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壁を越える。
しおりを挟む灯った光が一段落ちて暗くなりかけている携帯の画面を見つめ、考え込んでいた。
顎に当てた手が皮膚の下に埋まっている髭の素を見つけてしまい、穿り返している。
……高梨からの連絡が入ってる。
──会えないか?飲みに行こう
……どうするべきか……
ゲイであろうが、変態を含むホモであろうが、自分とっての高梨が大切な親友である事に変わりは無い。突然ぶっ込んで来たあの衝撃の告白を聞いても普通に付き合う自信はある……が、それはこっちの理屈なのだ。
今持ち上がっている問題は水嶋と佐倉の場合と全く同じだ。高梨が本気だと言うなら決して応える事は出来ないのだからもう会うべきじゃ無いとは思う。
「でもな……」
高梨がどんな気持ちでいたのか、聞いても、考えても、よくわからないが長い間友人として仲良くしてきた。その絆は本物だと思えるし、出来れば失いたくは無い。それに、ぷっつりと無視はどう考えてもよくないと思う。ちゃんと話を聞いて、ちゃんと考えた末にどうしても現状維持が無理なら「もう会えない」と言えばいい。じっくり話しあってから結論を出すべきなのだ。
「行くか……」
──今週末の金曜、時間はまた連絡する
連絡に返信をして携帯を閉じた。
水嶋はまだ未収金の回収に盗られたままだ。
一人で赴く外回りはいつもより時間が早く過ぎてしまう。そして、関口が何を言ってあの場を治めたのかは聞いてないが、矢田は水嶋に詫びを入れて大人しく仕事をしていた。
(矢田は謝ったのに水嶋は謝らない。子供)
一人になってわかった事は、何をするにも完璧にフォローされていた、という事だ。
担当の話をメモに残し、目に付いた雑用を手伝う。水嶋の真似は一人でやると思ったよりも大変だった。
水嶋の代わりをした初日は全ての案件に電話をしてくれていたと後で知った。その後は自分で考え、自分で段取り、自分で手続きの全てを把握しなければならない。何度も何度も二人で回った同じ道なのに要領が悪いのか、やたらと時間がかかっていた。
取引先の担当者がまだ残っているのかいないのかの賭けになってきた頃、漸く残っていた外回りが終わり、高梨と待ち合わせたイタリアンのダイニングに遅れて行くと、昔から変わらぬ見慣れた笑顔が迎えてくれた。
「待たせて悪いな高梨。今ちょっと忙しくてさ」
「そんなに待ってない、ビールでいいか?」
返事をする前に店員に合図を出して注文してくれた。高梨はもう既に飲みかけていたらしい、温くなったビールが「待ってない」が嘘だと言っている。
やっぱりいい奴だ。
「何か……久しぶりだな」
「あれは先週?先々週か……とにかくそんなに経ってないよ」
「でも最後にちゃんと話してからはもうひと月以上経つだろ?」
「……まあ……そうだな…」
久しぶりだったのは「普通」の高梨に限定しているからだ、heavenにいた目を血走らせ、口から泡を飛ばす変な人はなかったものとして消去してる。
そして、触れないようにしようと思っていた話題に少し慌てたが、カツンとグラスを合わせた高梨はいつもと同じ。会う事を悩んだのが嘘みたいだった。
「仕事終わりのビールはいつ飲んでも最高だな」
「いつも忙しいくせに「忙しい」って何かあったのか?働きすぎだろ」
「色々あってさ……聞いてくれる?」
「そりゃ勿論、それが俺の役目だろ?」
人生を揺るがす水嶋トピックは次から次へと湧いて出てくる。高梨とは暫くぶりだから、何から話していいか迷うほどだ。
相変わらず黙って聞いてくれる高梨は黄ばみも食べこぼしも綺麗さっぱり驚く白さ。
匂いも分解してくれる高機能濃縮洗濯洗剤みたいだ。
やっぱり高梨は最高だ。
「何?また水嶋?」
「うん…まあそうなんだけどな」
「お前さ、水嶋が占める割合……多く無いか?」
「そうか?」
分かってないフリで誤魔化したけど、痛いところを突く指摘にギクッとしたのは仕方が無い。
だって平日は元より休みの日だって水嶋しか無いのだ。水嶋だけに時間を注いでいるつもりなんか無いけど知らない間にそうなってる。
水嶋の持つ平日と休日のギャップは筋骨隆々のマッチョゴリラが「受け」って事実より受け入れがたく、別の人2人を守らなければと思っている。
あろう事か、一連の騒動を勃発した問題の震源地でもあるゲイバーで、懲りる事なく飲み潰れていた水嶋の話は身振り手振りまで添えて熱が入ってしまった。
愚かで無用心で馬鹿で……話してるとヒートアップして自然と髪をぐしゃぐしゃと掻き回していた。
「ほんとあの人って賢いのか馬鹿なのかわかんねえんだよな」
「馬鹿なんじゃないの?俺には馬鹿にしか見えないけどな、それより江越……お前そのおでこ何だよ、青いし怪我してる、転んだのか?」
「いや……」
「まさか水嶋にやられたのんじゃ無いだろうな」
「違うよ、あの人はしょっちゅう殴ってくるけど怪我する程じゃない、これは自分でやった」
冷蔵庫の角はもうお馴染みになってる。
酔った水嶋を送り、帰って来てから一回ガツン。濡れた人妻シリーズのDVDで水嶋の顔を思い浮かべてしまい一回ガツン。夢を見ての朝勃ちには……大量出血を招いた。
独特の視点で水嶋を見てしまう自分が怖くて記憶を消したいのに消えてくれない。
Heavenを訴えたいから弁護士を探そうとおもっている。(予定)
ここ一週間、暫くの間だけでも水嶋と別行動を取れるのは天の助けだった。
「自分でって何してたんだ?」
「変な洗脳から逃れようとしてる」
「……何の?どっかの宗教団体にでも懐かれてるのか?困ってるなら言えよ」
「宗教より始末が悪い変態の集まり……何がHeaven《天国》だ……って……ああ、ごめん」
つい…うっかり……狂乱する変態ゴリラ達が先に立ってしまっているがこれは失言だ。
気を付けないと、全く関係のない「そっちの人」全員を侮辱する羽目になる。
案の定高梨の眉がキュッと眉間に寄った。
「違うんだ、誤解しないでくれ、ゲイ全員の話をしてるんじゃなくな、あいつら大人のおもちゃを使いたいとかイキ顔が見たいとか…、お前だって俺が女子の使用済みパンツが欲しいって言ってたら変態って思うだろ?」
「欲しいのか?欲しいんだな?」
「……顔による」
「お前あそこでエゴちゃんって呼ばれてんだな」
「ああ、知らん間にそう呼ばれてる。高梨はあそこの常連なのか?」
「……違うけどちょっとあの後どうなったか気になって行ったんだ」
何が気になったかと言えば………
江越の言動だった。
冷静に……と自分に言い聞かせて臨んだ江越との飲み会なのだが、こうして平気な顔を装いつつも、自分の手を見ると握った拳が白くなっている。
江越の口からは「水嶋」の名前が頻繁に出て来る。頻繁と言うかここに来てからの話は全部水嶋。水嶋で満ち溢れてる。馬鹿を連投しつつ文句を言ってるのに顔がニコニコと緩みっぱなしだ。
Heavenはゲイバーと言っても薄暗い場末感は無く、料理目当ての客や女子も多い。どちらかと言えば健全なゲイの社交場に近いが、それでもノンケの男が一人で出入りするには敷居が高い筈なのだ。
それなのに、難無く馴染み、ニックネームで呼ばれるほど仲良くなっちゃってる。
江越は今、自分が「どこにいるか」を自覚してないのだと思う。
ゲイバーとは余程特殊な趣向が無い限り何も特別変わった所があるわけじゃないが一般的な店とはやっぱり違う、「空気」が違うのだ。
性的趣向が一般と違ってもいい。むしろ犬猫派論争や仮面ライダー派かウルトラマン派か……くらいのレベルで語られる寛容さがある。
江越は頑固な一面もあるが基本的にはとても単純なのだ。その特殊な「空気」を否定しながらも順応して、ノーマルしか頭に無かった性の常識を広げてくれるのは正直言って嬉しい。
しかし、それが何だか嫌な方に向かってる気がするのだ。
「なあ……お前水嶋が好きなの?」
「ん?……それなあ……好きか嫌いかで分別出来る人じゃ無いんだよな。凄いけど時々間抜けだし、真面目の度が過ぎて逆に面白くなってる、いっつも引っ張って貰うだけなのに仕事を離れると引っ張らなきゃ動かないし……」
「俺は惹かれてんのかって聞いたんだよ」
「………轢かれてる?」
「恋!愛!キス!セックス!」
「は?何言ってんの?」
江越は素っ頓狂に目を丸くしたが、普通の男、つまりノーマルに今の質問をしたら「好きだよ」とか「気持ち悪い」の一言で終わる。長々注釈が付くのは肯定そのものだ。
「江越、お前もうHeavenに出入りすんなよ、話してると普通に見えるかもしれないけどあそこはやっぱり異端な奴が集まってる、あんま良くないよ」
本当は会社を辞めろと真面目に言いたい。
水嶋の事は横に置いといても毎日遅くまで帰ってないし残業という概念も無くこき使われてる。
江越の特性を一言で纏めれば「容量の大きな人」だ。誰にでもわかりやすく説明するのは難しいが、例えば、ある日お父さんが「今日からお母さんと呼びなさい」と言って女装しても一週間くらいで慣れて当然のように「お母さん」と呼んでいそうなのだ。
ウェイウェイ言ってる集団に混ざればウェイウェイ言い出すし、バイクはいいぞと勧められれば三週間もしないうちに免許を取って来る。
きっと二酸化炭素しかない他の星に行っても順応して息をする。
だから希望を捨てずに何年も待っていた。
水嶋はどう聞いても「こっち」の人だ。ゲイバーの空気に慣れた江越が、無自覚のまま水嶋に傾いている事を気付いて欲しくない。
ぽっと出の新人に出しゃ張られるなんて我慢し続けた5年が泣く。
「行くなって言われてもなあ、俺だって行きたくないけど…もう知り合いになっちゃってるしなあ」
だからそれに疑問を持たない江越が変だって言ってる。普通なら「キモい」の前に怖くて近寄らない場所だ。
「よく無いってわかってはいるんだろ?」
「わかってるよ、でもな…話せばみんないい人だし……ただし言っとく、Heavenに来る奴らは普通じゃ無いよ?」
「俺は?……普通?」
「高梨は高梨だよ」
変なサプリとかローション持ち歩いてる変態ゴリラと一緒にはしてない
そう言って笑ってるがそのゴリラと一緒なのだ、信じてくれる江越には悪いがそのアイテムは二つ共今も持っている。
合法サプリが本当に効くのかどうか……マムシとかスッポンとか書いてあるが市販品な割に成分の表記が無い。…って事は医薬品とは言えない。
それは背が伸びる薬より怪しいが悲しいかななけなしでも薬効を期待して縋り付いてしまうのだ。
だからと言う訳じゃ無いが……長年の間、親友をどんな目で見て来たのか、性欲の対象にしているとハッキリ伝えたのに、それでも圏外っぽい話し方をする江越にムカついて……
………飲みかけのグラスにポトン。
見もの……。
「高梨?何笑ってんだよ」
「ん?江越と飲むと楽しいんだよ」
江越と出会って5年、もうすぐ6年目に突入する腐りかけの片想いは今思い返しても長く無かった。
この関係が変わる日はおそらく来ないがチマチマと攻める事くらいは許してもらう。
一回くらいチャンスを貰ってもバチは当たらないだろう。
「俺も高梨といると楽しいよ」
「まあ飲め」
「飲むよ、本当に散々な一週間だったからな」
散々と言いながら笑うなっつーの。
江越のグラスに落としたエロサプリは用法容量すら書いてない。匂いは無臭。
半分残っていたビールを旨そうに飲み干す姿を見てウキウキしていたが……
ビール、焼酎、店を変えてハイボール、カラオケに雪崩れ込んでリンダリンダ。
焦る。
……まがい物だとわかっていたのに買ってしまった怪しい媚薬は効く様子もない。
別にどうこうしようって魂胆は無いが「熱くないか?」とか「体は大丈夫か?」って30回くらい聞いてしまう俺って馬鹿だと思う。
カラオケ屋でも飲み進むビール
怪しいと重々理解していたつまりが、変な薬に期待し過ぎて江越と同じ量のアルコールを取ったのに全然酔えなかった。
一方江越はベロベロになっている。
ほんのちょっとでも薬が効いたかなんて真偽はもう確かめようもない。
低音で怒鳴り散らす津軽海峡冬景色、気色悪いと言わざるを得ないトリセツ。肩を組まれて抱きつかれているうちにウキウキが苛々に変わり、そのうちに我慢の限界が来た。
「その気になる薬」?
全く無意味だと思っていたのに薬効が出たのは飲んでない方だ。とんでもない秘薬だと思う。
もうこうなったら………馬鹿で呑気な江越に今まで……これからも、どんな目で見てるかを思い知らせてやりたい、本当の俺を見て精々驚け。
人の目の前でお尻をフリフリしながら歌っているお馬鹿さんの手を掴んで立ち上がった。
「なあ江越……」
「ん?何?次は?何入れる?」
「何にしようかな……」
「?……高梨?」
いつも一緒にいた高梨だ。首に手を置かれても、引かれて顔が近づいても何をしようとしてるかなんて考えなかった。
ただ、近くで見る高梨を水嶋と比べてしまっただけだ。意識した事は無かったが高梨も肩より少し上に顔がある。
一重で切れ長の綺麗な瞳を持つ高梨は中々のイケメンだが、アップになっても水嶋のように性別が揺らいだりはしない。
どう見ても男だなと見ていると生暖かい軟体がペロンと唇を舐めた。
「あの……」
息のかかる距離、つまり鼻の先でニッと笑った顔はいつもの高梨だがヌルっと足の付け根が持ち上がった時に驚いて飛び上がった。
「わっちょ……」
「そんなびっくりすんなよ、……やっぱりあの薬はバッタもんなんだな、柔らかい…」
「何してんの?薬って何?」
シッと高梨の指が唇を抑えた。
そのクサい仕草はゲイの間で流行ってるのか?
何にしても効き目は抜群だ、何故か条件反射で続きが言えない。
くっと…後頭部に力が入った高梨の手は、離れた顔をもう一度引き寄せようとしている。その顔の角度はどう見てもキスをしようとしていた。
「待てよ高梨…そこは一応やってもいいかどうか聞くのが筋合いだろう」
「キスしていいかって?……聞かないだろ、お前は今までに聞いたことあんのか」
場所は狭いカラオケ屋の密室。
今にもくっ付きそうな距離で男同士が話す内容じゃないが、無理に突き離すと高梨が傷付いてしまいそうで出来ない。
思いっきり首を反らして何とか距離を取った。
「無いけど……ほら…あの…俺とお前の場合は特殊だろ、それに聞かなくても普通こんな状況になる時は暗黙の了承があるだろ」
「俺はお前を狙ってるって言ったよな、遠慮しないとも言ったぞ?その上で会ってるんだから合意と取った」
「それは……その事はちゃんと話そうと思ってた」
今の今まで忘れてたけど、思っていた事は思ってた。
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくてな……」
「じゃあ一回くらい付き合えよ」
「一回ってこないだ……」
ゲイのおっさんどもに囃し立てられてチューをしたじゃないかと言いたいのに、その前に口が塞がった。
「ふぐ……」
ヌルッと口に入って来たのは弾力のある肉だ。
その生温い感触は何とも表現し難く、背中は暑いのに冷や汗が吹き出して頭に血が上って来る。どうしようと考える間もなくパッと離れた高梨がご馳走さまと笑った。
「お前……舌入れんなよ」
「何入れるって江越が聞いたんだろ、舌にしといてやったんだから有り難く思え」
「「しといてやった」って……」
何を入れようとしてた?
入れるって何?
パッと頭に浮かんだのが水嶋だなんてHeaven産のウイルスは至極強靭らしい。かなり深くまで侵されて増殖して発熱している。これはもうタミフルでは治療できない所まで来ていると思われた。
高梨との別れ際、「コンビニに寄ろう」ってテンションで「泊まりに行ってもいいか?」と聞かれたが前回と同じくキッパリ断りを入れた。
高梨は好きだがどう考えてもそんな関係では付き合えない。
「また来週」と言い捨てた高梨は返事を待たずに帰って行った
高梨には悪いが……少し距離を置こうと思ってしまった。
「やっぱり……今まで通りって訳にはいかないな」
カラオケ屋から出ると息が白かった。
もうすぐ春なのに気紛れな季節は行ったり来たりを繰り返している。まるで心を映しているように感じるのは恐らく水嶋のせいだ。
もう終電は行ってしまい駅にはシャッターが降りていた。忙しい車影、暗く沈んだ高いビルは見えない天辺で小さな灯りがチカチカと光ってる。
酔いにふわつく頭の中が何だかむず痒くて、そのまま歩いていると、結構寒いのに春の匂いが風に混じって薫って来る、まるで誰かが呼んでいるように感じて……
水嶋は今何をしているのかと気になった。
あの蕎麦屋で会った日から殆ど顔を見てない。二、三回電話で怒鳴られただけだ。
「またどっかで潰れてたりして…」
どうしてか水嶋は飲みに誘ってくれないのだ。
真っ当に店で飲んだのは無言の説教を食らったあの一回だけ。それも佐倉のアホに邪魔された。
「アパートに帰ったら玄関で寝て……は無いか…」
水嶋と顔を合わさないのは気不味いから?
……そんな訳は無い。
意味もなく頭を振った。振ったら振りすぎて頭がクラクラする。気が付いたら電柱に阻まれ同じ所で足踏みしてた。
電柱は悪く無いが一応一言だけ文句を言っとく。
「死ね」
思考ループ中。「死ね」とか「逝け」とか「アホ」とか「役立たず」を聞くと……いや自分で言ったんだけど、そんなワードを使うと「水嶋」に舞い戻ってしまう。
未払いの回収は凄んでも脅してもどうにもならない。水嶋の事だからきっと嬉々として走り回り、経理を見直したり足りない手の代わりにと饅頭でも作っているんだと思う。
ああ見えて結構器用なのは知ってる。
細い指はそこはかとなく繊細で体を張る(普通は張らない)営業より医者の方が似合う。
きっと白衣も似合う。
怒りに任せて暴れたあの日、胸に抱いた肩がガタガタと震えて細い首筋が……
だからやめろ俺。
頭が冷えた頃にタクシーに乗ればいいと思って歩いていたのに中々冷めない。そして、歩いた事を後悔する頃にはタクシーなど一台も見かけなくなった。
他に交通手段はない。どうしようもなく歩いて、歩いて。二時間半かけてアパートまで歩く羽目になった。
「また午前様……明日起きたら昼過ぎてんだろな」
余計な運動をしたお陰で酔いはアパートが見えた今が最高潮になってる。
ちょっと期待していたのに部屋の窓は暗い。
今のは嘘です。期待なんかしてないです。
真っ直ぐ歩けていない自覚があるのだから人から見ればもう千鳥足だと思う。
出来れば最短距離で帰りたいのにふらふらと漂っていると、追い抜いて行ったタクシーに引き潰されそうになった。もっと正確に言えば投身自殺寸前だったと思う。
タクシーからすればただの言いがかりになってしまうが、ムカついて何か投げてやろうと小石を探していると、そのタクシーがアパートの前に止まった。出てきた足と靴には………思いっきり見覚えがある。
「……あ……嘘だ…」
降りて来たのは今一番会いたく無いと思っていた水嶋だった。
何故自分のマンションに帰らないでここに来るのか……本当に冗談じゃない。
全く冗談じゃない。
超絶冗談じゃない。
もう預けていた鍵は取り返している。こんな時間に突然訪ねて来られても寝てたら気付かないかもしれないし、夜中の3時に「お邪魔します」とか言われても普通は困る。
本当に困った。
喜んでいる俺にも困る。
冷蔵庫の角は遠いのだ。
アパートを見上げキョロキョロしている水嶋はどうやら酔って駄目バージョンらしい。
こっちを見たと思ったら目を細めて中途半端に手を上げた。
「江越だな?」
「違います」
「江越だろ?」
「気のせいです」
違うと言ってるのに……水嶋はヨタヨタと寄ってきて江越だぁと笑った。
「クソ……最悪のタイミング……」
「え?何が?バッチリだろ、俺は天才だって自分を褒めてた所だ」
うん、色んな意味で天才。
「はいはい……あなたは天才です。水嶋さんって目が悪いんですね、時々目を細めてるでしょ」
「悪くないってか測ってない」
「今度測りに行きましょう」
水嶋は会社の健康保険が払ってくれる健康診断も無視、今年は拉致してでも連れて行こうと決めていた。
「全くそんなに酔って…また無茶な飲み方してたんですね、毎週毎週そんなんじゃ今に体を壊しますよ」
うーんと誰かに問いかけるように空を見上げ「壊れてもいい」と困ったように笑った顔は本当にそう思ってるとわかる。
関口は「水嶋は危なっかしい」と言っていたが、それは突然襲われて暴力を受けたり、パンツに手を突っ込まれたりとかそんな見えやすい意味じゃなかった。全力疾走してる生き方そのものが危なっかしいのだ。
「馬鹿な事言わないでください。今年の健康診断は絶対に行ってもらいますからね、仕事に介護まで付いたらさすがに辞めます」
「今はいいからそん時は面倒みろ」
「今はいいけどそん時は嫌です」
「まあ……そんな事になれば俺が辞めるからお前は辞めるな、仕事は面白いだろ?お前は結構使える」
今それを言う?……
薄い防波堤は決壊しかけているのにこれ以上ドキドキさせないで欲しい。
水嶋に褒められる日、それはもっともっと一緒にいて…生命保険に満期が来る頃に褒めてもらえたら嬉しいと思ってたのに……意外と早かった。
今はどデカい背中の後ろでヒラヒラしているだけなのに……全然何も出来ていないのに、酔った上での軽い言葉だとわかってるのに、思わぬ不意打ちにクラクラ回る頭が歓喜してる。
…………押し寄せる滑らかな波。
頭を越えて溺れそうになるが、何とか浮上して呼吸を確保してるのに一つ超えたと思ったら幾重にも連なって次々と被る。
これは心の水面に落ちて来た何か、正体の見えない何かが作った波紋だ。
避けきれなくて……越えられなくて…ガブリと……思いっきり水を飲んだ。
「辞めませんよ……」
「お前が辞めても今んとこ困らんけどな…」
「もう…上げといて落とさないでください、さあ、送っていきますから自分の部屋に帰ってください」
顔を見れて嬉しいけど、もう一声だけ抵抗を試みてみる。今……水嶋を部屋に入れるのは何となく無理だった。
「何でだ」
「何でも」
「どうやって?タクシーは行っちゃったぞ」
「………俺は会社の近所からここまで歩いて帰ってきましたけど?」
「俺にも歩けってのか?何だよ、部屋に誰かいるのか?」
「妻と娘が……」
じゃあいいって……おい……信じたのか?
人の気も知らず可愛く笑うな、馬鹿。
もういい。
もういいのだ、全部もういい。
水を被った頭と理性が水没してる、もう遅いのだ。
とっくに遅い。
本当に帰ろうとする水嶋の腕を掴んで止めた。
「………部屋に入りましょう、寒いです」
「いいよ、俺はその辺で寝るからさ」
「また生垣か草むらですか?拾うの面倒くさいから入ってください」
アホとか何とか言いながらヨロついている水嶋をヨロつく足で支え、2人で挑んだドアまでの道は遠かった。階段は登山。廊下は田んぼみたいな泥沼。中々刺さらない小さな穴はマクロへの挑戦だった。やっと鍵を差し込んでドアを開けた途端2人で雪崩れ込み、その勢いのまま転がった。
水嶋が床に激突しないようにって……抱き込んだのはわざとなのか?そうなのか?俺。
窓から差す仄暗い月明かり、酔ってる、密室、明日休み。不可抗力で押し倒したみたいな体勢。
計画して用意してもこう上手くは運ばない。
駄目なのに、本当にもう駄目なのに………ちょっと寒いから体を寄せてみた。
両手を広げ大の字に寝転ぶ水嶋に肩が被さり、胸の上に上手く乗った腕は……ちょっと手を動かせば肩を引き寄せたり出来る。頬を引き寄せたり、首に回して顎を取る……とかも出来る。
やめろったら俺。
開いた襟の隙間から地肌が腕に触れているのだ。
ジワッと湧いてくる手のひらの汗は心の汗と連動している、熱を持ってホカホカになっている。
顔が近い。
本当に近い。
「お酒の匂い……と…水嶋さんの匂い」
「お前こそ、酒臭いし…汗臭い」
「歩きましたからね、2時間歩いた…その間…」
暗い夜空を眺めながらずっと水嶋の事を考えていた。考えていたと言うか勝手に出てきた。
「おい、江越……嗽《うがい》したい……」
「洗面所は……あちらです」
頼むから……この危ない俺の手を振り払って恒例の嗽でも何でもしてくれ。今逃げてくれないともう駄目になると思う。
「嗽をしたいんでしょ?早く行ってくださいよ、洗面所の場所……忘れたとか?…なら神業です」
「知ってるわ、アホ、立ちたくないんだよ、コップを…」
「嫌です馬鹿」
「何だよ」と、ムッと口を尖らせてこっちを見るから益々近い。もう寄り目になる距離だ。近過ぎてウイスキーの香る息がかかる。
"水嶋が好きなのか"と聞いた高梨の問いが嘲笑うかのように反復横跳びしていた。
もし…キスを迫ってきたのが高梨じゃなくて水嶋だったら?どうした?
きっと抱き締めた。
消そうとしてもまた蘇る不滅の水嶋。
無い無いっても笑ってみても頭から離れない。
……なのに益々顔を近づけて……本当にやめて欲しい、クンクン匂ぐな。
「お前……ビール臭いな零したのか?……」
「水嶋さんに言われたくないです、あの……あんまり近付かないで…」
もう知らないからな。
「じゃあお前が退けよ、俺の上に乗ってる腕が重い…眠い、寒い、何か……毛布持ってきてくれ、俺はここで寝る」
「………嫌です」
動きたくない。
仰向けに寝転んだ水嶋の顔がすぐ側にある。
アップで見るとやっぱり……性別の垣根が消える。
「俺もお前もアホだな」と喉の奥で笑った水嶋の居崩れた髪が鼻先を撫でた。
もう無理。
深く考える前、頭に浮かんだまま言ってはいけない一言がツルッと漏れ出た。
「……あの……ュー…しちゃってもいいですかね?」
「ん?…何てった?ちゃんと言えてない」
「聞いたら……嫌って言うでしょう?」
待て待てと止めてるのに理性の奴は嘲るように笑いながら逃げていく。
もうどうしようも無いのだ。
止めたいのに止まらない。限界だった。
「何……江…」
「ちょっと……黙っててください」
水嶋は何も考えてない、身構えもしない。
体を起こした腕の下で半目で見上げて来る性別不明の顔に……グルグル回ってる頭をそっと落として、尖った唇の頭にチョンと触れた。
それでも水嶋はまだ「何をやってんだ」とヘラヘラ笑ってる。
どうして嫌がってくれない。
密かに溜め込んだ熱に体重が乗ってしまう。
何かを言いかけたのか、くっと持ち上がった顎に唇を乗せて押し付けた。
「?!っん……ぅ」
息を飲んだ水嶋の喉が動く。
正体の見えないものに背中を押されてのキス。
開いた隙間に誘われて、歯の間に入り込むと抱き伏せた水嶋の体がピクンと揺れた。
水嶋は敏感
水嶋は感度がいい
佐倉は余計なレクチャーをしてくれた。
もっと見たいのだ。
相変わらず乳首が透けたシャツはネクタイが緩みボタンが外れてる。
暖房の入ってない部屋、それも玄関口は寒いのに長い首に手を添えると汗ばんで指が滑らない。
あの水嶋が……男が相手だなんてもうどうでもよくなってる。
「ぅ……ふ……」
チュクッと…混ぜかえった唾液の水音が頭の骨に響く。歯の裏側を擽ると逃げる様に顎が上がった。
この世に二人っきりしかいないような気になっている。
されるがままの水嶋は動かない。
こんな風に佐倉からのキスも流されるままに受けたのかと思うと体の芯が熱くなる。
チュッと唇を吸い上げてゆっくり離すと水嶋の顔に浮かんでいたのは嫌悪でも怒りでも無く、どう見ても疑問だった。
「お前……何してんだよ」
「何をしてるか?何してんでしょうね、頼むから…俺を…何か硬いもので殴ってください」
冷蔵庫の角は遠いのだ。今は最寄りの玄関なのに遠い。ここで思い留まる気持ちはもっと遠かった。
「何言ってんだ、取り敢えず俺の上からどけよ」
「やだ」
「江越?……ちょっと…」
脇腹を撫でるとモソモソと逃げていく、馬鹿正直に反応する水嶋の体はあり得ない欲に火を付け嫌が応にも盛り上がってしまう。
シャツの上を滑らせた指が胸の突起をぽちんと越えると今度はビクンと体が捩れた。
きっちり切り揃えた髪は短いのに手を入れると柔らかい。
暗くても耳が赤くなっているのがわかる。
耳朶を囓って狭い穴を舐めると、いかに油断していた水嶋でも流石に何をされているのかわかったみたいだ。
わあ、鳥肌が立ってる。
「江越?どうしたどうしたこら、酔ってるな?目を覚ませ、俺だぞ?わかってんのか?」
「………うん、水嶋さんですよね?」
「わかってんの?」
「水嶋さんだ……」
ネクタイが邪魔。
「シャツ……脱がせていいですか?」
「何で?!」
「そういうのはもっと強くお願いします…」
水嶋と俺自身の抗議は無視してもいいと思う。
だって、首の根元が見たくて見たくてもう我慢出来ない。真新しいシャツのボタンは間口が硬い。一個目は失敗、千切れてブチンと飛んだ。二個目。ブチン。
ここまで来たらもういいからボタンを外すのは諦めた。
襟を開くと思っていた通り鎖骨が綺麗だ。
ああ……ほんとに綺麗、そして誰か止めて欲しい。
「おい?」
「首長い……」
「おい?おいおい?ちょっと!」
「水嶋さんうるさい」
今、ねっとりと深いキスをしたのに……舌を入れたのに水嶋はまだ酔ってふざけてると思ってる。
ほぼ引き裂く結果となったシャツを開くと露わになった鎖骨を唇で辿った。微妙にサイズの合ってないシャツはちょっと引っ張っただけで簡単に肩から落ちた。うん、首から繋がる肩のラインはやっぱり好き。唾液に色が着いてたらきっと這った跡が出来てると思う。
「馬鹿って書いとく?」
「だから何?!…わ…」
首を吸ってみたら小さく色が着いた。
その下……胸の粒は怯えるように縮んでいるが、舐めてみると益々縮んだ。
水嶋が髪を引っ張ってくるけど舐めたいのだから仕方が無いのだ。
「おい?!何壊れてんだ?」
「うん、壊れちゃいました」
「江越?!こらこらこら!何やってんだ!あ…ちょっと!」
何やってんだって……あんたの乳首舐めてんだよ。
後頭部にゴンゴン落ちてくる拳骨は痛くも痒くもない。例え刺されてもやめない。
「江越!」
「水嶋さん……うるさい」
うるさいからもう一回口を塞いだ。
フギュって何かを押し潰したような声が面白い。
邪魔な手足を抑えるように体を重ねると片足が割った水嶋の腹に異物がある。
膝を押し上げると小さな叫び声を上げた。
「うわぁ……勃ってる」
「わあはこっちの台詞だアホ!触るからだろ!ってか何でお前も勃ってんだよ、離れろよ、ゴリゴリ押し付けんな」
「俺を止めてください、もうダメです」
「何がダメなんだよ!こら」
「駄目なんですったら…」
駄目の意味がわからん?水嶋がそんなんだから……だからこんな事になってんだ。
今度はベルトが邪魔だ。しかもシャツとは違うから引き千切るのは無理だと思う。
しかし、女子のブラより余程慣れてる、片手で引くと……ほら簡単に外れた。
ズボンのボタンはまた失敗した、また千切れた。
水嶋さん、ごめんなさい、これは「はるやま」に持っていくと治してくれるから今度一緒に行きましょう。「青山」じゃなく「はるやま」ね
床を漕いでズルズルと逃げていく水嶋の股間を擦り上げると、振り上げていた水嶋の手がピタリと止まった。
「ふ……ぐ……触んな…あ………クソ…」
「敏感ですね……首も耳も胸も……触るとビクビクしちゃって……盛り上がる」
「ふざけんな……何のつもりだ……」
「さあ…俺にもわかりません」
何がしたいのかわかってないのに体が勝手に動いてるのだ。わかってるのはもう抑えられないって事だけだ。
持ち上がった水嶋の膨らみから生地を通り抜けて熱が伝わってくる。
スリスリ揉み上げるときつく閉じた瞼の上で眉間に寄った水嶋の眉が垂れて来た。そんな顔を見さられると、ムクムクと育ってくる征服欲は酷く大きく膨張して、もう破裂寸前になっている。
少しずつチャックを引き下ろし、とうとう生に触れた。そこは熱く、硬く、漏れ出す滴でもうしたたかに濡れて粘っていた。
水嶋の何がそうさせるのか……結果論だが、また男にパンツの中に手を突っ込まれてる。手を動かすと鼻から抜けた声が聞けた。
「う……あ……」
「気持ちいい?」
「煩え……」
何と言えばいいのだろう、俺はどうしたと言うのだろう、男の性器に手を掛け、擦り上げると出て来る吐息に酔っている。
この先を知りたい。
どうしても知りたい。
もう足の付け根はパンパンに張っているからこの先まで進むしか無いのだ。
「指の……第二関節腹側……」
「何それ、何だよ…何がしたい」
何がしたいってイキ顔が見たい。
佐倉は悪く無いが恨む。呪う。それこそ殺す。
水嶋がどんな顔をするかを見たくて見たくて堪らなくなってる。
男とこんな事をするなんてあり得ないって信じていたが突入するとそうでもなかった。少し位置が違うがそれは個性……か?それでいいのか?
未だに納得してくれない自我と自問は遠くから弱々しく呼びかけてくるだけで、矯正力は乏しいのだ。何故なのか嫌悪も禁意も湧いて来ない、股間の奥深く、水嶋の深淵部に指を差し入れた。
「あっ!やっ!こら!」
「うわぁ……あったかい…」
「や……め……ぁ…」
「痛くないですか?」
「痛い!気色悪い!……ふ…ぐ…」
「それ………嘘でしょう?」
水分の無いそこは粘膜を手繰るように押し込んでもモソモソとしか進めない。チャックが開いただけのズボンが邪魔で脱がせてしまいたかったがそんな余裕はこっちにも水嶋にも無かった。
人の体の中の奥は熱くて狭くて問題の第二関節は意外と遠い。未知過ぎて何をしているのかわからないまま進んでいると、シャツを掴んで止めろと引っ張っていた水嶋の手がギュッと硬くなった。
「……あ……」
「ここ?……」
「ハ!あ……あ」
指を折って中から押し上げると水嶋の体が感電したように硬直してピンと伸びた。
乗り上がって押さえつけているのに指を揺らすと背中が反って浮き上がってる。
「ハァ……う……あ…」
「そんな声……出さないでください」
「じゃあ……やめろ……あっ!」
指を揺らす度に右に左に踊る様はピチピチの海老みたいだ。
水嶋の額に玉の汗が光ってる、歪む表情は苦痛と言うより抗えない性感に悶え耐えているようにしか見えない。
驚く程正直で「真面目」な反応は面白いくらい「水嶋」だった。触れば触るほどビク、ビク、と体が踊り、頬が紅潮していく。
あやふやな手つきなのにそこを攻めると水嶋の口が開いた。
「ぅ……あ……」
「…気持ち……いいんですか?」
「うるさ……ぁ……ぐ」
本当にやめて欲しいのに、やめたいのに…そこが緩んでいるのだ。指一本でも狭かったのに緩んで間口が広がっている。
佐倉は「まだ何もしてない」って喚いていたがそれがどこまでなのか………もしここでやめたとしたら佐倉を尊敬できる、だって本当に我慢出来ない。
指の緩急で早い呼吸が時々止まる。
感度がいいって本当だった、信じられないほどわかりやすい。跳ね上がり悶える体は反応が直に伝わり嫌が応にも熱が増す。
「もう…無理………ィ……い…」
「水嶋さんこそ……そんな煽るような事言うのやめて…」
今……"イキたい"って聞こえた、そう言えば中を探るのに夢中で前は放置している。
だって男同士のこんな事手順も定義も礼儀もわからない。
シャツを握りしめて引いたり押したり、ほんの僅かの抵抗を見せていた水嶋の手が下に落ちてる。
体を起こして覗き見ると、自らを握った手が動いていた。
「て……手伝いましょうか?」
「見んな……アホ……」
「見ます……見たい……」
"やりたい"より見たい。見たいからこんな事になってる。
だから手伝う。
片手は中を弄るのに忙しいから空いてる方の手を水嶋の手に重ねて親指で先っぽをクリクリと捏ねた。ジュクジュクに濡れたそこは滑りが良くて出口をほじくると呼吸が速くなる。
「もう…そろそろですか?」
「離…せ……」
「イッて……」
横を向いて逃げようとする肩を抑え、中に沈めた指をクンっと持ち上げると、声の無い悲鳴を上げて濁点の混じった長い吐息が水嶋の唇から吐き出された。
「~~~っ……あっ………」
「うわ……」
見てしまった。
……イキ顔……。
真ん中に寄った眉が開放と共に解れていく。
これは……確かに来る…。
もう破裂寸前だった。
この後どうするって……勿論する。
力が抜けてグッタリと弛緩している足を持ち上げると体は結構柔らかい。肩に乗せて水嶋の腰を引き寄せる。良く見えないが……痛いくらいに張り詰めた前を暗い谷間に押し付けた。
「っ?!……江越?!ちょっと!?何してる?!」
「ごめん、水嶋さん……もう無理」
「は?嘘……何チン○出してんだ!やめろアホ!やめろったら!」
「水嶋さん!暴れないで!」
「暴れるわアホ!」
「ちょっと!俺初心者なんだから」
「知るかっ!」
脱げてないズボンと股の間に突っ込んでる首をガクガクと揺すられ的が絞れない。もうやけくそで腰を押し付けるとヌルリ………超絶の快感が襲って来た。
「うわあぁ!!」
「ひゃあぁ!!」
2人揃ってしまった叫び声は天井に響き、隣の壁がドシンと揺れた。
「は、は、入っちゃった……」
「う……入っちゃったじゃねえよ!」
「ちょっと!静かにして!隣に聞こえてる」
「お前こそやめろって!うわ!痛い痛い痛い!」
「ちょっとだけ我慢してください!」
「何で?!うわっ……あ!」
プツッと音を立てて飲み込んだ頭の括れが擦れ、身体中の皮膚がザワッと立ち上がった。
「……あ……ぅ……」
肩に担ぎ上げた水嶋の足が締まって背中を押す。騒いでいた水嶋からは押し殺した呻き声と一緒にギリっと歯を擦る摩擦音がした。
溢れ出た汗が頬を滑り顎から落ちている。
そろそろと揺らしてみると狭い肉壁は締まって凄い刺激だ。
「うぅ…気持ち……いいです」
「あ……う……ごくな…そこ駄目だ」
「無理です……うわ……」
中が狭過ぎて進めない、一度引いて押し込むとしゃくり上げたような声が上がる。
動くと水嶋の背中が反ってきた。
垂れてきた水嶋の吐精が潤滑油になって淫靡な音がした。
「何か……夢か?これ?」
「ふぐ……死ね……クソ」
「水嶋さん……俺水嶋さんが好きです」
「取って付けたように言うな!動くなったら!」
「だから無理!」
敷物の無い偽フローリングは服を着たままの2人には滑りが良くて少しずつ移動していく。
男のGスポットと言われてもどう感じるのかわからない。でも、ちゃんと捉えているらしい
動くと水嶋からは押し殺した声が漏れて顎が上がる。
「もう……痛く無いですか?…」
「うる…さい……ハァ…あ…」
喉の奥から迫り上がる熱い塊が呼吸なのか、はたまた想いなのか、もう夢中で何が何だかわからない。
感度がいいって意味がよくわかる。
押し込む度に詰まる息。肉まで巻き込み掴んでいるシャツがギュウっと引っ張られる。
もう離れて見ても水嶋は男なんだと冷めたりしない。
泣きそうにも見える水嶋のイキ顔はずっと続いて……
気が付けば朝になっていた。
顎に当てた手が皮膚の下に埋まっている髭の素を見つけてしまい、穿り返している。
……高梨からの連絡が入ってる。
──会えないか?飲みに行こう
……どうするべきか……
ゲイであろうが、変態を含むホモであろうが、自分とっての高梨が大切な親友である事に変わりは無い。突然ぶっ込んで来たあの衝撃の告白を聞いても普通に付き合う自信はある……が、それはこっちの理屈なのだ。
今持ち上がっている問題は水嶋と佐倉の場合と全く同じだ。高梨が本気だと言うなら決して応える事は出来ないのだからもう会うべきじゃ無いとは思う。
「でもな……」
高梨がどんな気持ちでいたのか、聞いても、考えても、よくわからないが長い間友人として仲良くしてきた。その絆は本物だと思えるし、出来れば失いたくは無い。それに、ぷっつりと無視はどう考えてもよくないと思う。ちゃんと話を聞いて、ちゃんと考えた末にどうしても現状維持が無理なら「もう会えない」と言えばいい。じっくり話しあってから結論を出すべきなのだ。
「行くか……」
──今週末の金曜、時間はまた連絡する
連絡に返信をして携帯を閉じた。
水嶋はまだ未収金の回収に盗られたままだ。
一人で赴く外回りはいつもより時間が早く過ぎてしまう。そして、関口が何を言ってあの場を治めたのかは聞いてないが、矢田は水嶋に詫びを入れて大人しく仕事をしていた。
(矢田は謝ったのに水嶋は謝らない。子供)
一人になってわかった事は、何をするにも完璧にフォローされていた、という事だ。
担当の話をメモに残し、目に付いた雑用を手伝う。水嶋の真似は一人でやると思ったよりも大変だった。
水嶋の代わりをした初日は全ての案件に電話をしてくれていたと後で知った。その後は自分で考え、自分で段取り、自分で手続きの全てを把握しなければならない。何度も何度も二人で回った同じ道なのに要領が悪いのか、やたらと時間がかかっていた。
取引先の担当者がまだ残っているのかいないのかの賭けになってきた頃、漸く残っていた外回りが終わり、高梨と待ち合わせたイタリアンのダイニングに遅れて行くと、昔から変わらぬ見慣れた笑顔が迎えてくれた。
「待たせて悪いな高梨。今ちょっと忙しくてさ」
「そんなに待ってない、ビールでいいか?」
返事をする前に店員に合図を出して注文してくれた。高梨はもう既に飲みかけていたらしい、温くなったビールが「待ってない」が嘘だと言っている。
やっぱりいい奴だ。
「何か……久しぶりだな」
「あれは先週?先々週か……とにかくそんなに経ってないよ」
「でも最後にちゃんと話してからはもうひと月以上経つだろ?」
「……まあ……そうだな…」
久しぶりだったのは「普通」の高梨に限定しているからだ、heavenにいた目を血走らせ、口から泡を飛ばす変な人はなかったものとして消去してる。
そして、触れないようにしようと思っていた話題に少し慌てたが、カツンとグラスを合わせた高梨はいつもと同じ。会う事を悩んだのが嘘みたいだった。
「仕事終わりのビールはいつ飲んでも最高だな」
「いつも忙しいくせに「忙しい」って何かあったのか?働きすぎだろ」
「色々あってさ……聞いてくれる?」
「そりゃ勿論、それが俺の役目だろ?」
人生を揺るがす水嶋トピックは次から次へと湧いて出てくる。高梨とは暫くぶりだから、何から話していいか迷うほどだ。
相変わらず黙って聞いてくれる高梨は黄ばみも食べこぼしも綺麗さっぱり驚く白さ。
匂いも分解してくれる高機能濃縮洗濯洗剤みたいだ。
やっぱり高梨は最高だ。
「何?また水嶋?」
「うん…まあそうなんだけどな」
「お前さ、水嶋が占める割合……多く無いか?」
「そうか?」
分かってないフリで誤魔化したけど、痛いところを突く指摘にギクッとしたのは仕方が無い。
だって平日は元より休みの日だって水嶋しか無いのだ。水嶋だけに時間を注いでいるつもりなんか無いけど知らない間にそうなってる。
水嶋の持つ平日と休日のギャップは筋骨隆々のマッチョゴリラが「受け」って事実より受け入れがたく、別の人2人を守らなければと思っている。
あろう事か、一連の騒動を勃発した問題の震源地でもあるゲイバーで、懲りる事なく飲み潰れていた水嶋の話は身振り手振りまで添えて熱が入ってしまった。
愚かで無用心で馬鹿で……話してるとヒートアップして自然と髪をぐしゃぐしゃと掻き回していた。
「ほんとあの人って賢いのか馬鹿なのかわかんねえんだよな」
「馬鹿なんじゃないの?俺には馬鹿にしか見えないけどな、それより江越……お前そのおでこ何だよ、青いし怪我してる、転んだのか?」
「いや……」
「まさか水嶋にやられたのんじゃ無いだろうな」
「違うよ、あの人はしょっちゅう殴ってくるけど怪我する程じゃない、これは自分でやった」
冷蔵庫の角はもうお馴染みになってる。
酔った水嶋を送り、帰って来てから一回ガツン。濡れた人妻シリーズのDVDで水嶋の顔を思い浮かべてしまい一回ガツン。夢を見ての朝勃ちには……大量出血を招いた。
独特の視点で水嶋を見てしまう自分が怖くて記憶を消したいのに消えてくれない。
Heavenを訴えたいから弁護士を探そうとおもっている。(予定)
ここ一週間、暫くの間だけでも水嶋と別行動を取れるのは天の助けだった。
「自分でって何してたんだ?」
「変な洗脳から逃れようとしてる」
「……何の?どっかの宗教団体にでも懐かれてるのか?困ってるなら言えよ」
「宗教より始末が悪い変態の集まり……何がHeaven《天国》だ……って……ああ、ごめん」
つい…うっかり……狂乱する変態ゴリラ達が先に立ってしまっているがこれは失言だ。
気を付けないと、全く関係のない「そっちの人」全員を侮辱する羽目になる。
案の定高梨の眉がキュッと眉間に寄った。
「違うんだ、誤解しないでくれ、ゲイ全員の話をしてるんじゃなくな、あいつら大人のおもちゃを使いたいとかイキ顔が見たいとか…、お前だって俺が女子の使用済みパンツが欲しいって言ってたら変態って思うだろ?」
「欲しいのか?欲しいんだな?」
「……顔による」
「お前あそこでエゴちゃんって呼ばれてんだな」
「ああ、知らん間にそう呼ばれてる。高梨はあそこの常連なのか?」
「……違うけどちょっとあの後どうなったか気になって行ったんだ」
何が気になったかと言えば………
江越の言動だった。
冷静に……と自分に言い聞かせて臨んだ江越との飲み会なのだが、こうして平気な顔を装いつつも、自分の手を見ると握った拳が白くなっている。
江越の口からは「水嶋」の名前が頻繁に出て来る。頻繁と言うかここに来てからの話は全部水嶋。水嶋で満ち溢れてる。馬鹿を連投しつつ文句を言ってるのに顔がニコニコと緩みっぱなしだ。
Heavenはゲイバーと言っても薄暗い場末感は無く、料理目当ての客や女子も多い。どちらかと言えば健全なゲイの社交場に近いが、それでもノンケの男が一人で出入りするには敷居が高い筈なのだ。
それなのに、難無く馴染み、ニックネームで呼ばれるほど仲良くなっちゃってる。
江越は今、自分が「どこにいるか」を自覚してないのだと思う。
ゲイバーとは余程特殊な趣向が無い限り何も特別変わった所があるわけじゃないが一般的な店とはやっぱり違う、「空気」が違うのだ。
性的趣向が一般と違ってもいい。むしろ犬猫派論争や仮面ライダー派かウルトラマン派か……くらいのレベルで語られる寛容さがある。
江越は頑固な一面もあるが基本的にはとても単純なのだ。その特殊な「空気」を否定しながらも順応して、ノーマルしか頭に無かった性の常識を広げてくれるのは正直言って嬉しい。
しかし、それが何だか嫌な方に向かってる気がするのだ。
「なあ……お前水嶋が好きなの?」
「ん?……それなあ……好きか嫌いかで分別出来る人じゃ無いんだよな。凄いけど時々間抜けだし、真面目の度が過ぎて逆に面白くなってる、いっつも引っ張って貰うだけなのに仕事を離れると引っ張らなきゃ動かないし……」
「俺は惹かれてんのかって聞いたんだよ」
「………轢かれてる?」
「恋!愛!キス!セックス!」
「は?何言ってんの?」
江越は素っ頓狂に目を丸くしたが、普通の男、つまりノーマルに今の質問をしたら「好きだよ」とか「気持ち悪い」の一言で終わる。長々注釈が付くのは肯定そのものだ。
「江越、お前もうHeavenに出入りすんなよ、話してると普通に見えるかもしれないけどあそこはやっぱり異端な奴が集まってる、あんま良くないよ」
本当は会社を辞めろと真面目に言いたい。
水嶋の事は横に置いといても毎日遅くまで帰ってないし残業という概念も無くこき使われてる。
江越の特性を一言で纏めれば「容量の大きな人」だ。誰にでもわかりやすく説明するのは難しいが、例えば、ある日お父さんが「今日からお母さんと呼びなさい」と言って女装しても一週間くらいで慣れて当然のように「お母さん」と呼んでいそうなのだ。
ウェイウェイ言ってる集団に混ざればウェイウェイ言い出すし、バイクはいいぞと勧められれば三週間もしないうちに免許を取って来る。
きっと二酸化炭素しかない他の星に行っても順応して息をする。
だから希望を捨てずに何年も待っていた。
水嶋はどう聞いても「こっち」の人だ。ゲイバーの空気に慣れた江越が、無自覚のまま水嶋に傾いている事を気付いて欲しくない。
ぽっと出の新人に出しゃ張られるなんて我慢し続けた5年が泣く。
「行くなって言われてもなあ、俺だって行きたくないけど…もう知り合いになっちゃってるしなあ」
だからそれに疑問を持たない江越が変だって言ってる。普通なら「キモい」の前に怖くて近寄らない場所だ。
「よく無いってわかってはいるんだろ?」
「わかってるよ、でもな…話せばみんないい人だし……ただし言っとく、Heavenに来る奴らは普通じゃ無いよ?」
「俺は?……普通?」
「高梨は高梨だよ」
変なサプリとかローション持ち歩いてる変態ゴリラと一緒にはしてない
そう言って笑ってるがそのゴリラと一緒なのだ、信じてくれる江越には悪いがそのアイテムは二つ共今も持っている。
合法サプリが本当に効くのかどうか……マムシとかスッポンとか書いてあるが市販品な割に成分の表記が無い。…って事は医薬品とは言えない。
それは背が伸びる薬より怪しいが悲しいかななけなしでも薬効を期待して縋り付いてしまうのだ。
だからと言う訳じゃ無いが……長年の間、親友をどんな目で見て来たのか、性欲の対象にしているとハッキリ伝えたのに、それでも圏外っぽい話し方をする江越にムカついて……
………飲みかけのグラスにポトン。
見もの……。
「高梨?何笑ってんだよ」
「ん?江越と飲むと楽しいんだよ」
江越と出会って5年、もうすぐ6年目に突入する腐りかけの片想いは今思い返しても長く無かった。
この関係が変わる日はおそらく来ないがチマチマと攻める事くらいは許してもらう。
一回くらいチャンスを貰ってもバチは当たらないだろう。
「俺も高梨といると楽しいよ」
「まあ飲め」
「飲むよ、本当に散々な一週間だったからな」
散々と言いながら笑うなっつーの。
江越のグラスに落としたエロサプリは用法容量すら書いてない。匂いは無臭。
半分残っていたビールを旨そうに飲み干す姿を見てウキウキしていたが……
ビール、焼酎、店を変えてハイボール、カラオケに雪崩れ込んでリンダリンダ。
焦る。
……まがい物だとわかっていたのに買ってしまった怪しい媚薬は効く様子もない。
別にどうこうしようって魂胆は無いが「熱くないか?」とか「体は大丈夫か?」って30回くらい聞いてしまう俺って馬鹿だと思う。
カラオケ屋でも飲み進むビール
怪しいと重々理解していたつまりが、変な薬に期待し過ぎて江越と同じ量のアルコールを取ったのに全然酔えなかった。
一方江越はベロベロになっている。
ほんのちょっとでも薬が効いたかなんて真偽はもう確かめようもない。
低音で怒鳴り散らす津軽海峡冬景色、気色悪いと言わざるを得ないトリセツ。肩を組まれて抱きつかれているうちにウキウキが苛々に変わり、そのうちに我慢の限界が来た。
「その気になる薬」?
全く無意味だと思っていたのに薬効が出たのは飲んでない方だ。とんでもない秘薬だと思う。
もうこうなったら………馬鹿で呑気な江越に今まで……これからも、どんな目で見てるかを思い知らせてやりたい、本当の俺を見て精々驚け。
人の目の前でお尻をフリフリしながら歌っているお馬鹿さんの手を掴んで立ち上がった。
「なあ江越……」
「ん?何?次は?何入れる?」
「何にしようかな……」
「?……高梨?」
いつも一緒にいた高梨だ。首に手を置かれても、引かれて顔が近づいても何をしようとしてるかなんて考えなかった。
ただ、近くで見る高梨を水嶋と比べてしまっただけだ。意識した事は無かったが高梨も肩より少し上に顔がある。
一重で切れ長の綺麗な瞳を持つ高梨は中々のイケメンだが、アップになっても水嶋のように性別が揺らいだりはしない。
どう見ても男だなと見ていると生暖かい軟体がペロンと唇を舐めた。
「あの……」
息のかかる距離、つまり鼻の先でニッと笑った顔はいつもの高梨だがヌルっと足の付け根が持ち上がった時に驚いて飛び上がった。
「わっちょ……」
「そんなびっくりすんなよ、……やっぱりあの薬はバッタもんなんだな、柔らかい…」
「何してんの?薬って何?」
シッと高梨の指が唇を抑えた。
そのクサい仕草はゲイの間で流行ってるのか?
何にしても効き目は抜群だ、何故か条件反射で続きが言えない。
くっと…後頭部に力が入った高梨の手は、離れた顔をもう一度引き寄せようとしている。その顔の角度はどう見てもキスをしようとしていた。
「待てよ高梨…そこは一応やってもいいかどうか聞くのが筋合いだろう」
「キスしていいかって?……聞かないだろ、お前は今までに聞いたことあんのか」
場所は狭いカラオケ屋の密室。
今にもくっ付きそうな距離で男同士が話す内容じゃないが、無理に突き離すと高梨が傷付いてしまいそうで出来ない。
思いっきり首を反らして何とか距離を取った。
「無いけど……ほら…あの…俺とお前の場合は特殊だろ、それに聞かなくても普通こんな状況になる時は暗黙の了承があるだろ」
「俺はお前を狙ってるって言ったよな、遠慮しないとも言ったぞ?その上で会ってるんだから合意と取った」
「それは……その事はちゃんと話そうと思ってた」
今の今まで忘れてたけど、思っていた事は思ってた。
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくてな……」
「じゃあ一回くらい付き合えよ」
「一回ってこないだ……」
ゲイのおっさんどもに囃し立てられてチューをしたじゃないかと言いたいのに、その前に口が塞がった。
「ふぐ……」
ヌルッと口に入って来たのは弾力のある肉だ。
その生温い感触は何とも表現し難く、背中は暑いのに冷や汗が吹き出して頭に血が上って来る。どうしようと考える間もなくパッと離れた高梨がご馳走さまと笑った。
「お前……舌入れんなよ」
「何入れるって江越が聞いたんだろ、舌にしといてやったんだから有り難く思え」
「「しといてやった」って……」
何を入れようとしてた?
入れるって何?
パッと頭に浮かんだのが水嶋だなんてHeaven産のウイルスは至極強靭らしい。かなり深くまで侵されて増殖して発熱している。これはもうタミフルでは治療できない所まで来ていると思われた。
高梨との別れ際、「コンビニに寄ろう」ってテンションで「泊まりに行ってもいいか?」と聞かれたが前回と同じくキッパリ断りを入れた。
高梨は好きだがどう考えてもそんな関係では付き合えない。
「また来週」と言い捨てた高梨は返事を待たずに帰って行った
高梨には悪いが……少し距離を置こうと思ってしまった。
「やっぱり……今まで通りって訳にはいかないな」
カラオケ屋から出ると息が白かった。
もうすぐ春なのに気紛れな季節は行ったり来たりを繰り返している。まるで心を映しているように感じるのは恐らく水嶋のせいだ。
もう終電は行ってしまい駅にはシャッターが降りていた。忙しい車影、暗く沈んだ高いビルは見えない天辺で小さな灯りがチカチカと光ってる。
酔いにふわつく頭の中が何だかむず痒くて、そのまま歩いていると、結構寒いのに春の匂いが風に混じって薫って来る、まるで誰かが呼んでいるように感じて……
水嶋は今何をしているのかと気になった。
あの蕎麦屋で会った日から殆ど顔を見てない。二、三回電話で怒鳴られただけだ。
「またどっかで潰れてたりして…」
どうしてか水嶋は飲みに誘ってくれないのだ。
真っ当に店で飲んだのは無言の説教を食らったあの一回だけ。それも佐倉のアホに邪魔された。
「アパートに帰ったら玄関で寝て……は無いか…」
水嶋と顔を合わさないのは気不味いから?
……そんな訳は無い。
意味もなく頭を振った。振ったら振りすぎて頭がクラクラする。気が付いたら電柱に阻まれ同じ所で足踏みしてた。
電柱は悪く無いが一応一言だけ文句を言っとく。
「死ね」
思考ループ中。「死ね」とか「逝け」とか「アホ」とか「役立たず」を聞くと……いや自分で言ったんだけど、そんなワードを使うと「水嶋」に舞い戻ってしまう。
未払いの回収は凄んでも脅してもどうにもならない。水嶋の事だからきっと嬉々として走り回り、経理を見直したり足りない手の代わりにと饅頭でも作っているんだと思う。
ああ見えて結構器用なのは知ってる。
細い指はそこはかとなく繊細で体を張る(普通は張らない)営業より医者の方が似合う。
きっと白衣も似合う。
怒りに任せて暴れたあの日、胸に抱いた肩がガタガタと震えて細い首筋が……
だからやめろ俺。
頭が冷えた頃にタクシーに乗ればいいと思って歩いていたのに中々冷めない。そして、歩いた事を後悔する頃にはタクシーなど一台も見かけなくなった。
他に交通手段はない。どうしようもなく歩いて、歩いて。二時間半かけてアパートまで歩く羽目になった。
「また午前様……明日起きたら昼過ぎてんだろな」
余計な運動をしたお陰で酔いはアパートが見えた今が最高潮になってる。
ちょっと期待していたのに部屋の窓は暗い。
今のは嘘です。期待なんかしてないです。
真っ直ぐ歩けていない自覚があるのだから人から見ればもう千鳥足だと思う。
出来れば最短距離で帰りたいのにふらふらと漂っていると、追い抜いて行ったタクシーに引き潰されそうになった。もっと正確に言えば投身自殺寸前だったと思う。
タクシーからすればただの言いがかりになってしまうが、ムカついて何か投げてやろうと小石を探していると、そのタクシーがアパートの前に止まった。出てきた足と靴には………思いっきり見覚えがある。
「……あ……嘘だ…」
降りて来たのは今一番会いたく無いと思っていた水嶋だった。
何故自分のマンションに帰らないでここに来るのか……本当に冗談じゃない。
全く冗談じゃない。
超絶冗談じゃない。
もう預けていた鍵は取り返している。こんな時間に突然訪ねて来られても寝てたら気付かないかもしれないし、夜中の3時に「お邪魔します」とか言われても普通は困る。
本当に困った。
喜んでいる俺にも困る。
冷蔵庫の角は遠いのだ。
アパートを見上げキョロキョロしている水嶋はどうやら酔って駄目バージョンらしい。
こっちを見たと思ったら目を細めて中途半端に手を上げた。
「江越だな?」
「違います」
「江越だろ?」
「気のせいです」
違うと言ってるのに……水嶋はヨタヨタと寄ってきて江越だぁと笑った。
「クソ……最悪のタイミング……」
「え?何が?バッチリだろ、俺は天才だって自分を褒めてた所だ」
うん、色んな意味で天才。
「はいはい……あなたは天才です。水嶋さんって目が悪いんですね、時々目を細めてるでしょ」
「悪くないってか測ってない」
「今度測りに行きましょう」
水嶋は会社の健康保険が払ってくれる健康診断も無視、今年は拉致してでも連れて行こうと決めていた。
「全くそんなに酔って…また無茶な飲み方してたんですね、毎週毎週そんなんじゃ今に体を壊しますよ」
うーんと誰かに問いかけるように空を見上げ「壊れてもいい」と困ったように笑った顔は本当にそう思ってるとわかる。
関口は「水嶋は危なっかしい」と言っていたが、それは突然襲われて暴力を受けたり、パンツに手を突っ込まれたりとかそんな見えやすい意味じゃなかった。全力疾走してる生き方そのものが危なっかしいのだ。
「馬鹿な事言わないでください。今年の健康診断は絶対に行ってもらいますからね、仕事に介護まで付いたらさすがに辞めます」
「今はいいからそん時は面倒みろ」
「今はいいけどそん時は嫌です」
「まあ……そんな事になれば俺が辞めるからお前は辞めるな、仕事は面白いだろ?お前は結構使える」
今それを言う?……
薄い防波堤は決壊しかけているのにこれ以上ドキドキさせないで欲しい。
水嶋に褒められる日、それはもっともっと一緒にいて…生命保険に満期が来る頃に褒めてもらえたら嬉しいと思ってたのに……意外と早かった。
今はどデカい背中の後ろでヒラヒラしているだけなのに……全然何も出来ていないのに、酔った上での軽い言葉だとわかってるのに、思わぬ不意打ちにクラクラ回る頭が歓喜してる。
…………押し寄せる滑らかな波。
頭を越えて溺れそうになるが、何とか浮上して呼吸を確保してるのに一つ超えたと思ったら幾重にも連なって次々と被る。
これは心の水面に落ちて来た何か、正体の見えない何かが作った波紋だ。
避けきれなくて……越えられなくて…ガブリと……思いっきり水を飲んだ。
「辞めませんよ……」
「お前が辞めても今んとこ困らんけどな…」
「もう…上げといて落とさないでください、さあ、送っていきますから自分の部屋に帰ってください」
顔を見れて嬉しいけど、もう一声だけ抵抗を試みてみる。今……水嶋を部屋に入れるのは何となく無理だった。
「何でだ」
「何でも」
「どうやって?タクシーは行っちゃったぞ」
「………俺は会社の近所からここまで歩いて帰ってきましたけど?」
「俺にも歩けってのか?何だよ、部屋に誰かいるのか?」
「妻と娘が……」
じゃあいいって……おい……信じたのか?
人の気も知らず可愛く笑うな、馬鹿。
もういい。
もういいのだ、全部もういい。
水を被った頭と理性が水没してる、もう遅いのだ。
とっくに遅い。
本当に帰ろうとする水嶋の腕を掴んで止めた。
「………部屋に入りましょう、寒いです」
「いいよ、俺はその辺で寝るからさ」
「また生垣か草むらですか?拾うの面倒くさいから入ってください」
アホとか何とか言いながらヨロついている水嶋をヨロつく足で支え、2人で挑んだドアまでの道は遠かった。階段は登山。廊下は田んぼみたいな泥沼。中々刺さらない小さな穴はマクロへの挑戦だった。やっと鍵を差し込んでドアを開けた途端2人で雪崩れ込み、その勢いのまま転がった。
水嶋が床に激突しないようにって……抱き込んだのはわざとなのか?そうなのか?俺。
窓から差す仄暗い月明かり、酔ってる、密室、明日休み。不可抗力で押し倒したみたいな体勢。
計画して用意してもこう上手くは運ばない。
駄目なのに、本当にもう駄目なのに………ちょっと寒いから体を寄せてみた。
両手を広げ大の字に寝転ぶ水嶋に肩が被さり、胸の上に上手く乗った腕は……ちょっと手を動かせば肩を引き寄せたり出来る。頬を引き寄せたり、首に回して顎を取る……とかも出来る。
やめろったら俺。
開いた襟の隙間から地肌が腕に触れているのだ。
ジワッと湧いてくる手のひらの汗は心の汗と連動している、熱を持ってホカホカになっている。
顔が近い。
本当に近い。
「お酒の匂い……と…水嶋さんの匂い」
「お前こそ、酒臭いし…汗臭い」
「歩きましたからね、2時間歩いた…その間…」
暗い夜空を眺めながらずっと水嶋の事を考えていた。考えていたと言うか勝手に出てきた。
「おい、江越……嗽《うがい》したい……」
「洗面所は……あちらです」
頼むから……この危ない俺の手を振り払って恒例の嗽でも何でもしてくれ。今逃げてくれないともう駄目になると思う。
「嗽をしたいんでしょ?早く行ってくださいよ、洗面所の場所……忘れたとか?…なら神業です」
「知ってるわ、アホ、立ちたくないんだよ、コップを…」
「嫌です馬鹿」
「何だよ」と、ムッと口を尖らせてこっちを見るから益々近い。もう寄り目になる距離だ。近過ぎてウイスキーの香る息がかかる。
"水嶋が好きなのか"と聞いた高梨の問いが嘲笑うかのように反復横跳びしていた。
もし…キスを迫ってきたのが高梨じゃなくて水嶋だったら?どうした?
きっと抱き締めた。
消そうとしてもまた蘇る不滅の水嶋。
無い無いっても笑ってみても頭から離れない。
……なのに益々顔を近づけて……本当にやめて欲しい、クンクン匂ぐな。
「お前……ビール臭いな零したのか?……」
「水嶋さんに言われたくないです、あの……あんまり近付かないで…」
もう知らないからな。
「じゃあお前が退けよ、俺の上に乗ってる腕が重い…眠い、寒い、何か……毛布持ってきてくれ、俺はここで寝る」
「………嫌です」
動きたくない。
仰向けに寝転んだ水嶋の顔がすぐ側にある。
アップで見るとやっぱり……性別の垣根が消える。
「俺もお前もアホだな」と喉の奥で笑った水嶋の居崩れた髪が鼻先を撫でた。
もう無理。
深く考える前、頭に浮かんだまま言ってはいけない一言がツルッと漏れ出た。
「……あの……ュー…しちゃってもいいですかね?」
「ん?…何てった?ちゃんと言えてない」
「聞いたら……嫌って言うでしょう?」
待て待てと止めてるのに理性の奴は嘲るように笑いながら逃げていく。
もうどうしようも無いのだ。
止めたいのに止まらない。限界だった。
「何……江…」
「ちょっと……黙っててください」
水嶋は何も考えてない、身構えもしない。
体を起こした腕の下で半目で見上げて来る性別不明の顔に……グルグル回ってる頭をそっと落として、尖った唇の頭にチョンと触れた。
それでも水嶋はまだ「何をやってんだ」とヘラヘラ笑ってる。
どうして嫌がってくれない。
密かに溜め込んだ熱に体重が乗ってしまう。
何かを言いかけたのか、くっと持ち上がった顎に唇を乗せて押し付けた。
「?!っん……ぅ」
息を飲んだ水嶋の喉が動く。
正体の見えないものに背中を押されてのキス。
開いた隙間に誘われて、歯の間に入り込むと抱き伏せた水嶋の体がピクンと揺れた。
水嶋は敏感
水嶋は感度がいい
佐倉は余計なレクチャーをしてくれた。
もっと見たいのだ。
相変わらず乳首が透けたシャツはネクタイが緩みボタンが外れてる。
暖房の入ってない部屋、それも玄関口は寒いのに長い首に手を添えると汗ばんで指が滑らない。
あの水嶋が……男が相手だなんてもうどうでもよくなってる。
「ぅ……ふ……」
チュクッと…混ぜかえった唾液の水音が頭の骨に響く。歯の裏側を擽ると逃げる様に顎が上がった。
この世に二人っきりしかいないような気になっている。
されるがままの水嶋は動かない。
こんな風に佐倉からのキスも流されるままに受けたのかと思うと体の芯が熱くなる。
チュッと唇を吸い上げてゆっくり離すと水嶋の顔に浮かんでいたのは嫌悪でも怒りでも無く、どう見ても疑問だった。
「お前……何してんだよ」
「何をしてるか?何してんでしょうね、頼むから…俺を…何か硬いもので殴ってください」
冷蔵庫の角は遠いのだ。今は最寄りの玄関なのに遠い。ここで思い留まる気持ちはもっと遠かった。
「何言ってんだ、取り敢えず俺の上からどけよ」
「やだ」
「江越?……ちょっと…」
脇腹を撫でるとモソモソと逃げていく、馬鹿正直に反応する水嶋の体はあり得ない欲に火を付け嫌が応にも盛り上がってしまう。
シャツの上を滑らせた指が胸の突起をぽちんと越えると今度はビクンと体が捩れた。
きっちり切り揃えた髪は短いのに手を入れると柔らかい。
暗くても耳が赤くなっているのがわかる。
耳朶を囓って狭い穴を舐めると、いかに油断していた水嶋でも流石に何をされているのかわかったみたいだ。
わあ、鳥肌が立ってる。
「江越?どうしたどうしたこら、酔ってるな?目を覚ませ、俺だぞ?わかってんのか?」
「………うん、水嶋さんですよね?」
「わかってんの?」
「水嶋さんだ……」
ネクタイが邪魔。
「シャツ……脱がせていいですか?」
「何で?!」
「そういうのはもっと強くお願いします…」
水嶋と俺自身の抗議は無視してもいいと思う。
だって、首の根元が見たくて見たくてもう我慢出来ない。真新しいシャツのボタンは間口が硬い。一個目は失敗、千切れてブチンと飛んだ。二個目。ブチン。
ここまで来たらもういいからボタンを外すのは諦めた。
襟を開くと思っていた通り鎖骨が綺麗だ。
ああ……ほんとに綺麗、そして誰か止めて欲しい。
「おい?」
「首長い……」
「おい?おいおい?ちょっと!」
「水嶋さんうるさい」
今、ねっとりと深いキスをしたのに……舌を入れたのに水嶋はまだ酔ってふざけてると思ってる。
ほぼ引き裂く結果となったシャツを開くと露わになった鎖骨を唇で辿った。微妙にサイズの合ってないシャツはちょっと引っ張っただけで簡単に肩から落ちた。うん、首から繋がる肩のラインはやっぱり好き。唾液に色が着いてたらきっと這った跡が出来てると思う。
「馬鹿って書いとく?」
「だから何?!…わ…」
首を吸ってみたら小さく色が着いた。
その下……胸の粒は怯えるように縮んでいるが、舐めてみると益々縮んだ。
水嶋が髪を引っ張ってくるけど舐めたいのだから仕方が無いのだ。
「おい?!何壊れてんだ?」
「うん、壊れちゃいました」
「江越?!こらこらこら!何やってんだ!あ…ちょっと!」
何やってんだって……あんたの乳首舐めてんだよ。
後頭部にゴンゴン落ちてくる拳骨は痛くも痒くもない。例え刺されてもやめない。
「江越!」
「水嶋さん……うるさい」
うるさいからもう一回口を塞いだ。
フギュって何かを押し潰したような声が面白い。
邪魔な手足を抑えるように体を重ねると片足が割った水嶋の腹に異物がある。
膝を押し上げると小さな叫び声を上げた。
「うわぁ……勃ってる」
「わあはこっちの台詞だアホ!触るからだろ!ってか何でお前も勃ってんだよ、離れろよ、ゴリゴリ押し付けんな」
「俺を止めてください、もうダメです」
「何がダメなんだよ!こら」
「駄目なんですったら…」
駄目の意味がわからん?水嶋がそんなんだから……だからこんな事になってんだ。
今度はベルトが邪魔だ。しかもシャツとは違うから引き千切るのは無理だと思う。
しかし、女子のブラより余程慣れてる、片手で引くと……ほら簡単に外れた。
ズボンのボタンはまた失敗した、また千切れた。
水嶋さん、ごめんなさい、これは「はるやま」に持っていくと治してくれるから今度一緒に行きましょう。「青山」じゃなく「はるやま」ね
床を漕いでズルズルと逃げていく水嶋の股間を擦り上げると、振り上げていた水嶋の手がピタリと止まった。
「ふ……ぐ……触んな…あ………クソ…」
「敏感ですね……首も耳も胸も……触るとビクビクしちゃって……盛り上がる」
「ふざけんな……何のつもりだ……」
「さあ…俺にもわかりません」
何がしたいのかわかってないのに体が勝手に動いてるのだ。わかってるのはもう抑えられないって事だけだ。
持ち上がった水嶋の膨らみから生地を通り抜けて熱が伝わってくる。
スリスリ揉み上げるときつく閉じた瞼の上で眉間に寄った水嶋の眉が垂れて来た。そんな顔を見さられると、ムクムクと育ってくる征服欲は酷く大きく膨張して、もう破裂寸前になっている。
少しずつチャックを引き下ろし、とうとう生に触れた。そこは熱く、硬く、漏れ出す滴でもうしたたかに濡れて粘っていた。
水嶋の何がそうさせるのか……結果論だが、また男にパンツの中に手を突っ込まれてる。手を動かすと鼻から抜けた声が聞けた。
「う……あ……」
「気持ちいい?」
「煩え……」
何と言えばいいのだろう、俺はどうしたと言うのだろう、男の性器に手を掛け、擦り上げると出て来る吐息に酔っている。
この先を知りたい。
どうしても知りたい。
もう足の付け根はパンパンに張っているからこの先まで進むしか無いのだ。
「指の……第二関節腹側……」
「何それ、何だよ…何がしたい」
何がしたいってイキ顔が見たい。
佐倉は悪く無いが恨む。呪う。それこそ殺す。
水嶋がどんな顔をするかを見たくて見たくて堪らなくなってる。
男とこんな事をするなんてあり得ないって信じていたが突入するとそうでもなかった。少し位置が違うがそれは個性……か?それでいいのか?
未だに納得してくれない自我と自問は遠くから弱々しく呼びかけてくるだけで、矯正力は乏しいのだ。何故なのか嫌悪も禁意も湧いて来ない、股間の奥深く、水嶋の深淵部に指を差し入れた。
「あっ!やっ!こら!」
「うわぁ……あったかい…」
「や……め……ぁ…」
「痛くないですか?」
「痛い!気色悪い!……ふ…ぐ…」
「それ………嘘でしょう?」
水分の無いそこは粘膜を手繰るように押し込んでもモソモソとしか進めない。チャックが開いただけのズボンが邪魔で脱がせてしまいたかったがそんな余裕はこっちにも水嶋にも無かった。
人の体の中の奥は熱くて狭くて問題の第二関節は意外と遠い。未知過ぎて何をしているのかわからないまま進んでいると、シャツを掴んで止めろと引っ張っていた水嶋の手がギュッと硬くなった。
「……あ……」
「ここ?……」
「ハ!あ……あ」
指を折って中から押し上げると水嶋の体が感電したように硬直してピンと伸びた。
乗り上がって押さえつけているのに指を揺らすと背中が反って浮き上がってる。
「ハァ……う……あ…」
「そんな声……出さないでください」
「じゃあ……やめろ……あっ!」
指を揺らす度に右に左に踊る様はピチピチの海老みたいだ。
水嶋の額に玉の汗が光ってる、歪む表情は苦痛と言うより抗えない性感に悶え耐えているようにしか見えない。
驚く程正直で「真面目」な反応は面白いくらい「水嶋」だった。触れば触るほどビク、ビク、と体が踊り、頬が紅潮していく。
あやふやな手つきなのにそこを攻めると水嶋の口が開いた。
「ぅ……あ……」
「…気持ち……いいんですか?」
「うるさ……ぁ……ぐ」
本当にやめて欲しいのに、やめたいのに…そこが緩んでいるのだ。指一本でも狭かったのに緩んで間口が広がっている。
佐倉は「まだ何もしてない」って喚いていたがそれがどこまでなのか………もしここでやめたとしたら佐倉を尊敬できる、だって本当に我慢出来ない。
指の緩急で早い呼吸が時々止まる。
感度がいいって本当だった、信じられないほどわかりやすい。跳ね上がり悶える体は反応が直に伝わり嫌が応にも熱が増す。
「もう…無理………ィ……い…」
「水嶋さんこそ……そんな煽るような事言うのやめて…」
今……"イキたい"って聞こえた、そう言えば中を探るのに夢中で前は放置している。
だって男同士のこんな事手順も定義も礼儀もわからない。
シャツを握りしめて引いたり押したり、ほんの僅かの抵抗を見せていた水嶋の手が下に落ちてる。
体を起こして覗き見ると、自らを握った手が動いていた。
「て……手伝いましょうか?」
「見んな……アホ……」
「見ます……見たい……」
"やりたい"より見たい。見たいからこんな事になってる。
だから手伝う。
片手は中を弄るのに忙しいから空いてる方の手を水嶋の手に重ねて親指で先っぽをクリクリと捏ねた。ジュクジュクに濡れたそこは滑りが良くて出口をほじくると呼吸が速くなる。
「もう…そろそろですか?」
「離…せ……」
「イッて……」
横を向いて逃げようとする肩を抑え、中に沈めた指をクンっと持ち上げると、声の無い悲鳴を上げて濁点の混じった長い吐息が水嶋の唇から吐き出された。
「~~~っ……あっ………」
「うわ……」
見てしまった。
……イキ顔……。
真ん中に寄った眉が開放と共に解れていく。
これは……確かに来る…。
もう破裂寸前だった。
この後どうするって……勿論する。
力が抜けてグッタリと弛緩している足を持ち上げると体は結構柔らかい。肩に乗せて水嶋の腰を引き寄せる。良く見えないが……痛いくらいに張り詰めた前を暗い谷間に押し付けた。
「っ?!……江越?!ちょっと!?何してる?!」
「ごめん、水嶋さん……もう無理」
「は?嘘……何チン○出してんだ!やめろアホ!やめろったら!」
「水嶋さん!暴れないで!」
「暴れるわアホ!」
「ちょっと!俺初心者なんだから」
「知るかっ!」
脱げてないズボンと股の間に突っ込んでる首をガクガクと揺すられ的が絞れない。もうやけくそで腰を押し付けるとヌルリ………超絶の快感が襲って来た。
「うわあぁ!!」
「ひゃあぁ!!」
2人揃ってしまった叫び声は天井に響き、隣の壁がドシンと揺れた。
「は、は、入っちゃった……」
「う……入っちゃったじゃねえよ!」
「ちょっと!静かにして!隣に聞こえてる」
「お前こそやめろって!うわ!痛い痛い痛い!」
「ちょっとだけ我慢してください!」
「何で?!うわっ……あ!」
プツッと音を立てて飲み込んだ頭の括れが擦れ、身体中の皮膚がザワッと立ち上がった。
「……あ……ぅ……」
肩に担ぎ上げた水嶋の足が締まって背中を押す。騒いでいた水嶋からは押し殺した呻き声と一緒にギリっと歯を擦る摩擦音がした。
溢れ出た汗が頬を滑り顎から落ちている。
そろそろと揺らしてみると狭い肉壁は締まって凄い刺激だ。
「うぅ…気持ち……いいです」
「あ……う……ごくな…そこ駄目だ」
「無理です……うわ……」
中が狭過ぎて進めない、一度引いて押し込むとしゃくり上げたような声が上がる。
動くと水嶋の背中が反ってきた。
垂れてきた水嶋の吐精が潤滑油になって淫靡な音がした。
「何か……夢か?これ?」
「ふぐ……死ね……クソ」
「水嶋さん……俺水嶋さんが好きです」
「取って付けたように言うな!動くなったら!」
「だから無理!」
敷物の無い偽フローリングは服を着たままの2人には滑りが良くて少しずつ移動していく。
男のGスポットと言われてもどう感じるのかわからない。でも、ちゃんと捉えているらしい
動くと水嶋からは押し殺した声が漏れて顎が上がる。
「もう……痛く無いですか?…」
「うる…さい……ハァ…あ…」
喉の奥から迫り上がる熱い塊が呼吸なのか、はたまた想いなのか、もう夢中で何が何だかわからない。
感度がいいって意味がよくわかる。
押し込む度に詰まる息。肉まで巻き込み掴んでいるシャツがギュウっと引っ張られる。
もう離れて見ても水嶋は男なんだと冷めたりしない。
泣きそうにも見える水嶋のイキ顔はずっと続いて……
気が付けば朝になっていた。
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