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これは仕事か?
しおりを挟むホテルの支払いはまるでショッピングセンターの駐車場みたいだった。
自動販売機のような機械にカードキーを差し込むと料金が表示される。
12000円をスロットルに食わせた水嶋は、「こんなの払わずに逃げれるよな」って笑ってた。
馬鹿め童貞。
ラブホテルにだってちゃんとフロントがいる。カメラか壁の隙間から見られてるし、車のナンバーが宿泊台帳の代わりなのだ。もし未払いで逃げたりしたらラブホテルの請求書が奥田の経理に届くぞ。しかも内容証明付きで。
「それはそれでいいけどな」
「何がいいんだ?」
「……天気?……かな…」
水嶋は変な顔をしたけどもう今はスーパー営業の顔になっているのだ、行きましょうと背中を押すと何も言わずに助手席に乗った。
薄暗い駐車場から車を出すと水嶋が心配した空は眩しいくらいの晴天だった。
目的の会社は市内を離れた郊外にある。
昨日と打って変わり空いた道路は何の問題もなくスイスイと進んだ。
水嶋が早く出ようと急かしたのは予定通りに着けなかった事を自分のミスだと思ってるからだ。
うん。確かに水嶋のミスだと思う。
車で長い距離を走るのに30分くらいしか振り幅を残してないのがそもそもおかしい。
全工程は600キロもあるんだから7~8時間って計算するのが普通だ。時間まで定規で測るなんて、そこは水嶋らしいが予定が狂うのは当然だ。
しかし、この出張の予定を聞いた時に何となく納得してたのは水嶋一人なら出来たかもって思ったからだ。いや……思っただけじゃなく水嶋なら何としてでも時間通りに着いてたと思う。絶対。
つまり、もしかして邪魔なのは俺なのだろうか?
うん。徹底的に妨害してるって自覚はある。
そして、それは現在進行形なのだ。
腹が減ったと喚いて水嶋の同意は無しに、目に付いたファミレスに車を止めた。
「俺の分も適当に選んで注文してくれ」
「何でもいいんですね?」
「……ああ」
生返事をした水嶋はまた電話をしている。
ステーキセットとかグラタンとか飛び切り濃い物をチョイスして困らせてやろうかと思ったがメニューを見ても食べたい物が無い。
勿論ファミレスなのだから和風のメニューもあるし、軽く食べられる一品も沢山あるがどうしても選べなかった。
そして何度もメニューを見直しているうちに気が付いた。腹が全然減ってないのだ。
枕が変わったら眠れないとか、何かが気になって食欲が無いとか、そんな種類の心配は絶対ないと思っていたのに何だか、水嶋の言葉が腹に溜まって沈殿しているように感じる。
──俺にはそんな価値が無い。
そう聞いたのは二度目だが何を意味するのかはわからない。
恋愛に関してはちょー稚拙で下手くそなくせに難しい事言いやがって……
「何か言ったか?」
独りでに口から漏れていた文句に返事をされてしまった。掲げていたメニューを下ろすと水嶋は電話を終えてもうメモを取り出してる。
顔を上げないままの問いかけだった。
「こっちの話です。それよりいい加減教えてくださいよ。「今日は忙しい」って何ですか?俺はヘトヘトで使いもんになりませんよ」
「ヘトヘトなのは俺も同じだ。……主にお前のせいだけどな」
そこで赤くなる。
向こうを向いた首と耳が真っ赤に染まってる。
今頃かよ。
「で?何をするんですか?」
「お前……」
「はい」
「生き物は好きか?」
「は?突然何ですか」
生き物が好きか嫌いか……簡単なようで難しい質問だった。犬が好きかと聞かれたらそれなりに好きだ、猫が好きかと聞かれたら是非飼いたい。
ダイオウグソクムシが好きかと聞かられたらラインナップがおかしいと抗議する。
しかし、それがどういう意味かを考える暇は無かった。
「水嶋さん!!こいつ噛みます!!」
「おい!振り払うな!傷を付けたら許さないぞ!有り難く噛まれとけ!」
「有り難くありません!」
「だから何回も言ってるだろう!心の中が態度に出てんだアホ!」
「だって!!俺が嫌いみたいです!」
「好き嫌い言うな!俺だって…うわぁ!」
水嶋が手に持っていたバケツを横取りされてペンッと捨てられた。拾いたくてワタワタしているのに黒い巨体はスーツの二人組が慣れていない事を見透かしたようにバケツを跨いでしまい動かない。
心なしか嘲りの表情が浮かんでる。
「牛が相手なんて聞いてません!」
「言ったらお前うだうだうるさいだろ!」
「当たり前です!」
そりゃうるさいよ。
柵の外から見るだけなら「かわいい」とか「大きいね」で済むけど中に入ったらうるさくもなる。
いつもなら知らない会社は事前に調べたりするけど、佐倉と喧嘩して酔った上に2晩続けてのセックスに必死なんだからそんな暇あるか!
「一言くらい説明するべきでしょう!俺のスーツは新品ですよ?」
「だからいかにも手伝いますって格好は駄目だと言ったろう、見ろ!「みんな」見てるぞ!」
「でも!うわあ!」
引っ張られて振り回されて膝をついた。
そして、何かビリって音がした。
破れたのだ、絶対どこか破れた。
何をしているか説明が欲しいって?
聞かれなくてもする。
論文にする。
「踏まれた」
「………何の話です」
「踏まれてんだよ、下を見ろ」
「あ………」
水嶋の足元を見ると牛が長靴を踏んでいた。
鉄板の入った安全靴だから怪我の心配は無いが牛の後ろ足がガッチリと長靴の上に乗ってる。
罠に掛かっているのは正解だったがこれは困る。
「牛を退けたり出来ないんですか?」
「押しても引いても動かない」
「俺が長靴を引っ張りましょうか?」
「アホ、怪我をさせたらどうするんだ」
じゃあどうするんだよ。
「動くのを……待ちます?」
「………穏やかに説得しろ。話を付けろ。お前の稚拙な営業トークでも田舎の牛なら通じるかもしれん」
「…………だって…………牛ですよ?」
「牛なら何だ、こいつらは明らかに会話を聞いてる。牛語は散々聞いただろう、スキルを増やせ」
無茶を言うな。
そして、そのスキルは何の役に立つ。
実は手伝いに入る前に簡単なレクチャーを受けていた。足を踏まれ、ビックリして引き抜くと体重の重い牛はあっという間に骨折したり挫いたりする。怪我をした足は治療するリスクより屠殺を選ぶ事になるらしい。
噛むとか意地悪をするって注意は無かったのにそこだけは気を付けろと教えてくれた。
他に手が無いならやるしか無い。
「………「も~…」とかでいいですか?」
「固定概念でいい加減な事を言うな、牛は「もー」なんて言ってない」
「確かに……ぶお"お"~て聞こえます。」
「発音が違うんじゃ無いか?最初に「ん」が入ってると思う。それに今のは文句を言ってるように聞こえるぞ」
「言ってません」
「そう聞こえるって言ってんだ」
文句言ってます。
間違いなく文句言ってます。
大体牛達は間違いなく人の言葉を理解してる。
慣れない牛語を開発するより普通に喋った方が余程通じると思うがこれは先輩の命令だ。
アンモニアでひりついた喉を慣らして心を込めてみた。
「んぶお"お"~~~………(申し訳ありませんが足を退けていただけないでしょうか)」
「…………」
「…………」
「……お前……恥ずかしく無いのか?」
恥ずかしいです。
「勝手に踏まれててください」
「諦めんな」
「ご自分でどうぞ」
「俺は専門外だ」
「俺だって専門外です!」
この水嶋の足を踏んでいる牛は水嶋が気に入っているらしい。掃除をしている間中後を付け回し、集中的に小突いたり頭を擦り付けたりしていた。
心の中で「佐倉」と呼んでいたのは言うまでも無い。
「おい早くしろよ、体勢が辛い」
「この際力尽くで押し退けた方が早いんじゃ無いですか?」
「出来るならやってるわ!」
「出来なくてもやってください!」
騒げば騒ぐ程「何だ何だ」と他の牛が見に来る。
「佐倉」を押すと他の牛がジャケット引っ張って邪魔する。
新品なのによくも簡単に汚してくれる。提訴だ。
結局は様子を見に来た従業員に助けて貰ったが(ちょっとお尻を押しただけでどきやがった)水嶋は結局20分くらい「佐倉」に足を踏まれたままだった。
笑いを堪える工員に案内されて牛の嘲りと罵倒を聞きながら牛舎をお暇した。
気のせいでも何でもない、「一昨日《おととい》来やがれ」って聞こえてる。
もう帰ってこないよ。
このまま帰る。
連れてきてもらった休憩所?詰所?は……何だか豪華だった。
イマカツ工業は徹底して社員サービスを図り人員の確保に腐心しているらしい。
長靴を洗う浅い水溜まり。(消毒も兼ねている)ガラスの自動ドア。水嶋と二人で綺麗な建物に入るとまずはシャワーを勧められた。何と豪華ジャグジー付きだ。
そりゃ二人共見るからにボロボロで……ちくしょう、やっぱり袖の付け根が破れてる。最安値のスーツでも一日で廃棄なんてどうしてくれる、この際だから牛への訴状に損害賠償も加えてやる。
シャワーは断ったが話が盛り上がって帰るタイミングを失った。
なるべく早く帰りたいのに余程面白かったらしい、断るつもりだったのに昼のまかないを勧められてしまった。
メニューは牛丼。
……うん、牛の性格が悪くなるのは当然だと思う。
水嶋は食べたが俺は鼻の奥に溜まったアンモニアにやられて食欲なんてない。丁寧に辞退した。
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