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もう一つの依頼

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「…………」


息苦しいような閉塞感。

いや………これは閉塞感と言うより、拘束感とでも言いたい。寧ろ緊縛、もう一声行けば捕縛。

どうしてなのか予想はついたけどあんまり歓迎したくない。面倒くさいから起きたくないけど……起きちゃたから仕方ない、目を開けた。

「うわ……最悪…」

近過ぎてよく見えないけど、こめかみの辺りに頬をベッタリとくっ付けているのは健二だ。
ブチュッとくっ付いた唇から硬いものを感じる。
歯が当たっているのだと思う。
くしゃみでもされれば齧られそう。

もっと最悪なのはガッチリと頭を取られ、片足が腰の辺りに巻き付いて抱き枕状態になっているって事だ。
何で服を着てないのか知らないけど、生肌同士が密着して非常に気色悪い。

そう……覚えている限りだけど、昨夜飲んでいる時、健二は上半身裸だった。謎なのは自分がいつ脱いだのか。

死ぬ程笑いこけてリバースした所までは覚えている。


「はな……せ…馬鹿」

ヘッドロック間近、ガッチリと首に巻き付いた腕を持ち上げてみると…重い。
人の腕を肉に例えると一体何キロくらいあるのだろうか。
いかにも硬そうだから食いたくないけど上腕だけでも3キロはあると思う。
グラム250円として……9000円?

健二のくせに意外と高級だ。

しかし俺は男だ。
3キロや4キロ、5キロくらいどうって事ない。

よっこらしょと持ち上げて横に置いた。
次は蟹挟みのように巻き付いている足だ。

うん、重い。
片足30000円だとしたら……捌いて売れば両手両足その他の合計で借金を完済できるんじゃないだろうか……と邪な事を考えてみる。

しかし、人の持ち物を勝手に売るような真似は駄目だ。それでは「腎臓と角膜、どっちにする」って聞いてくれたヤクザのほうがマシだ。

まずは、自由になった上半身をズルズルとずらして足を抜く。
何だか頰がスウスウするのは恐らく健二の涎だと思われる。

最悪の最悪。

やっとの事でベッドから抜け出すと、まだ眠っている健二から「おいしいか?」と聞かれた。

誰と何を食っているのか知らないが「まずい」と答えておいた。

何故健二と二人で寝る羽目になったかは、あんまり覚えてないけど経緯はわかってる。
調子に乗ってビールを飲んでいたら、どこかのタイミングでリバースしてさつまいも饅頭まで遡ってトイレに捨てた。

その後は「お前のせいだ」「お前のせいだ」と、喧嘩している椎名と健二の三人で、風呂に入ったような入ってないような。

「入ってない事にしよう」

擦り付けられた健二の涎は頬とか耳とか髪まで侵食している。朝にシャワーを浴びるなんて女子みたいで嫌だけど、洗いたいったら洗いたい。
勝手に買い揃えてくれている(多分椎名)着替えを持って部屋を出た。

「………何だあれ?」

ソファの背もたれから誰かの手が垂れたる。

人生初の殺人事件遭遇か?……なんて考えながら背凭れの向こう側を覗いてみると、ソファに転がっていたのはベロンと座席から半分落ち掛け、正体なく寝こけている椎名だった。

少し長めの髪が前髪共々頭の天辺でちょんまげになっている。

笑える。そして似合う。

似合うけど、ヤクザって設定を考えるとキャラ違いに思える。
シャツのボタンは盛大に外れているし、皺になるから脱げばいいのに、高そうなジャッケットは片方の肩だけ脱げてグシャッと背中に踏まれていた。

そして腹の上には空の酒瓶。

合計4日分しかないが、椎名はいかにも高そうなスーツをキチンと着こなし、髪も綺麗にセットされていた。いつもだ。

でもやっぱりヤクザ。
場末感がよく似合う。
片足と片腕を床に落として無理矢理大の字になって寝ている姿は、うらぶれて働いてなかった死んだ父とまるで同じだ。

何と言うか、見たくなかったと言うのが本音。

………だから見てないふりをする。

ソファから落ちても痛いって程の高度はないし、寧ろ落ちて床で寝る方が楽だと思う。

放っておくけど……シャツの隙間から覗き見える片方の胸が丸出しなのが気持ち悪い。

丁度目に入った床の上をふわふわ漂うコンビニのビニール袋を掛けとく。

うん。
これでよし。
もう不快な物は見えない。

手を離そうとすると静電気でくっ付いてくる。
もう一回指先で抑えると、突然胸ぐらを掴まれてグイっと引かれた。

「わっ……クソ……」

またしてもベッドロックだ。
今度は体勢が変すぎて首が取れそうになってる。

「椎名さん?寝ぼけてます?イタタ、痛い、椎名さん!痛い!」

「………痛くない……痛くないぞ」
「痛いですったら」
「葵~……泣くなよ~ここにいれば痛くないからな」
「泣いてません、椎名さん!離して」

痛いっての!
何となく感じていたが椎名は豪腕なのだ。
腕力が強くて体を引いても外れないし、無理に引っ張れば首が取れる。

ムギュッと顎を押すとヘナンと取れた腕がまた床に戻った。
嘘みたいだが会話が成立していた筈なのに椎名は眠ったままだった。


「もう、ここの人は結構二人共面倒くさいな」

泣くなよ?泣いてないけど泣きたいよ。
生きてる腎臓が60万?
親父が借りた600万返せ?
タピオカミルクティが600円?

世の中がおかしい。

そして俺もおかしい。
これ程の逃げるチャンスなのに、またのんびりとシャワーとか浴びている。

この先、椎名や健二が豹変する事だってあり得るのに……特に椎名なんかは、今、目を覚ましたら別人になってても不思議じゃ無い。
何かのアテが外れたり、不要になったらきっと…

淡々と事務的に捨てられる。

それなのに俺は野田弁護士をどうするか考えてる。


全くの偶然という線も考えられなくはないが、椎名の言う通り「確率」で言えば野田弁護士が何らかの手を使って赤城さんの引っ越し先を調べ、追い回していると思える。

順当に考えれば、この後できる事は赤城さんが世話になった不動産屋に野田が来てないかを聞いてみる。

それから……酷く面倒くさそうで嫌だけど、野田の動向を探る。

しかし、そんな事をしても野田の行動には何の法則性もなく、赤城さんと顔を合わす事が稀で必然性があったらどうするのか…。

調査の結果、稀に見る偶然でしたって伝えるのか?

それはそれで簡単だからいいけど……もし赤城さんの気のせいだったとしても、気味が悪いと怯えているのだ。

この事務所は「法律では裁けない云々」屋と銘打っている。
野田は悪い事をしていないから何も「出来ませんでした」では済む筈がない。

ただ、健二は横に置いといて、椎名が何の手段も持たずにこんな事務所をやってるとは思えない。

それは椎名がヤクザだからと言うより、計算高そうと言うか、ずる賢そうと言うか、とにかく何でも上手く立ち回り、決して失敗しない人種に見えるのだ。

利益の出ない事業をしながらのびのびと人の世話を焼いたりしないと思う。

何となくなくだが、俺がどこまでやれるのか、信用出来るかを試されているだけのような気がする。

何せ「法律でどうにもならない」事を有料で請け負うのだ。何か思いもよらないこの事務所独特のノウハウがあるのだと思う。



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