父からの要請で子ども全員と対面したいとのこと。
テオは私たちに用意された控え室で待機していた。


カイルは屋敷中で可愛がられているからか物怖じしない子どもに育っていた。天井が高くて奥行きの広い王宮に関心でいっぱいだ。

「カイル様、三の姫様がお見えになりました」

案内人が告げる三の姫、今ではソナと呼ばれている私の父の娘としての呼び名。


入れと父からの言葉がする。
久しぶりに聞く父の低く少し太い声。そういえばこのような声だった。


案内人が扉を開け奥の部屋に通される。
執務室なのか本棚に囲まれたこじんまりとした部屋。父は椅子に座って何か書き物をしていた。

「……お久しぶりです。カイルとソナでございます。この度は後継の式、おめでとうございます」

少し躊躇しながら声を掛けた。
顔を上げた父は以前に見た時よりも少し老けていた。肌は弛み、髪に白いものがぽつぽつぽつ混じり始めていた。時の重みはどの人にも容赦なく降りかかる。


顔を上げた父は私の顔をじっと見ていた。口もとが母の名を形作ったように見えた。

「……ソナか」

「はい。カイルもおります」

父はカイルをチラリと見ると私に視線を戻しまぶしいもののように見る。

「ハギールの家に嫁したんだったな」

ハギールとは大臣を務めていたテオの父の名だ。

「彼の息子はそなたを大事にしているか?」

大事……その言葉に含まれている意味に、私は言葉に言い表せない、ざわざわとした複雑な思いを抱いた。……あなたが、それを私に問うのかと。


テオは私を丁寧に宝物のように大事にしてくれた。今の自分も、不安定だったカイルの生活が安定しているのもテオのおかげだ。ここで父に反発して彼に迷惑を掛けてはいけない。こみ上げる想いを飲み込みテオに思いを寄せながら答えた。

「はい、とても…」
「それはいい。ここを実家と思いまた訪ねて来なさい」
「ありがとうございます。カイルと一緒に参ります」
 
カイルに関心を向けない父に敢えてカイルの名を出した。カイルは自分に関心を持たないおじさんには、とうに興味を失っていたらしく後ろの本棚に関心を向けていた。

「姉上、お船の本があるよー」

背表紙に金箔で押された船の形の紋章が見える。この本のことを言っているらしい。
私は慌ててカイルに静かにするよう指先で制止の仕草を送る。


カイルの甲高い声にやっと関心を持ったのか父はカイルに話しかけた。

「それは船舶の本だ。良かったら持っていきなさい」
「ありがとう! …ございます!」

嬉しそうな表情を見せるカイル。普段の言葉に慌てて敬語を付け加えたようだ。走り回っている彼がじっとしているだけでも上出来なのに、お礼もちゃんと言えている。控え室に戻ったら褒めなくては。


とくに話もなかったので本を抱えたカイルとともに退出をする。

「カイルの世話をしてくれて、ありがとう」

最後に背後から掛けられた予想外の言葉に驚く。その言葉を咀嚼して飲み込むと少しだけ心が軽くなった気がした。





式は多数の参列者を集め厳かに執り行われた。王室の祭事にだけ現れる見慣れない神官。その神官から渡される継承者の杖。
父は神官から杖を受け取ると頭上に掲げた。神官は祈りの文言を唱え、父に黄色の穀物のチブルの粒を振りまく。黄色の穀物は豊穣を表す。神からの付与の図式をなぞることで祝福を表すらしい。


参列者達から歓声や拍手が沸き起こりや手が振られた。

「カナル様がこちらを見ているよ」

父の目線に気がついたテオも一緒に手を振っていた。王室関係者で占められた席の隅っこに私たちはいた。


台座から流れてくる視線。式の合間、父の目は私を探しているように見えた。


父との対面後、カイルの服や費用などが定期的に送り届けられるようになった。
合わせて私にも時折、母が好みそうな菓子や果物などに添えて王宮に遊びに来るよう誘いの手紙がとどく。私は菓子のお礼と欠席の非礼を詫びた手紙を送り返した。


やせっぽちで髪をつめていた青白い娘が、母に似た若い女になっていたことに驚いたのだろう。急に過剰に向けられる関心に私は戸惑っていた。
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