北を見るフェイト

ろくろくろく

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その笑い方が嫌いです

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「退いてくださいよ、まずドアを閉めて靴を脱いでください」
「散々煽っておいて待ったは無いな」
「煽る?誰が?」
「姫は無邪気で……ほぼ馬鹿だな」

髪を掴まれ、ジュッと音のするキスは乱暴だった。交差した唇は動く事も許されず目一杯に口を開けたまま口の中を蹂躙されている。
吸い出される勢いで引かれる舌は絡み合い争う術も無い。
押しつぶされた鼻と完全に塞がっている口は酸素を取り込めずに、苦しくて押し返してみたが離れてはくれない。
拒む事も出来ず、逃げ道も無く喘いでいると、ツイッと離れた口がフフッと冷たい笑いを吐き出した。

「苦しい?」

「その………壊れた感じの氷上さんは……あんまり好きじゃないです」
「涙目になってるな……」
「もっと…しっとりと落ち着いたキスがしたいです、風呂にも入りたい」
「綺麗な綺麗なお姫様っぷりをあんな奴らに晒すから狙われんだよお前」
「狙われてませんよ、それに俺はそんなに柔じゃ無い」

本当に嫌なら今すぐにだってヘナチョコウスバカゲロウなど吹っ飛ばせるのだと言いたいが、その前にまたキスが落ちてきた。
これは注文通りなのだろうか、今度は柔らかくしっとりとした優しいキスだ。

チャプッと唾液が絡み合う音がする。
お互いを求める舌と舌は抱き合い、愛撫し合い、絡み合った。玄関のドアは開いたままだが求めるのをやめたり出来ない。

「約束……まだだったな」

 唇が触れ合ったままで氷上が笑った。
下を向いているせいで間近で氷上の目が見える。
約束とは何の事だったか考えるより美しい目に見惚れているとズリズリと腹の上から移動した氷上が足を割って股間に顔を伏せた。
チーッと下がったスラックスのチャックが作った隙間に生暖かい吐息が降り掛かる。
「勃ってる」と笑われたが、濃厚で扇情的なキスを長々と交わしたのだ。それは仕方が無いだろう。

「あの…洗ってないから…」
「いいよ…そんなん…」

いいと言われても気になるのは寧ろこっちなのだ。臭かったりしないのか、それが元で嫌われたりしないか心配なのだ。
しかし、小さな抗議をする暇は無かった。
生温い粘膜にヌルッと包まれるともう何も言えないし、抵抗なんか出来ない。
ジュルジュルと吸われる下品な音に身を任せて早々に解放してしまわないよう、耐えるしか無かった。

「氷上さん……イキたくないから…抑えて…」

「それ」の使い道はもう決めてるのだ。
いつでも突発的な氷上対策としてスーツの内ポケットに常備しているコンドームを取りたいのに、股間で揺れる頭を押さえるのに必死で取り出す余裕は無い。

「ハァ…あ…」

腹で息をしていた。

手と舌を使った口攻めは過酷と言ってもいいくらい隙が無く、今までに無いくらい上昇している。
氷上を押し退けて自らの手で終わってしまえれば楽なのだろうが終わりたく無い自分もいる。
至福の快感に溺れ、喘いでいると「ふふ」と大っ嫌いな笑い声が聞こえた。

「それ……嫌ですったら」
「あんまりにも可愛いから仕方ないだろ」
「可愛く無いです、俺は男です、お願いです……ちょっと待って…緩めて、俺がしたいんです、俺がやりたいんです」
「そんなに気持ちよさそうに悶えてるくせに…姫は……こっちが合ってるよ」

こっちとは?
それはどう言うことか、熱に浮かされボヤけた頭で考えてからハッとした。

「あ、違います、今日は違います」

氷上の人指が在らぬ所を出入りしている。
ベルトが外され、スラックスが下がっていくのはわかっていた。
しかし、登り詰める間際まで追い詰められ、そこに全神経を傾けていたから気付いてなかった。

「そこはやめて、やめてください、反対なんです、俺が……」

「やる」と言いかけた声は音の無い悲鳴に変わった。ヌルヌルとピストンをしていた指が腹の内側をギュッと押し上げて腰が浮いた。
「あ……」

ハァ!ハァ!と、大きく息をしなければ白目を剥いたかもしれない。
ジンジンと痺れるような感覚に射精したかと思ったが爽快感は無いのだ。

「ほら」と笑う氷上が悪魔に見える。
だが、乗り上がってくる細い体を拒否する事なんかもう出来ない。
熱く硬い異物がヌルリと下半身に入って来た。

「う……あ……」

ミシリと破断に備える音が聞こえたのは気のせいだろうか。内臓を押し上げるような圧倒的物量感にブルルと体が震えた。

「動くぞ」

耳元で囁く吐息に何故か「うん」と返事をしてしまう。
たった数度経験しただけなのに、慣れて来ている自分がいる。口では拒否しながらも次なる快感を求めてしまった。

誘導されるまま、足を開き、氷上を受け入れている。
ヌーッと押し入って来る独特の感覚はまだまだ気持ち悪いが、「は~」と吐き出す氷上の色っぽい吐息に酔っているのか腰が浮いた。

隙間風が入り放題の玄関先で靴を履いたままのセックスだった。抗う気持ちはあるけど逆らえない。

「姫……多分ちょっとは楽だから背中を向けて」
「楽なんてあるんですか?」
「やってみりゃいいじゃん」

いいけど、やれと言われたらやるけど見えない分何をされるのか怖い。
そして犬の交尾を思わせるスタイルは酷く自尊心を苛んで来るがなりふりを構う余裕は無かった。

変なのだ。
触って欲しいような触って欲しく無いような「そこ」を求めてしまう。

「フフ…姫の腰が動いてる」
「やめてください……あ…あ、あ、う…あ…気持ち……いいです……」
「痛く無い?」
「………わかりません…」

きっと痛いのだと思うけど今はわからないのだ。
力の差は歴然としているのに氷上には逆らえない。2回3回とイカされても去っていかない情欲に巻き取られて震えてる。

「あ…あっ…うわ…速いです…速いですったら…氷上さん!あっ!」

パンパンと尻を打つリズミカルな扇動に壁に擦り付けた頬が痛んだ。
縋る所は壁しかないのだ。

腰を抱えた氷上の手は休まず前を擦っている。
2人でも十分だと瓢真に言いたい。

「イキます…イキます……うあ…あ…もう無理です」
「だからイケったら…」

「ハア」と吐き出した氷上は益々速くなった。

限界を感じながらの吐精は吐きそうな程の刺激に体を震わせ、精液を手で受けた後は一際激しい腰付きでガツガツと尻を打ってビタンッと背中に張り付いてきた。

「……うわ…あ…熱い……」
「暑いな……」
「……はい暑くて………熱いです…」

ジワッと股間が暖かくなった事で全てが終わった事を悟った。

激しい運動をした気分だった。
ある意味ではお互いに全力疾走だったのだろう、ハアハアと息を詰めた氷上が背中から退いてれなければ動けないし、退いてくれても動ける気はしない。

「氷上さん……寒く…無いですか…」
「うん…まだ暑いかな……姫は?」
「俺も……暑いです」

夜中と言えど誰が通り掛かるかわからない集合住宅の部屋。
開けっ放しのドア。
外はもうコートが必要な季節だ。
それでも、暫くの間氷上を背中に乗せたまま玄関先で寝転んでいた。



密着した背中で擦れているのは氷上の着ていたブルーのコットンシャツだと思う。
カリカリで透けてて……しかも男という三重苦の裸なんか見たい訳では無いから、必ずしも脱がなくてもいいのだが、こっちはこっちで片袖だけだがジャケットを着たままでシャツはグシャグシャ、インナーは捲り上がって脇の下に溜まっている。下半身だけというのは如何にも即物的でスッキリする為だけにガッツいた跡みたいだ。

「………この所はずっと……知らん顔をしていた癖に……急に何ですか」

「知らん顔なんかしてない」と氷上は反論するがそういう意味じゃ無いのだ。

初めは変な人だと呆れた。
知ってみると、やっぱり変な人だったが尊敬できる所を見つけて見直した。
その後、関わってはいけない人種だと思い知ったのに、なあなあで元に戻ってまた大っ嫌いになった。
体を重ねてからも上がったり下がったりと忙しかったのだが、一緒にいたいと強く思ってからは気紛れに寄り添ってくる美しい三日月が隣にいてくれるだけで満足しているつもりだった。

その方がいいと自分を説得していた面もある。

氷上は素っ気ない癖に時々ベタと言えるくらい甘い事を言ったりしたりする。
それは嬉しいのか悲しいのか恥ずかしいのか自分でもわからないが、酷く冷静に見えるのだ。
口先では独占欲を語り、目線は他所を向いている。そんなイメージだった。

だからという訳では無いが、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだが、もしかしてただの友人になってしまったのかと不安になっていた。

「もう……いいのかと…」

「何が?」と耳を齧られた。
そんな所だと言いたいのだが、ヘトヘトのヘロヘロだったから頭が回ってないからか、危うくおかしな事を言いそうになってる。

「……いや…何でもないです」
「何だよウダウダと面倒な奴だな」

「言えったら言え」と戯れ作る元気がある「上」な人はいいが、こっちはもう動けないのである、甘噛みだった耳たぶがギューっと引っ張られて裏返された亀のようにバタバタともがいた。

「痛いって!ちょっと!」
「ネチネチすんなよ」
「してないですよ!氷上さん!痛いって」
「じゃあほじくる」と言われてギクッとしたが、「ほじくられた」のは耳だった。
生暖かい舌先が思わぬ程の深部まで侵入してくる。耳を舐めた事はあるが舐められるのは初めてだった。

「氷上さん…あ…」

ブルッと背中が震えた。
軽い前戯だと思っていたのに間近でグチュグチュと間近で聞こえる湿った音は犯されているという感覚そのものだ。
もうクタクタなのに「上がって」来るような気がする。

「氷上さん…もう無理です…から…」
「何?…言えよ…」
「何でも無いですよ、ただ……セックスはもう要らないのかなって………思ってただけです…」

「へ?」と抜けた声を聞くと恥ずかしさが込み上げて来る。

よく言えたと思う。
氷上の事だから「セックスは別の奴とするからいい」なんてサラリと言われそうで、そこがモヤモヤの原因なのだが、無いことも無いのだ。

「……誰でもいいとか言うし…実際誰でも良かったみたいだし…」

どう見ても仲が良いとは思えない瓢真とだって寝ていた。カタログ部の派遣とだって親睦を深める程の濃密な接点があったとは思えない。

「ご飯を食べたら……じゃあなって言うし」
「だってお前が泣くだろ」
「はい?……」

「ふう」っと困ったような溜息を付いて氷上が体を起こした。氷上が何を言いたいのかいまいちよくわからないから軽くなった背中を持ち上げようとすると「お前は寝てろ」と頭を押さえられる。

「だって顔が見たいです」
「俺は見られたく無い」
「どうしたんですか?後ろめたいとか?」
「……煩えな」
「…まあ…いいですけど」

見られたく無いなら見ないけど、そんな事を氷上が言うのは初めてだったから少し驚いていた。ほぼ初めてコミュニケーションを取ったばかりの同僚が相手でも平気でパンツを脱ぐ人なのだ。

「泣くからって?どう言う事ですか?」
「泣いただろ、だからやり過ぎたのかなって…」

「泣いたってか…………それ……嘘でしょ」
「嘘じゃねえよ…昔な、どういう経緯か忘れたけどうちの庭に同級生が何人か遊びに来てたんだ」

何の話に飛んだのかわからないから「はあ」と間抜けな返事をするとフフッと優しい笑い声が聞こえた。
セックスの時に聞く酷薄なイメージの笑い声とは随分違う。

「幾つくらいの時ですか?」
「多分小学生の時、男も女もいたけど何人かは覚えてない」
「それで?」
「うん……別に仲が良かった訳じゃ無いから名前も覚えてないけどな、背のちっこい女がさ草を結んだ罠に引っ掛かって派手に転んだんだ、だから見に行って…」
「助けたんですか?」
「いや、膝を酷く擦りむいてて石とか砂が傷口に入り込んでるから痛そうでな」
「うん」
「痛そうって言ったら、兄貴と爺さんに「違うだろ!」ってめちゃくちゃ怒られた」
「はあ……」

何の話だと思ったら……何の話だろう…。

「えと……だから?」
「お前は人の身になる事を学べってさ、「これだから甘やかし過ぎの一人っ子は」って怒るんだぜ、兄貴も実質は一人っ子なのにな」
「だから?俺が泣いたから?」
「急ぎ過ぎだったかなって反省したんだけどな、お前が煽るから我慢すんのはやめた」
「……煽ってないです」

「いいからほら、風呂に行くぞ」
そう言ってさっさと立って風呂場に行こうとする所を見ると学んで無い。
しかし、すぐに気が付いたらしい、起きあがろうとジタバタしている所に手を貸してくれたから微々たる成長はしているらしい。

塔矢くんのお兄さん、彼はそれなりに頑張っているようです。

どんな人でもそれなりに成長するものなのだから、朝の挨拶くらいは出来るように躾を強化してみようなどと考えながらシャワーを浴びた。

しかし、幼い子供時代の思い出話にすっかり和んでいたから気持ちよく眠れそうだと思っていたのに、氷上は氷上だ。学んではいるが反省は出来てない。
ベッドに入って枕を慣らしていると、耳元で囁かれた「もう一回」とは何だ。

やると言うならやるけど「やる」の意味合いはやっぱり…どう考えても反対だと思う。
流されるままに応じてしまったのは何か大事な物が壊れたからだと思う。
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