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ずけずけ

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打ち合わせは今度と言い残し、黒江は帰ってしまった。(逃げたとも言える)
執行部とどんな密談をしたのかは聞けずじまいだが、文句や言い訳を並べる前に巻き込まれた現実の厳しさを突き付けられた。

サブステージを担当するメンバーははクリスと真城と間違いなく役立たずのポンコツだけだった。

しかも、クリスは学祭全体に関わっているのだから忙しい筈だ。つまり……アドバイスや管理をするだけで実質は真城と2人らしい。
人手のいる時はその都度友達を集めたり手伝いを募集したりしろって言われても、それはこの世で1番苦手な仕事では無いか。
ライブが出来ないなんて吹っ飛んでしまった。

「手伝いの募集って……どうやるのかな?」
「そんなもんはさ、その辺にいる奴に手伝ってくれる人!って呼び掛ければ誰か来るだろ」
「でも南西の広場ってデッキチェアとかパラソルのついたガーデンテーブルとかが置いてある所だろ?会場の設営は学祭の3日前からって書いてあるって事はみんな忙しいんじゃないの?」
「ライブに出る奴は全員強制って事で招集を掛けりゃいいし、そいつらと俺達の友達呼べば何とかなるだろ」
「そう……かな」

お前は何人くらい呼べるか……と聞かれたらどうしようとドキドキした。
しかし、真城は何も言わずにもう打診してあるらしい出演メンバーの一覧を出して、演奏の順番や持ち込み機材の確認をどうやって取るかなどに議題を移した。

「ステージはどうするの?作るの?」
「どうすればいいかはまだわからないけど、少しだけでも段差は欲しいよな、約1000m2って事は詰めれば500~700人は入るしな、予算の大半はステージに注ぎ込む事になると思う」
「ライトは?借りたり出来るのかな?」
「ライト?」
 
メモから手を上げ、立肘に顎を乗せた真城が「お前な……」と言い掛けて唸った。
変な事を聞いたのか分からなくてクリスの顔を見ると何も言わずにただ笑う。

「ごめん、俺わからなくて」
「俺もわかんないけどさ、ライブは朝の11時から始めて……そうか…どうせ遅れたり時間オーバーになったりステージチェンジに手間取ったりするかもな、なんだかんだ言っても蓮達の番くらいになると薄暗くなってる可能性はある、ライトは欲しい?」
「え?俺は出ない方向でいいし……もし無理なら見えないくらい暗くてもいいかな」
「わかった、ステージに掛かる予算次第だけどライトのレンタルは考えよう」
「はい?」

やる事がら山積みだなと、昼に買った水の残りを煽る真城には言いたい事が伝わらなかったらしい。

「ライトはいらないって話だったと思うけど」
「学祭は10月だろ、もしかしたら俺達の番でも暗いかもしれないからな、ライトはいるって事で」

「真城くんは…」と言い掛けた所で「くん」は気持ち悪いからやめろと言われた。

「真城……はバンドを組んでるの?」
「中学の時から同じメンバーでやってんだよ、プロとかまでを真剣に考えてる訳じゃないけど結構本気、だから何で蓮がトリだって最初から決まってんのかがちょい腹立つ」

金髪の隙間からチラッとクリスを伺ったのは黒江とクリスに何某かの利害があっての特別扱いを疑っている事が窺い知れた。
そして、それは間違っていないのだ。

「やりたいなら真城がトリをやればいいと思うよ、まだプログラムは出来ないし実行委員の特権だろ。俺達は出るかどうかもわからないからね、ねえクリス、やりたい人がやればいいよね」

これは「後で言いたい事が色々ある」と暗に告げたのだが、意外にも「それでいいよ」とサラリと流した。

「いいんですか?」
「うん勿論いいと思うよ、真城くんはボーカルだろ?まあ……蓮の後に歌う事が出来たら……の話だけどね」

ずいっと体を前に出して凄みのある笑顔を浮かべるクリスに真城は少したじろいだ。
この頭と顔だけいい男は少しおかしいのだ。
やめろと背中を叩いた。

「クリスが変なこと言ってるけど気にしないでいいです。トリは真城がやればいいよ」
「……いや、……一応…もう少し色々と具体的になったらレベルチェックをしなきゃなんないだろ、一応会場の予算が出てる執行部主催の出し物なんだからさ、あんまり酷い奴らはその辺の路上ステージを各々でやれって事になる可能性もあるだろ」

「………それ俺の事じゃん、やらないけど」

思わず素の感想を言うと真城が声を立てて笑った。笑ってる金髪にまた何か要らぬ事を言い出すのではないかと心配したがクリスは忙しいのだ。
上手いタイミングで佐竹に呼ばれて行ってしまった。

「執行部は大変だろうな」

大変と言いつつ少し羨ましそうにクリスと佐竹の背中を見ている真城はやはり活発系らしい。
物凄い暇人だと思っていたがクリスだって学生なのだ。必要な単位はもう無いと言っていたが勉強はガッチリしているようだし起業した会社の事もある筈だ。その上でストーカーを極めているのだから忙しいに決まっている。

「色んな意味で忙しいと思うよ」
「言っとくが俺達も洒落になんないぞ」
「……うん…」

他人事だと思っていたから佐竹が言っていた「忙しい」という言葉をあまり深刻には気を止めていなかったが、前期の試験が終わると同時に始まる長い夏休みの後、学祭まではもう間もない。
大学の学祭は高校などの文化祭とは違い、大規模なイベントの興行と同じなのだ。
前年度から始まっていたのだろう準備はより具体的な対応を求められ、実益を求める大人の社会と取引をしなければならない。

「サブステージと言っても責任重大だな」

「………そうだね」

そう言ってから、少しだがやる気になっている自分に気が付いで驚いた。知らない人と話すのは苦手なのに初対面の真城とは何とか会話が続いている。

何よりも、実行委員の一端を担うなら学祭までの2か月は一緒にやっていかなければならない相手だ。それなりの覚悟はしなければならない。

そしてクリスが席を外した事で真城はホッとしたらしい。笑い終わった後に緊張していたと白状した。

「え?クリスに緊張したの?」
「そりゃそうだろ、まあお前も大概声を掛けづらいけどな、栗栖さんにタメ口なんだからびっくりした。」
「俺は……声を掛けづらい?」
「まあ…なんて言うか怖そうに見えたってか……、でもタイミングを測ってたらコンビニでオロオロしてるから気のせいだってわかったけどな」
「……そう……なんだ……」

ずけずけずけ。
予想通り真城は遠慮をしないタイプだ。
思った事をそのまま口にする。

「……見た…まんまだと思うけど…」
「ところで……蓮の家が大富豪でクリスの父親が世話になってる……的な理由とか何かある?」
「少なくとも…うちはクリスの家より貧乏だと思うけど……」

何をどう言い換えても説明は出来ないから返答は曖昧な誤魔化しと笑顔のみにした。
つまり、真城は地味なボッチ相手に損得無しでクリスが関わる訳が無いと言いたいのだ。
勿論ライブの件も含めての話だろう。

それで良かった。
とにかく小規模だろうと、身内だけの前夜祭だろうとライブなど出来ないのだ。
実行委員になったのだから「REN」は無い方向で進めたらいいだけだ。

その後は真城と2人で気の遠くなるようなやる事だらけの過去ログを読み込み、夏休みは帰省する暇もない事を確認したりした。
最初にやる事を分け、一区切りが付いた所で佐竹に報告をすると「それでいい」と言ってもらえたから解散する事にした。
しかし、当然のように帰り支度を整えたクリスが隣にスタンバイしているなんて真城は変に思っただろうが、どうせ上手く誤魔化す術は無い。
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