水嶋さん

ろくろくろく

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告白?

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どうなったのか……どうやって移動したのか覚えてないが、水嶋に抱きついたままベッドに転がっていた。ちゃんと布団に潜っている。

水嶋はまだ目を覚ましてないが、その気に寝顔を見るとドーッと汗が噴き出してきた。

「嘘だ……夢だ……妄想だ……」

狭いベッドに小さくなって眠る水嶋の眉間に出来た皺……

この際だから……息の根を止める?
硬いもので殴って欲しいと切望したが、もしかしたら硬いもので殴るのは水嶋が先かもしれない。起きたら多分殺される。

自分を見下ろすとジャケットすら脱がないまま寝ていた。信じられない暴走の痕跡はずり下がったズボンだけ。
水嶋はと言えば半分脱げたシャツから肩がはみ出ているのにネクタイはしたままだ。

酔いが覚めて冷静になってしまった今、思い返すととんでも無い事をした。
相手はあの水嶋だ。逃げる事も、会わないように潜む事も出来ない会社の先輩なのだ。
「受け」の適性が高いと言ってもそれはまた別の話だ、最大の難点と問題点と突っ込み所は……

ご…合意じゃ無いって事だ。
自分のやった事に震え上がった。

「待てよ俺……希望はあるぞ」

水嶋は飲むと結構な割合で記憶を無くす。
だから同じ事を繰り返すのだが今回はそこに賭けるしかない。

まずは服を何とかしなければ不味い。
起こさないようにそーっとそーっと……どこがどうなってんだこれ。
こんな時は敏感がとんでもなく厄介者になる。
首回りに触れるとモソモソ動く。
どこにも触らないように細心の注意を払って毛布とシャツに絡んだネクタイを引き抜く。
半分脱げてるシャツは出来るところまでボタンを留めて……後はズボンだが……毛布の中を覗き込むと腰が引けた。
何も履いてないならまだしも下着と一緒にずり下がり膝の前に溜まってる。

パンツだけでも引き上げたりは出来ないかと、見たくないものに目を瞑り、そろそろと引っ張っていると、地響きのような唸り声があがった。

ここは……無駄だと思いつつ「知らないふり」をやってみる。

「起きたんですか?おは、おは、おはようございます、大丈夫ですか?水持ってきましょうか?牛丼食べます?」

「牛?……」
「あの…いや」

もっと普通にしろ俺。
牛丼は食べないだろう、俺だって食べたく無い。

「シャ…シャワー…シャワー浴びましょう、昨日風呂に入ってないし、そうだシャワーだ」

寝惚けたまま風呂場に放り込めば何も考えずに綺麗さっぱり痕跡を洗い流してくれるかもしれない。

「シャワーは後でいい」
「そんな事言わずに是非!ほら!あれ!ホワイトデーに貰った薔薇の香りの入浴剤を入れます」
「いらねえ」

「……シャワー……浴びようよ…」
「いらねえって、それより薬飲むから……ジャケットを取ってくれないか?」
「薬ですね?薬、薬………えーと……」

テンパっておかしくなってる。
こだまみたいに何も考えず繰り返したが、意味が頭に入って来ると無駄に歩き回っていた足を止めた。

「薬?薬ってどっか具合が悪いんですか?時々飲んでますよね」

見たのは二、三回だが思い出したようにポケット探り、水無しで口に放り込んでいる。食後、とか朝晩とか定期的に飲んだりしないからフリスクかと思ってたくらいだ。

「うぜえなお前、俺を観察すんなアホ」
「でももし何かの病気なら……」
「病気じゃねえ、ただの予防薬だよ、仕事中に何かあると困るだろ、俺は寝込む暇なんて無いんだ」
「あ、やっぱりそういう事ですか」

嗽と手洗いに続き、投薬までして体調に気を配ってるってさすが水嶋、やる事がとことん極端で凝ってる。

「取ってきますね」
「うん、悪いな」
「何でも言ってください」

数歩で済む用事なら何でもする。
研究所に行ってこいって言われたら嫌だけど、シャワーを浴びてくれるならお姫様抱っこだってする。(目隠し付き)

「ジャケットは……」

脱がせた覚えはないけど部屋に無いなら玄関にある筈だ。何でもいいからとにかく玄関を見に行ってからついでに不味いものが無いかチェックした。

犯行現場に残っていたのは飛んだボタンが数個と丸めたティッシュだった。すかさずポケットに入れたら後はジャケット以外何の痕跡もない。

「よし」

「よし」では無いけど、見た限りでは何の変哲もない普通の地味な玄関に見える。

丸めて捨ててあったジャケットを拾ってポケットを探ると、薄い革のケースにカード類と一緒に錠剤が2つ入っていた。
何の薬か知らないが小さなピンク色の錠剤はどう見ても市販薬じゃない。

「あの人……病院になんか行ってないよな」

全ての行動を把握している訳じゃ無いが少なくとも平日は朝から晩まで一緒にいたし、土曜の午前中も一緒だったがそんな気配は微塵も無かった。

「製薬会社」と縁の深い水嶋がどこから薬を手に入れているのか、うっかり聞いてしまったら手が後ろに回りそうで怖い。何もに聞かずにそのまま水と一緒に持っていった。

「薬ってこれですよね?」

「そう……いた……痛てて…何か……体が……」

体を起こそうとした水嶋が肘を立てた所でピタっと止まった。シーツを見つめて何か考えてる。
……気付いてしまった、

もう逃げられない、避けられない、誤魔化せない、この絶妙な立ち位置。恐ろしい程のヤバさと焦燥感は多分誰にもわからない。

ギロっと目玉だけが動いて握ったシーツがグシャグシャと集まっていく。

「……てめえ……」

「ごめんなさい」

「夢じゃないな?」

「……多分……」
「多分って何だ!!」
「俺だって夢の中なんです!」

実は事の前後が曖昧ではっきり覚えてない。覚えているのは揺さぶってる時の何とも言えない……頭に浮かぶと堪らなくなる水嶋の表情だけだ。

「二度とこんな事をしたら許さないからな…」

「え?………それはつまり…今回は許してくれるって事ですか?言っておきますが生命保険にはまだ入ってませんよ?」

「すぐ入れ。生命保険の免責一年が過ぎるまで待ってやる、受取人は恵まれない子供達にしとけよ」

「それはいいですけど……」

もう死ねと言われれば死ねる。しかし死ぬ前に水嶋にはわかって欲しい事があった。
ちゃんと気持ちを伝えたいのだ、真面目なのだと、ふざけた訳ではなく、酔っていたからでもなく、事故ですらないのだと。
自然と正座になっていた。

「あの……二度としないって無理です」
「……は?どう言う意味だ」

「またしたいです」

「お前……どうやら今すぐ死にたいらしいな」

ぬうっと…水嶋の背後に立ち上がったおどろおどろしい瘴気が黒い。しかしここは引く訳にはいかない。

「死にたくないし、会社を辞めたくないし、避けられるのも嫌です。俺は水嶋さんが好きみたいです。付き合って欲しいです」
「断るっ!!」
「そんな!!即決?!何で俺だけ?佐倉にはいいって言ったくせに!」
「佐倉局長と言え!!前に言っただろう!裏で話す事は知らん間に表に出る!奥田製薬は新参者でほぼ隙間産業なんだ、その気になりゃ一瞬で潰されるんだよ」

「そんな事……今はどうでもいい」

こんな事があったのに水嶋の頭の中は仕事だけ。
無理矢理抱かれても水嶋にとっては些細な事故でしか無い。

「水嶋さん、俺が変な事言ってるって自覚してます。でも真剣なんです。誤魔化さないでください」

さっきまでどう誤魔化そうか悩んでいたのに我ながら単純だと思う。しかし、言葉にすると気持ちが溢れてこのまま突発的な事故として有耶無耶にして欲しくなかった。

きっかけは佐倉達のせいだが無駄な固定概念を取っ払ってくれたのもあの人達だ。
視点を変えて水嶋を見ると、人物形成のグラフが酷く歪んだ面白い人だった。
踏み込まざるを得なかった水嶋の実態に、ブンブン振り回された末にこんな事になってる。
しかし思い込みでも勘違いでも無い。

完璧に見える仕事はもっとサポートが必要だと知った。私生活はもっともっとサポートがいる。

それでも貰える物の方が大きいのだ。
畏怖と尊敬が変質しただけじゃない。

返事が無いから怒っているのだろうなと、水嶋の顔を見上げると予想とは裏腹に表情が無かった。

「水嶋さん?」

「……風呂……借りるぞ」

「水嶋さん!ちゃんと聞いてください」
「うるせえ、お前の発情に付き合ってる暇なんかないんだよ、それに俺にはそんな価値は無い」

「……価値は俺が決めます、俺はもう水嶋さんしか考えられない!」
「ちょー恥ずかしい奴だな」
「恥ずかしいのは水嶋さんでしょう!チ○コはみ出てます!」

顔を歪めてベッドから足を下ろした水嶋のズボンは床に落ちて下半身丸出しになっている。
下を見てひっと変な声を出した水嶋に、出てくるのは笑いしかなかった。

あの鬼のような仕事っぷりは「天然」であるが故、思い込みの激しさから発生した副産物なのだ。
これを知ってる奴は俺以外きっといない。

「この話は今度でいいです。お風呂に入って来てください、後でいつものトレーナーを放り込みます」
背中を押すと下半身丸出しのままなくせに携帯だけは持ってる。

「俺に触んなよ、おい!」
「いいから早く、こっちが恥ずかしいです」
「誰のせいだ!やっぱり今死ね!」
「嫌だよ馬鹿!」

ガツンと殴られた後頭部の痛みが嬉しい。

ギャーギャー喚きながらヨロヨロと風呂場に入っていった水嶋は本当にいつも通りのちょっと馬鹿で、ちょっと抜けてる偉そうな先輩だが、多分、きっと、一生忘れないと思う。
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