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プロの仕事

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「……今…なんて言った?…」
 
「聞こえたろ……」

「聞こえたけど……」


レンタカーって聞こえたけど意味がわからない。

「だから、2度と蓮とは2人きりにしないって掴み掛かってきて……止めても聞かなかった…」
「………今…俺と黒江さんは2人きりだけど…」
「その時は医者とか救急隊が…いたからな」

「何それ……」

ハァ~ッと体に入れた力が抜けた。
突然重く感じた体に足が付いて来なくなりクタクタと座り込んでしまった。

やれやれと、持ち上げられて再び重い布団に押し込められた後、事の顛末を聞いた。

黒江の判断は早かった。
遭難と言うより迷子なのだが忍び寄る闇の中で薮の中に消えた背中を一人で追う暇は無いと、消防に連絡を取った。
集まってきたのは揃いの服を着たレスキューでは無く、思い思いの上着を着た町立の消防団と自転車に乗った警察官だったが欲しかった人手には違いない。

「ヘリを呼んだ方がいいって言われた時は驚いたけどな、基地が遠いから最低でも100万くらい掛かるって金の説明を先にするんだぞ」
「お金…いるんだ」
「山で遭難すると1000万ってよく聞くけどな」
「それでもヘリを頼もうとしたんだ」
「当たり前だ、金なんかより大事なものがあるだろ」

迷子の向かった先は森と言うより深度の浅い雑木林だったが降り続く小雨が厄介だった。
濡れた状態ではあっと言う間に体温を奪われ簡単に死に至る。悩む選択肢なんか1ミリも無い状況でヘリの要請を出した時だった。

ドロドロに薄汚れた薄いシャツ1枚のクリスがこっちだと駆け込んで来た。
手は血だらけでボサボサになった髪には枯れ葉、濡れたシャツは透けて肌色に見えるという有様なのに消防隊員が手に持っていた懐中電灯をむしり取るように奪い、引き返そうとした。

「止めたの?」
「当たり前だろ、クリスの説明を聞いた消防隊員は蓮が落ちた斜面を知っていたんだ」
「すぐに見つけた?」
「ああ……」
「俺……呑気に寝てただろ」
「言っておくが後30分遅かったらお前は死んでたぞ、笑い事じゃない」

「……ごめん…」

救助の間、クリスがどこで何をしていたか、そこにいたのかどうかはわからないと黒江は笑った。
低目のテノールが少し枯れているのは歌うより派手に声を出したからなのだろう。

「町の消防隊員の1人がな、RENを知っていたんだ、エデンの時計をしていた」
「へえ……」
「お前だってバレてるぞ、一応口止めはしといたがな、法的効力は無いからもしかしたら拡散するかもな」
「蓮、道端で遭難…って?そんなの誰も話題になんかしないよ」
「馬鹿言え、次にこんな事があればスポーツ紙の一面になるぞ………そのうちにそうなってみせる」
「じゃあさ、次のアルバムにあの時歌ってた曲入れようよ、バラード調にしてさ」

「……そうしよう」

もう一度、噛み締めるように「そうしよう」と呟いた黒江がそっと抱きついて来た。
この大きな胸に、力強い腕にずっと守られて来た。今も、きっとこれからもずっと甘えていくのだろう。
「ありがとう」と「これからも宜しく」を言おうとしたのに。

飛び込んで来た罵声に遮られた。

それは勿論クリスなのだが、驚く事に着替えもせず上着も無く、汚れたシャツ1枚で「ぶっ殺す」と喚き立てるものだから笑えるやら呆れるやら溢れる変態パワーに驚かされた。
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