北を見るフェイト

ろくろくろく

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衝撃の事実

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何を持ってして2回目と言えばいいのかわからないが、2回目の氷上は今までで一番優しかった。
連呼する「姫」が溶けるように甘く響き、この世で一番なのだと勘違いしそうになった。

それでも朝目覚めると出てきたのはやっぱり涙だった。氷上は寝転んだまま肘を立ててちょっと呆れたように笑った。

「………ほら、また泣く」
「だって…俺がやるって言ってるのに」
「だから姫はそっちだって」
「「そっち」って何ですか、何でそんな事を決めつけるんですか、どう見ても氷上さんの方が弱いし綺麗だし細いでしょう」
「だから男同士のセックスは体格で向き不向きが決まる訳じゃないの、適正ってのかな?俺はケツを掘られるとアソコが縮むけど?」

「………え?………」

「何を驚いてんだよ、姫は初めての時からイケイケだろ、昨日は何回いった?」
「え?え?」

カァーッと顔が熱くなった。
衝撃の事実を知って胃は空っぽなのに吐きそうだ。

「だって、氷上さんはずっと触って来るでしょう、人の事をズンズン突きながらもアソコを触って来るでしょう、仕方ないです」
「触られてもしゃぶられても穴ん中にチンコが入れば萎えるの、何回も試したからテクニックの話じゃ無い」
「人を変え場所を変え何回も試したと?」
「悪いかよ」

悪いも悪い。
最悪な事を聞いた。

「氷上さん、実は俺も一人っ子なんです」
「………だから何だ」
「誰かと分け合うのは苦手なんです、俺の物は俺の物なんです」
「そこは俺もそうだっだけど?」
「身綺麗にしてくださいね、俺は誰かと氷上さんを共有なんて嫌ですからね」
「俺には決まった奴なんていねえよ」

「今は姫がいる」
そう言って頬にチュッと軽いキスが落ちてきても信じられるものでは無い。

「それ…嘘ですよね」
「嘘じゃ無い、
「嘘だ、おかしいでしょ、俺のどこが……ってかいつそんな気になったんですか?」
「さあ?そんな事わかんないけど、少なくとも1回目は手近にいたからだな」
「ほら……やっぱり」

手近にいたから。
意図せず巻き込まれたトラブルに、家に連れ帰った。そこがチョロいと言われる根底なのかもしれないが、相手が女子だったとしても襲っていいとはならない。

「誰でもよかったんですね」
「でもな、俺がピアノを弾いてる時、姫はさ自分がどんな顔をしてたか知らないだろ」
「氷上さんだって自分がピアノを弾いてる時に自分がどんな顔をしているか知らないでしょう」

「じゃあ……始まりはあそこかな」
「……そうなんですか?」
「そうだろう?」

「そう……かな…」

確たるきっかけがあるようなノーマルな恋では無い。しかし、もう一回行く?と聞かれたから是非と答えた。
ピアノを弾く氷上に再び欲情したらそのままホテルにでもいけば今度こそやってやる。
多分無理だろうなと、自嘲が湧いてきたがのんびりと愛について語る暇は無かった。

無情にもその日は平日だ。
出勤時間が差し迫る中、出社の用意をしなければならないのに、お尻は痛いし立つのも困難な状態で大変だった。
転がるように風呂まで這ってシャワーを浴びた後パンツとスラックスを履くだけで精一杯だ。
電車は無理だからタクシー出勤をして、午前中はアンケートの仕事をして回復を待った。



セックスとは?

これ程日常に響くようなものだったのだろうか?
体は痛いし、筋肉痛も酷いし、気が付けば惚けてしまい火曜と水曜は仕事に身が入らなかった。

いつもの如く完璧な無視を貫く氷上を見ていると色々考えてしまう。

あれはただの寝物語だったのか、それとも氷上の本心なのか。追い掛けているのか追い掛けられているのか。ずっとずっと一方通行だったような気がしていたのは「男同士」を認められず、強情になっていただけなのか。

その辺は確実にあるが、フワフワ漂うウスバカゲロウの真の生態を知っている以上「お前だけだ」に「今は」と付いた事を聞き逃したりしてない。
時折り見せる的外れな独占欲の正体は……。

「多分ジャイアニズムだよな……」

同じ部屋にいても、洋平くん達と話をしても、何なら近くに行ってもまるで関心を示して来ない冷たい態度には、考え込む程の意味など無いともうわかっているから落ち込んだりはしない。
まあ……そんな事を考えていたのは惚けている間だけで、痛む体を抱えていてもそれなりに仕事はしていた。

水曜の夜はアンケート集計の期日なのだ。
ハッキリとした納期は聞いてないが、どんな修正があるかわからないので遅れる事は出来ない。

朝は会社に出社せずに外回りをして用件を済ました。その後は遅い昼を掻き込んでから会社に戻り、アンケートの集計デザインを頼んだ村井と内容を精査した。

因みに、これは未来企画独特のローカルルールなのだが、普段の「夕方」は夜9時くらいまで、その日中って事は翌日の朝までを指すのに、稀に定刻の6時が期限になる案件がある。それは有給休暇届けの提出や経費の請求が代表的な例なのだが、他にも新人のうちは見分けが出来ないほど感覚的な要素も多い「期限」がある。
今回のアンケート集計について、真柴は水曜日までと言った。こんな場合は水曜日中と言われれば水曜日の6時なのだ。

何とか5時過ぎまでにまとめ上げたものの、クライアントに提出する為にはデザインレイアウトが必要だった。

どうする?と村井に目で聞いた。
勿論だけど、村井にも6時提出の案件だとわかっているのだろう時計を見てから「無理」と首を振る。

こうなったら仕方が無い。
計画的に、且つ「真柴の為」に中身のチェックする時間を取った振りをしてゴリ押しをする事にした。まずはエクセルファイルをプリントアウトしてから製本に見立て、ホッチキス留めをする。

「レイアウトデザインはほぼ出来上がっているが、チェック待ちで待機している」

これでいい。
時間は5時半を過ぎた所だ。
提出期限は承知しているというアピールをしておけば、どうせクライアントに納品するのは来週だったりする。

くだらない小細工だが、真柴に付け入る隙を与えたくなかった。真柴とは「別れ」なければならないのだ。
足音を消して階段を駆け上がり、営業部の手前からはゆっくり歩いて余裕のあるふりをする。

事務椅子の背もたれに背中を預け、偉そうに足を組んでいる真柴は人の気配に気付いている癖に知らん顔をしていた。

「真柴さん、アンケートの集計です」

肩口からコピーの束を差し出すと振り返りもせず受け取った。
これは定刻を読んで待っていた証拠だ。
ネチネチと文句を言われ、バレていると分かった上で延々と嘘を付かせて楽しむのだろうと身構えていたが、真柴にとっては「提出期限を理解していた」時点で楽しみにしていたイベントは終わっているらしい、完成してないアンケートをパラパラと簡単に捲っただけで「まあまあ」だなと机に投げた。

真柴が何も言わないならこっちも下手な言い訳はしない、「お疲れ様です」と頭を下げてさっさと営業部を出た。

階段を降りるといつに無く靴音が鈍いような気がした。
慣れない仕事と慣れない「疲れ」に随分と削られた2日間だったからもう帰ろうと思っていた。


実はシダックスエリアのロゴなのだが、氷上に期待した通りチョイチョイと時間を掛けずに使ってくれたのだろう、火曜の夕方にメールで送られてきた。

出来としては、はっきり言えば森上と作った物とそう変わり無く見えたが……何故なのだろう、あんなに拗れていたのに一発でOKになった。
その上、ロゴの使用見本のような形で簡単な会社案内のレイアウトまで付けてくれたので、全てのデザインは決まったも同然だった。
後は決まった内容に決まった写真を入れて文字起こしするだけだ。
そうなると忙しい氷上に頼まなくても担当するのは誰でもいいような気がするが、デザインとは小さな工夫や微妙な配置一つでクオリティが変わる。「その」違いこそが森上と氷上の差その物なのだと思う。

「さすがと言うか、怖いって言うか」

しかし、これに味を占めてはいけないのだ。
氷上は最終兵器だが、そこに頼ってばかりは己の成長は望めない。森上と氷上のデザインはどこが違ったのかをよくよく観察して、この後に活かさなければ……

……などと新たな思いを胸に抱いてデザイン部に帰ってきた。

そこで口が開いてしまったのは不覚だが、森上と話し合う気は無くなった。

「みんな…それ…どうしたんですか」

5階にいたのはほんの数分なのだが、何故か全員が着替えている。しかも同じパンツを履いているのだ。
それはいつか…あの残暑が厳しい折にホテルの前で見た瓢真が履いていた派手な柄パンと同じ物だった。
ブルドッグのパーカーに引き続き、4階のデザイン部にいた全員がお揃いになっている。

「え?井口さんまで?」

氷上はいい、何を着ても似合うし雰囲気的にもどうせ真っ当な社会人とは言えない。
普段からお洒落な森上もいい。
田淵さんと村井は……見なかった事にするって程度だ。
しかしおじさんその物の見た目である井口はキツかった。

「似合うか?」と言われても笑顔を返すしか出来ない。そして、大量の同じ服がどこから来るのかもわかってしまった。

「氷上さん、ちょっといいですか?」

何を言ってもどうせ顔を上げない氷上だ。
外に出るよう肩に手を掛けると「よく無い」と不機嫌な声で怒られた。

「また……何を怒ってるんですか」
「怒ってない、忙しいんだよ」
「ちょっとくらいいいでしょう、コーヒーを奢りますから数分ください」

「………煩いな」

休憩に誘ったのでは無いのだが、何を勘違いしたのか「ほら」っと飴が口の中に入ってきた。
勿論それは氷上が舐めていた飴だ。

「飴はいらないです」
「じゃあ返せよ」

返せと言われたら返す。口の中から飴を取って氷上の口に押し込むと、パッと田淵が手を挙げた。

「え?田淵さん?何?何ですか?」
「私達は外に出てた方がいいかなって……思うんだけど?どう?」

どう?と聞かれても何を言われたのかはわからない。

「何の話です」
「氷上さんは忙しくて動けない、姫ちゃんは待てない用がある、それはわかるけど職場で堂々といちゃつかれても目のやり場がないってか、耳は塞げないってか、甘い痴話喧嘩を職場に持ち込まれても困るんだけど?」
「はあ?違いますよ、何言ってんですか、どこが痴話喧嘩ですか」
「隠さなくていいわよ、ってか隠れてない」

好きにしていいけど遠慮はしろと言われてはグウの音も出ない。
画面を見たままだがみんなの小さな頷きも見えた。そりゃ数年の間無関心だった2人が短い間に急接近した上、氷上のおふざけとは言えキスも見られている。その上で飴玉の交換などしてれば出来上がっていると思われても仕方がない。

「すいません」と小さく謝ってから、知らん顔を決め込んだ氷上の腕を取って廊下まで引っ張り出した。

「だから何だよ、忙しいって言ってるだろ」
「それは知ってるから時間は取りません、ついでで悪いですがシダックスエリアのロゴは簡単に決まりました、ありがとうございます」
「そんな事か」

それなら部屋を出なくていいだろうと股間を触ってくるがデザイン部にいるメンバーはある意味この話の当事者でもあった。

「そこじゃ無いです、氷上さんに聞きたい事があるんです」

「何だよ」とまた股間を触る。やめろと言えば面白がってもっと触る。これではさっきの再現になるから肩を押して距離を取った。

「何でこう日常にエロを持ち込むかな」
「姫がウダウダ言うからだろ」
「ウダウダなんか言ってませんよ、俺が聞きたいのは氷上さんが「誰」に頼まれて「誰」のブランドモデルをしてるかって事です」
「は?そんなんお前に関係ないだろう」
「関係は無いですけどね、それでも気になるんです、お兄さんのブランドですよね」

時間を気にしてない深夜の呼び出しは、氷上がどこで何をしているかを知っているからだろう。
個人で着るには不自然な量と同じデザインの服からは遠慮をしなくていい身内の身勝手が見える。
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