赤い果実の滴り

balsamico

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抱擁

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テオの紹介のおかげなのか、この屋敷に来てからやたらに声を掛けられるようになった。みな私に開けっぴろげな好意と関心をむけてくる。

庭にいれば老齢の庭師ノヨルが、あいさつがてらにソナの花の話を振ってくる。

父の屋敷にはささやかだったけれど私だけの庭があった。そのため多少の園芸の知識は持ち合わせていたものの、常々解決しない疑問をいくつか抱えていた。


ササラ花の問題はその一つだ。
庭に植えるとどうしても葉が黄色に変色し花がよれてしまう。その点を庭師にたずねると

「それは、土壌が合わなかったんですよ。ササラの花は白い岩山に咲きますんで。白い岩を砕いた粉を土に混ぜ込むときれいに咲くんです。今度その粉をお持ちしましょう」


解決法が見つかって嬉しくなる。
庭師に粉をもらう前にテオに庭を使わせてもらえるようお願いしなくては。


ミンという下働きの少女が廊下を掃除をしている場面に出くわした。
そのミンの前掛けに目が止まった。
凝った可愛らしい意匠がさりげなく縫いとりされている。他の人の前掛けでは見たことがない。彼女だけの独自のものだ。


余りにも素敵だったので誰が縫いとりを施したのか聞いてみたら自分でやったという。
とても素敵な紋様で、私も似たような紋様を作ってみたいと思った。


私も出来るようになりたいとミンに教えてくれないかと頼んだところ

「私が奥さまに教えるなんて、おおそれおおい。どうしても必要でしたら、私の師匠を紹介します」

「どうしても」と言ってミンに紹介してもらったのがミンの母親だった。

シーナと一緒にミンの母親を招いて縫いとりを習い始めた。ミンの母親は明るく何でも笑い飛ばす人で、楽しい会話で布を持つ手が震えてしまうこともあった。


噂を聞きつけて、他にも参加希望が寄せられた。家令と相談をして彼女らの仕事が余裕がある時間帯に週二回教えてもらうことにした。
時間内なら誰でも参加してもよいことにしたこの教室からは常に笑い声があふれていた。


屋敷のみんなが私に気軽に声を掛けてくれるので、私も気軽に声を掛けられるようになった。ここでの暮らしはとても居心地がよくて過ごしやすかった。


***


夜、テオの部屋を訪ねた。
テオは昼間は不在の事が多く、家令からは確実に捕まえるのなら夜といわれていた。


庭師の約束の前に、庭を貸してもらえるようお願いしなくてはいけない。


部屋をノックすると、長椅子にもたれていたくたびれた感じのテオがいた。
普段から自信や生命力に満ち溢れている印象なのに今日はそれらが消えている。


テオは兵の訓練場の副教官をしていると聞いた。ごつごつした手指のまめは職務の過酷さを表しているように思えた。
今日はきっと過酷な訓練でもあったのだろう。今にも寝てしまいそうだ。


話をしてもよいのか躊躇していると、

「何か、用事があるんだろう?」

逆に聞かれてしまった。

「庭を造りたいので、場所を貸してもらえたら」
「わかった。リームに伝えとく。どこでも好きな場所を使っていいから」

ありがとう、と言って部屋から去ろうとするとテオに声を掛けられた。

「あ、そこの水差しの水を一杯もらえるかな」

テオが指指した辺りに棚があり、そこには見たことのない動物の意匠で形づくられた水差しが置かれていた。動物の口から水が出るようになっている。
カップに水を注いでテオに持っていった。

「ありがとう。この水差し面白いだろ。バザールで買ったんだ。西の国の伝説の動物らしい」

そういえば、初めてテオと出会ったのはバザールだった。こういった物を探すのが好きなのかもしれない。
テオと一緒にバザールに行ってみたい。
いろんな話が聞けてきっと楽しそうだ。

「バザール? いいよ。今度隊商が来たら一緒に行こう」

テオを誘ってみたら、やけに嬉しそうにしている。彼はバザールが好きなのかもしれない。


水をすぐ飲み干してしまったので、水をつぎ足して渡した。渡す時に強い汗の臭いがした。よく見ると顔も手足も土ぼこりで汚れている。このくたばりようでは入浴は難しそうだ。


棚の上にある布と精油を使っていいか聞いた。テオは頷きながらもけげんそうにしている。
部屋にあった桶に布を置き、水差しの水で濡らす。棚の上にあったグリンゴ草の精油の小瓶から一滴たらし、硬く絞ってテオのそばに戻った。

「顔が汚れているので、拭きますね」

額から目のまわりを避けながら顎までをそっと拭っていく。テオは布の冷たさに一瞬身をすくませながらも気持ちよさげにしていた。

「さっぱりする」
「グリンゴ草の精油を入れましたから。もし良かったら上半身も拭きますよ」
「ありがとう、頼む」

テオの上半身を起き上がらせて、服を脱がせた。汗の臭いがむうっと立ち上ってくる。

現れたのは筋骨隆々の肉体。ところどころ紫色や黄色に変色したアザが見える。
職務の過酷さが垣間見えた気がした。


首から肩へ。肩から腕へ。
筋肉に沿ってゆっくりと拭いていく。
身体の前面を拭くときは上からの強い視線を感じた。最後にしゃがみ込み両足を拭いた。

「終わりました。これで、ベッドでゆっくり眠れま……」

立ち上った瞬間、テオに抱きしめられる。
拭いたばかりのすがすがしいグリンゴ草の匂いに包まれた。

「……テ、テオ」

身動きできず戸惑う私の声は、潰れたマーモットのようだ。

「しばらく、このままでいさせて……」

テオはぎゅうっと密着してくる。
テオの筋肉に包まれている箇所が熱を帯び始めた。テオの下半身も、もぞもぞと動き形を取りはじめた。


やばい、そう言ってテオは身を剥がした。
テオの息が荒い。
そして、私の動悸も止まらない。

「これ以上してたら、約束を破ってしまいそうだ……」

テオはそう言って、籠に積まれた新しい服を頭からかぶった。

「でも最後だけ、口付けだけさせて」

テオが哀願してくるので頷いた。下半身が触れないよう腰を引いた状態で唇を塞がれた。

顔が離れていく時の強いテオの目。
視線に射すくめられ身体中に絡みつかれたような気がした。


手が離れると、おやすみの挨拶をして逃げるよう部屋を後にした。

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