水嶋さん

ろくろくろく

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休みの水嶋

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「おい、お前ここで何をしている」

……同僚とか先輩とか、好きとか嫌いとかの前に人としてどうかと思う。

顔に足の裏……見上げた目の上には腕を組んだ水嶋が冷たい目で見下ろし……どうしてこうなのか……顔を踏んづけていた。

「顔を踏まないでください、幾らなんでも失礼だと思います、一体どんな躾をされてんですか」
「んな事はどうでもいい、俺の部屋で何してんだ」

「…………まだ酔ってるんですか?」

六畳一間のボロいアパートと豪華で新しい自分の部屋と間違えるなんて驚かせてくれる。

「ここは俺の部屋です。よく見なくてもわかるでしょう、酔ってたから連れてきたんですよ、足!」

え?と足を退けてくれたのはいいがドタドタと部屋と部屋の外を見て回り、急に動いたせいでやっぱり吐いた。
この人には、献身的で鋼鉄のメンタルを持った菩薩のような嫁が必要だ。

「水嶋さんって仕事の皮を剥げば馬…ヵ…よくこれまで無事に生きてこれたもんですね」

「服を買って来てくれたら帰る」
「買わなくていいです、俺の着てればいいでしょう、シャワー浴びて着替えてください。ご飯を作ります」
ジャケットは脱がせたがさすがにスラックスは脱がすとか出来なかった、そのまま寝たせいでシワシワになってるから放っておけばまたスーツコレクションを増えると思う。
楽そうなスエット生地のイージーパンツと長Tを渡すと、ブツブツ言いながらもシャワーを浴びに行った。

素直な所は素直なのだが口を封じなければ煩いの何の。ずっと風呂場に篭ってる事を願ってパンを焼いていると……

濡れた髪を拭きながら風呂から出て来た水嶋を見て驚いた。

大きいのだ、貸した服がブカついてズレた襟首から片方の鎖骨が見える。袖も長くて指の先しか見えないし、イージーパンツは足元に溜まって余ってる。

散々、毎日、1日10時間近く横に付いていたのに隣にいる水嶋を見下ろしている自覚なんて無かった。
デカイからと営業に回されたが自分の身長は180の境目なのだ、運送課の関口のような筋肉は無く、身長を人に言えば「そんなにあるようには見えない」とよく言われる。

「何だよ」
「え?……いや……女子みたいだなって…」

言ったら殴られるから言わないけどこれではまるで彼シャツの面持ちだ。
女子を見る時にはどうしても容姿から入るが、男を見る時は余程デカイとか太いとか劣等感を持つようなナイスバデーじゃない限り容姿は目に入らないから驚きしか無かった。

「何だか…可愛いですね」
「俺が女に見えるなんて欲求不満か、アホ」
「女には見えないですけど……思ったよりちっさくて…」

ボコッと飛んできた拳骨は痛かったけど、怒られて当然だと思うから甘んじて受けておいた。



帰ると言っていたくせに……水嶋はテレビの前を陣取りクッションに半もたれになって寝そべっている。
すっかりと和み、我が物顔でコーヒーを飲みながら、テレビのリモコンを手から離さずCM毎にチャンネルを変えている。虎だと思っていたらふてぶてしい大型の猫だった……って感じだ。

「これが水嶋さんの日常なんですか?」
「大体はな…お前は出掛けたければ好きにすればいい」

ほぼ他人。フルネームも真っ当に知らない間柄なのに?水嶋がお留守番をすると?
まあ、何かあれば水嶋ほど頼りになる知り合いは他にいないし、くつろいでいただけるならそれでいいけど、休日に補給しなければ週の途中で死ぬ事になる。

「買い物に行きますけど何か食べたい物ありますか?ついでにパンツとか服とかも買ってきます、それから携帯は離してください」

テレビのリモコンと一緒に携帯も離さない。
友達とか家族からの連絡があるからじゃなく、仕事の電話に備えてるのだ、土曜の朝なのに臨戦態勢を崩そうとはしない。

「何なら預かります」
「携帯は離せないけど買い物に行くなら俺も行く」
「え?水嶋さんはまだ酒が抜けてないからつらいでしょう?気を使わなくていいですよ」
「使ってない」

それは見てればわかります。

買い出しに付き合ってくれるのはいいが、二週連続でお互いに週末お泊りをして一緒にルンルン買い物に行くなんて会社の同僚が見たら何て言うだろう。

「ええと……」
「嫌なのかよ」
「いいですけど寒いですよ」
「コート貸せよ、何かあんだろ」
「あるけど大きいんです。俺でも大きいんだから、水嶋さんが着れば……」

そこでうるせえと殴られた。

仲良く買い物が嫌だったのは本当だけど嘘は言ってない。普段着のカジュアルコートの他はスーツ用のコート、もう一着はサイズが大きいから殆ど出番のない友達からの貰い物だけしか無いのだ。
仕方が無いから水嶋に着せたら笑いそうになったのは言うまでも無い。

ダボダボと3Lサイズのダッフルコートを着た水嶋とホームセンターや洋服屋に靴屋、他諸々が合体した複合スーパーに出かけた。

話す事はあまり無いがこの一週間で二人っきりには慣れている。違うのは位置関係だけ。仕事の時は行き先も言わずに突っ走る水嶋について行くだけだが、今はペタペタと底の減ったクロックスを履いて黙って後を付いてくる。

「水嶋さんって普段は買い物とかどうしてるんですか?自炊はした事無さそうですけど、全部外食では困る事もあるでしょう」
「何も無ければ食わない、家に帰ってまで働くなんて嫌だろ」

部屋の中があの有様だ、家事をする期待なんてしないが当たり前ってドヤるのもどうかと思う。

「働くって認識が間違ってるんです、洗濯をしたく無いから新しく買うなんて……水嶋さん?」

朝一番は吐いたりまだ酒が残っていたりで何も食べなかったが、少し動いて腹が減ってきたらしい。水嶋は漂う焼き芋の匂いに吸い寄せられるように食品売り場にフラフラと寄っていく。
生物を買うからスーパーは後、と引っ張り戻すと切なそうに振り返って指を咥えた。

出来れば…の範囲でいいからあんまりイメージを崩して欲しく無い、カッコいい水嶋を見ていたのだ。

しかし、水嶋との買い物は小さな子供を連れ歩いているようだった、ある意味子供より始末が悪い。
パンツと靴下、縞々のパジャマは売ってなくてスエットの上下を籠に放り込むと、何でMサイズなんだと喚く。
寄り道が多いから難航した生活用品を揃えて、ようやく食品売り場に来ると、今度は作る気も無いし料理のスキルも無いくせにポイポイ勝手に訳の分からない商品を放り込む。
コンビニには行くがスーパーには殆ど来ないようで色々珍しいのか水嶋は何だかはしゃいでいた。



「水嶋さん……今、籠に入れた青海苔って何に使うんですか、お好み焼きもたこ焼きも作りませんよ」

「……何となく…常備しといた方がいいだろ」
「却下」

青海苔を棚に戻すとついでにチリソースを見つけてそれも有無を言わさず棚に戻した。
注意して見てないと"3年経っても冷蔵庫に入ってる……"なんて変なもん買いそうだ。

「トマトはいいですけどこのロマネスクは?ブロッコリーじゃ駄目なんですか?倍も値段が違いますけど」
「百円や二百円どうでもいいだろ、変な形してるからどんな味がすんのかと思っただけだ、お前は?食べたことある?」

「無いですけど……その手に持ってる袋は何ですか?」

知らない間に……いつ買い物をしたのか水嶋は小さな袋を下げていた。

「そこで売ってから買った」
「何を?」

ん、と嬉しそうに見せてくれたのはどこで誰が使うのか包丁の研ぎ機だった。

「何でこんなもん……うわ、まさかあそこでやってる実演販売ですか?」
「これ凄えぞ、さっと二、三回包丁を擦ればトマトがすらっと……」
「水嶋さん料理しませんよね?」
「しないけど?」

仕事なら一円一銭も譲ら無いくせに……何?この意味の無い浪費は。
トマトを籠に入れたのはこれのせいらしい。ここまでお手軽に騙されてくれる客がいるなら実演販売はきっと儲かる。
水嶋の財布を盗った奴もチョロい鴨だと舌を出しただろう。これではまるで子供にお金を持たせているみたいだ。
どうやらさっさと帰った方が良さそうだ。

「水嶋さん、もう欲しい物は無いですね?帰りますよ?」
「欲しい物はお前が却下したんだろう」
「当たり前です、しかも欲しく無いですよね?ほら、もう行きますよ」
「ああ…いいけどちょっと待って」

食品をひっくり返して原材料名を眺めるのはもう職業病だから仕方がないが、放っておけば日が暮れる。

「もうレジに行きますよ」
「だからちょっと待てって」

もう無視。

千切りキャベツの袋を写真に撮っている水嶋を置いてレジに並んだ。(加工されて販売する生野菜は次亜塩素酸ナトリウムで洗う)
そしてそのキャベツが籠に入ったけど90円だからもういい。

「結構近所なのにこんな会社知らねえな、どこから洗剤を仕入れてんのかな」
「山形です」

「へえ……」

嘘なのに……誰がどう聞いても嘘なのに、相変わらず素直だ。

昔から買い物の時は支払いを簡単に計算する癖が付いているがレジで籠から出て来る見覚えの無い商品に算出していた支払額は崩壊した。

グリーンカレーのペースト、何故かキクラゲ、そしてトムヤムクンの固形キューブ、勿論海老は買ってない。
余計な買い物と必要な買い物を袋に詰めると満ぱん2つになった。

「水嶋さんはエスニック料理が好きなんですか?」

「いや?辛いものは苦手かな」
「は?じゃあ何でこんなもん買うんですか」
「家で作れたら面白いだろ」
「作り方も知らないくせに馬鹿じゃ無いですか、このグリーンカレーのペーストって……ココナッツミルクも無いしどうするんですか」

「え?牛乳がいるのか?」

「………」

今「ココナッツ」って言っただろが。
ミルクは全て牛からしか出ないのかよ。

「ミルクがいるんです」

水嶋は容器をチンしたらグリーンカレーが出来てると思ってる。試しに作らせてみようかなと思ったが「ふーんそうなんだ」とヘラっと笑った顔には邪気が無くてガックリ肩が落ちた。

真面目に結婚しろって思う。

「水嶋さん彼女は?男がいいって訳じゃ……」
言い終わる前にブンと風の音がして包丁研ぎ機が飛んできた。

「痛いな!角が当たりましたよ!」
「その事を口にするなと言ったよな」
「鼻血が出たらまた慌てる癖に…」
「次は狙って鼻血出すぞ」

「……いないんですね…彼女…」
「……いねえよ……」

いない事は見てれば何となくわかっていたが、実はちょっと不思議に思ったのだ。
会社関係の人間は……もし万が一、水嶋と付き合いたいってスーパーMの変態女子がいたとしても言い出せる雰囲気では無い。水嶋は飲み会にも参加しないから機会が無いのはわかる。

しかしプライベートの水嶋は何気にフェミニストなのだ。レジに立つと当たり前に払ってくれるし、喧嘩ばかりしているけど意外と包容力があるのか楽しいだけで怖くない。

「そこ危ないぞ」と車道から守ってくれたり「寒いだろ」と分厚い方の上着を交換しようとしたり……少女漫画風、ベタで優しい行動をさり気なく取って来るあたりに女慣れが見えた。

水嶋の容姿が女子に取ってどうなのかはよく分からないが一見清潔感はあるし(部屋は汚い)目鼻立ちも端正な方だと思う。普通に接していればモテるって程じゃ無くても彼女の一人や二人いてもおかしくないのにそんな気配は皆無だった。

「距離感も近いし……意外と甘え上手なとこもあるし…」

まあ……中身が無いとまでは言わないが、上っ面の気遣いが上手いから営業成績がいいとも言える。

「何か言ったか?」
「いえ……こっちの話です」

思わず声に出てしまい誤魔化したが、何の呟きか悟った水嶋は嫌な顔をした。
この話題を続けるとどうしても佐倉の事が出て来てしまうので口を閉じてマンションに帰ってきた。

その日は二人で鍋をつつき(水嶋が鍋にロマネスクをぶち込んで喧嘩、お返しにグリーンカレーのペーストを入れたらまたまた喧嘩)軽く飲んだら水嶋は寝た。そのまま起きないから放っておくと朝まで起きる事なく、日曜の朝にモソモソと帰っていった。

もうただの仲良し。笑う。





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