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招待状
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寒い日と暖かい日が日替わりでやって来る。
最高気温10度から18度、コートが欲しい日、ジャケットを脱ぎたい日。
桜の蕾がピンクに染まり、綻び始めた頃だった。
水嶋は相変わらず毎日仕事に邁進、土日は腑抜け。(ノールックで受信するのをやめたみたいで電話しても出なくなった)
だからと言って何も無い訳じゃない。拒否のポーズは崩れてないが、何がきっかけなのかどこにスイッチがあるのか、たまのたまの、本当にたまに固いガードが消えて無くなる。
チョビッとでもいいから頻繁に触らせてくれる方がいいのか、無い無い無い、あったら全部、がいいのか。どっちか選べって聞かれたら迷ってしまう。
そろそろ慣れてくれてもいいのに、とにかく思考が一本しかない水嶋だ。
一緒にいる事に慣れたら「こんなもんだ」って思い込んでくれると楽観していていたがやはり甘かった。つまり現状維持のまま、「水嶋の彼氏です」と言える日はまだ遠い。
水嶋の秘密を知った時は同情もした。
力になりたいと改めて思ったものだが、そんな必要は全く無かった。
ズシンズシンと強烈な足跡を残し、前を向いて突き進んでいく。何とか捕まってる服の裾から手が外れたら追い付けないから毎日必死で追い掛けている途中だ。下を向かない、振り返らない水嶋はやっぱり絶対的なエースなのだ。
かっこよくて溜息が出る。心配の溜息も出る。ムカつきの溜息なんか安定の量産。
今日も冊子型のカタログ各種でパンパンになっている大きな紙袋2つを取って来いとのご命令に従った。
片方で5キロ、細い紐が指に食い込んで千切れそうだったのに追い付いたら自分の言った事を忘れてやがる。邪魔だから持って帰れと蹴飛ばされた。
「あのクソ野郎、今度泣かす、今日泣かす、すぐに哭かせて恥ずかしい目にあわせてやる」
なるべくそういうのは控えたいと思っているが、強引に迫ればいけると判明してる。
毎回フレッシュな反応を見せてくれるのは面白いし妙に可愛い。水嶋が快感にひれ伏す想像はこの所ストレスの緩和材になってるのだ。
まずは週末になってから飲みに誘う。
なるべくカジュアルに。
泥酔させては元も子もないからビールだけに留めてこっちは酔ったフリだ。
そして、どちらかの部屋まで行ければ何とかなる。
……何とかする。
放って置けば地味な路地に雪崩れ込んで勝手に泥酔してくれるが、反応の無い水嶋なんてただの「男」になってしまう。
佐倉じゃ無いが見たいのだ。
イク顔、悶える顔、辛そうな顔なんて白飯にかけたら五杯は食える。一度、写真に撮って待ち受けにしたい、ツイッターにアップしたい。
……佐倉モドキがザバザバた釣れそうでしないけどね。
我が変態っぷりは日増しにスキルアップしているが水嶋にはその価値があると思う。
あの「……あっ……」って眉を寄せる時の顔が好きだ。後は「ぅ……あ"ぁ」って濁点の混じった声で力が抜けていくところ。
それから揺さぶってる時に見せる表情の変化……「んん」って……いい所を通るとわかるんだよなあ………って…
「あ……」
気がつくと声に出して実演してた。
もう会社は目の前なのに何をやってる。
行き交う通行人全員に頭の中を見られているみたいに思えて、恥ずかしくなって下を向いて歩いていると、見覚えのある光景が目の端に映った
二、三歩下がってよく見直すとでかいバイクが横倒しになってる。
「これは……友梨さん?」
「あっ!彼氏くん見っけ」
植え込みの影から聞こえた声に振り返ると、タピオカ入りのミルクティーを手に持った友梨が手を振っていた。
「彼氏くんはやめてください、俺は江越です」
「エゴ?変な名前」
「前に会った時にエゴちゃんと呼んでたじゃ無いですか、もう忘れたんですか?」
「忘れたわよ、何?エゴちゃんって呼んで欲しいの?」
「いえ……彼氏くんをやめてくれたらそれでいいです、てめえでもお前でも貴様でも、何ならタカちゃんでもいいですよ」
「タカちゃん?何それ?」
「俺の名前は隆文って言うんです」
水嶋 翔《かける》がショウちゃんなら江越隆文はタカちゃんだろう。
「じゃあ……」
「はい」
「エゴさんでいい?」
でしょうね。
「………呼び方は好きにしてください、それよりどうしたんですか?水嶋さんならまだ出先で帰って来るのは多分夜ですけど」
「そんなのわかってるわ、エゴさんを待ってたのよ、何でもいいけど先にバイクを起こしてね(ハート)」
「はあ……」
水嶋の細かいスケジュールまでよくご存知で……。
ちょっと面倒臭い系ではあるが友梨は相変わらず綺麗だ。水嶋の話を聞いてるうちに頭の中で美化が進んでいるのかと思ってたけど本物は上を行く。
バイクを起こせと言われたらやるけど、これは男の本能なのか、かっこ悪い所は見せたく無い。
……から布石を打っておいた。
「ちょっと腕を痛めてるんです(嘘)もしかしたら一人で出来ないかもしれません」
「出来なくてもやってくれるよね、友達だもん」
うん、友達になった覚えは無いね。
そして友達だと言うなら是非ともタカちゃんと呼んで欲しい。
友梨には物怖じや遠慮は一切なく、無邪気で勝手で可愛らしい。しかし、「ほら」と余す所無く、それこそ内臓まで気軽に見せてくれそうな雰囲気はあるのに、最後の最後の大切なカケラは決して見せ無いような気がする。もしかしたらそれを知っているのは翔ちゃんだけなのも……とも。
前にどこかで聞いた事がある、親友になるまでの期間は東京が3ヶ月、京都は100年、大阪は5分。
友梨はその全部を備えているように見えた。
……どうせ関係ないからいいけど…
「何してるのよ、ほら、オイルが漏れてるでしょう、早くしなきゃ今度はエンジン掛からなくなっちゃう、ピックアップ代払ってもらうわよ」
「はいはい」
「はいは一回」
「…………はい」
似てる。
水嶋と似てる。
顔とか声に騙されているが無茶をサラッと言う所も、言葉じりも、醸し出す空気も水嶋と似てる。
「何見てんのよ、可愛いから見たいのはわかるけど早くしてよ」
「やりますよ、やって見せます」
出来なかったら「クレーン持ってるか?」って水嶋の声で言いそうだ。
それにモタモタしてたらきっと蹴られる。
出来るかどうかでは無く、やるしか無いのも水嶋と同じだ。
バイクのハンドルを取って持ち上げてみたが……予想通り重い。渾身の力を込めてもズリズリと前に逃げるだけで中々立ち上がってくれない。
もう一回。タンクがガリガリと削れてるけど無視。
今度はフレームを持って背筋をフルで使う。
中腰で踏ん張っていると……通りがかりの人が助けてくれちゃった。
「65点」
「あれ?意外と高いんですね」
「感謝に50点よ」
ウインクが超綺麗。
見惚れながら白くなったパンツを叩いていると目の前にタピオカミルクティが出て来た。
これは友梨の癖なのか、目の前に突き出されてもう寄り目になっている。
受け取ると非常に暖かかった。
「これは…」
「エゴさんの為に買ったのよ、クソまずくても飲んでね、540円もしたんだから残したらどつき回すわよ」
「はあ……ありがとうございます」
一口飲んでみると……仰る通りクソまずいです。
いつ帰って来るか、会えるかどうかもわからない相手に旬の短いお土産を用意するか?
「翔ちゃん」相手だからこそ遠慮なく好き勝手言っていると思ってたらそれは違うらしい。
この人の彼氏はこの奔放さに苦労しそうなのに「男の趣味が悪い」って?殴られてもたかられても「普段は優しい」って笑う?そんな事があるのだろうかとも思うけど、水嶋の話が本当なら世の中上手くいかないって言うか、世の中上手く出来てるって言うか。それが友梨に与えられた天の二物なのだとしたら見ている方は堪らないだろう。
関係ないけど、水嶋ももう関係なくなる筈だけど、結婚する相手はどうなんだ、「今度は大丈夫なのか?」って一度は聞きたい。
余計なお世話だから言わないけどね。
「あの、俺を待ってたって何ですか?水嶋さんの彼氏なんて半分冗談なんですけど」(半分ね)
「そんなんわかってるわ、嫌味半分、揶揄い半分、あれは関西特有のツッコミのない冗談やねん、わかりにくくてごめんな、翔ちゃんかて嘘前提で返事してんねん」
「いきなり関西弁……」
「うちらはな、ちゃんと話したい相手には偽らへんの、今日エゴさんに会いに来たのは翔ちゃんにこれを渡して欲しいから」
ハイっと、友梨の鞄から出て来たのは見覚えのある封筒だった。住所も名前も……切手も貼ってあるのに、ポストに入れず持ち歩いていたらしい。端が凹んで薄汚れてる。
「これは…結婚式の招待状ですよね?いいですけど………水嶋さんはどうして受け取らないんでしようね」
「アホやからとちゃう?」
「でも………心配してるって……言ってました」
「そんなん当たり前やん、ほぼ家族やしな、何だかんだあっても一生一緒にいるんやって信じててんで?今となっては笑えるけどな、あいつ大阪出てからは連絡しても返事もせえへん」
「そりゃ…水嶋さんは忙しい人だから」
しかし、返事はしてなくてもちゃんと見てる。
そして友梨もそれを知ってる。
もし、こんな妹がいたら……誰でもそうなるかも。
この半端ない絆にちょっと友梨が憎たらしくなってきた。タピオカを一つ吸い上げると不味い。
ストローから戻してやろうかと穴にグイグイ押し込んでいると友梨がポツンと呟いた。
「なあ、エゴくん、大人っていつなるんやろな」
「それは小難しい話ですね、俺は大人のつもりでいますけど友梨さんは200年後くらいじゃないですか?」
「なあ、喉乾いた、何か買うてよ」
「え?……いいけど……」
聞いてもいない事を一人で喋り、自分の分岐点で突然話が変わる。本当に似てる。
社会性を取っ払った水嶋みたいで、子供の"翔ちゃん"と対峙しているようだ。
そして友梨はやっぱり見たままが100%では無い。
何か言いたいのかもしれないが、今聞き返しても、きっと誤魔化して言わないのもわかる。
「ちょっと待っててください、買ってきます」
会社のロビーにある自販まで走って、お茶を2つ買って持って行くと、2つとも取り上げられた。
「エゴさんはタピオカを飲んでよ」
「でもこれふやけてるし温いし…」
「私のタピオカが食えないって?」
「食えません」
「600円、食うまで見張るわよ」
「540円って言いましたよね?」
ハッと顔を上げて目を丸める様子。
………水嶋。
噛み殺して我慢をしている水嶋の言いたい事、結婚するって言ってるのに水を指すような事。
僭越で申し訳ありませんって感じだがここで言っとく。
「今度は大丈夫なんですか?」
「今度はって何なん?失礼やな、嫌やったら別れたらええだけやし、今は好きやからな」
うん、言っても無駄なんですね。
水嶋の苦労がわかりました。
「じゃあ、帰るわ。招待状をお願いね、絶対来てって伝えてね。ごめんなさいね変な事お願いして」
「え?いきなり標準語?やめてくださいよ、もう関西弁でいいです。そんな可愛く笑われたら頭の中で友梨さんが分裂して二人になっちゃいます」
「まあ女優は駄目だったけど私は可愛いからね、惚れても駄目よ、もう予約済み」
ちょー可愛い投げキスと「タピオカ飲め」って脅しを残し、友梨はバイクに乗ってヨタヨタと帰って行った。
水嶋の言った通り友梨はつむじ風みたいだった。
「さて、これをどうするか……」
預かってしまった結婚式の招待状。
これをどうするって迷う事なんか無い。水嶋に渡して、そして結婚式に行って貰う。
友梨の影を悶々と背負ってる水嶋には結婚式はいい機会だと思う。この際だから繋がっている色んな紐を切ってもらう。
帰ってくるのを待ち構えて事務所に入る手前で捕まえトイレに引きずり込んだ。
水嶋は別の意味に受け取って慌ててる。
幾ら何でも自分が務める会社のトイレで何もしないって。水嶋はやっぱり最高だ。
友梨を嫁に出してすっぱり忘れてくれ。
「何だよ、こんな所で……ここには俺達を知ってる社員がいるしすぐに誰かが入って来るし…」
「ご期待に応えられなくて残念ですが友梨さんからこれを預かって来ました」
「だから……何…」
益々皺が寄った封筒を差し出すと引けた体を用心深く寄せて……いつもの眉間に益々皺が寄った。
そして、またポケットに手を入れる。
「………どうしてお前に?」
「どうしてはいいです、受け取って下さい。結婚式に参列してください。参列しなきゃドレスを着て会社に押しかけるぞって脅されてます」
「あいつはどうせ山程の写真を送ってくる、それでいいだろう」
「駄目ですよ、ちゃんと行って来て下さい、おめでとうって言いに行くだけです、簡単でしょう」
「祝電でいい」
うだうだと歯切れが悪い。
優柔不断な水嶋は珍しいが、今は退行して拗ねた中学生に戻ったみたいだ。
「何が嫌なんですか、泣いちゃうからとか?」
「アホ、お前兄弟はいないのか?妹とか姉ちゃんがどっかの男とイチャイチャするの見たらこっちが恥ずかしいだろ」
「それは……」
8つ年上に姉がいるが、確かにそうだった。
誓いのキスを見た時は女なんだなぁって変な想像しちゃって逃げたくなった。
「確かに……姉ちゃんの結婚式は恥ずかった…かな…」
「ほら見ろ」
「でも俺は逃げませんでしたよ」
「だから何なんだ」
ムーっと口を閉じた水嶋はそれでも手を出さない。面倒臭いからトイレから連れ出して有給の申請を書かせた。(友梨は「来てね」って軽く言うけど結婚式は平日のど真ん中なのだ、人の都合を考えないってさすがと言うか友梨らしいと言うか)
「友梨さんには行くってメールをして下さいね」
「行くよ、行けばいいんだろ、ブーケをお土産に持って帰ってやるよ」
「………それは……プロポーズですか?勿論OKです。ふつつか者の俺ですが……」
言い終わる前に殴られて逃げて行った。
真っ赤な顔のおまけ付き。
この週末はやっぱり……鳴かしに行こうと心に誓った。
最高気温10度から18度、コートが欲しい日、ジャケットを脱ぎたい日。
桜の蕾がピンクに染まり、綻び始めた頃だった。
水嶋は相変わらず毎日仕事に邁進、土日は腑抜け。(ノールックで受信するのをやめたみたいで電話しても出なくなった)
だからと言って何も無い訳じゃない。拒否のポーズは崩れてないが、何がきっかけなのかどこにスイッチがあるのか、たまのたまの、本当にたまに固いガードが消えて無くなる。
チョビッとでもいいから頻繁に触らせてくれる方がいいのか、無い無い無い、あったら全部、がいいのか。どっちか選べって聞かれたら迷ってしまう。
そろそろ慣れてくれてもいいのに、とにかく思考が一本しかない水嶋だ。
一緒にいる事に慣れたら「こんなもんだ」って思い込んでくれると楽観していていたがやはり甘かった。つまり現状維持のまま、「水嶋の彼氏です」と言える日はまだ遠い。
水嶋の秘密を知った時は同情もした。
力になりたいと改めて思ったものだが、そんな必要は全く無かった。
ズシンズシンと強烈な足跡を残し、前を向いて突き進んでいく。何とか捕まってる服の裾から手が外れたら追い付けないから毎日必死で追い掛けている途中だ。下を向かない、振り返らない水嶋はやっぱり絶対的なエースなのだ。
かっこよくて溜息が出る。心配の溜息も出る。ムカつきの溜息なんか安定の量産。
今日も冊子型のカタログ各種でパンパンになっている大きな紙袋2つを取って来いとのご命令に従った。
片方で5キロ、細い紐が指に食い込んで千切れそうだったのに追い付いたら自分の言った事を忘れてやがる。邪魔だから持って帰れと蹴飛ばされた。
「あのクソ野郎、今度泣かす、今日泣かす、すぐに哭かせて恥ずかしい目にあわせてやる」
なるべくそういうのは控えたいと思っているが、強引に迫ればいけると判明してる。
毎回フレッシュな反応を見せてくれるのは面白いし妙に可愛い。水嶋が快感にひれ伏す想像はこの所ストレスの緩和材になってるのだ。
まずは週末になってから飲みに誘う。
なるべくカジュアルに。
泥酔させては元も子もないからビールだけに留めてこっちは酔ったフリだ。
そして、どちらかの部屋まで行ければ何とかなる。
……何とかする。
放って置けば地味な路地に雪崩れ込んで勝手に泥酔してくれるが、反応の無い水嶋なんてただの「男」になってしまう。
佐倉じゃ無いが見たいのだ。
イク顔、悶える顔、辛そうな顔なんて白飯にかけたら五杯は食える。一度、写真に撮って待ち受けにしたい、ツイッターにアップしたい。
……佐倉モドキがザバザバた釣れそうでしないけどね。
我が変態っぷりは日増しにスキルアップしているが水嶋にはその価値があると思う。
あの「……あっ……」って眉を寄せる時の顔が好きだ。後は「ぅ……あ"ぁ」って濁点の混じった声で力が抜けていくところ。
それから揺さぶってる時に見せる表情の変化……「んん」って……いい所を通るとわかるんだよなあ………って…
「あ……」
気がつくと声に出して実演してた。
もう会社は目の前なのに何をやってる。
行き交う通行人全員に頭の中を見られているみたいに思えて、恥ずかしくなって下を向いて歩いていると、見覚えのある光景が目の端に映った
二、三歩下がってよく見直すとでかいバイクが横倒しになってる。
「これは……友梨さん?」
「あっ!彼氏くん見っけ」
植え込みの影から聞こえた声に振り返ると、タピオカ入りのミルクティーを手に持った友梨が手を振っていた。
「彼氏くんはやめてください、俺は江越です」
「エゴ?変な名前」
「前に会った時にエゴちゃんと呼んでたじゃ無いですか、もう忘れたんですか?」
「忘れたわよ、何?エゴちゃんって呼んで欲しいの?」
「いえ……彼氏くんをやめてくれたらそれでいいです、てめえでもお前でも貴様でも、何ならタカちゃんでもいいですよ」
「タカちゃん?何それ?」
「俺の名前は隆文って言うんです」
水嶋 翔《かける》がショウちゃんなら江越隆文はタカちゃんだろう。
「じゃあ……」
「はい」
「エゴさんでいい?」
でしょうね。
「………呼び方は好きにしてください、それよりどうしたんですか?水嶋さんならまだ出先で帰って来るのは多分夜ですけど」
「そんなのわかってるわ、エゴさんを待ってたのよ、何でもいいけど先にバイクを起こしてね(ハート)」
「はあ……」
水嶋の細かいスケジュールまでよくご存知で……。
ちょっと面倒臭い系ではあるが友梨は相変わらず綺麗だ。水嶋の話を聞いてるうちに頭の中で美化が進んでいるのかと思ってたけど本物は上を行く。
バイクを起こせと言われたらやるけど、これは男の本能なのか、かっこ悪い所は見せたく無い。
……から布石を打っておいた。
「ちょっと腕を痛めてるんです(嘘)もしかしたら一人で出来ないかもしれません」
「出来なくてもやってくれるよね、友達だもん」
うん、友達になった覚えは無いね。
そして友達だと言うなら是非ともタカちゃんと呼んで欲しい。
友梨には物怖じや遠慮は一切なく、無邪気で勝手で可愛らしい。しかし、「ほら」と余す所無く、それこそ内臓まで気軽に見せてくれそうな雰囲気はあるのに、最後の最後の大切なカケラは決して見せ無いような気がする。もしかしたらそれを知っているのは翔ちゃんだけなのも……とも。
前にどこかで聞いた事がある、親友になるまでの期間は東京が3ヶ月、京都は100年、大阪は5分。
友梨はその全部を備えているように見えた。
……どうせ関係ないからいいけど…
「何してるのよ、ほら、オイルが漏れてるでしょう、早くしなきゃ今度はエンジン掛からなくなっちゃう、ピックアップ代払ってもらうわよ」
「はいはい」
「はいは一回」
「…………はい」
似てる。
水嶋と似てる。
顔とか声に騙されているが無茶をサラッと言う所も、言葉じりも、醸し出す空気も水嶋と似てる。
「何見てんのよ、可愛いから見たいのはわかるけど早くしてよ」
「やりますよ、やって見せます」
出来なかったら「クレーン持ってるか?」って水嶋の声で言いそうだ。
それにモタモタしてたらきっと蹴られる。
出来るかどうかでは無く、やるしか無いのも水嶋と同じだ。
バイクのハンドルを取って持ち上げてみたが……予想通り重い。渾身の力を込めてもズリズリと前に逃げるだけで中々立ち上がってくれない。
もう一回。タンクがガリガリと削れてるけど無視。
今度はフレームを持って背筋をフルで使う。
中腰で踏ん張っていると……通りがかりの人が助けてくれちゃった。
「65点」
「あれ?意外と高いんですね」
「感謝に50点よ」
ウインクが超綺麗。
見惚れながら白くなったパンツを叩いていると目の前にタピオカミルクティが出て来た。
これは友梨の癖なのか、目の前に突き出されてもう寄り目になっている。
受け取ると非常に暖かかった。
「これは…」
「エゴさんの為に買ったのよ、クソまずくても飲んでね、540円もしたんだから残したらどつき回すわよ」
「はあ……ありがとうございます」
一口飲んでみると……仰る通りクソまずいです。
いつ帰って来るか、会えるかどうかもわからない相手に旬の短いお土産を用意するか?
「翔ちゃん」相手だからこそ遠慮なく好き勝手言っていると思ってたらそれは違うらしい。
この人の彼氏はこの奔放さに苦労しそうなのに「男の趣味が悪い」って?殴られてもたかられても「普段は優しい」って笑う?そんな事があるのだろうかとも思うけど、水嶋の話が本当なら世の中上手くいかないって言うか、世の中上手く出来てるって言うか。それが友梨に与えられた天の二物なのだとしたら見ている方は堪らないだろう。
関係ないけど、水嶋ももう関係なくなる筈だけど、結婚する相手はどうなんだ、「今度は大丈夫なのか?」って一度は聞きたい。
余計なお世話だから言わないけどね。
「あの、俺を待ってたって何ですか?水嶋さんの彼氏なんて半分冗談なんですけど」(半分ね)
「そんなんわかってるわ、嫌味半分、揶揄い半分、あれは関西特有のツッコミのない冗談やねん、わかりにくくてごめんな、翔ちゃんかて嘘前提で返事してんねん」
「いきなり関西弁……」
「うちらはな、ちゃんと話したい相手には偽らへんの、今日エゴさんに会いに来たのは翔ちゃんにこれを渡して欲しいから」
ハイっと、友梨の鞄から出て来たのは見覚えのある封筒だった。住所も名前も……切手も貼ってあるのに、ポストに入れず持ち歩いていたらしい。端が凹んで薄汚れてる。
「これは…結婚式の招待状ですよね?いいですけど………水嶋さんはどうして受け取らないんでしようね」
「アホやからとちゃう?」
「でも………心配してるって……言ってました」
「そんなん当たり前やん、ほぼ家族やしな、何だかんだあっても一生一緒にいるんやって信じててんで?今となっては笑えるけどな、あいつ大阪出てからは連絡しても返事もせえへん」
「そりゃ…水嶋さんは忙しい人だから」
しかし、返事はしてなくてもちゃんと見てる。
そして友梨もそれを知ってる。
もし、こんな妹がいたら……誰でもそうなるかも。
この半端ない絆にちょっと友梨が憎たらしくなってきた。タピオカを一つ吸い上げると不味い。
ストローから戻してやろうかと穴にグイグイ押し込んでいると友梨がポツンと呟いた。
「なあ、エゴくん、大人っていつなるんやろな」
「それは小難しい話ですね、俺は大人のつもりでいますけど友梨さんは200年後くらいじゃないですか?」
「なあ、喉乾いた、何か買うてよ」
「え?……いいけど……」
聞いてもいない事を一人で喋り、自分の分岐点で突然話が変わる。本当に似てる。
社会性を取っ払った水嶋みたいで、子供の"翔ちゃん"と対峙しているようだ。
そして友梨はやっぱり見たままが100%では無い。
何か言いたいのかもしれないが、今聞き返しても、きっと誤魔化して言わないのもわかる。
「ちょっと待っててください、買ってきます」
会社のロビーにある自販まで走って、お茶を2つ買って持って行くと、2つとも取り上げられた。
「エゴさんはタピオカを飲んでよ」
「でもこれふやけてるし温いし…」
「私のタピオカが食えないって?」
「食えません」
「600円、食うまで見張るわよ」
「540円って言いましたよね?」
ハッと顔を上げて目を丸める様子。
………水嶋。
噛み殺して我慢をしている水嶋の言いたい事、結婚するって言ってるのに水を指すような事。
僭越で申し訳ありませんって感じだがここで言っとく。
「今度は大丈夫なんですか?」
「今度はって何なん?失礼やな、嫌やったら別れたらええだけやし、今は好きやからな」
うん、言っても無駄なんですね。
水嶋の苦労がわかりました。
「じゃあ、帰るわ。招待状をお願いね、絶対来てって伝えてね。ごめんなさいね変な事お願いして」
「え?いきなり標準語?やめてくださいよ、もう関西弁でいいです。そんな可愛く笑われたら頭の中で友梨さんが分裂して二人になっちゃいます」
「まあ女優は駄目だったけど私は可愛いからね、惚れても駄目よ、もう予約済み」
ちょー可愛い投げキスと「タピオカ飲め」って脅しを残し、友梨はバイクに乗ってヨタヨタと帰って行った。
水嶋の言った通り友梨はつむじ風みたいだった。
「さて、これをどうするか……」
預かってしまった結婚式の招待状。
これをどうするって迷う事なんか無い。水嶋に渡して、そして結婚式に行って貰う。
友梨の影を悶々と背負ってる水嶋には結婚式はいい機会だと思う。この際だから繋がっている色んな紐を切ってもらう。
帰ってくるのを待ち構えて事務所に入る手前で捕まえトイレに引きずり込んだ。
水嶋は別の意味に受け取って慌ててる。
幾ら何でも自分が務める会社のトイレで何もしないって。水嶋はやっぱり最高だ。
友梨を嫁に出してすっぱり忘れてくれ。
「何だよ、こんな所で……ここには俺達を知ってる社員がいるしすぐに誰かが入って来るし…」
「ご期待に応えられなくて残念ですが友梨さんからこれを預かって来ました」
「だから……何…」
益々皺が寄った封筒を差し出すと引けた体を用心深く寄せて……いつもの眉間に益々皺が寄った。
そして、またポケットに手を入れる。
「………どうしてお前に?」
「どうしてはいいです、受け取って下さい。結婚式に参列してください。参列しなきゃドレスを着て会社に押しかけるぞって脅されてます」
「あいつはどうせ山程の写真を送ってくる、それでいいだろう」
「駄目ですよ、ちゃんと行って来て下さい、おめでとうって言いに行くだけです、簡単でしょう」
「祝電でいい」
うだうだと歯切れが悪い。
優柔不断な水嶋は珍しいが、今は退行して拗ねた中学生に戻ったみたいだ。
「何が嫌なんですか、泣いちゃうからとか?」
「アホ、お前兄弟はいないのか?妹とか姉ちゃんがどっかの男とイチャイチャするの見たらこっちが恥ずかしいだろ」
「それは……」
8つ年上に姉がいるが、確かにそうだった。
誓いのキスを見た時は女なんだなぁって変な想像しちゃって逃げたくなった。
「確かに……姉ちゃんの結婚式は恥ずかった…かな…」
「ほら見ろ」
「でも俺は逃げませんでしたよ」
「だから何なんだ」
ムーっと口を閉じた水嶋はそれでも手を出さない。面倒臭いからトイレから連れ出して有給の申請を書かせた。(友梨は「来てね」って軽く言うけど結婚式は平日のど真ん中なのだ、人の都合を考えないってさすがと言うか友梨らしいと言うか)
「友梨さんには行くってメールをして下さいね」
「行くよ、行けばいいんだろ、ブーケをお土産に持って帰ってやるよ」
「………それは……プロポーズですか?勿論OKです。ふつつか者の俺ですが……」
言い終わる前に殴られて逃げて行った。
真っ赤な顔のおまけ付き。
この週末はやっぱり……鳴かしに行こうと心に誓った。
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※タイトル変更(2024/11/27)
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
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書いてくださいね
よりみなさんにお近く
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異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
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