赤い果実の滴り

balsamico

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新生活

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私は屋敷で耳を澄ます。聞いていいこと、入っては行けないところ、触れては行けないところを判断する。


お付きの人に手伝ってもらいながら、自分の領域と呼べる部屋とその部屋の前のテラスを確認する。


ここでは、全てが手探りだ。誰かに目を付けられてしまったら、また、実家の二の舞いになってしまう。慎重にならざる得ない。



テオと後日、親しくなった時に聞いてみたことがあった。
一番聞きたかったこと。なぜ私を選んだのか。裕福で有力な親族をもつ姉達がいたのに。そんな疑問にテオは答える。

「バザールで君に縁を感じたから、君との縁を逃したくなかったから」

昔、彼は私の母がこの国に来るところを目撃していたらしい。
母は西の国の外交使節にいた外交官の娘だった。途中の国にある全寮制の学校に入学するために、物見遊山も兼ね、大使である父の手伝いとして随行していた。


外交使節の人たちも薄い髪色をしていた。しかし母ほど見事な銀の髪と灰色のブルーの瞳で虹色の虹彩を持つ人はいなかった。
彼は幼心ながらにこんな妖精のような人がいるんだとびっくりしたらしい。


都の宮殿で使節への歓迎会があった。
そこで母に目を止めたのが父だった。
父は祖父である先王にとても可愛がられていた。溺愛され、大抵のものが父の思うままになっていたらしい。異国の外交官の娘もその対象になってしまった。


一国の王子に失礼の無いよう遠回しに拒否をして逃げる母や祖父。
それもこの国では父の前では無力だった。
祖父はこの地に娘を連れてきてしまったことを後悔しただろう。


この国は母の国からはとても遠い。踏破する情熱がある一度目ならともかく、再来するには情熱が得にくい果ての地だった。
文明も文化も母の国より遅れていて、女性の自由がない未開の地。


そんな地に娘を置いていけないと正式なルートを通じた求愛も祖父は固辞をした。それは当然のことだ。


父は力を、権力を行使した。
母の寝所に忍び込み母を拉致した。
父の悪い実力の発揮だ。


母を父親である王の後宮の実母の部屋に預け、男性、特に母の父達と接触ができないようにした。


父は実母に会うと言う名目で母のもとを訪れた。回数を重ねるごとにうちに、母は私を身籠もってしまった。
私さえいなければ母は国に帰れたかもしれないのに。


外交問題にしたくなかった祖父は娘を置いて泣く泣く国に帰ることになった。


知らない国で頼るものもいない一人ぼっちになった母。
そんな母に父は優しかったそうだ。友達もいなく家族もいない、言葉もあまり通じない。そのような環境に彼女を閉じ込めたのだ。
自身の欲望のために。


父と母は共通語で会話ができていたけれど、この国で共通語を話せるものは少なく母は苦労していた。
母は私のために頑張ってこの国に馴染もうとしていた。


そんな状況に私は生まれた。
父にはすでに子どもがおり私は3番目の娘だった。母に似て髪の色は薄く瞳の虹彩は赤ん坊の時からキラキラと輝いていたそうだ。


美しかった母ほど綺麗ではなかったが、母に目や髪色が似ていた。父からは強固な意志と乱暴さと眉を受け継いでいた。


父は母には執着していたけれど、娘の私には関心がなかった。
母の子どもだから関心を持つ程度で、私の婚姻の許可には関係しても準備に父は一切関わっていないと思う。


この国で一人ぼっちだった母。
私もこの屋敷では一人ぼっちだ。
だけど私はこの国の言葉も慣習も理解している。


部屋に仕上がった洗濯物を持ってきた使用人がいた。紹介された際に名前はジーナに似たシーナという名前だったので覚えていた。

「シーナ、ありがとう」

シーナはにこりと微笑んで出て行った。私は母とは違う。
テオが部屋にやってきた。

「よかったら、一緒にバザールに君の服用の布を買いに、行こう」

テオがまめだらけの硬い手を差し出してくる。よく知らないけれど、優しそうな夫。


過ごしやすい居場所は自分で作る。
私はそう決意して、差し出された手を取った。

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