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何者5

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君継がシャツを脱ぎ捨て、赤く染まったTシャツを捲り上げると生々しく這い回った八雲の痕跡が点々と散っている。

肌に残った血は濃い。
頭を切って流した血は雪に濡れて薄まり、もっと水っぽい赤だったのに君継の胸に塗りたくったような血は触ったら糸を引きそうなくらい濃い。

そして首には……赤紫になった歯型がついていた。
首を噛むなんて吸血鬼ごっこのつもりなのかもしれないが、噛み跡は太い血管のある頸では無くTシャツの襟に隠れるか隠れないかの首の付け根だ。

勿論牙の痕跡は無く……何が吸血鬼だ……がっつり間違いなく人の歯型じゃ無いか。
ふざけるにしてはやり過ぎで、そんな乱暴な事をされたのかと思うと見てられない。目を逸らして着替えのTシャツを渡した。

「君継は動けないだろ、俺がやるよ……」

八雲がTシャツを取ると橋下が取り返した。

「八雲さんがやるなら俺がやります、深森さんは餌なんでしょう、悪いけどもう触らせない」
「橋下がやるなら俺がやる」
「安倍先輩はいい加減泣くのをやめて鼻かんでください、その間に俺が……」

「……自分で着るわ馬鹿」

橋下からさっとTシャツを取り返して君継が立ち上がった。さっさと半脱げのズボンを脱いだらパンツ履いてないし正真正銘の真っ裸だ。
君継はトレパンを履こうとして、初めて自分がどんな格好をしているか気付いたらしい。

「あ……パンツ……が……ない」

「ここにあるけど……」

裏返った「君継」と名前の入ったパンツを、洗濯物を渡すような日常感で、摘んでハイっと渡す八雲にサンキュって……軽い。

言葉が出ない。

全く。何でここにいるんだろうと思う。

ここまでズタボロに叩きのめされているのにどうしてここにいるのか。今すぐ透明になりたい、もう体から発する熱に蒸発しそうで涙も乾く。

目を伏せて出て行けばいいのに、それも出来ないまま、橋下と並んで君継が着替えるのを見てるなんて何の拷問だ。



「……それにしても……毎回君継には驚くな……何でそんなに元気なんだ?何故動けるのかわからないな」
「ちょっと八雲…」
「まだ体力が余ってんなら…」
「八雲!恥ずかしいからやめろよ」

君継こそやめてくれ。
そこで二人の世界に入るな。

「そんな意味じゃ無いよ」って……今にも唇がくっつきそうな距離で……ピロートークかっての。

真っ赤な顔をゴシゴシ擦っても手は消しゴムじゃ無いんだから消せないし隠せない。

「普通なら動けないと思うんだけどなぁ…」

「八雲さん、今のはどういう意味ですか?」

橋下ってふざけているのか真面目なのか本当に掴み所がない。
八雲を遮って切り込んだ口調は今までになく厳しかった。

「それは今ギリギリだと、あんたが満腹になるまで食事したら深森さんは生きてないって事でいいんですね?」
「ご期待に添えなくて悪いけどこれは食事じゃ無い」
「大人でも1リットルくらい血が出れば死ぬでしょう、俺は1リットルの牛乳を一気飲み出来ますけど?」
「1リットルなんて馬鹿言うな、せいぜい200ccくらいだ」
「嘘を言わないでください、服が吸った分も考えれば500ccは出てるでしょ」

血の量はどうでもいい。
ふんわり和むなって言いたい。

でも二人は真剣らしかった。
威張る事じゃないのに、八雲は君継が投げ捨てたシャツを隠すようにクシャクシャと丸めて真面目な口調で……やっぱりこっちに向かって語気を強めた。

「僕は君継を弱らせたりはしないよ、君達に詳しい話をするつもりは無いけどね」
「そんな事を簡単に信じろって……八雲さん、あんたも呑気だな」

あれ?

………一体どのタイミングで緊迫したんだ。

何故毎回置いてけぼりを食らうのかもうわからない。何か見落としてるのか?それともどこかでバズって世間の常識になってる何かを知らないだけなのか?やった事ないオンラインゲームの世界観で話が進むとかよくあるけどそういう事?

口を挟めないでいると橋下は「ふーん」と物珍しいものを検分するように八雲の足元から頭まで眺めた。

「では、取り敢えずこれだけは聞いておきたいんですけどいいですか?」

八雲はいいとは言わなかったが拒否する様子も見せない。飄々とした口調が鳴りを潜めてるから何を言うのかと思ったら……橋下から出て来た「これだけは聞いておきたい事」にガックリと肩を落とした。

「八雲さんは蝙蝠こうもりに…」
「変身しない」

「………じゃあ黒猫に」
「しない、先に言っとくけど烏にも変身しないし空を飛んだり影の中に消えたりもしない」

「おい…橋下いい加減にしてくれ」

今は……何なら土下座してでも君継から手を引いてくれって言いたいのに話題がくだらない方向に逸れていく。
もうやめて欲しいから止めたのに橋下の耳には入ってない。
そして……橋下よ、それは期待が外れて残念って顔なのか?

前のめりになっていた体を引いて「つまんないな」と、独り言のように呟いた。

「それにしても面白いくらいにボキャブラリーがないな、君継と同じ事を聞くなんて恥ずかしくないのか?」

「それはちょっと恥ずかしいですね」

うんうんと頷き合う二人。
真面目に答えてる八雲も八雲だと思う。
そして、君継。何故そう素直なのだ、赤い顔のまま睨んでも可愛くて怒っているようには見えない。

「何で恥ずかしいんだよ、吸血鬼だって聞けば誰でもまずそこが気になるだろう」
「いえ?、俺がまず気になったのは今すぐ八雲さんをぶち殺してここから逃げるべきかどうかです」
「俺だってそこが気になったし、まずはブチ殺そうとしたけど?」

それは確かにそうだった。
……割り箸の十字架と神社製の聖水でぶち殺したりは出来ないと思うけどね。

「それ……安倍先輩は知ってるんですか?
「うん……まあ」

「では深森さんと同じレベルだった事を深く反省して今後に活かします」

「橋下……お前後で覚えとけよ」

「後で覚えとくなんて器用な真似は出来ません」

「………遠慮しないで「今」覚えろ」
「言われなくても一生忘れませんよ、深森さんの生チンコもエロい声も。俺はあんまり動揺しないタチなんですけどね、はっきり言ってうろたえました、自分でもビックリしますが……これはいけます」
「どこに?」
「え?どこって……恥ずかしいけど言っちゃいます、つまりは今夜のおかずに………てっ!……痛いな安倍さん!」

橋下が最後まで言い切る前に殴っておいた。
グウで。

「いい加減にしろ、橋下は関係ないだろ、さっきチャイムが鳴ってたしお前はもう教室に戻れよ」
「そういう言い方をすれば安倍先輩も関係ないでしょう、それに獲り殺されるかもしれない深森さんを置いてはいけませんよ」

「ってかさ………八雲が吸血鬼って前提は変わらないのか?」

「今更?」
「今更?」
「鬼を付けるな」

ひとつだけ内容が違ったけど三人の声が揃った。
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