北を見るフェイト

ろくろくろく

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プロを使え

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大層な機材がある訳じゃ無い、よくある記念撮影のようなものと何も変わらないのに恥ずかしい。
特に、氷上に見られているのがとにかく恥ずかしかった。

目を隠せと言いたい、いつものように髪をおろせと言いたい。氷上の目から出て来る視線は痛い程だった。氷の上に立つ男は四方に伸びる尖った氷柱を背負うように冷え冷えとして見える。

「あの…真柴さん…俺はやっぱり無理です」
「無理もクソもない、目が泳いでるぞ、オロオロすんな、お前は出来るやつだ、だがまだまだ甘い、それを出せ」
「それってどれですか、出せってポケットに入っているなら出しますけどね」

モデルでも俳優でも無い素人に感覚的な指示を出さないで欲しい。
恥ずかし過ぎてポーズなんかとれない。
しかし、突っ立って空を見上げても洋平くんはシャッターを押してくれない。

やる気に溢れるだけでいい?
馬鹿を言うな、出来るなら今すぐ帰りたい。

オロオロしたくないけど、瞬きが尋常じゃ無いってのはわかってる。
何をどうすればいいのか、何が正解なのか分からなくて動けなくなっていると、いつも余裕のある笑みを絶やさない真柴が珍しくも不満げな様子を隠さずに「時間が無い」と急かして来た。

もう一回言う。
出来るか馬鹿。
そして氷上は消えて欲しい。
「帰ってくれ」と縋るような視線を氷上に送ると、何か感じ取ってくれたのか、変身氷上が真柴の肩をチョイっと引いた。

「真柴さん、余計な事を言わないでいいです、写真のクオリティなんか何も求めてない、洋平くんもさっさとと撮れ」

「そうしてくれると有り難いんですが……あの……氷上さん、あんたは出来ればどっか行ってくれると嬉しいです、ってか何でここにいるんです、今日は休みだって言ってましたよね」
「俺がレイアウトするんだ、加工しやすいように見に来ただけだ」

見に来ただけなら口を出さないで欲しい。
いや、反対に口は出してもいいから見ないで欲しい。
地味な街並み地味な道路ではあるが、人通りは決して少ない方じゃない。
元々写真に写るのは苦手なのだ。「誰も見てない」って、見てるよ。

「あの、この角度だとめっちゃ電柱が写ってませんか?」
「そんなもんフォトショ(Photoshop)で消す」
「逆光が欲しいんでしょ?残念ながら曇り空です」
「そんなもんフリー素材の快晴と入れ替える」
「通行人が写ってます」
「だから消す!」

じゃあ浅井ファイナンスの新社屋だけを撮っておいてネットに落ちてる写真素材のモデルさんを合成すればいいと思う。
しかし、その意見は「1枚写真に越した事はない」と一刀両断された。

虚しい氷上とのやり取りを聞いて笑いながらも、洋平くんはシャッターを切っている。
その隣でやはり笑っている真柴はもう爆笑の域に入っている。
ワンカットで終わると思っていたのに、右角度、左角度、洋平くんは寝転ぶくらいの低い位置からカメラを構え、通りすがる通行人は遠慮無い視線を寄越してくる。
その中で氷上だけは笑わないだ。
数枚撮るごとにカメラの液晶をチェックして「顔が情け無い」とか「腕が硬い」とか「退職願いを出しに来たみたいだ」などと、好き勝手を言っている。

すぐに慣れると思っていたのは甘かった。いつの間に握り込んでいる手は滴ってくるかと思うほど汗に濡れている。
立ち位置を何回か変えての数カット、その後は動きが欲しいからと、シャッタースピードを落として一歩歩く…の繰り返しだ。
顔を含む上半身以外を斜ボケさせると言われても、動けば顔も斜ボケするだろう。
そして、撮るのは洋平くんだ。
文句は撮影の腕に言って欲しい。
もう一回、もう一回と同じ事を繰り返しているうちに、もうどうでもよくなってきたからカメラも真柴も氷上も見なくなっていた。

だから、ギャラリーが増えている事に気が付いたのは「ちょっと待て」と真柴が洋平くんを止めた時だ。
デジタルの一眼レフの画像を流し込んだタブレットを覗いているのは、浅井ファイナンスの関係者……恐らく社長だと思う、しかし、その更に上、禿頭の上からタブレットを覗いている顔を見た時に二度見した。

白い頭、真柴と並ぶ身長、名前はうろ覚えだが多分正男か正雄、とにかくまさおだ。またしても柄柄の服を着ている。今度はカラフルなチェックのコットンネルとコーデュロイがパッチワークになっているパンツだ。
氷上が今着ている服もそうだが、北見にとってはそれがお洒落なのかどうかはわからない類の服装の男だ。しかも我がものとでも言いたげに氷上の肩に腕を置いている。


「あの……氷上さん?」
「俺はそろそろスタジオに戻る、後は洋平に任せるからよろしく頼む」
「いや、あの氷上さん」
「出来れば電話とかパソコンで仕事をしているシーンとか、和やかな談笑シーンとか小さいカットが欲しい、わかったか?」

わからん。

これは仕事なのに呼びかけは無視なんですね。
カメラを握った洋平くんに雲行きの怪しい指示を出した氷上は、「じゃあ頼む」と言い残して帰ろうとする。
帰っていただくのはそれでいいが、白髪の男が当然のように横に並び一緒に行ってしまう。

「あの…ちょっと!」

これは不味いのではないのかと思った。
氷上はあの男の事を「嫌だ」と言ったのだ。
もしそれが本当じゃなくても、薬を持ち出すような相手はやめた方がいいような気がする。
氷上は大人だし男なのだから、嫌なら嫌と言えばいいし、放っておけばいいのはわかっているが、もし本当に何か断れない事情があるって可能性もある。

本当に放っておけばいいし関わり合いになりたくないのに、つい追いかけてしまった。

「氷上さん!待って!」
「何だよ、指示は洋平から聞け」
「違います、今日は?どこで?どこに行くんですか?」
「………今日………って?」

足を止めて振り向いてくれたのはいいけど、その怪しむような疑いの顔はやめて欲しい。
会社にはマイナンバーや銀行口座を預けているのだ。身元の保証だけは出来ている同僚相手にその顔をするなら隣に並んだチンピラ崩れのモデルさんにふさわしい警戒を持って欲しいと思う。

「この後どこに行くんですか」
「………貸しスタジオだけど……」
「だからどこの?」
「それを聞いてどうする」

「え?…さあ?」

どうするかなんて考えてなかった。
この、浮世離れした右脳男は身の安全とか、健全な生活とは無縁に思え、ここで知らん顔をしたら、いつかどこかで破綻してしまうような気がした。
しかし「どうしてそんな事を聞く」と言われると、答えに詰まるのは仕方がないのだ。

氷上は別の次元を生きている人だ。
たまたま部屋に泊めた経緯からちょっと密に関わっているが、どうでもいいのは今でも変わらない、通常の仕事に戻ればまた話すどころか挨拶さえ無視される日々に戻るだろう。
それでいいし、それがよかった。

「やっぱりいいです」
「何だよそれ、じゃあ何で聞いた」
「俺だけが恥をかいたままなんて狡いから、氷上さんはどんな撮影をしてるのかと思ったんですよ」
「見に来てもスタジオには入れないぞ、開示前の商品撮影だから関係者以外は立ち入り禁止だ」
「そうですか、いや本当に何でもいいんですけどね」

「じゃあ」と挨拶をしながら白髪の男をチラリと見てしまったのは意図した事じゃ無い。
しかし、彼は別の受け取り方をしたようだった。
派手なシャツの胸ポケットから,名刺のような小さな紙片を取り出し「これ」と言って握らされた。
どうやら貸スタジオのショップカードらしいが、ギュッと包まれた右手の気色悪さは言いようがない。

「あの」
「俺は飄真《ひょうま》、よろしくね」

「は?正男じゃ無いんですか?」
「それ言ったの塔矢だろ、俺は瓢真、本名を呼ぶとキレるぞ、ああ、呼び捨てにしていいからね」
「しないです」

そして、金輪際話しかけたりしないですから手を離してください。
結構な力を入れて引き戻しているのに白髪の正男で飄真さんは気づいてない……か、もしくは気付いてないフリをしている。氷上は興味なさそうに背中を向けてもう歩き出していた。

「氷上さんが行ってしまいますよ。スタッフさんを待たせているんですよね、俺もそろそろ仕事に戻らないと怒られます」
「俺はいいんだよ、塔矢がいなくちゃ撮影は進まないからね、それよりも君は?」
「はい?私が何か?」
「俺は名乗ったろ、名前を教えてくれないの?」
「名前?名前ね、…北……いや、真柴……そうです、真柴です、真柴」
「三回も言わなくてもいいのに、それに俺が聞きたいのは下の名前、「姫」って呼ばれてただろう、ちょっといいなって思ってさ、俺も姫って呼んでいい?」

嫌です。

ニッコリ笑うだけの返事にしたつもりだが、ちゃんと笑えていたかどうかはわからない。
握られた手を振り払う訳にはいかないが、急ぐ振りをして逃げるくらいは許して欲しい。
生温い感触に拒否感が生まれるまでは自分が彼らの趣味に関係するなんて考えもしなかったが、この人は氷上と同じ種類の性癖を持っているのだ。
バチンと音のしたウインクの意味が怖かった。


冷や汗物の撮影が終わったのは空気が赤くなる頃、つまり夕方だった。
さすが真柴だと言いたい。
何が2時間だ。
何が「顔はあんまり映らないから関係無い」だ。

真柴の強引な手法は知っていたが自分の会社にいる1社員を他所のHPに使うなんてよく出来る。
途中からは撮った画像を見せて貰えなくなっていたが見なくてもわかる。社屋前で撮った写真はいいとしても、浅井ファイナンスのオフィス内部を撮るために、窓際に立って電話をかけるポーズとか、会議室でディスカッションをする風景とか普通に正面から撮られてる。
しかも、本物の社員がいるのに他のスーツは後ろ姿のみなんて詐欺行為に近かった。

しかし、何よりも嫌だったのは、撮影後に入れていた予定に間に合わなかった事だった。

「遥か高みから見下ろしている人に頭の中を見られるのは恥ずかしい」と言った洋平くんの言葉が今なら理解できる。実は田淵さんと進めていたA4サイズの手撒きチラシの詰め作業に、動けない北見の代わりに本社の営業が行ったのだ。
印刷込みなのに8万円で押し切られた仕事だから……と、適当に適当を重ねていた。

2万部の印刷込みで8万という事はデザイン費など無いに等しく、値段、内容込みで恥ずかしい。
真柴は500万前後の見積もりに20万か30万をコスト無しで積み上げている。

北見が得た今回の報酬は浅井ファイナンスの女子社員にモテた事くらいしか無かった。

「合コンの約束はゲットしたけどな…」

交換したLINEにはもう早速数人が顔を寄せた自撮り写真が送られてきていた。
実の所合コンは苦手だから積極的に参加する事はあまり無いが「知り合いを増やす」は営業の基本なのだ、他の会社に勤める友達を呼ぶと言うので行く事にした。

「どこに何が落ちているかわからないもんな…」

本来なら、気の利いたアフターケアでもしておくべきなのだが……。
本当に何をしてあるんだか、やはり氷上の事が気になって白髪の飄真に貰ったショップカードを頼りにレンタルスタジオに向かってる。

氷上が誰と寝ようが関係無いが、彼は意思表示が不自由なのだ。また薬でも飲まされて、どこかの道路にへたり込むかもと思うとやはり放って置けなかった。
奔放で危なっかしい無い身内の世話をしているようなものだと思う。
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