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やっぱりビッチ
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最寄りの駅で電車を降りた後、スマホの地図アプリをナビにして歩いていたが、思っていた街並みとは随分と違ったせいか迷っている途中だった。何だかよく分からないが、住宅地と町工場が入り混じった雑多な路地に入ってしまっている。
毎度の事ながら携帯アプリの地図に出てくる矢印は嘘つきだ。
確かに、目的地に向かって真っ直ぐ歩いているつもりなのに、いつの間にか遠ざかったり通り過ぎたり。もうスタジオの周辺にいる筈なのに見つからない。もう20分くらいはウロウロしただろうか、夏の終わりと共に足が早くなった帳が早々と落ちて空は真っ黒になっていた。
「俺は何してんだろ」
本当に。
万が一貸しスタジオが見つかったとしても、中に入れるわけも無く、氷上がそこにいるかとお伺いを立てることすら出来ない。
何て言えばいいのだ。
用事も無いし、理由も無い。
「帰ろ」
スホマをポケットにしまい込み、もう諦めて帰ろうとした時だった。
クスクスと笑う誰かの声が聞こえて振り返った。
目線や笑い声と言うものはどこにベクトルが向いているかが意外とわかるものだ。こんな所に知り合いなどいない筈なのに誰に向けられているかはわかった。
「誰ですか?」
暗闇に慣れた目でもよく見えない暗い建物の方を注意深く伺うと、嫌でも目につく目立つシルエットが「こっち」と腕を組んだままの片手を上げている。
「あれ?そこにいるのは飄真さん?」
「あんたさ、見た目と違って結構可愛いな」
「は?可愛いいって何ですか」
「俺に会いにきたんだろ?」
違うけど。
ここ、ここ、と指を刺された先に「レンタルスペース、アルテックスタジオ」と書かれた看板があった。倉庫のような四角いプレハブの前は何度か通ったのだが、「写真スタジオ」に持っていたもっとお洒落なイメージを探していたから目に入ってなかった。
「うわ、ここか」
よくよく注意を払って見てみると、後部の観音扉が開いた箱型の2tトラックの前には服の掛かったラックが幾つも置いてある。その隣に停まっているハイエースの周りには撮影機材と思われるアルミの箱や畳まれたストロボ用の傘などが置かれていた。
「気がつかなかったな、何回も通ったのに」
「確かにわかりにくいとは思うけどね」
「いつから見てたんですか?」
「撮影は終わったから帰ろうと思って出て来たら君を見つけてね、声を掛けようかと思ったんだけどさ、クルクル回りながらウロウロしてる姿が面白くて暫く見てたんだ」
同世代の男を見て「ほのぼのした」と笑う瓢真はやはり相容れない。
「撮影は終わったんですか?氷上さんも?」
「塔矢は今帰ったよ、すれ違ったろ、気がつかなかった?」
「え?!」
「何?何?塔矢に会いたいって事は俺でもいいって事だろう?どっか行く?」
「行きません!」
ホモの付き合いには微塵の貞操観念も無いのかと呆れてしまう。氷上もそうだったが何もかもが軽く何もかもが行き当たりばったりなのだ。
勿論干渉する気は無いが巻き込まないで欲しい。
「氷上さんはどっちに向かいました?」
「そりゃ駅だろうな」
だから駅はどっちだ。
ここでもう一度地図アプリに頼る気にはならなかったのでとにかく歩き出すと「反対」と言われて笑われた。
氷上と関わってから何かおかしい。
あれもこれも自業自得なのだが、調子が狂うと言うか、スタイリッシュなイメージが崩れてると言うか、男から「可愛い」と言われるなんて屈辱でしか無い。
萎びた街頭しか無い為か、街中に慣れた目では暗く感じる道を速足で歩いていると前に見えたシルエットにギクリとして足を止めた。
寄り添う2人。
カップルにしてはやけに大型の影。
つまり、男と男だ。
キスをしているように見える。
そして「やめろ」と知っている声が聞こえて、思わず叫んでいた。
「ひっ氷上さん!!こんな所にいたんですか、探しましたよ!実はですね、デザインがですね、困ってるんです!すぐに帰りましょう!いや、帰らない!会社に……そう会社に行きますよ!」
女にするように肩を抱いている見た事ない新たな男は何も言わなかったが、驚いている氷上を引っ張り出して引き摺った。「何をしてる」とか「デザインって何の」とかごく普通のテンションで聞いてくるが、話をする余裕は無い。
しかも、無理矢理に見えたけど「後でウチに来る?」と背中に聞いて来た新たな男に「わからない」と答えてバイバイと手を振る氷上はどうやら本当にビッチらしい。
「誰でもいいんですね」
立ち入っていい問題では無いのに、つい漏れてしまった侮蔑に近い言葉だった。
ついっと上げた顔で光る目には表情ひとつ浮かんでいない。
「誰でもいいよ」
「……らしいですね」
氷上は以前に関係した飄真を横目にしながらも、別の男の「誘い」に乗ったって事だと思う。
そしてその別の男も、突然の強奪にも動じず追い掛けて来たり、文句を言う素振りも見せてない。
「遊んでるんじゃ無くて遊ばれてるだけじゃないんですか?」
「そんなもんお互い様だろ、それで?何?姫が遊んでくれるのか?」
「は?」
氷上の声は暗い。
もう前髪がいつもの通り目に掛かっているから表情はしれないが、これは誘っている訳じゃ無くて軽蔑されているのだ。
「俺は偏見で言ってるんじゃないです、道路で気を失うような真似をしておいて偉そうにしないでください」
「お前に関係無い」
「じゃあ勝手にしてください」
「するよ」
怒った様子は無いのに口調が冷たい。
ヒラリと風に流されたように体を返した氷上は歩いて来た道を戻ろうとした。
「氷上さん、待ってください」
「何だよしつこいな」
「俺が悪かったです、あの、やめませんか?」
「勝手にしろと言っただろう、焼き肉を食わせて貰う約束なんだ」
「俺が…俺が焼き肉を奢ります、だからやめましょう」
行きかけた足をピタリと止め、振り返った氷上はあの印象的な目が髪の隙間から真意を探るように見てくる。
「違いますよ、悪いけど俺は何も出来ません、でも飲んで食べて話し相手くらいにはなりますよ」
「塩タンばっかり食べてもいいか?」
「俺はカルビばっかり食べます」
「じゃあ網が焦げるから別々の席にした方がいいな」と言った氷上は……多分だけど笑ってくれた。
毎度の事ながら携帯アプリの地図に出てくる矢印は嘘つきだ。
確かに、目的地に向かって真っ直ぐ歩いているつもりなのに、いつの間にか遠ざかったり通り過ぎたり。もうスタジオの周辺にいる筈なのに見つからない。もう20分くらいはウロウロしただろうか、夏の終わりと共に足が早くなった帳が早々と落ちて空は真っ黒になっていた。
「俺は何してんだろ」
本当に。
万が一貸しスタジオが見つかったとしても、中に入れるわけも無く、氷上がそこにいるかとお伺いを立てることすら出来ない。
何て言えばいいのだ。
用事も無いし、理由も無い。
「帰ろ」
スホマをポケットにしまい込み、もう諦めて帰ろうとした時だった。
クスクスと笑う誰かの声が聞こえて振り返った。
目線や笑い声と言うものはどこにベクトルが向いているかが意外とわかるものだ。こんな所に知り合いなどいない筈なのに誰に向けられているかはわかった。
「誰ですか?」
暗闇に慣れた目でもよく見えない暗い建物の方を注意深く伺うと、嫌でも目につく目立つシルエットが「こっち」と腕を組んだままの片手を上げている。
「あれ?そこにいるのは飄真さん?」
「あんたさ、見た目と違って結構可愛いな」
「は?可愛いいって何ですか」
「俺に会いにきたんだろ?」
違うけど。
ここ、ここ、と指を刺された先に「レンタルスペース、アルテックスタジオ」と書かれた看板があった。倉庫のような四角いプレハブの前は何度か通ったのだが、「写真スタジオ」に持っていたもっとお洒落なイメージを探していたから目に入ってなかった。
「うわ、ここか」
よくよく注意を払って見てみると、後部の観音扉が開いた箱型の2tトラックの前には服の掛かったラックが幾つも置いてある。その隣に停まっているハイエースの周りには撮影機材と思われるアルミの箱や畳まれたストロボ用の傘などが置かれていた。
「気がつかなかったな、何回も通ったのに」
「確かにわかりにくいとは思うけどね」
「いつから見てたんですか?」
「撮影は終わったから帰ろうと思って出て来たら君を見つけてね、声を掛けようかと思ったんだけどさ、クルクル回りながらウロウロしてる姿が面白くて暫く見てたんだ」
同世代の男を見て「ほのぼのした」と笑う瓢真はやはり相容れない。
「撮影は終わったんですか?氷上さんも?」
「塔矢は今帰ったよ、すれ違ったろ、気がつかなかった?」
「え?!」
「何?何?塔矢に会いたいって事は俺でもいいって事だろう?どっか行く?」
「行きません!」
ホモの付き合いには微塵の貞操観念も無いのかと呆れてしまう。氷上もそうだったが何もかもが軽く何もかもが行き当たりばったりなのだ。
勿論干渉する気は無いが巻き込まないで欲しい。
「氷上さんはどっちに向かいました?」
「そりゃ駅だろうな」
だから駅はどっちだ。
ここでもう一度地図アプリに頼る気にはならなかったのでとにかく歩き出すと「反対」と言われて笑われた。
氷上と関わってから何かおかしい。
あれもこれも自業自得なのだが、調子が狂うと言うか、スタイリッシュなイメージが崩れてると言うか、男から「可愛い」と言われるなんて屈辱でしか無い。
萎びた街頭しか無い為か、街中に慣れた目では暗く感じる道を速足で歩いていると前に見えたシルエットにギクリとして足を止めた。
寄り添う2人。
カップルにしてはやけに大型の影。
つまり、男と男だ。
キスをしているように見える。
そして「やめろ」と知っている声が聞こえて、思わず叫んでいた。
「ひっ氷上さん!!こんな所にいたんですか、探しましたよ!実はですね、デザインがですね、困ってるんです!すぐに帰りましょう!いや、帰らない!会社に……そう会社に行きますよ!」
女にするように肩を抱いている見た事ない新たな男は何も言わなかったが、驚いている氷上を引っ張り出して引き摺った。「何をしてる」とか「デザインって何の」とかごく普通のテンションで聞いてくるが、話をする余裕は無い。
しかも、無理矢理に見えたけど「後でウチに来る?」と背中に聞いて来た新たな男に「わからない」と答えてバイバイと手を振る氷上はどうやら本当にビッチらしい。
「誰でもいいんですね」
立ち入っていい問題では無いのに、つい漏れてしまった侮蔑に近い言葉だった。
ついっと上げた顔で光る目には表情ひとつ浮かんでいない。
「誰でもいいよ」
「……らしいですね」
氷上は以前に関係した飄真を横目にしながらも、別の男の「誘い」に乗ったって事だと思う。
そしてその別の男も、突然の強奪にも動じず追い掛けて来たり、文句を言う素振りも見せてない。
「遊んでるんじゃ無くて遊ばれてるだけじゃないんですか?」
「そんなもんお互い様だろ、それで?何?姫が遊んでくれるのか?」
「は?」
氷上の声は暗い。
もう前髪がいつもの通り目に掛かっているから表情はしれないが、これは誘っている訳じゃ無くて軽蔑されているのだ。
「俺は偏見で言ってるんじゃないです、道路で気を失うような真似をしておいて偉そうにしないでください」
「お前に関係無い」
「じゃあ勝手にしてください」
「するよ」
怒った様子は無いのに口調が冷たい。
ヒラリと風に流されたように体を返した氷上は歩いて来た道を戻ろうとした。
「氷上さん、待ってください」
「何だよしつこいな」
「俺が悪かったです、あの、やめませんか?」
「勝手にしろと言っただろう、焼き肉を食わせて貰う約束なんだ」
「俺が…俺が焼き肉を奢ります、だからやめましょう」
行きかけた足をピタリと止め、振り返った氷上はあの印象的な目が髪の隙間から真意を探るように見てくる。
「違いますよ、悪いけど俺は何も出来ません、でも飲んで食べて話し相手くらいにはなりますよ」
「塩タンばっかり食べてもいいか?」
「俺はカルビばっかり食べます」
「じゃあ網が焦げるから別々の席にした方がいいな」と言った氷上は……多分だけど笑ってくれた。
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