水嶋さん

ろくろくろく

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店の中はシンと静まり返っていた。

佐倉も、いつもHeavenに侍《はべ》っている邪魔でうざいオブザーバーも誰もいない。

体が痛い。
物凄く痛い局部は無いが細々痛い。
ズキズキじゃなくてチクチクって感じだ。

痛いのは嫌いだ。
動いた途端にどこかが痛み出しそうで顔だけを動かした。佐倉が蹴り飛ばしたテーブルも散乱した椅子も壊れたグラスも見当たら無い。狭い店の中はもう整然としている。
何時だろうとジャケットのポケットの中にある携帯を探っていると、カウンターの影からヒョコッとちょび髭の顔が首だけを出して笑った。

「起きた?」
「店長……」

誰もいないと思ってたのにいた。赤城店長は「ちょっと待ってね」と振った手だけを残し、一度中に引っ込んでお絞りを持ってカウンターから出てきた。

「大丈夫?」

「すいません……俺…」
「暴れてスッキリした?」

「いや……」

毒気は抜けたが汁気はたっぷりなのだ。
パンツとパンツの中のパンツがアルコールやら何やらに濡れてスッキリどころかベチャっとしてる。

「あの……佐倉さんは?」

「ん?ちょっとだけ飲んで帰ったよ、大変だったね、まさかあの落ち着いた人がエゴちゃんに飛びかかるなんて思ってなかったから油断してたよ」

落ち着いてる?それは誰の事だ。

「俺が聞いたのは佐倉さんの事ですよ?ほら、身なりのいいいけ好かないイケメンですよ?」
「うん、そうだけど?ビックリしなかった?」
「そりゃビックリはしましたけど元々変な人でしょう」

店長はハハッと笑って起き上がる手助けをしてくれた。試しに立ってみたがやっぱり小傷以外どこも何とも無いようだ。

「殴られたんじゃ無いのかな?」
「佐倉さんは飛びかかっちゃったけどそれだけだよ、むしろ暴れてたのはエゴちゃん、暴れて頭打って飛んでただけ」

「そうなんだ…」

ボコボコに殴られて、殴った気分だが確かに襲ってきたのは机とか椅子だけのような気がする。

「カウンターにおいで、何か飲むだろ?」
「はあ……」

こっちと手招きされてスツールに座るとツルツルと小さな泡の登るロングのグラスが出てきた。
オレンジ色が底に溜まって綺麗なグラデーションを描いてる。ジュースみたいだが飲んでみると意外とアルコールがキツい。
しかし、乾ききった喉には炭酸が心地良かった。

「あの、佐倉さんの方は怪我をしたりしてませんでしたか?」
「どうかな、あの人は大人だから怪我してたって何も言わないんじゃないかな」

今、お前は子供だと言われた?
確かにそこは否定できないが、佐倉を大人だと言われたら否定する。

「大人じゃ無いでしょ、店で暴れるなんて下手したら失職しますよ」

言ってて顔が半笑いになってくる。
だって、嘘みたいな身近に店でも往来でも、どこでも遠慮なく暴れる人がいるのだ。

「ん~……エゴちゃんは知らないかもしれないけど佐倉さんは元々あんな人じゃ無いんだよ」
「どこまでも変な人に見えますが?」

いい大人が「付き合って下さい」って中坊みたいな告白をして向こう見ずに突進。振られた後は大変優秀なストーカー。そして想い人を横取りしたと泣く、あんな人じゃ無ければどんな人だ。

しかし、立場が逆だったら佐倉と同じ事をしていたかもしれない。
正に人生を掛けた告白だった。

佐倉は必死だと言った。

それは知ってたけど、わかってたけどこっちだって必死なのは同じなのだ、もしも好き嫌いをコントロール出来るなら男を好きになったりはしないし、Heaven《天国》で暴れて伸びたりしてない。

弁解しかけては口籠もり、謝りたくても言葉が出ない。「う」と「あ」を繰り返していると濃いお酒が出て来た。

「嬉しいけどもう帰らないと」
「今日はもう店を閉めたんだ、まだ早いからゆっくりしていいよ」
「え?今何時ですか?店が片付いてるからもう深夜だと思ってました」
「まだ9時、みんなが片付けるのを手伝ってくれてね」

「マッチョゴリラが?」

「マスかきゴリラ?」

どんな耳ですか。

店長は楽しそうだからいいけど、取り敢えずは大人としてこれだけは言っとかなければならない。
カウンターに手を付いてペッコリと頭を下げた。

「店を荒らしてごめんなさい、営業妨害ばっかりして迷惑かけました」
「気にする事はないよ、今日は話を聞いてやれってみんな帰ったんだ、だからお店を閉めただけ、たまにはいいでしょ」

……それは……大変なご迷惑をおかけしております。

「すいません」
「謝らなくていいって、迷惑どころか感謝してるくらい。若いってのはいいなあ」

「………面白かったでしょう」

「うん、面白かった」

そうでしょうね。
佐倉が必死過ぎて面白かったって事は、同じく必死な俺もきっと面白い事になってる。

「何でこんな事になってるんでしょうね、でも一旦好きだと思っちゃうと止められなくて……男とどうかなるなんて考えた事も無かったのに…」
「うん、あの「水嶋さん」だっけ?彼に惹かれて行くエゴちゃんを見てたら楽しかった」

「え?」

店長の言葉に飲みかけていたグラスが口元で止まった。
惹かれていく?この店でそんな態度を取った覚えは無い。

「そんな風に見えました?いつから?」
「初めてこの店に雪崩れ込んで来た時からかな、それからは来る度に深くなっててね、いつ気付くかと常連さん達と盛り上がったなあ」

「嘘だ」

「ほんと」

そこは違うと反論したい。最初の方はそんなつもりは微塵も無かったし、まだ水嶋の事をよくわかってなかった。水嶋の事を好きだと自覚したのは……寝てから?寝る前?どっちしろごく最近だ。

「それはアレでしょう、学校で男女がちょっと仲良くしたら「カップル誕生」って囃し立てちゃうイベントでしょう、ゲイバーだから成り立つ遊びですよ」
「うん、それもあるけどね、特別な意識がなければ男が男に惚れるって普通にあるでしょう?」

「……うん……」

それは自分でも考えた。もしHeavenの介入が無ければきっとこんな気持ちにはならずに、水嶋はただの愛すべき面白い人。尊敬できる潰れた水風船の変な人……で終わってたと思う。

「一体いつからなんでしょうね、自分ではもうわかりません」
「水嶋さんがここで酔い潰れてた時にはもうはっきり恋愛対象に入ってたと思うけどね、あの時の水嶋さんってシャツが透けて乳首もお臍も見えちゃってなすがまま、裸が想像できるっていうか何をされても気付かなそうだし眉間の皺があの時の表情を思い起こして…」
「やめて……」

水嶋を肴にエッチな想像をしないでもらいたい。
言っておくが眉間の皺は標準装備です。
解けた瞬間がいいんだけど見せてはやれない。

つい忘れてしまうがここはゲイバーなのだ、それは当然店長もそっちの人だって事で今の水嶋に対する感想は本当にそんな目で見ていたって事だ。
睨み付けると咳払いをして真面目な顔に軌道を変えた。
「わかってくれたようですね」
「意外にも嫉妬深いんだね」
「何でもいいけど次は許しませんからね、それで?俺が何なんですか」
「うん、あの時エゴちゃんは「あられもない」って言ったでしょう?その言い方はつまり性的な目で見てるから出て来る感想だからね」

「え?」


確かに……シャツから透けて見えた生肌に色っぽいって思ったが……それは単に一般的な感想だと思っていた。
みんなに観察されている中で無意識に舌なめずりをしていたのだとすればこれはかなり恥ずかしい。

「俺、そんな事言ってました?」
「うん、エゴちゃん達が帰った後盛り上がったからね、間違いないよ、まあ、佐倉さんには悪いけどね、これだけは早い者勝ちじゃ無いからね」

「あの……佐倉さんは……怒ってましたか?」

もしくは泣いてました?
あり得るから怖い。

「うーん、困ってたけど笑ってたかな、帰ってから泣くんじゃない?多分諦めてないからだと思うけどね。人に惚れるってさ、貴重な体験だよね」

「そうですね」

赤城店長が何かかっこいい。

常連のゴリラも……佐倉もかっこいい。
差別をしているつもりは無かったが何だかんだと「ゲイ」ってフィルターをかけて見てたんだと思う。人が人を好きになる気持ちに相応しいとか似合ってないなど無い、そして、他人が口を出したり揶揄ってはいけないのだ。

「赤城さんにも…今日惚れましたよ」

「じゃあ付き合おうか」
「お断りします」

でもやっぱり変な人。



勧められるまま飲み進んだ酒はやけにツルツルと喉を通る。ごく普通の銘柄なのに不思議だった。

店の中に降り注ぐ穏やかな空気が気持ちよくて心地いい酔いが回っていた。
どこまでも優しい店長に「好きなんだ」を連発していた様な気がする。

まだ始まってもいないのに……好きだと自覚出来たのはつい最近なのに「好き」だけしか出てこない。

真面目で不器用、融通の利かなくて生きるのが下手な人。心に抱いている自分の気持ちにも気付いてない唐変木。

好きだと言えば怒り出す。
逃げようとする肩を掴んで………抱き締めればギャーギャーうるさいのに大した抵抗はしない。

………ボコボコ殴られるけどね。

反り返った腰を引き寄せ首に顔を埋めた。

水嶋の髪は意外と柔らかい、鼻を擦り付けると汗とシャンプーの匂いがした。

全部が好きだけど、水嶋の首が特別に好きだ。

うなじを辿って耳の中を舐め回すと詰めた息を吐き出した。
くぐもった声はビクつく体と一緒に震えている。

キスをすると、どこにも置けない手が迷って肩の手前でプルプルしていた。

そんな所で止めないで抱き返してくれたらいいのに。もしくは引っ叩くとか……

それ……笑える。

追い詰めたベッドに「そっと」横たえるとまたボタンが千切れちゃった。
開いた胸元からは肩に力が入ってるせいか鎖骨が浮き上がっている。
窪みを舐めてついでにマーキングをするとチュルって湿った音がした。

胸の粒は縮こまってもう硬い。
舌で転がすと肩を押していた手が爪を立てた。背中が丸まって逃げていく。

馬鹿だなぁ、手を突っ張るから脱がせやすい。
はい、袖抜けました。

ポイっと。

水嶋の腹はガッチリ割れたりしてないけど怒鳴るせいで腹筋が鍛えられてる。
真ん中の筋を指で辿った。

腰が細いからウエストがゆるゆるになっている。手を入れると簡単にアソコまで届いた。ビクッと体が揺れたけどちゃんと準備している所が誤解を招く原因なんだと思う。

感じやすいんだよ。
軽いとは思ってないけど、簡単ではある。

手を動かすと硬く結んだ唇が解《ほどけ》ていく。眉間の皺が怒りや不機嫌とは違う形に寄って眉が下がった。

いい顔……水嶋最高。その顔が好きだ。

奥深い深淵に沈めた指はすぐに「そこ」を捉え、動かす度に堪らない声が上がる。

水嶋の場合イクッてのが一瞬の頂点じゃないみたいなのだ。もう既に一回イッて腹は濡れてるけどね。

あんまり触ってないのに凄い。
まだ全然硬いからお手伝い。
擦り上げると体を捩る。

逃げないで身を任せて欲しい。
向き合って欲しい。

横向きに這い上がる体を捉えて、背中から侵入した。腹の下に回した腕は休まない。

早い呼吸。
濫《みだ》れた声。
繋がったそこがチャプチャプと音を立てている。

内股を滑り落ちてくる液体はスジになっている。もう何回イッたのかな

奮い立つ声を聞きながら、何度も何度も腰を引き寄せ打ち付けた。

熱いし寒い。

耳を掠める吐息が心地よくて……もう頭の中が暗くて水嶋に溺れてる。

段々暗くなって……眠くて眠くて、優しい闇に吸い込まれてていった。



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