赤くヒカル夜光虫

ろくろくろく

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「松本!プロジェクターがちゃんと動くかチェックしろよ、電球切れてたなんてシャレにならないからな」

「今やってます、任せてください」

余裕のない木下の声音に辟易しながらも何とか普通の声を絞り出した

午後から社長を含む役員の前で行うプレゼンシュミレーションの為に持ち運びができる小型のプロジェクターを箱から出していた

松本は写真を投影したり資料を手渡したりするだけだが営業全員が無関係とは言えず、責任の重さにピリついた木下からの指示は厳しい、営業デスクの周りは緊迫した空気が漂っている………筈だった


「ぎゃあ!!」

木下が上げた変な悲鳴にビクッと肩が上がりプロジェクターを投げ出しそうになった

「な!な!な!何?!!佐鳥!何?!」


何があったのか、何をしているのか……佐鳥に抱きつかれた木下が泡を食ってジタバタ暴れていた

ピンと張り詰めていた空気をサックリ真っ二つにする佐鳥はさすがと言うか大物と言うか呑気と言うか………ふざけているならそれでいいし何かに感激しているならもっといい

少なくとも下っ端には遊んでいる隙なんかなく、点検とピント合わせの為にプロジェクターの投影スイッチを押すとレンズの前にヌウっと立ち塞がった紺のスーツに完成予想図が照射された


「…………何してるんですか佐鳥さん、さっきから変ですよ、まあいつもと言えばいつもですけどね、そこどいてください邪魔です」

見下ろすなと何回言ってもわかってくれない、見上げなければならないポーズが妙にムカつき一々ムッとしてしまう

近くに立つなと文句を言おうとすると長い腕がガバッと体に巻き付いた

「うわあ!佐鳥さん?!何?何?!木ノ下さんは?うわあ!」

無言が怖すぎる、何よりもスッポリ佐鳥の胸に納まる身長差は我慢の限度を越え、殴るには近過ぎて肘で押し返すと何のつもりかあっさり外れた

びっくりし過ぎて罵声も出ない

抱きつく形のまま夢遊病者のように次の獲物を探した腕はヌーっと移動して行き、冷静に成り行きを見ていた緑川の前で…………ピタリと止まった


「どうした?俺にも抱きつけよ」

ニッコリ笑った緑川がほらっと両腕を広げた


「緑川?」

「俺が誰に見えてる」

「いや……」

昨日の雪斗が頭から離れず、ぼうっと妄想に取りつかれてるうちに危うく緑川に抱きつこうとしていた

選んだ相手が緑川だったのは最悪、どこまでバレているのか口元は笑ってるのに目が怒ってる

ハタと周りを見回すと野島部長を含む営業全員に見られていた、木下と高橋は体に腕を巻き付け見事にシンクロした同じポーズで固まっていた


「何してんだ?…………何でそんな目で俺を見てる」

「……こっちの台詞です……ああ怖かった」

「は?」

何を言ってるのか聞こうとするとグイッと肩を引かれて向き直る暇もなくトトっと後ろ向きのまま引きずられた

「暁彦、ちょっとこっち来い」

「何?………俺は忙しいんだよ」

体制を立て直せ無いままフロアの隅に投げ出され、手を付いて体を支えた固定されていないパーテーションがガタンとずれた

暗に約束事となっていた職場での呼び方も無視して暁彦になってる

昨日のグラナダと言い緑川はここの所ちょっとおかしい

「お前今日が何の日かわかってるのか?」

「わかってるに決まってるだろ、先週からずっと準備をしてたんだ、何でそんな事を……」
「わかっているなら何を呆けてる」

「呆けてなんか……」



呆けていた……
ずっと雪斗の事を考えていた



今朝の朝早く

動き回る人の気配に目が覚めた

窓の外はまだ暗い

隣に眠っていた雪斗はもうとっくに起き出しシャワーを浴びたのか、頭からタオルを被り不機嫌そうに風呂場のドアを蹴って閉めた

いつも謎だった雪斗の生態……

気分は野生動物の観察に近い、音を立てずに気配を殺しこっそり眺めていた

肩に3本ラインの入ったアディダス定番のTシャツはやっぱり学生っぽい

濡れた髪をいい加減に拭いてタオルを捨てた

コンセントに繋いだパソコンを開けて……見つめられている事に気付き顔を上げた


「起きてるなら声をかけろ、黙って見てるなんて不気味なんだよ」

「大丈夫かなって思って……昨日も遅かったし………その……疲れてるだろ?」

眠りに落ちる寸前、意味はわからなかったが雪斗が抱え込む因縁の結晶が垣間見えた

その話をした事を多分雪斗は覚えてない、聞いたりしたら深く根付いている自尊心を傷付け、きっと黙るか怒るか、最悪姿を消してしまうかもしれない

雪斗は自分で思う程強くない、ぐらつく足元を支えるプライドは不可侵なのだ、触らずそっと包み傷が癒えるのを手助けすればいい



「何でいつもこんなに早起きなんだ」

「……ただの習慣」

「朝飯にフレンチトースト作ってやるから雪斗ももうちょっと寝てろよ」

口に出した事は無いが雪斗は絶対に甘いものが好きだと思う、いつもメロンパンを噛じっているのはお金が無いからだけじゃない

餌を吊り下げベッドに引き込んでやろうと手を伸ばすと届く前にバシっと叩き落とされた


「調子に乗んな」

「雪斗……」

冷たいのもぶっきらぼうにも慣れてきたが、ほんの数時間前腕の中で蕩けていた顔と違い過ぎる無表情にガックリすると不意に軽いキスをくれた


「俺はもう出るから」

思い通りに操られている気も、しないではないがそれだけで嬉しい

出来るなら一緒に寝て一緒に起きて、一緒にコーヒーを飲みたいが雪斗を簡単に手の中に納めるなんて無理らしい

「昼に行くよ」

「来なくていい」

「行くし」

「…………じゃあ…おにぎりがいい」

「わかったよ」


甘い……

キスひとつ……触らせてももらえなかったが……
空気が甘い朝だった



「暁彦!」

ぱんっと小さく頬を払うとボケていた佐鳥の目が焦点を取り戻した

「あ……」


目の前で話してる側からフワフワどこかに行ってしまうなんてますます悪い方向に向かってる

おまけにその顔は何だ、社長を含む重役達の前に立たなければならないのに佐鳥の頬には誰かに殴られた手の型がついて赤くなっている

「その顔どうした?」

「え?わかる?………これは……自分でやったんだ、蚊を叩いたら……やり過ぎただけで」

わからないと思っているなら相変わらずとしか言えないが、それなら手の向きが変だろう

何があったか言わないって事は殴ったのは多分雪斗

佐鳥に限って無理強いの末拒否されたなんてあり得ないがどうせ馬鹿な理由であることは言わずと知れた

今は真っ当な恋愛だと勘違いして舞い上がってるが5年間見て来た佐鳥の恋愛に対する優先順位は高くない

追い詰めるなら佐鳥じゃなくて雪斗の方が得策に思えた

ふうっと溜息をついて体を離すとフロア中の女子(推定年齢~50まで)の注目を浴びている


実は佐鳥とのじゃれ合いはちょっとした社内イベントと化し、二人の距離が近ければ近いほどきゃあきゃあ騒がれた

佐鳥は何も知らないが声を潜めるためくっついた今日の二人は最高級のおかずになってしまっている

グッと背中を伸ばし、暫く放置していた仕事モードを取り戻して笑顔の仮面を装備した


「しっかりしてくれ、今日失敗すれば降ろされるぞ」

「わかってるよ」

「そうは見えないな……言っておくが俺は手加減しないからな」

社長と役員が今回のプレゼン内容を評価する体裁だが、普段から仕事なんかしていない名前だけの役員は全員英語が話せない、オブザーバーで入れと言われている営業の野島部長と緑川が社長と共にシュミレートする事になっていた

「手加減は必要ない、ちょっと今日は……色々あって気を取られていただけだ」

「どんな色々かは知れたもんだがしっかりやってくれ」


全くハラハラさせないで欲しい

本当は付きっきりで佐鳥の側に回りたいが一日100回くらい「馬鹿」と言ってしまいそうで今くらいの距離が丁度いい


通常ダイヤに戻り大人しく仕事をしているなと安心していたら昼になった途端、佐鳥は会社を飛び出して行った

佐鳥と木下、松本の三人は昼を食べに出るのが難しいだろうとケータリングを頼んでいた

窓際に行って外を見ると転がるように走り出てきた佐鳥の行き先は………


思わず出た舌打ちに同じく窓の外を見下ろしていた皆巳と目が合った

皆巳は事情の一旦を知っている筈、顎で会議室を指すと、コクンと頷き先にドアを開けた

プレゼンシュミレーションの会場だが会議室には鍵がかかる、何にでも耳を側立て、おやつかメインディッシュに仕立て上げる女子社員に要らぬ情報が漏れないようきっちり締めた



「皆巳さんは何か知ってるんですか?」

皆巳は何も言わず薄っぺらいA4の茶封筒を差し出した、表にも裏にも社名などの表記は何も無い
中身を確かめるとどうやら探偵事務所からの報告書らしい


「…………何ですか?このいい加減な報告書は……」

書類に目を通してほぼ何も内容のない調査報告に呆れた

「一週間しか頼んでないから何もわからなかったのよ」

「なら追加で頼めばいい、こんなの金を捨てたようなものじゃないですか」

「汚い狙いがないかだけ分かったらそれでいいじゃない」


「……どうして皆巳さんはあいつを調べようと思ったんですか?」

多分皆巳は雪斗が佐鳥の部屋を出入りしている事までは知らないはずだ


「一万円札を渡している所を見たからよ」

「いつ?」

「ちょっと前かな」

「それで?」

「それでってどういう意味?」

「どうするつもりなんですか?」

「何もしないわ、別に害はないでしょう?小銭をたかられているぐらいなら……どうせそんな財力も無いし余程の馬鹿じゃなければそのうち気付くでしょ」

害はある、その余程の馬鹿だから困ってる

それに一週間張り付いて何も中身がないのは反対に何かある事を巧妙に隠しているのかもしれない、いくらなんでもこの現代に人が生きる上でここまでスカスカでいられるなんておかしい

「じゃあどうして気にしてるんですか?」

「気にしてないわ、偶然目に入っただけよ、これはプライベートの範疇じゃない、可怪しいですよ緑川さん」


「皆巳さん………………」


皆巳こそ可怪しい、普段から社内の事には知らん顔をしているくせに雪斗の行動を目で追い気にしているように見えた

真意がわからず、ジッと目を見つめるとフッと観念したように結んでいた口を解いた



「物凄く不気味なのよ……あの子……」


見下した言葉を投げると攻撃的な目付きで顔に似合わない辛辣な台詞を吐いた

何よりも気になったのが目だった


「目?」

「人生を棄て、だらしなく怠けているくせに……何と言えばいいのか…………目が死んでない」

「ただそんな顔なんじゃないですか?」

「……そうだと思うけどね」

考え過ぎなのはわかっている、働いていないのはもう間違いないし、最低限の体裁を保つ事もせず毎日ダラダラ遊んで暮らしているだけだ


「まさか社長に報告してないでしょうね?」

「してるわけないじゃない」

「俺に任せてもらえますか?」

「そうね……」

どちらにしろ直接会社には関係ない

会議室を出て行った緑川がゴミ箱に放り込んだ茶封筒を拾い、シュレッダーにかける為に社長室に戻った




午後一番、社長や役員が顔を揃えた部屋に、ギリギリで走り込んで来た佐鳥は息が整わないうちにシュミレーションを始めなければならなかった

真隣に座っている野島部長も同じ気持ちだったのか社長達の手前声に出せず「緑川、お前が見て来い」とラインに入って来た

ハラハラを通り越して憤死するかと思うくらいヤキモキさせられ、プレゼンが始まる前にぐったり疲れてしまった


ハァハァ言ってる息をぐっと飲み込み佐鳥が挨拶をするとシュミーションが始まった

松本がプロジェクターで表紙となるオープニング画面を投影するとここからは英語だけになる

なるべく短時間で終える事も重要な課題、ストップウォッチで時間を測り、応答シュミレーションは全部終わってから行う

質疑応答を繰り返し問題点を洗い流して行った



「今日は悪かったな手間を取らせて、緑川も忙しいだろう」

シュミレート結果を纏める作業に入った佐鳥達に代わり会議室の片付けをしていると社長が缶コーヒーを持って入って来た

「いえ、手間じゃありません、これも仕事です」

「最近はどうだ?」

「川崎製菓と契約できそうです」

「そうか……一度松本を連れて行ってくれ、お前が営業している所を見せた方がいいだろう」

「はい、そうします」

「飲め」とか「差し入れ」だとかは何も言わず缶コーヒーを置き去りにした佐取社長は仕事の話をさせると迫力あるが雑談は苦手らしい

掛けてくる言葉はいつも「最近どうだ」が多い

年齢のわりに若く見え、客観的に見るとTOWAで一番のイケメンかもしれない

不器用な所がジュニアの佐鳥とよく似ている

仕事にも己にも厳しく社員には怖がられているが、数回あったヘッドハンティングの誘いを断り、この中堅会社を辞めるつもりがないのは佐鳥がいる事に加え社長が信頼できる人物だからと胸を張れる




シュミレートを終えるとプレゼンの準備は全て整い後は本番を待つだけだった

今日が終われば土日は休み、休日を雪斗と一緒に過ごすのは初めてだった(但し未承認)

早く帰りたくて帰りたくて、いつもすぐに外出して会社にいないくせに、こんな日に限って居座る緑川にずっと動向を監視され動けなかった

窓から見えるベンチでは雪斗が待っている(願望)

緑川が言いたい事はわかるが誤解も多くわかってもらうのは難しい、別に何を言われても構わないが最大の難………ホームレスである事、働いてない事を置いといても雪斗が男である事に言い訳なんか出来ない


就業時間が過ぎるとじりじり待って緑川が席を立った隙に会社を飛び出した、会社の窓から丸見えなのがややこしい、見るのはいいが見られると面倒が増えるだけだ、ベンチに座ってうとうと居眠りしていた雪斗の手を強引に引っ張って道路まで走り出た


「痛いって」

掴んでいた手をバッと払いのけた雪斗の手首には赤い跡がくっきり残っていた
女じゃないが男だとか言っても雪斗はどうにも華奢で気を付けなければやり過ぎる

「ごめん、早く会いたくてつい……」

「キモい」

「キモいとか言うなよ、ホントにお前は冷たいな」

「ええ?!そうなの?!」

「え?」

……………どうしてここで雪斗が驚くのか会話の間がつかめなくなった

「何で雪斗が驚くんだよ」

「………ごめん、前にも言い方がキツいって言われた事がある……俺あんまり人と話さないから……」


「…………………………」


びっくりした

素直なのか捻くれているのかわからない
わからないが飛び付きたくなった

ムクムクと膨れ上がった心の盛り上がりが漏れて見えるのか、雪斗は睨みながら身構えてジリジリと離れていった

「佐鳥……言っとくが俺は毎日とか出来ないぞ?」

「え?……」


雪斗の正体がわからないと散々言われたが本当にわからない

計算された色っぽい目でキスを誘い、気に入らない時は零下40度で撥ね付けるくせに、ブワっと赤くなった顔を見せられるともう部屋に入った途端押し倒すくらいの勢いがついてしまった



「おい!何にもしないって約束しろよ」

「守れないかもしれない約束は出来ない」 

口調だけは男らしい、何の話か他人が聞いてもわからないだろうが公衆で言い合う内容じゃない

「エロ馬鹿」

「また冷たい」

「冷たく言ってんだよ」


ズンズン先を歩く雪斗の背中を追ってマンションまで帰ってきたが、誘わなくても「帰って」来てくれたのは初めてだった


約束はしなかったが無理をさせるつもりは無かったのに、誘っているのかと勘違いさせる雪斗も悪い

世界情勢とキノコについて議論をしながらご飯を食べた後、風呂に入った雪斗は半パンを履いただけの裸で寝転んだ

半濡れの透明度を増した白い肌を目の前にすると触りたいに決まってる


そろそろと近付いて……

パソコンに向かってうつ伏せになっている背骨のへこみに口をつけてベローっと舌を滑らせた


雪斗は無視

それならと……ぐいっと足を拡げて指を潜らせ奥に進めると無視を決め込んだ背中の肩甲骨が盛り上がった


「…………っ……」

しつこく叩いていたキーボードを走る指は止まってる、ちょっとだけ触っていい声でも聞けたらなんて思っただけの筈がもう無理……………

身体を寄せて首に食い付くと避けた雪斗の顎が開いた


「……ふっ…あ……」

生意気で偉そうなくせに雪斗は弱いとこだらけ……口の中も首も耳も……弱い

捲り上げたTシャツに隠れていた胸も弱い

ピクンと震える性感の鼓動が手に伝わり閉じた目と眉の表情が色っぽく歪む



体を擦り付けるように背中から雪斗を巻き取り谷間に進入してゆっくり自分ごと雪斗を揺らした

さらさらだった肌にじっとり汗が滲んで手が吸い付く



「ハァ………」

上がった顎に手を添えて緩くポッカリ開いた口に指を入れると雪斗の舌が包んできた

指を舐めているだけなのにこれ以上無いくらい淫靡でエロい

突き上げる反動で反り上がる肩を押さえて深く食い込ませると声にならない悲鳴が上がった

「………っ!!………っっ………フグッ!!」

「わっ!!……」

がつっと指を噛まれ慌てた

「雪斗……口………」

「ん…うぅ……」

乱れて多分気付いてないのだろう

昇り詰めるまで噛みつかれたまんまだった

止まりはしなかったが………



「痛え」

指にガッチリ歯形がつき一部紫色になっていた

「約束守らないお前が悪い」

「約束はしてないだろ」

「………してないけど……」


雪斗は半パンが足元で丸まり裸のままうつ伏せて動かない、情けない格好が笑えた

「お前………子供みたい……」

「そっちこそチ○コしまえ」


下半身を見ると下だけ何も履いてないのは確かに恥ずかしい、慌てて前を隠すと雪斗が声を立てて笑った

「マヌケだなお前……」

「間抜けって言うな」

緑川も雪斗も人の事をマヌケだ馬鹿だと言い過ぎる
学校の成績は良かったし仕事もちゃんと出来ている、そこまで言われる程じゃない

「間抜けは間抜けだろ」

「マヌケと馬鹿は禁止にしよう」

「マヌケで馬鹿なんだから無理だろう、俺は風呂に入る」

一緒に入ろうと腰を浮かすと立ち上がる為の杖にされ頭を押し返された

「ついてくんな」

「ケチ」

「痴漢」

悪態を付きながら覚束無い足でフラフラ立ちあがった雪斗は素っ裸のまま風呂場に入っていった


雪斗の手触りが変わった

体を合わせたせいじゃないと思う、勿論それもあるが一定の信頼を得たような気がする

背中から近付いても振り向かない、触っても体を固くしない、一人で部屋に入る事まではしてくれないがそれは何か……雪斗の中にある約束事だと思う

ぶっきらぼうと口を開けば悪態を付くのは変わらないが………そこは多分標準装備………




「口が悪いって反省してたくせに…」

脱ぎ捨てられて丸まった雪斗の半パンとボクサーパンツは着替えてすぐ脱がせたから汚れてない、畳もうとすると半パンのポケットからゴロゴロと色々転がり出てきた

小銭と丸めたレシート、昼に食べたおにぎりの包装に、何のパーツかわからない黄色いプラスチックの輪っか、

……………小学生のポケットみたいだ

落ちたものを広い集め、雪斗の鞄に投げ入れて畳んだズボンをその上に置いた

そういえば……

雪斗の服からはいつも外国のホテルから香ってくるようないい匂いがする、洗濯はどうしているのか聞いた事が無かった

アイロンがいるような皺になる服はないが真夏の野外で一日を過ごしているくせに薄汚れたり汗臭かったりした事は無い、靴と混在しているが着ている服はいつもそれなりにきちんとしていた


「この匂い………雪斗の体臭だったりして……」

……綺麗な女子の汗は花の匂いがするって言うし……

雪斗の半パンを顔に押し付けクンクンと嗅いでみた




「……!ってぇ」

ガツンと頭に衝撃を食らって鼻に押し付けていた雪斗の半パンに鼻水を擦り付けてしまった

「何やってんだよ」

殴りつけた拳を固めて仁王立ちになった雪斗は逆光のせいで冷たい目から冷気が漂って寒い

烏の行水より上をいく雪斗の早風呂を忘れていた

下半身だけ裸の男が正座して洗濯物の匂いを嗅いでいる………客観的に見れば撃ち殺したくなるのは分かる

慌ててくしゃくしゃとズボンを丸めた


「……いい匂いがするなと思って……」

「ホントに馬鹿だな」

雪斗は佐鳥が手にしたズボンをバッと奪い取って丸めたまま鞄に突っ込んだ


雪斗と二人でいても全然甘い雰囲気にはならないが、お互いに遠慮なしに自然でいられて楽で楽しい


「なぁ雪斗、明日どっか行かないか?」

ちょっと凝ったご飯を二人で作ったり、オセロのリベンジをしたり、休日を誰にも邪魔されず二人で過ごすのもいいが雪斗の違う一面を見てみたい

季節はせっかくの夏、一日中野外で過ごしているがインドアのイメージが強い雪斗は花火すら知らなかった

「どっかってどこに?」

「どこでもいいから遊びに行こう」


遊びに使う金は一切ない

雪斗はそのひと言だけで会話を終わらしてしまった、「遊び」って単語が不味かった

雪斗を連れ出すには作戦を練る必要がある……が……


例えば温泉……
上手く連れ出せても……お湯に十秒浸かって体を三十秒で洗って……着替えを入れても三分持ちそうにない

プール…………人混みを見ただけで多分逃げる

遊園地……ない……絶対にない

絶叫マシンに乗って粟を食ってる雪斗を猛烈に見てみたいが多分乗せるだけで困難を極める

……ウインドーショッピングして夜景を見に行きラブラブ……


ハタと気付くと雪斗が睨んでいた


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