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緑川の穴を埋める為、春に三人の新卒を採用したが………夏が来ても研修期間そのままのように見えた
野島は塚下が淹れてくれたお茶を飲みながら、しれっと当たり前に提出された有給休暇の届けを眺めて唸っていた
「野島部長……もうちょっと待たないと無理ですよ」
「わかってるんだがな……塚下さんはどう思う?」
「今時の若いもんってやつですね、誰を採ってもきっと同じですよ」
「うむぅ……そうだけど……」
使えるようになるには間がかかるとわかっていたが、佐鳥と緑川、木下、柳川の一挙四人を取った年が如何に豊作だったか思い知らされた
誰か一人が出来ると何故か全体が持ち上がる
黄金期(勝手に命名)の四人は入社した当初からそれぞれがムキになって競い合い、ちゃんと休めと注意したくらいだった
緑川が残した顧客は未だに整理が付いてない、全員で分けても回り切れず、新人に行ってもらうしか無かったが重い責任をどう説明しても理解しない
有給は確かに社員の権利だが、やるべき事を自覚していたらこの大変な時に休んだり出来ないと思うが………
「年を取ったって事か、時代遅れって事か……まあ両方かな」
「そうですよ……」
新世代が会社を率いていく
「音羽」社長は野島が思っていたよりもずっと経営センスが良い、
社員に全面的に任せているように見え、節目節目で加えてくる手は的確で甘さも無い、少なくとも倒産寸前まで会社を追い込んだ父親よりしっかりしている
(ずる賢いとも言う)
一時は仕事以外の騒動でやたら社内を掻き回され、どうなる事かと思ったが、いつの間にか社長という定位置にしっかり収まっていた
「また暑くなってきたな……」
エアコンが効いたフロアでも窓辺の直射日光は暑い
昨年の夏の終わりから始まった様々な激動は落ち着きを見せていた
ゆっくりと前に進み出したTOWAは、今また少し変わろうとしている
「俺……約束があったんだけどな……」
「阿川と保坂に任せておけよ、別にお前じゃなくても注文聞くくらい誰にでも出来る」
「そうは言うけどそんな簡単な話でもないんだぞ、担当の癖もあるし最近値上げしたからフォローだって必要なんだよ」
「煩いな、俺は忙しいんだ、黙って運転してろ」
人の仕事を取り上げておいて雪斗はずっとパソコンに噛りついて顔を上げない
朝一番、一晩中一緒にいて二人で揃って出勤したのに何も言わず、突然車を出せと仕事の予定を全部キャンセルさせられた
そりゃ雪斗と一緒に出掛けるのは嬉しいが、向かっている場所が気に入らない
「ダイビングするなら何も「あそこ」に行かなくても他に山程あるだろう」
「色々説明しなくてもいいから楽」
「わざわざ平日に仕事をほっぽり出して来なくてもいいだろ、ちゃんと休みを取ってどこか……沖縄とかに行きたい」
「行ってくればい………」
「雪斗と!一緒に!………一人ならもうとっくに行ってるよ」
飛行機どころか新幹線にすら乗った事がないこの地域限定の引きこもりは、ほんの少し生息域から連れ出すのも大変だった
誘っても当然のように嫌だと一言で断られ、粘って説得して最後は泣き落とし……必ず折れる所は面白いが、GWにハワイかグアムに誘うと2日ほど行方不明になった
飛行機が怖いなら、怖いから嫌だと素直に言ってくれればいいのに家出するなんて思いもよらなかった
大型連休前の忙しい時期に、探して走り回ったこっちの身にもなって欲しい
雪斗のマンションは揉めた末にやっと折り合いが付き、父が折れて部屋の管理を引き受ける事になった
手続が済んですぐ、さっさと部屋を片付けた雪斗は年度末にマンションを出て、例の鞄一つを持って狭い部屋に転がり込んで来た
今は荷物置きにしていた小さなロフトで暮らしてる
つまり同棲(?)してるっていう事だが、異様に少ない荷物はすぐに引き払えるよう準備してるっぽい
まだ逃亡を諦めてないらしいが、家出事件があっても、もうあんまり不安になったりはしなかった
雪斗は自覚していない(と、思う)がどこにいても……会社でも、定食屋でも、部屋の中でも、いつの間にか隣に来て言わなくていい憎まれ口を叩いてる
もっと長い時間がかかるだろうと覚悟してしていたが意外と簡単に「居場所」の躾が出来てしまった
「うわ……車がある、あいつの顔見んのやだな……」
ポツポツと隙間を開けて建ち並ぶ、海辺のサマーハウスにの前に木嶋のボロいビートルが止まってる
平日なのだから木嶋はいないと思ってた……もっとはっきり言えばいない事を願ってた
「俺もやだよ」
「嘘つけ、雪斗はやっぱり木嶋さんが気に入ってるんだろ」
「まあ見てろ、面白いものが見れるぞ」
「見たくないし……」
何を見ても面白くない、絶対に……
その"面白い"何かを、雪斗と木嶋が見て笑っても面白い訳ない
初めてダイビングに来た時、このショップを選んだのは完成度の高いホームページに釣られたからだ
今思えば、店舗展開もない小さなダイビングショップがプロっぽい凝ったホームページを持ってる事自体が変だった
「何で俺は木嶋のショップなんか選んだんだろ……」
「今更だろ、どっちにしろ木嶋とは嫌でも知り合ってたよ」
「そうかもしれないけど……」
少なくとも仕事が入口だったら雪斗と木嶋がここまで深く関係する事は無かった
……このままアクセルを踏み込んで木嶋のダイビングショップを通り過ぎたかったが……駐車場の前に着いてしまった、シフトをバックに変えて車を止めると、助手席の雪斗はずっと開きっぱなしだったノートパソコンを閉じて何やら楽しそうにニッコリと笑った
「いらっしゃい!久しぶりね」
地道を擦るタイヤの音が聞こえたのか、マキがショップの中から飛び出てきた
長かった髪がバッサリと切られてベリーショートになっている、嘘みたいだがまたマキと書かれたTシャツを着ていた
「またお世話になります」
「来てくれて嬉しいわ、元気だった?雪斗くんは怪我したんだって?もう大丈夫なの?」
「はい?……どうしてそれを……」
「アハハ、荷物は?トランク?」
マキが雪斗の怪我を知る方法は一つしかない、根拠は無かったが口か固いと思い込んでいたが木嶋に頼んだのはやっぱり失敗だった
「木嶋さんは俺達の話をするんですか?」
「するする、木嶋は佐鳥くん達が妙に気に入ってるみたいね、あいつが誰かに興味持つなんて珍しいのよ」
「マキさん……怪我の話は……」
「そうだね、普通に傷害事件だもんね」
「だから……」
唇に指を立ててその話はやめてくれと、わざわざジェスチャーで止めたのにわかってくれない
木嶋からどう聞いているのか知らないが、マキはわかったわかったと豪快に笑いながら、後部座席に置いてあった小さな荷物を勝手に取り出し、タオルしか入ってない軽い鞄を運んで行った
「いらっしゃーい」
キッチンから顔を出した久しぶりに会う木嶋は相変わらず男前だが、長かった髪を切り野性的な雰囲気は封印されていた
仲良くお揃いで髪を短くするなんてやっぱり木嶋とマキはカップルに見えた
「お久し……ぶりです」
緑川に腕を振り上げたあのグラナダの夜以来……まさかとは思うがそれもマキに話しているのかもしれないと思うと回れ右して帰りたくなった
「おい……木嶋……」
「うん…大丈夫」
「え?何?」
会った途端雪斗と木嶋が目と目で合図を交わした
これが嫌、本当に嫌
木嶋が雪斗に手を出す心配はして無いが(多分無い………多分)これは単純な嫉妬じゃない(と、思う)
雪斗と木嶋は根本的に似ている、お金に興味が無いくせに走って止まれない所、腹の中に別の顔を隠している所、お互いに通じ合う所を持ち、立っているステージの違いを感じてしまう
雪斗は、木嶋と……ここで名前が出てくる辺りが嫌になるが緑川にも、他で見せない顔をする
「雪斗……今の何だよ」
「何でもない、講習お願いしますって挨拶しただけだ」
「え?ダイビングのライセンス取るのか?ここで?」
「だってライセンを取らなきゃお前と潜れないだろ?」
「じゃあ……今日は……」
「佐鳥君は私と沖に出るのよ」
マキがずらっと並べたタンクのエアチェックをしながら親指を立てた、それはつまり……そういう事……
「雪斗は木嶋さんと二人?」
「そう」
冗談じゃない、見てない所でまた手を繋いでイチャイチャされるかと思うと絶対に許せない
「俺も一緒に雪斗についてます、別に俺は潜らなくてもいい」
「まあまあ、俺に任せてよ、脚が立つくらいの浅瀬だしマンツーマンなんだから何も心配しなくていいよ」
「そんな心配してません」
「じゃあどんな心配?」
「……どんな…と言われても…」
泳げない雪斗が水の中で頼る相手がお前なんてムカつく、楽しい事を二人だけで共有される事もムカつく、雪斗がお前に笑いかけるだけでムカつく
……とは言えない
「どうせその辺の浅瀬で潜るんでしょう?、俺は浜から見てますよ」
「グタグタ言ってないでさっさと着替えろ、佐鳥くんの潜るコースは時間が遅くなればなるほど面白い事になるぞ」
「だから俺は……」
バフっと顔に飛んできたレンタルのウエットスーツに続きを阻まれた、ここも雪斗と似てる、何かを決めると人の話を聞かない
何故か雪斗まで木嶋に同調して更衣室の扉を開けてニッコリした
いつの間にどんなきっかけで雪斗と木嶋はつるんだのか知らないが話が勝手に進んでる
着替えるのを手伝おうか?と笑ったマキにスーツのジャケットを脱がされそうになった
ジャケットくらい別にいいけど雪斗が見ているせいで妙に恥ずかしい、必死で抵抗していると表の駐車場からザァっとタイヤが地面を滑る音が聞こえた
「おっ……来たな……マキ、頼んだぞ」
「任せて」
バンッと車のドアを叩きつける音の後に、マキが待ち構えて開けたドアからショップに飛び込んできた新たな来客は、物凄い知ってる顔だった
「社長!!また連絡も寄越さないでこんな所に来て!ここまで二時間かかるんですよ!俺の身にもなってくだ………さ……………………暁彦?………」
「緑川……」
「な…何で………今日は火曜だぞ?、どうしてこんな所にいるんだ」
「お前は?」
「俺は木嶋の馬鹿が逃げ出したから追いかけて来ただけだ、仕事中だ」
H.W.Dに転職してまだ半年なのに、社長の事をもう馬鹿呼ばわり、上手くやっているらしいが気のせいか緑川は疲れきってる
「緑川、何突っ立ってる、早く着替えろよ、マキが待ってるぞ」
「は?何言ってるんですか、俺はまだ仕事があるから……」
「どいつもこいつも煩いわね、時間が押してるんだから早くしてよ、グダクダ言うなら酔い潰すわよ」
「え?わっ!」
真っ黒のウェットスーツを緑川の腕に押し付けて2人一緒に更衣室に押し込まれてしまった
音が消えた部屋の中はエアコンが届かず蒸し暑い
気不味さと照れで汗が吹き出してきた
「……久しぶりだな………元気だったか?」
「ああ、暁彦は……聞くだけ無駄か……社長と仲良くやってるんだな、今日は?休みなのか?」
「潜りたいから付き合えって雪斗がさ………俺も仕事を放り出してきた、お前は?本当に潜っていくのか?」
「仕方ないだろ、どうせ木嶋がいないと進まないんだ、おい、汗をかくとウェットスーツが入らなくなるぞ、着替えるんなら早くしよう」
ネクタイの結びを引いたり上げたり
モジモジしている佐鳥に背を向けてスーツを脱いでいった
……TOWAの繊維部門は突然予算が増え、完成の手前で足踏みしていた新素材は色んなタイプのサンプルが上がってきている
そのうち嫌でも顔を合わす事になると覚悟していたが、こんな不意打ちで佐鳥と雪斗に会うなんて予想外だった
「汗がヤバイな、シャツが………………暁彦?」
脇の下から回った佐鳥の手がサワサワと胸を撫でてる、ムキッと指を立てられて飛び上がった
「くすぐったいな!何やってんだ」
「いや……緑川、お前……筋肉増えてないか?」
「は?」
気不味いまま別れて半年、久しぶりに会って……それが一番最初?
向き合うと本当にそれだけが気になるらしく、胸を鷲掴みにしてモミモミと硬さを確かめ自分と比べてる
どうしてこんなにどこまでも天然なのか………クツクツと湧き上がる、久し振りの抑えられない笑いに腹が痛い
「腹筋ヤバいな、何か揺れてる……お前俺に見せつける為に力入れてんの?」
「俺は今、体が商品なの、一応スポーツブランドを立ち上げるんだから貧弱って訳にはいかないだろ」
「抜け駆けすんなよ」
「抜けがけ?」
一月以上口もきかず、喧嘩別れしたしたのに、今日腹筋200回しましたとかどうやって連絡するんだ
………と言うか……もしかしたらその手を使って佐鳥を煽れば、この単細胞はムキになって210回やったとか何とか逐一報告してきそうだ
あっという間に和解出来たかもしれない
もう今更どうでもいいが……変わらない佐鳥には相変わらず和まされる
馬鹿なのか天才なのか、狭い更衣室に二人きりにされ、どうしようかと迷った数分前が綺麗にすっ飛んだ
「木嶋さんの所は厳しいのか?」
「厳しくは無いけどやりにくい、あいつは雪斗の倍くらい自分勝手で、奔放で、きまぐれで、我儘で……でも毎日楽しいよ」
「そっか……」
「何でもいいから手を離せ、気色悪いだろ、早く着替えないとマキさんに酔い潰されるぞ」
まだサワサワと胸とか腹筋を触り続ける佐鳥の手を取って、ネクタイの結び目に持っていくと………
くすぐったいから触るな、と払い落とされた
つい頭を殴ると、よく知ってる馴染みの笑顔が返ってきた
マキに追い立てられ、タンクと荷物をボートに積み込んだ三人は急かされるままにバタバタと出ていった
モーターが作った白い線を残し.船が小さくなっていく
沖の方は青の色が濃く、底が見えない海の真ん中に足を下ろすなんてよく出来る、身を寄せる壁も岩もない真っ青な無重力にポツンと放り出されるなんて考えただけで空恐ろしい
「気になるか?」
ジリジリと肌を焼いていた太陽の光を遮って木嶋が隣に並んだ
「別に………」
「スポーツを一緒にするとすぐに仲直りするさ」
「ダイビングはスポーツじゃないだろ?浮いてるだけじゃないか」
「スポーツだよ、今から教えてやる」
「俺はいい、茶番に付き合ったんだからもう十分だろ」
元々このダイビングは、気になる癖にお互い腰が引けてる二人を,取り敢えず仲直りさせておこうと木嶋が画策した
もう目の前まで来ているTOWAとH.W.Dとの連携に、面倒くさい障壁を取り払いたかっただけなのだろうが、佐鳥を担当に付けるつもりは無かった
またリクルートを狙われては溜まったもんじゃない
「何言ってんの、ライセンス取るんだろう?」
「あれは方便だ」
「駄目」
空気を含んだ分厚い生地がバフリと頭に乗った
……またピンク
無視していると首にグルグルと巻きつけられて暑い
「あのなあ木嶋……」
「怖いの?」
ムカつくくらい高い位置から見下ろしてくる木嶋の口元が、ニヤリと笑った
時間が遅くなればなる程面白い事になる……木嶋にそう言われたが……成程……ある意味面白い事になってた
マキに連れて行かれたポイントはドロップオフだった
エントリーしてすぐ、急斜面を滑るように落ちて行くと魚影も多く透明度が高い
通常ならドリフトしながら浮上ポイントまで流れて行くコースらしいが、何が面白いって途中から潮が反対になっている
船に残ったマキが待っている浮上ポイントに辿り着けなければ、広い海原にポツンと放り出される事になる
早い流れは油断すると体を持っていかれる、砂地や岩にダイビングナイフを立て、掴める物は全部掴み、這うように全力で泳がなければ進めなかった
「………疲れた…」
「何であんなポイントに降ろすんだ……もうヘトヘト……筋トレサーキット3周した気分……」
「午後になると流れが変わるって木嶋は知ってたぞ……あのクソ野郎」
腕も足もパンパンに張ってちょっと動かすのも怠い
ゲストハウスに帰り着くと、もう立つのも嫌だった
「暁彦、お前何か見たか?」
「そんな余裕なかったよ」
普通なら海中で岩などに触るのは景観の保護も含めて絶対にやってはいけない
擬態して潜む毒のある生物に触ってしまうと命の危険もあるが今回はそんな事言ってられなかった
手が離れるとあっという間に流される、フィンを使って全力で泳いでも同じ場所をキープするくらいで断崖絶壁をクライミングしたのと同じだった
ボードのアンカーが見えた時はもう登頂成功の気分……レギュレーターの中で上げた叫び声は,大きな泡になってボコボコと空を目指して登っていった
「俺ウツボの首を締めそうになった、丁度良い所に頭出してユラユラ揺れてるからつい…」
「俺はタコに助けを求めたよ、持って帰って食おうと思ったけど無理だった」
「それ違法だからな、ああ…ビールが飲みたいな、車と仕事が憎いよ」
ダイビングの後はやたらと喉が乾く、マキは帰ってすぐにビールを飲み始めたが、飲めない二人組は仕方なくノンアルコールのビールを開けた
雪斗と木嶋はまだ帰ってこない
体が重くて怠いが、何となくじっとしているのが嫌で二人揃ってブラブラと浜辺に出た
外は今、一日の中で一番暑い時間だ、砂地に染み込んだ熱が足を焼いてキャーキャー言いながら水辺に走り込んだ
「暁彦、蟹がいる」
「食えるかな……」
「お前そればっかりだな」
潮が引いた岩場に座り込み、泡を吹いていた蟹を摘み上げると鋏を振り上げ怒ってる
砂を巻き込み、泡立つ波間に放り投げるとポチャンと小さな飛沫を上げて見えなくなった
「社長とは……まだ?」
「ああ、今は俺の部屋にいるよ」
「一緒に住んでるのか?あの人面倒くさいだろ」
「面倒くさいよ、普段の生活に関しては不能だからな、まあ………お前と暮らすみたいにただ楽で楽しいって訳にはいかないけどな、何とかやってる」
「…………………」
岩にくっついている尖った貝が取れないものかと、グニグニ揺すっていたから緑川の方を見ていなかった
急に止まった会話に隣を見ると、緑川は口をポカンと開けて何かに驚いていた
耳が真っ赤になってる
「何?何だよ、気持ち悪いな」
「暁彦……お前なぁ……」
「俺が何だよ」
「もういいよ馬鹿」
翠川が足で潮水を掬い上げ、蹴り飛ばすと着替えたばかりのTシャツが濡れた
(H.W.Dのロゴ入り12000円、勿論有料)
「な?ダイビングはスポーツだったろ?」
「鬼!しね!もう二度と来ないからな」
「雪斗くん……しねは駄目だって」
「うるさいな!おい、見てないで袖引っ張れよ」
ウェットスーツを早く脱ぎたいのに脱げない、乾いていてもキツイのに、濡れてしまうと肌に張り付いてびくともしなかった
「雪斗くん体力ないなあ、引きこもってパソコンばっかり触ってるからそんなに青白いんだ、男ならもっと鍛えなきゃ………そうだ、うちのスポーツクラブ紹介しようか?今なら入会費免除、どお?」
「行くか馬鹿」
ニヤニヤ笑いながら見ているだけで木嶋は手を貸そうとしない
受けるつもりのなかった講習はきつかった、タンクと機材を装備したままウロウロと連れ回され、エントリーした後も何がしたいのか浜を横断する距離を移動した
体力を吸い取られ、弱った握力で引っ張っても腕すら抜けなかった
「木嶋!手伝えって!」
「お客様、ウェットスーツの着替えも講習の一部なんです」
「嘘つけ!高齢になってからでも始められるってネットに書いてたぞ」
「いや……あんまり必死になって一生懸命付いてくるから面白くてね…」
「…………は?」
そうかなとは思ってたがやっぱりわざと……
目の前に海があるのにわざわざ端の方まで歩き、結局ショップを通り過ぎて、浮上した後もまた歩いて帰ってきた
今も……脱げないウエットスーツにジタバタ藻掻く姿を見て楽しんでる
「免許は?いつくれんの?」
「講習一回で取れるわけないだろ」
「そんな事一言も聞いてない」
「今言った、次は来週辺りにどう?一泊で来てくれたら酒も飲めるし……」
「もう来ないよ、取るとしても続きは他所に行く」
いくら足掻いてもウェットスーツの腕が抜ける気配は無い、以前は考える前に佐鳥が脱がせてくれたがゲストハウスに帰り着くと佐鳥はいなかった
マキが帰ってるって事はその辺にいる筈だ
木嶋に余計な娯楽を与えてやるのも馬鹿らしく、ニヤニヤ笑いをやめない木嶋を無視して胸くそ悪いゲストハウスから出た
「…………ここ?……」
耳の裏を指で引っ掻くと緑川が真面目な顔でこっくりと頷いた
「足の甲とか……」
「足か……そう言えばそんな所あんまり触った事ない」
「馬鹿……結構ポヒュラーだぞ」
「どんな風に?」
「そりゃ……」
誰が聞くわけでもないのに自然と声が小さくなり二人で顔を寄せた
何の話って……いつの間にかセックスの話になっていた、エロ話じゃ無い、汎用性も高く、情報交換なしに向上は望めない、真剣な探求と研究の話だった
「あとは……を爪で引っ掻くと……なる」
「キツさは?」
「這わせるくらいで……こう……」
緑川の爪が腕を掻くともどかしくて鳥肌が湧き上がった
「そんなんでいいのかな」
「次やってみろよ、凄い顔して喘ぐぞ……それから……」
「ま……わあっっ!」
ガンッと背中に衝撃を食らい、つんのめった
捕まる所も無く、目の前はゴツゴツした岩と尖った貝が先を揃えてる
危うく磯の中に顔から突っ込む所をグルグル腕を回して必死で止めた
「何の話をしている」
背中から聞こえた低い声に緑川と二人でそろそろと振り返ると……雪斗が腕を組んで片足を岩に乗せていた
氷点下の冷気を纏った冷たい表情は……いつか見た酒場で誰かを刺したあの時と同じだった
「ゆ……雪斗……」
まだウェットスーツを着ている、今丸腰じゃ無ければ多分刺されてた
「いつから……そこに……」
「こっちが聞きたいね、いつからそんな話をしてた」
「そんな話って?何の事?なあ!緑川?」
ギロリと次の標的に目を移した雪斗に、緑川は両手を上げ事もあろうに無関係を装おうとした
「社長、講習はどうでしたか?昼を食べてないからお腹が空いたでしょう、暁彦にも早くゲストハウスに戻ろうって今……」
「黙れ、ぶっ殺すぞ」
「……はい」
どうやらけっこう前から聞かれていた
得意の営業スマイルでこの場を凌ごうとした緑川の頭を殴りつけ、おまけで砂を蹴り上げた
直射日光に焼けた髪から焦げた匂いがする、雪斗に手加減無しで殴られた頭がじんじんしていた
ひと仕切り……有りとあらゆる罵声を浴びせたくせに雪斗はウエットスーツを佐鳥に脱がせてもらってる
いちゃつく二人を眺めて温くなったノンアルコールビールを飲んでいた
なんの事はない、ラブラブカップルの他愛の無い痴話喧嘩に混ざってしまっただけ、気が付けば放り出されて2対1になってる
こんな風に少し距離を置いて眺めると、そこには温かい風景しか無かった
思い返しても殺伐としていた去年が嘘のようだ
「これで十分だな………さて……もういいかな…」
ウエットスーツを引っ張り過ぎた雪斗の背中から尻の割れ目が見えている、これ以上放って置くと目も当てられない事になりそうで、そろそろ止めようと立ち上がると………
ゲストハウスの扉が勢いよく開いて中から木嶋が飛び出てきた
嘘みたいだがドアの硝子が砕けて割れてる
「雪斗!!貴様っっ!!」
木嶋は何があってもムカつくくらい冷静に振る舞い、声を荒げるなんて普段は無い、その木嶋が怒鳴りながら走ってくる
名指しされた雪斗は木嶋に背を向けたまま不敵な笑みを浮かべていた
「お前!!やったな!!」
「おや、木嶋社長、どうしたんですか?そんなに慌てて」
「惚けんな!」
「惚けてません、ちゃんと言葉にして頂かないと何の事か特定できません……これでも私は色々と忙しいんです」
木嶋が殴り掛かるかもしれないと本気で心配になった
佐鳥と二人で雪斗を囲ったが、当の本人はしれっとビジネス口調に変え、感情のない嘘臭い笑顔を浮かべた
今の今まで半ケツになって男同士で戯れていた奴と同一人物とは思えない
「ブラストの音羽ってお前だろうが!」
「そうですよ、もう連絡が来たんですね」
「いつ?!いつやった!」
「ここに来る途中」
「よくも……」
「うちの大事な物に先に手を出したのはあなたでしょう、私に遠慮する理由なんか無い」
「ちくしょう!払わないからな!」
砂を足で蹴り上げ地団駄踏んだ木嶋は、いつも人を食ったように微笑んでいる姿からは想像も出来ない
雪斗は面白そうにニヤニヤしながら、ゴミを払うように手を振った
「じゃあ出て行ってください、今すぐに」
「ふ………ふざけやがって……」
用心はしていたがまさか本当に手を出すなんて驚いた、上半身裸の生白い肩を突いた木嶋を慌てて抑えた
「ちょっと待って下さい、落ち着いて、何の話ですか?」
「こいつ、倍の家賃を要求して来やがった」
「家賃?どこの?」
「そこのショップだよ!!」
仕事を放り出し、ダイビングショップでのんびりと楽しい面々を揃えてからかいまくる
雪斗は尖ったセルフフィールドから連れ出すと、素直でピュアで……生意気な所を含めても物凄く可愛い
変な電話が掛かって来るまでは極上の一日だった
生物を食べない雪斗の為にわざわざ買い揃えた大きな鍋でブイヤベースを仕込んでいると、慌てた口調の不動産屋から電話が掛かってきた
木嶋のダイビングショップを含む、海岸線の土地と建物が全て買い上げられ、新しいオーナーに委託の値上げを要求された、しかもほぼ倍額………困り果てた不動産屋に家賃の値上げを飲むか出ていくかを打診された
「あれだけ年商をあげていらっしゃるH.W.Dの「子会社」がまさか賃貸物件だとは思いませんでしたよ」
「ヌケヌケと……よくもすっ惚けて講習なんか受けてたな!」
「そう言えばお腹が空いたんですけど、昼食はできましたか?」
「食う気か!!」
「お支払した料金に入ってますけど」
「~~~~~~っっ!!クソっ!もうちょっと待ってろ!!」
ギロリと雪斗を睨みつけた木嶋は手近にいた佐鳥の首を引っ掴み「お前手伝え!」とバフバフ砂を撒き散らしながら引きずって行った
「ちょっとは丸くなったと思っていたら全然違うんですね、まさか虎視眈々と弱点を探していたとはね……」
鼻息荒く佐鳥を引き摺っていく木嶋の後ろ姿を見ながら、雪斗はフンっと鼻を鳴らし思いっきり悪い顔でニッコリと微笑んだ
「お前を盗られたからな」
「まだ何か企んでいるんですか?」
「そうだな……残りは佐鳥かな」
「佐鳥って……」
雪斗の口にした"佐鳥"は巨大な佐鳥グループの話だとしたら……と言うか間違いない
「百億で間に合いますか?」
「とても足りないだろうな……」
「あそこは株式を親族で独占してる筈です、あの手は使えませんよ」
「まあ……ノンビリやるさ、手はひとつじゃない」
「TOWAはどうするんですか?」
雪斗は海の方を見て顔に当たる風に目を細めた
「そのうち佐鳥に任せる……まだ無理だけどな」
「あいつは馬鹿だが無能じゃない」
「そんな事は知ってるよ、まあ二人でやって行くさ」
雪斗の言っていることは恐らく冗談じゃない
出来るかどうかじゃない、やるかやらないかだ
「H.W.Dに飽きたら手伝いますよ」
「飽きてなくても呼んだら来い」
「面白そうですね、お召しを待ってます」
ほんの少し日が傾いただけなのに潮が満ちて佐鳥と座っていた岩が海水に濡れている
被さる毎に岩を舐めた波はその度引きが悪くなっていく、言葉もなく満ちてくる潮を眺めていた
馬鹿みたいに嬉しそうに手を振る佐鳥が走って呼びに来るまで……
end
続きあり→
野島は塚下が淹れてくれたお茶を飲みながら、しれっと当たり前に提出された有給休暇の届けを眺めて唸っていた
「野島部長……もうちょっと待たないと無理ですよ」
「わかってるんだがな……塚下さんはどう思う?」
「今時の若いもんってやつですね、誰を採ってもきっと同じですよ」
「うむぅ……そうだけど……」
使えるようになるには間がかかるとわかっていたが、佐鳥と緑川、木下、柳川の一挙四人を取った年が如何に豊作だったか思い知らされた
誰か一人が出来ると何故か全体が持ち上がる
黄金期(勝手に命名)の四人は入社した当初からそれぞれがムキになって競い合い、ちゃんと休めと注意したくらいだった
緑川が残した顧客は未だに整理が付いてない、全員で分けても回り切れず、新人に行ってもらうしか無かったが重い責任をどう説明しても理解しない
有給は確かに社員の権利だが、やるべき事を自覚していたらこの大変な時に休んだり出来ないと思うが………
「年を取ったって事か、時代遅れって事か……まあ両方かな」
「そうですよ……」
新世代が会社を率いていく
「音羽」社長は野島が思っていたよりもずっと経営センスが良い、
社員に全面的に任せているように見え、節目節目で加えてくる手は的確で甘さも無い、少なくとも倒産寸前まで会社を追い込んだ父親よりしっかりしている
(ずる賢いとも言う)
一時は仕事以外の騒動でやたら社内を掻き回され、どうなる事かと思ったが、いつの間にか社長という定位置にしっかり収まっていた
「また暑くなってきたな……」
エアコンが効いたフロアでも窓辺の直射日光は暑い
昨年の夏の終わりから始まった様々な激動は落ち着きを見せていた
ゆっくりと前に進み出したTOWAは、今また少し変わろうとしている
「俺……約束があったんだけどな……」
「阿川と保坂に任せておけよ、別にお前じゃなくても注文聞くくらい誰にでも出来る」
「そうは言うけどそんな簡単な話でもないんだぞ、担当の癖もあるし最近値上げしたからフォローだって必要なんだよ」
「煩いな、俺は忙しいんだ、黙って運転してろ」
人の仕事を取り上げておいて雪斗はずっとパソコンに噛りついて顔を上げない
朝一番、一晩中一緒にいて二人で揃って出勤したのに何も言わず、突然車を出せと仕事の予定を全部キャンセルさせられた
そりゃ雪斗と一緒に出掛けるのは嬉しいが、向かっている場所が気に入らない
「ダイビングするなら何も「あそこ」に行かなくても他に山程あるだろう」
「色々説明しなくてもいいから楽」
「わざわざ平日に仕事をほっぽり出して来なくてもいいだろ、ちゃんと休みを取ってどこか……沖縄とかに行きたい」
「行ってくればい………」
「雪斗と!一緒に!………一人ならもうとっくに行ってるよ」
飛行機どころか新幹線にすら乗った事がないこの地域限定の引きこもりは、ほんの少し生息域から連れ出すのも大変だった
誘っても当然のように嫌だと一言で断られ、粘って説得して最後は泣き落とし……必ず折れる所は面白いが、GWにハワイかグアムに誘うと2日ほど行方不明になった
飛行機が怖いなら、怖いから嫌だと素直に言ってくれればいいのに家出するなんて思いもよらなかった
大型連休前の忙しい時期に、探して走り回ったこっちの身にもなって欲しい
雪斗のマンションは揉めた末にやっと折り合いが付き、父が折れて部屋の管理を引き受ける事になった
手続が済んですぐ、さっさと部屋を片付けた雪斗は年度末にマンションを出て、例の鞄一つを持って狭い部屋に転がり込んで来た
今は荷物置きにしていた小さなロフトで暮らしてる
つまり同棲(?)してるっていう事だが、異様に少ない荷物はすぐに引き払えるよう準備してるっぽい
まだ逃亡を諦めてないらしいが、家出事件があっても、もうあんまり不安になったりはしなかった
雪斗は自覚していない(と、思う)がどこにいても……会社でも、定食屋でも、部屋の中でも、いつの間にか隣に来て言わなくていい憎まれ口を叩いてる
もっと長い時間がかかるだろうと覚悟してしていたが意外と簡単に「居場所」の躾が出来てしまった
「うわ……車がある、あいつの顔見んのやだな……」
ポツポツと隙間を開けて建ち並ぶ、海辺のサマーハウスにの前に木嶋のボロいビートルが止まってる
平日なのだから木嶋はいないと思ってた……もっとはっきり言えばいない事を願ってた
「俺もやだよ」
「嘘つけ、雪斗はやっぱり木嶋さんが気に入ってるんだろ」
「まあ見てろ、面白いものが見れるぞ」
「見たくないし……」
何を見ても面白くない、絶対に……
その"面白い"何かを、雪斗と木嶋が見て笑っても面白い訳ない
初めてダイビングに来た時、このショップを選んだのは完成度の高いホームページに釣られたからだ
今思えば、店舗展開もない小さなダイビングショップがプロっぽい凝ったホームページを持ってる事自体が変だった
「何で俺は木嶋のショップなんか選んだんだろ……」
「今更だろ、どっちにしろ木嶋とは嫌でも知り合ってたよ」
「そうかもしれないけど……」
少なくとも仕事が入口だったら雪斗と木嶋がここまで深く関係する事は無かった
……このままアクセルを踏み込んで木嶋のダイビングショップを通り過ぎたかったが……駐車場の前に着いてしまった、シフトをバックに変えて車を止めると、助手席の雪斗はずっと開きっぱなしだったノートパソコンを閉じて何やら楽しそうにニッコリと笑った
「いらっしゃい!久しぶりね」
地道を擦るタイヤの音が聞こえたのか、マキがショップの中から飛び出てきた
長かった髪がバッサリと切られてベリーショートになっている、嘘みたいだがまたマキと書かれたTシャツを着ていた
「またお世話になります」
「来てくれて嬉しいわ、元気だった?雪斗くんは怪我したんだって?もう大丈夫なの?」
「はい?……どうしてそれを……」
「アハハ、荷物は?トランク?」
マキが雪斗の怪我を知る方法は一つしかない、根拠は無かったが口か固いと思い込んでいたが木嶋に頼んだのはやっぱり失敗だった
「木嶋さんは俺達の話をするんですか?」
「するする、木嶋は佐鳥くん達が妙に気に入ってるみたいね、あいつが誰かに興味持つなんて珍しいのよ」
「マキさん……怪我の話は……」
「そうだね、普通に傷害事件だもんね」
「だから……」
唇に指を立ててその話はやめてくれと、わざわざジェスチャーで止めたのにわかってくれない
木嶋からどう聞いているのか知らないが、マキはわかったわかったと豪快に笑いながら、後部座席に置いてあった小さな荷物を勝手に取り出し、タオルしか入ってない軽い鞄を運んで行った
「いらっしゃーい」
キッチンから顔を出した久しぶりに会う木嶋は相変わらず男前だが、長かった髪を切り野性的な雰囲気は封印されていた
仲良くお揃いで髪を短くするなんてやっぱり木嶋とマキはカップルに見えた
「お久し……ぶりです」
緑川に腕を振り上げたあのグラナダの夜以来……まさかとは思うがそれもマキに話しているのかもしれないと思うと回れ右して帰りたくなった
「おい……木嶋……」
「うん…大丈夫」
「え?何?」
会った途端雪斗と木嶋が目と目で合図を交わした
これが嫌、本当に嫌
木嶋が雪斗に手を出す心配はして無いが(多分無い………多分)これは単純な嫉妬じゃない(と、思う)
雪斗と木嶋は根本的に似ている、お金に興味が無いくせに走って止まれない所、腹の中に別の顔を隠している所、お互いに通じ合う所を持ち、立っているステージの違いを感じてしまう
雪斗は、木嶋と……ここで名前が出てくる辺りが嫌になるが緑川にも、他で見せない顔をする
「雪斗……今の何だよ」
「何でもない、講習お願いしますって挨拶しただけだ」
「え?ダイビングのライセンス取るのか?ここで?」
「だってライセンを取らなきゃお前と潜れないだろ?」
「じゃあ……今日は……」
「佐鳥君は私と沖に出るのよ」
マキがずらっと並べたタンクのエアチェックをしながら親指を立てた、それはつまり……そういう事……
「雪斗は木嶋さんと二人?」
「そう」
冗談じゃない、見てない所でまた手を繋いでイチャイチャされるかと思うと絶対に許せない
「俺も一緒に雪斗についてます、別に俺は潜らなくてもいい」
「まあまあ、俺に任せてよ、脚が立つくらいの浅瀬だしマンツーマンなんだから何も心配しなくていいよ」
「そんな心配してません」
「じゃあどんな心配?」
「……どんな…と言われても…」
泳げない雪斗が水の中で頼る相手がお前なんてムカつく、楽しい事を二人だけで共有される事もムカつく、雪斗がお前に笑いかけるだけでムカつく
……とは言えない
「どうせその辺の浅瀬で潜るんでしょう?、俺は浜から見てますよ」
「グタグタ言ってないでさっさと着替えろ、佐鳥くんの潜るコースは時間が遅くなればなるほど面白い事になるぞ」
「だから俺は……」
バフっと顔に飛んできたレンタルのウエットスーツに続きを阻まれた、ここも雪斗と似てる、何かを決めると人の話を聞かない
何故か雪斗まで木嶋に同調して更衣室の扉を開けてニッコリした
いつの間にどんなきっかけで雪斗と木嶋はつるんだのか知らないが話が勝手に進んでる
着替えるのを手伝おうか?と笑ったマキにスーツのジャケットを脱がされそうになった
ジャケットくらい別にいいけど雪斗が見ているせいで妙に恥ずかしい、必死で抵抗していると表の駐車場からザァっとタイヤが地面を滑る音が聞こえた
「おっ……来たな……マキ、頼んだぞ」
「任せて」
バンッと車のドアを叩きつける音の後に、マキが待ち構えて開けたドアからショップに飛び込んできた新たな来客は、物凄い知ってる顔だった
「社長!!また連絡も寄越さないでこんな所に来て!ここまで二時間かかるんですよ!俺の身にもなってくだ………さ……………………暁彦?………」
「緑川……」
「な…何で………今日は火曜だぞ?、どうしてこんな所にいるんだ」
「お前は?」
「俺は木嶋の馬鹿が逃げ出したから追いかけて来ただけだ、仕事中だ」
H.W.Dに転職してまだ半年なのに、社長の事をもう馬鹿呼ばわり、上手くやっているらしいが気のせいか緑川は疲れきってる
「緑川、何突っ立ってる、早く着替えろよ、マキが待ってるぞ」
「は?何言ってるんですか、俺はまだ仕事があるから……」
「どいつもこいつも煩いわね、時間が押してるんだから早くしてよ、グダクダ言うなら酔い潰すわよ」
「え?わっ!」
真っ黒のウェットスーツを緑川の腕に押し付けて2人一緒に更衣室に押し込まれてしまった
音が消えた部屋の中はエアコンが届かず蒸し暑い
気不味さと照れで汗が吹き出してきた
「……久しぶりだな………元気だったか?」
「ああ、暁彦は……聞くだけ無駄か……社長と仲良くやってるんだな、今日は?休みなのか?」
「潜りたいから付き合えって雪斗がさ………俺も仕事を放り出してきた、お前は?本当に潜っていくのか?」
「仕方ないだろ、どうせ木嶋がいないと進まないんだ、おい、汗をかくとウェットスーツが入らなくなるぞ、着替えるんなら早くしよう」
ネクタイの結びを引いたり上げたり
モジモジしている佐鳥に背を向けてスーツを脱いでいった
……TOWAの繊維部門は突然予算が増え、完成の手前で足踏みしていた新素材は色んなタイプのサンプルが上がってきている
そのうち嫌でも顔を合わす事になると覚悟していたが、こんな不意打ちで佐鳥と雪斗に会うなんて予想外だった
「汗がヤバイな、シャツが………………暁彦?」
脇の下から回った佐鳥の手がサワサワと胸を撫でてる、ムキッと指を立てられて飛び上がった
「くすぐったいな!何やってんだ」
「いや……緑川、お前……筋肉増えてないか?」
「は?」
気不味いまま別れて半年、久しぶりに会って……それが一番最初?
向き合うと本当にそれだけが気になるらしく、胸を鷲掴みにしてモミモミと硬さを確かめ自分と比べてる
どうしてこんなにどこまでも天然なのか………クツクツと湧き上がる、久し振りの抑えられない笑いに腹が痛い
「腹筋ヤバいな、何か揺れてる……お前俺に見せつける為に力入れてんの?」
「俺は今、体が商品なの、一応スポーツブランドを立ち上げるんだから貧弱って訳にはいかないだろ」
「抜け駆けすんなよ」
「抜けがけ?」
一月以上口もきかず、喧嘩別れしたしたのに、今日腹筋200回しましたとかどうやって連絡するんだ
………と言うか……もしかしたらその手を使って佐鳥を煽れば、この単細胞はムキになって210回やったとか何とか逐一報告してきそうだ
あっという間に和解出来たかもしれない
もう今更どうでもいいが……変わらない佐鳥には相変わらず和まされる
馬鹿なのか天才なのか、狭い更衣室に二人きりにされ、どうしようかと迷った数分前が綺麗にすっ飛んだ
「木嶋さんの所は厳しいのか?」
「厳しくは無いけどやりにくい、あいつは雪斗の倍くらい自分勝手で、奔放で、きまぐれで、我儘で……でも毎日楽しいよ」
「そっか……」
「何でもいいから手を離せ、気色悪いだろ、早く着替えないとマキさんに酔い潰されるぞ」
まだサワサワと胸とか腹筋を触り続ける佐鳥の手を取って、ネクタイの結び目に持っていくと………
くすぐったいから触るな、と払い落とされた
つい頭を殴ると、よく知ってる馴染みの笑顔が返ってきた
マキに追い立てられ、タンクと荷物をボートに積み込んだ三人は急かされるままにバタバタと出ていった
モーターが作った白い線を残し.船が小さくなっていく
沖の方は青の色が濃く、底が見えない海の真ん中に足を下ろすなんてよく出来る、身を寄せる壁も岩もない真っ青な無重力にポツンと放り出されるなんて考えただけで空恐ろしい
「気になるか?」
ジリジリと肌を焼いていた太陽の光を遮って木嶋が隣に並んだ
「別に………」
「スポーツを一緒にするとすぐに仲直りするさ」
「ダイビングはスポーツじゃないだろ?浮いてるだけじゃないか」
「スポーツだよ、今から教えてやる」
「俺はいい、茶番に付き合ったんだからもう十分だろ」
元々このダイビングは、気になる癖にお互い腰が引けてる二人を,取り敢えず仲直りさせておこうと木嶋が画策した
もう目の前まで来ているTOWAとH.W.Dとの連携に、面倒くさい障壁を取り払いたかっただけなのだろうが、佐鳥を担当に付けるつもりは無かった
またリクルートを狙われては溜まったもんじゃない
「何言ってんの、ライセンス取るんだろう?」
「あれは方便だ」
「駄目」
空気を含んだ分厚い生地がバフリと頭に乗った
……またピンク
無視していると首にグルグルと巻きつけられて暑い
「あのなあ木嶋……」
「怖いの?」
ムカつくくらい高い位置から見下ろしてくる木嶋の口元が、ニヤリと笑った
時間が遅くなればなる程面白い事になる……木嶋にそう言われたが……成程……ある意味面白い事になってた
マキに連れて行かれたポイントはドロップオフだった
エントリーしてすぐ、急斜面を滑るように落ちて行くと魚影も多く透明度が高い
通常ならドリフトしながら浮上ポイントまで流れて行くコースらしいが、何が面白いって途中から潮が反対になっている
船に残ったマキが待っている浮上ポイントに辿り着けなければ、広い海原にポツンと放り出される事になる
早い流れは油断すると体を持っていかれる、砂地や岩にダイビングナイフを立て、掴める物は全部掴み、這うように全力で泳がなければ進めなかった
「………疲れた…」
「何であんなポイントに降ろすんだ……もうヘトヘト……筋トレサーキット3周した気分……」
「午後になると流れが変わるって木嶋は知ってたぞ……あのクソ野郎」
腕も足もパンパンに張ってちょっと動かすのも怠い
ゲストハウスに帰り着くと、もう立つのも嫌だった
「暁彦、お前何か見たか?」
「そんな余裕なかったよ」
普通なら海中で岩などに触るのは景観の保護も含めて絶対にやってはいけない
擬態して潜む毒のある生物に触ってしまうと命の危険もあるが今回はそんな事言ってられなかった
手が離れるとあっという間に流される、フィンを使って全力で泳いでも同じ場所をキープするくらいで断崖絶壁をクライミングしたのと同じだった
ボードのアンカーが見えた時はもう登頂成功の気分……レギュレーターの中で上げた叫び声は,大きな泡になってボコボコと空を目指して登っていった
「俺ウツボの首を締めそうになった、丁度良い所に頭出してユラユラ揺れてるからつい…」
「俺はタコに助けを求めたよ、持って帰って食おうと思ったけど無理だった」
「それ違法だからな、ああ…ビールが飲みたいな、車と仕事が憎いよ」
ダイビングの後はやたらと喉が乾く、マキは帰ってすぐにビールを飲み始めたが、飲めない二人組は仕方なくノンアルコールのビールを開けた
雪斗と木嶋はまだ帰ってこない
体が重くて怠いが、何となくじっとしているのが嫌で二人揃ってブラブラと浜辺に出た
外は今、一日の中で一番暑い時間だ、砂地に染み込んだ熱が足を焼いてキャーキャー言いながら水辺に走り込んだ
「暁彦、蟹がいる」
「食えるかな……」
「お前そればっかりだな」
潮が引いた岩場に座り込み、泡を吹いていた蟹を摘み上げると鋏を振り上げ怒ってる
砂を巻き込み、泡立つ波間に放り投げるとポチャンと小さな飛沫を上げて見えなくなった
「社長とは……まだ?」
「ああ、今は俺の部屋にいるよ」
「一緒に住んでるのか?あの人面倒くさいだろ」
「面倒くさいよ、普段の生活に関しては不能だからな、まあ………お前と暮らすみたいにただ楽で楽しいって訳にはいかないけどな、何とかやってる」
「…………………」
岩にくっついている尖った貝が取れないものかと、グニグニ揺すっていたから緑川の方を見ていなかった
急に止まった会話に隣を見ると、緑川は口をポカンと開けて何かに驚いていた
耳が真っ赤になってる
「何?何だよ、気持ち悪いな」
「暁彦……お前なぁ……」
「俺が何だよ」
「もういいよ馬鹿」
翠川が足で潮水を掬い上げ、蹴り飛ばすと着替えたばかりのTシャツが濡れた
(H.W.Dのロゴ入り12000円、勿論有料)
「な?ダイビングはスポーツだったろ?」
「鬼!しね!もう二度と来ないからな」
「雪斗くん……しねは駄目だって」
「うるさいな!おい、見てないで袖引っ張れよ」
ウェットスーツを早く脱ぎたいのに脱げない、乾いていてもキツイのに、濡れてしまうと肌に張り付いてびくともしなかった
「雪斗くん体力ないなあ、引きこもってパソコンばっかり触ってるからそんなに青白いんだ、男ならもっと鍛えなきゃ………そうだ、うちのスポーツクラブ紹介しようか?今なら入会費免除、どお?」
「行くか馬鹿」
ニヤニヤ笑いながら見ているだけで木嶋は手を貸そうとしない
受けるつもりのなかった講習はきつかった、タンクと機材を装備したままウロウロと連れ回され、エントリーした後も何がしたいのか浜を横断する距離を移動した
体力を吸い取られ、弱った握力で引っ張っても腕すら抜けなかった
「木嶋!手伝えって!」
「お客様、ウェットスーツの着替えも講習の一部なんです」
「嘘つけ!高齢になってからでも始められるってネットに書いてたぞ」
「いや……あんまり必死になって一生懸命付いてくるから面白くてね…」
「…………は?」
そうかなとは思ってたがやっぱりわざと……
目の前に海があるのにわざわざ端の方まで歩き、結局ショップを通り過ぎて、浮上した後もまた歩いて帰ってきた
今も……脱げないウエットスーツにジタバタ藻掻く姿を見て楽しんでる
「免許は?いつくれんの?」
「講習一回で取れるわけないだろ」
「そんな事一言も聞いてない」
「今言った、次は来週辺りにどう?一泊で来てくれたら酒も飲めるし……」
「もう来ないよ、取るとしても続きは他所に行く」
いくら足掻いてもウェットスーツの腕が抜ける気配は無い、以前は考える前に佐鳥が脱がせてくれたがゲストハウスに帰り着くと佐鳥はいなかった
マキが帰ってるって事はその辺にいる筈だ
木嶋に余計な娯楽を与えてやるのも馬鹿らしく、ニヤニヤ笑いをやめない木嶋を無視して胸くそ悪いゲストハウスから出た
「…………ここ?……」
耳の裏を指で引っ掻くと緑川が真面目な顔でこっくりと頷いた
「足の甲とか……」
「足か……そう言えばそんな所あんまり触った事ない」
「馬鹿……結構ポヒュラーだぞ」
「どんな風に?」
「そりゃ……」
誰が聞くわけでもないのに自然と声が小さくなり二人で顔を寄せた
何の話って……いつの間にかセックスの話になっていた、エロ話じゃ無い、汎用性も高く、情報交換なしに向上は望めない、真剣な探求と研究の話だった
「あとは……を爪で引っ掻くと……なる」
「キツさは?」
「這わせるくらいで……こう……」
緑川の爪が腕を掻くともどかしくて鳥肌が湧き上がった
「そんなんでいいのかな」
「次やってみろよ、凄い顔して喘ぐぞ……それから……」
「ま……わあっっ!」
ガンッと背中に衝撃を食らい、つんのめった
捕まる所も無く、目の前はゴツゴツした岩と尖った貝が先を揃えてる
危うく磯の中に顔から突っ込む所をグルグル腕を回して必死で止めた
「何の話をしている」
背中から聞こえた低い声に緑川と二人でそろそろと振り返ると……雪斗が腕を組んで片足を岩に乗せていた
氷点下の冷気を纏った冷たい表情は……いつか見た酒場で誰かを刺したあの時と同じだった
「ゆ……雪斗……」
まだウェットスーツを着ている、今丸腰じゃ無ければ多分刺されてた
「いつから……そこに……」
「こっちが聞きたいね、いつからそんな話をしてた」
「そんな話って?何の事?なあ!緑川?」
ギロリと次の標的に目を移した雪斗に、緑川は両手を上げ事もあろうに無関係を装おうとした
「社長、講習はどうでしたか?昼を食べてないからお腹が空いたでしょう、暁彦にも早くゲストハウスに戻ろうって今……」
「黙れ、ぶっ殺すぞ」
「……はい」
どうやらけっこう前から聞かれていた
得意の営業スマイルでこの場を凌ごうとした緑川の頭を殴りつけ、おまけで砂を蹴り上げた
直射日光に焼けた髪から焦げた匂いがする、雪斗に手加減無しで殴られた頭がじんじんしていた
ひと仕切り……有りとあらゆる罵声を浴びせたくせに雪斗はウエットスーツを佐鳥に脱がせてもらってる
いちゃつく二人を眺めて温くなったノンアルコールビールを飲んでいた
なんの事はない、ラブラブカップルの他愛の無い痴話喧嘩に混ざってしまっただけ、気が付けば放り出されて2対1になってる
こんな風に少し距離を置いて眺めると、そこには温かい風景しか無かった
思い返しても殺伐としていた去年が嘘のようだ
「これで十分だな………さて……もういいかな…」
ウエットスーツを引っ張り過ぎた雪斗の背中から尻の割れ目が見えている、これ以上放って置くと目も当てられない事になりそうで、そろそろ止めようと立ち上がると………
ゲストハウスの扉が勢いよく開いて中から木嶋が飛び出てきた
嘘みたいだがドアの硝子が砕けて割れてる
「雪斗!!貴様っっ!!」
木嶋は何があってもムカつくくらい冷静に振る舞い、声を荒げるなんて普段は無い、その木嶋が怒鳴りながら走ってくる
名指しされた雪斗は木嶋に背を向けたまま不敵な笑みを浮かべていた
「お前!!やったな!!」
「おや、木嶋社長、どうしたんですか?そんなに慌てて」
「惚けんな!」
「惚けてません、ちゃんと言葉にして頂かないと何の事か特定できません……これでも私は色々と忙しいんです」
木嶋が殴り掛かるかもしれないと本気で心配になった
佐鳥と二人で雪斗を囲ったが、当の本人はしれっとビジネス口調に変え、感情のない嘘臭い笑顔を浮かべた
今の今まで半ケツになって男同士で戯れていた奴と同一人物とは思えない
「ブラストの音羽ってお前だろうが!」
「そうですよ、もう連絡が来たんですね」
「いつ?!いつやった!」
「ここに来る途中」
「よくも……」
「うちの大事な物に先に手を出したのはあなたでしょう、私に遠慮する理由なんか無い」
「ちくしょう!払わないからな!」
砂を足で蹴り上げ地団駄踏んだ木嶋は、いつも人を食ったように微笑んでいる姿からは想像も出来ない
雪斗は面白そうにニヤニヤしながら、ゴミを払うように手を振った
「じゃあ出て行ってください、今すぐに」
「ふ………ふざけやがって……」
用心はしていたがまさか本当に手を出すなんて驚いた、上半身裸の生白い肩を突いた木嶋を慌てて抑えた
「ちょっと待って下さい、落ち着いて、何の話ですか?」
「こいつ、倍の家賃を要求して来やがった」
「家賃?どこの?」
「そこのショップだよ!!」
仕事を放り出し、ダイビングショップでのんびりと楽しい面々を揃えてからかいまくる
雪斗は尖ったセルフフィールドから連れ出すと、素直でピュアで……生意気な所を含めても物凄く可愛い
変な電話が掛かって来るまでは極上の一日だった
生物を食べない雪斗の為にわざわざ買い揃えた大きな鍋でブイヤベースを仕込んでいると、慌てた口調の不動産屋から電話が掛かってきた
木嶋のダイビングショップを含む、海岸線の土地と建物が全て買い上げられ、新しいオーナーに委託の値上げを要求された、しかもほぼ倍額………困り果てた不動産屋に家賃の値上げを飲むか出ていくかを打診された
「あれだけ年商をあげていらっしゃるH.W.Dの「子会社」がまさか賃貸物件だとは思いませんでしたよ」
「ヌケヌケと……よくもすっ惚けて講習なんか受けてたな!」
「そう言えばお腹が空いたんですけど、昼食はできましたか?」
「食う気か!!」
「お支払した料金に入ってますけど」
「~~~~~~っっ!!クソっ!もうちょっと待ってろ!!」
ギロリと雪斗を睨みつけた木嶋は手近にいた佐鳥の首を引っ掴み「お前手伝え!」とバフバフ砂を撒き散らしながら引きずって行った
「ちょっとは丸くなったと思っていたら全然違うんですね、まさか虎視眈々と弱点を探していたとはね……」
鼻息荒く佐鳥を引き摺っていく木嶋の後ろ姿を見ながら、雪斗はフンっと鼻を鳴らし思いっきり悪い顔でニッコリと微笑んだ
「お前を盗られたからな」
「まだ何か企んでいるんですか?」
「そうだな……残りは佐鳥かな」
「佐鳥って……」
雪斗の口にした"佐鳥"は巨大な佐鳥グループの話だとしたら……と言うか間違いない
「百億で間に合いますか?」
「とても足りないだろうな……」
「あそこは株式を親族で独占してる筈です、あの手は使えませんよ」
「まあ……ノンビリやるさ、手はひとつじゃない」
「TOWAはどうするんですか?」
雪斗は海の方を見て顔に当たる風に目を細めた
「そのうち佐鳥に任せる……まだ無理だけどな」
「あいつは馬鹿だが無能じゃない」
「そんな事は知ってるよ、まあ二人でやって行くさ」
雪斗の言っていることは恐らく冗談じゃない
出来るかどうかじゃない、やるかやらないかだ
「H.W.Dに飽きたら手伝いますよ」
「飽きてなくても呼んだら来い」
「面白そうですね、お召しを待ってます」
ほんの少し日が傾いただけなのに潮が満ちて佐鳥と座っていた岩が海水に濡れている
被さる毎に岩を舐めた波はその度引きが悪くなっていく、言葉もなく満ちてくる潮を眺めていた
馬鹿みたいに嬉しそうに手を振る佐鳥が走って呼びに来るまで……
end
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