北を見るフェイト

ろくろくろく

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予定外

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「どうですか?」とポーズを取ると鏡の前で前髪を弄っていた洋平くんが「バッチリ」と笑って親指を立てた。
「俺は?」と聞き返されて笑顔を返す。

仕事を終えた後、洋平くんに付き合って貰い、トイレでスーツを着替えていた。未来企画に纏めて届いたから今さっき封を切ったばかりだ。

靴と靴下以外の一式を全部買い揃えたから支払額はそれなりになったが、一点一点はカジュアルな値段が付いている。
そのせいか縫製や生地の質もそれなりだが、森上の言った通りにコーディネイトしてみると悪く無い。

テロンテロンの裾は黒のハーフブーツにインした。インナーは股下くらいまであるロング丈のハイネックセーターだ。色は黒。
そこに膝下まである黒いウールのロングコートを合わせ、ハットを被れば完成だ。
ほぼ異性界の産物だった筈の花柄テロパンなのに、とてもいい物に思えてくるから不思議だった。

「値札は?もうついてない?」
「多分」

多分では着替えに付き合って貰った意味が無いのだが見えないならいい。

「洋平くんは?もう帰れるんですか?」
「俺はもうちょっとだけかかるかな」
「他のみんなと一緒に行くんですか?」

「知らない」って……珍しく纏まってはいるがそこはマイペースなメンバーだ。

「じゃあテキトーに」
「うん、テキトーな」
「お披露目しましょうか」

脱いだスーツを袋に詰め、少しだけ髪を整えてからデザイン部に戻った。


「どうですか?先生《もりがみさん》」

クルッと回って手を広げるといつものブスが嘘みたいだ。

「うん、いいと思う。面白みが無いくらい出来過ぎかな、次はインナーか小物で少し色味を煩くするとかで不協和音を楽しむくらいの気持ちでいいかも」
「その時はまたアドバイスをお願いします、みんなも似合ってますね」

ちょっと異様だと言えばそうだが、それぞれが独自の色を出して花柄のパンツを履いていた。

田淵はベージュのカットソーを花柄パンツにインしてベルトで留めたスタイルだ。女性だからか悪趣味一歩手前の柄パンも何無く着こなし垢抜けて見えた。
森上はさすがと言うか、ショート丈のジャケットに厚底の靴を合わせてハイセンスに纏めてる。
洋平くん達は森上のコーディネイト通りだ。
「姫ちゃんと被ってる」と照れた井口さんが「被ってないから」とみんなに突っ込まれ、拗ねたりしている。

せっかくだからとみんなで集まって記念写真を撮ったりした。(勿論だけど氷上は不参加)

思わぬ所から拾ったデザイン部の輪は綺麗に纏った。まだまだ仕事は残っているらしいが、ジャスバーの集いをリタイアするメンバーはいないらしい。

「じゃあ俺と氷上さんは先に出ます、氷上さん、大丈夫ですか?」

姿は見えないからMacに話掛けると丸を作った手が出て来た。

「じゃあそう言う事で、皆さんは好きな時間に寄ってください、誰もいなかったらごめんって事で、でもいい店ですから是非来てくださいね」

「行くけどさ…」と洋平くんが苦笑いをした。
「もう隠さないのね」と田淵も笑う。

隠したい気持ちは満々だけどもうバレているのだ。恥ずかしさや気まずさは拭えないがこのままでいいと思っていた。
さっと立ち上がって「行くぞ」と呟く氷上は相変わらずだ。
何だかんだと言いながら素直に迎合する所も相変わらず。ちゃんと花柄のパンツを履いている所に笑いそうになった。

「ピンクのトレーナーはブルドッグ付き、ウルトラスリムのダウンコートは紫、そこに派手な花柄パンツを合わせて成り立つ人って氷上さんぐらいですね」

森上の呟きにみんな吹き出してしまったが……

そうなのだ。

姿勢が悪くても薄くても、時には透けてても、物が違うというか、頼まれごとでも急造の素人でも何でも公共の画面に耐えるクオリティが氷上にはある。関係無いけどちょっと自慢だった。

しかし見て驚け、氷上にはもっと意外な隠しネタがある。

「もしタイミングが良かったらもっとびっくりするもんが見れるかもしれませんよ」

「何?」と田淵さんに聞かれたがそこは濁して、毎回毎回先に行ってしまう氷上を追ってデザイン部を出た。
まずは軽く食事を取ってからジャズバーに行くつもりだった。

「待ってください、もう、また挨拶もしないで、少しは人に合わせるってスキルを身に付けてください」
「腹が減った、塩タンが食べたい」
「焼肉ですか?いいですけど」

もうちょっとお洒落な店を闊歩したかったが、偏食家の氷上が好きな食べ物は非常に幅が狭い。
出来るなら美味しいって笑いたいから焼肉屋でよかった。

「それならほら、あそこに行きませんか?浅井ファイナンスの隣にあった焼肉屋、覚えてませんか?モクモク煙が上がってた所ですよ」
「お前また女の子にモテようとしてるな」
「浅井ファイナンスの女子達は絶対に行かない店ですよ、賭けてもいいです」

「じゃあ負けた方が縛られるって事で」と氷上が笑った。
「それでいい」と条件を飲んだのは、この賭けに負けたりしないからだ。その理由は明白だろう、未来企画の前にあるボスコに行っても同僚とバッティングした事は一度も無い。
せっかくのプライベートタイムに仕事の匂いは嫌なのだ。

「ネクタイは?」と聞かれたが、スーツ関係は会社に置いてきた。
プライベートに仕事の匂いはいらないのだ。

電車を降りてから少し歩くと浅井ファイナンスのビルが見えて来た。
低い位置に設置された雑多な看板のせいで全貌はわからなかったのだが、油染みた店からモクモクと立ち登る煙が見える所まで来ると、どうやら予想は的中したらしい。
金融業である浅井ファイナンスは夜が早いのだろう、真新しいお洒落なビルは常夜灯を残し、もう灯が落ちてシンと鎮まり返っていた。

「ほら、まだ七時なのにもう閉まってます、賭けは俺の勝ちですね」
「焼肉屋ってのは仕事が終わってから行くもんだろ、店に入るまではわからねえよ」
「いないでしょうけどね」

万が一浅井ファイナンスの誰かが居ても合コンに来ていた女子以外の顔を氷上が知っている訳も無い。そして、2時間余り一緒にいた女子の顔さえ知っているか疑問だ。

「何が可笑しい?」
「氷上さんとのデートが嬉しいんですよ、さ、店に入りましょう」

安物のアルミサッシは手垢と脂がこびり付き、触っただけで手が汚れそうだった。建て付けが悪いのかガタガタと引っ掛かる。
1回目は手が滑り、2回目は少し力を入れると、途端に目に染みるくらいの煙に襲われた。しかし思った通りいい店なのだろう、店内は混んでいた。

「いい脂が燃えているんでしょうね、甘い匂いがします」
「うん、服が臭くなるけど結構いいな」

いらっしゃいませと迎えてくれたのは若い女の子だったのだが職場の環境がそうさせるのだろう。
引っ詰めた髪はバサバサに乱れ脂に塗れた眼鏡が曇っている。

「い」を抜かした「らっしゃい」はいいのだが、当然のように相席に案内された。

「個席は無いんですか?」
「ご覧の通りです」
「はあ…」

「見ろ」と言わんばかりに手を差した先は確かにほぼ満席だ。
普通なら構わないが一緒にいるのはコミニュケーション能力がマイナスの氷上なのだ。さすがに知らない人と網を分け合うのは困るのだが、どうやら個別に七輪を置いてくれるらしい。
それなら異論は無いから席に着いた。

「飲み物は何にします?」
「焼酎、瓶」
「ハイハイ、俺は氷と水で割りますけどね、後は塩タン……5人前くらいからでいいですか?」
「姫は?カルビだろ?」
「いや、俺も塩タンがいいんです」
「真似すんな」
「真似します」

「影響されやすい」と氷上は笑うがそこは認めよう。
こんな事をうっかりと口にすれば、また「別れろ」って言われるから黙っておくが、真柴と一緒に仕事をしていた頃は真柴に染まっていたと言っていいのだ。自分が無いと言うより合わせ上手と誉めておく。
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