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これが力技

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1日分の調査でわかった事。

ストーカーの名前は野田正樹。正確な年齢は不明だが恐らく30代の後半から40代前半。
自ら開業した法律事務所で働き、パラリーガルを含むアシスタントも3人程雇い入れている。
つまりは事務と2人って感じの個人事務所より少しだけ大きい。

専門は離婚調停などの民事が多いらしい。
3時間くらいの間、健二と二人で野田の事務所を見ていたが、途切れる事なく顧客らしき来客がある。弁護活動は繁盛しているようだ。

体型は中肉中背。
「モブ顔」と赤城は表現したが、言い換えるとそれは無難で普通って事だ。決してイケメンでは無いが不細工でも無いし、当たり前だけど変態っぽい雰囲気は無い。一般的に見ても合格ラインにいると思う。

高学歴で高収入、社会的地位も高い。
将来に安定を見込める弁護士と言う職業を考えれば、寧ろ好物件であると推測出来る。


「……健二さんはどう思います?」
「やっぱり赤城さんの気のせいかな……」

「椎名さんが説明してくれたように確率論で言えば黒なんですけど、逆に言えば100%じゃ無い限り偶然って可能性はありますね」
「どうだろうな」

「どうでしょうね」

2人揃ってうーんと唸った。
気が付けば健二と同じポーズになっている。

非常に嫌。

組んでいた腕を解くと健二も解く。
仕方が無いからもう一回腕を組むと、前触れも無く健二が立ち上がった。


「よっしゃ、こんな所でうだうだ推測しててもどうにもならない、葵、お前が直接聞いて来い」

「…………」

「どこに?何を?」

「不動産屋に決まってるだろ、野田がいつ今の部屋を借りたか聞き出して来い、もうこうなったら証拠を集めて野田に突きつけるしか無いだろ」

「……どうやって……ってか何で俺なんですか、健二さんが行けばいいでしょう」
「俺が行っても絶対に教えてくれないよ、椎名辺りが行っても無理だし銀二さんが行ったら通報される、相手の立場に立ってみろよ、葵ならどうする?俺に個人情報漏らすか?」

漏らさない。健二にしては的を得ている。

それにしても「銀二」が誰なのか聞かなくてもわかってしまった。
銀のスーツを着る「銀二」
ありもしないリゾート病院を勧める「銀二」

あまりにも「らしく」て驚いたくらいだ。生まれた時からチンピラの臭いがしていたのかと思うと笑える。



誰が行っても無駄だと思うけど、仕事なのだから上司(?)の健二が行けと言うなら行く。

作戦はこうだ。

──俺は以前から野田が今いる部屋、「グランメゾン誠」201号室に住もうと決めていた。そう思い込んでいたって設定。

何でって?
設定なのだから細かい事はいい、201に住みたかったのだ。

後は成り行きでアレンジ。

うん。絶対に無理だと思う。


「行け」と健二に背中を押されて、無理だと思いつつも行く。不動産屋の自動ドアをくぐると、満面の笑顔が迎えてくれた。

「いらっしゃいませ」と立ち上がった丸顔の不動産屋はいかにも反社会勢力の「鴨リスト」に乗っていそうだ。

これは行けるかもしれない……と安直な期待を胸に、店先に並んであったチラシをカウンターの上に乗せた。

「あの、このチラシにあるグランメゾン誠なんですけど聞きたい事があります」

「ああ、305号室ですね、内見に行かれますか?、ここから歩いて行けますし、今すぐご案内出来ますよ、条件を言ってくだされば他にも多数の物件をご紹介できますよ」

「いえ……僕は……」

僕………は非常に嫌だったが健二にこれは守れとしつこく説得された。「若く」見えるビジュアルを利用しろって事だと思う。

如何にも無害そうな印象操作は必至、それはわかる。

人の第1印象というのは、一度そう見えてしまうと覆すのは困難なのだ。
その中で言葉遣いは重要だ。

幾ら優しくされても、いつも笑っていても「腎臓を寄越せ」と言った椎名を信じたりは出来ない。
もし銀二が、頭を丸めて農作業をしてたら何かを企んでいるようにしか見えないだろう。

だから言わなければならない事はきちんと言うが、なるべく頼り無げな声を出す。


「僕は……305に住みたいんじゃないんです」

「では……この305号室と同じ様な条件の物件を何件かお探ししましょうか?同じ沿線がいいんですよね?」

「いえ……僕は……102号室に住もうと決めてるんです」

「ああ~ごめんね、102号室は今月の頭に別の人が入居しちゃったんですよ、でも305号室は角部屋だし一番上だから騒音も無いよ、一度見に行く?」

「僕は102がいいんです」
「いや、だから102はもう埋まってるから無理なんだよ」

「何故ですか?」

「え……と……悪いけど諦めて、ってか102に何があるの?何か大切な思い出かな?気持ちはわかるよ」
「僕の何がわかるって言うんですか、あなたが僕の何を知ってるって言うんですか」
「いやごめん、ごめん、何も考えないで返事しちゃったよ、ごめんね、でももう埋まっちゃたんだよ、ごめんね」

「僕が……僕があそこに住む為のお金を貯めている間に……」
「うん、ごめんね、でもこれだけは融通してあげられないんだ、その代わり君の希望に合った所を必ず探してあげるから……」
「こんなの変です102は僕の部屋です」
「だから102は……」

「102じゃないと嫌だっっ!!」

ドンッと叩いたカウンターの上で装飾の鉢植えが跳ねた。

「僕は102に住むんです!そう決めてるんです、おかしいです、何かがおかしい、何で邪魔するんですか、誰が邪魔したんですか、変でしょう、間違ってるでしょう!」

「困ったなあ……、、君、ご両親の連絡先を教えてくれないかな?」
「両親に何か関係が?僕の部屋です、お金も僕のお金です!」
「でもね、先を越されたんだから仕方ないだろう」
「僕が遅かったのが悪いって言うんですか?!2月分の家賃が前払いなんでしょう?!時給980円で毎日5時間とか6時間入っても2ヶ月かかるでしょう?!遅いと言われても無理でしょう!僕が悪いんですか?!」

「いや、悪いとは……」
「いつ?!いつなら間に合ったと?!」
「え~……と……」

 「いつっ?!!」

「…………こ………ここ今月の2日……かな…」
「何時何分何秒っっ?!!!」

「秒って……」
「何秒?!!!」

「びょ……秒まではわからないけど……」


不思議だけど……何だろうこの気持ち。
どうしても102号室に住みたくなってきた。
どうしたと言われても住みたいのだ。
102しか嫌だ。


目が血走っていたと思う。


思いの丈を詰め込んだ力押しの迫力に、丸顔の不動産屋は男らしくポッキリと折れて何も言わずにパソコンを操作した。


漏らした情報を悪用しないと信用してくれたのは嬉しいけど、完全なメンヘラ扱いだ。

他の物件を勧められなかったのは早く帰ってくれって事だと思う。

怪しまれなかったのは童顔の勝利と言える。


「あ~もう……自分で童顔とか認めちゃったよ」

ンーッと唸った自動ドアが口を開けると、冷ッとする程涼しい。
知らない間に額も背中も汗で濡れていた。

そりゃ汗もかくよ。

長居は無用だ。
さっさと消えなければ…と健二を探すと、店舗の中からは見えない横側に長い体が転がっている。

健二だ。
一瞬、さっきの事故で体に異常でもあるのかと思ったら………

痙攣しながら笑っていた。


「……他人事だと思って……」

「だって……だって……葵……お前…」

ヒーヒー言ってる健二は起き上がろうとしないけど、多分丸顔の不動産屋は俺の姿が店の前から消えるまで出てこないと思う。

だからいいけど………血の滲んだTシャツ姿で声も無くクネクネされたら変な誤解をされて人口呼吸の準備をされそうだ。
AEDでも持ち出されたら目立ってしまう事この上ない。

「健二さん、そろそろ復活してください」

「無理……タクシー…タクシー呼んで……」
「それこそ無理です」

タクシー呼ぶなんてやった事ない。
その辺を走ってくれたら呼び止めるくらいは出来るけど、そんな気配は全然無いのだ。

「呼んでくれ……歩くの……無理」

「呼ぶって?叫べは来るんですか?」
「叫ぶ?…叫ぶってお前……」

駄目だ、笑いの威力が増した。
何かのスイッチが入って切れなくなってる。
震える手で番号を押して渡されたスマホを見ると、どこかにコールしている。
慌てて耳に当てると「配車センター」に繋がった。


どこと聞かれても場所は説明出来なかったが、不動産屋の名前を言うと見事にタクシーがやって来た。
笑い続ける長い体を車の中に押し込み、事務所に帰り着く頃になると健二はグッタリとしていた。

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