北を見るフェイト

ろくろくろく

文字の大きさ
上 下
10 / 81

きますか?

しおりを挟む
その後、少し考え込むように黙ってしまった洋平くんはコ ロナの瓶を開けたら帰ってしまった。
「それなら」とお開きにしようと思ったら田淵さんに肩を押さえられ、目配せをされた。
そして今、何故か氷上と2人きりにされて飲んでいる。

「氷上さんがあんまりにも冷え冷えとしているからみんな帰っちゃいましたね」
「俺のせいか?」

そうだよ。

「俺に用でも?普段は飲みに行ったりはしないんでしょう?
「うん、タクシー代……払ってもらったから奢ろうかなと思って」
「え?それで?ここに?真柴さんは?」
「ボスコがどこにあるのかわからないから聞いたら連れて来てくれたんだ」
「ボスコを知らなかったんですか?」

これは驚いた。
氷上が幾つなのか、何年未来計画に勤めているのかは知らないが、ボスコは会社前の前のまん前なのだ。
社屋と隔てる道路は中御分離帯のある4車線などでは無く、信号無しでも渡れる交通量しか無い対面2車線の普通の道だ。

「来た事が…無い?」
「店の存在も知らなかった。」
「友達がいないんですね……え?……って事はまさか、今描いたロゴって店に入ってくる時に見て覚えたって事ですか?」
「癖だからな、何ならメニューのレイアウトも再現出来るぞ、デザインは知っているイメージをアレンジした方が速いんだ」

確かに……スピードスターのロゴもTikTokの要素を瞬時に取り入れていた。
しかし、出来上がったスピードスターのロゴを見てもTikTokのパクリだとは誰も言わない。

「デザインって…面白いですね」
「俺にとってはただの事務作業だ」
「えつまり氷上さんの中ではモデルが本業なんですか?」
「何だそれは」
「惚けないでください、さっき田淵さんに通販のサイトを見せてもらったんです、モデルをやってるんでしょう?」
「モデルじゃ無いし」
「売り物の服着てネットに載ってるって事はモデルでしょう」
「頼まれてやってるだけだ、ああいう所は予算が無いから本職に頼めないんだ、誰にでも出来る、姫ちゃんにも出来るぞ」
「北見です、誰にでも出来るって……井口さんとか洋平くんでも?」

「………」

バーニャカウダをポリポリとね。
無視ですね。

少し話しただけだが氷上の事がちょっとわかって来ていた。
返事をしない時は都合が悪いか面倒な時だ。
そしてとてつも無い努力家である事。
もう一つ。

同性愛者とわかった上で氷上をよくよく見てみると、首も腕も肩も細く、長い前髪を上げると「カッコいい」より「綺麗」が似合う顔が現れ、何と無くだが納得してしまった。

そして、最後に。
イメージと見た目に似合わず、氷上は酒に強かった。田淵さんが「塔矢くんはザル」と教えてくれたのに、ピッチの速い氷上に釣られて結構酔ってる。
「そろそろ帰る」と言われて(帰ろうか?じゃ無い所が氷上らしいと笑った)立ち上がると、天井がグルッと回って連なる白熱電球の光がビョーンと伸びた。
前に立った氷上が珍しく笑ってる。

「ふらついてんな、酒に弱いのか?」
「弱く無いです、ただ……相手はたかが薄ーいウスバカゲロウだと油断しただけです」
「弱いだろ、ビールとかソーダものとか薄めた酒ばっかり飲んでたくせにフラフラじゃないか」

「……もう一回言うけど……弱くないです」

カルーアミルクなる気色悪い物を飲んだ後、氷上はストレート物ばかりを口にしていた。
デザイン力で負けようが(勝負にならない)営業力で負けようが(これはこれで勝負にならないと思う)顔で負けようが(需要が違う)気にもしないが、酒量で負けると男らしさを否定された気になる。


洋平と井口と田淵が置いて行った3000円は返しとけってポケットに入れられた。
全員分を支払ってくれる氷上は珍しく上司っぽくてかっこいいが普段のマイナスに足してもまだマイナスだと思う。

ガラスの扉を出ると予想通りふらついて思った方向に歩けない。まったくブレない氷上の足取りにムーッと不満が膨れた。

「風が吹いたら飛ばされる癖に……」
「飛んだ事あるけどな」
「ウスバカゲロウは羽化して3週間しか生きないんです、氷上さんは羽化して何日目ですか?」
「………?何言ってんの?姫ちゃん酔ってる?」

酔ってるよ。

「道で寝たりはしませんけどね」
「そんな奴いないだろ」

お前だよ。

「つまり、氷上さんを酔い潰そうと思ったら薬を使うしか無いんですね」
「は?お前エッチだな」

真っ昼間からホテルに行く奴が何を言う。

「何か言ったか?」
「いえ、男は全員エッチです、氷上さんのエッチとは多分種類が違いますけどね、あいつと付き合ってんですか?」
「あいつってどいつ?」
「柄パンテレシャツ、白髪頭のパリピですよ」
「白髪?正男の事かな?」

「…………考える程他にもいるんですか?」
「駄目か?」
「またそれ?……いえ、いいです。何でもいいです、好きにしてください、言い方を変えます、正男さんが好きなんですか?」
「あいつは乗っかってくるからあんまり好きじゃない」「あーあーあー聞きたく無いです、あんまり直接的な事を言わないでください、どっちにしろ薬を使う奴なんてやめといた方がいいですよ」

無理矢理気味にホテルに連れ込んだあの男は、立てないほど酩酊した氷上を放置して一人でホテルを出てきた。(多分)
事情も2人の関係性も知らないが、あんまりいい相手じゃ無いとは思う。
全く関係無いのに考えたらムカついから「あんな奴!」と殴る振りで鞄を振り回すと、重量に引っ張られてフラフラとよろけた。

「本当に弱いんだな」
「もっかいのもっかい言いますが弱く無いです、普通の男が普通にあの量を飲んだら普通にこうなります」
「それはお前の普通だろ」
「フワフワとホバリングしながら風に乗って漂っているくせに」
「意味不明の負け惜しみはやめろよ、めんどくさい」

笑われるのはいいけど、笑うなら笑った顔をして笑って欲しい。

「負けて無いです、体力……体力なら負けませんよ、氷上さんは3メートルも走れないでしょう」
「走れるし」
「走れませんよ、じゃあ競争です、タクシーが拾える大通りの交差点まで………ヨーイ…」

「え?え?」と慌てる氷上がまさか走るとは思ってなかったが、「ドン!」と続けると、タァッと駆け出した。

「嘘だろ……」

三歩動かすのも難しそうなウスバカゲロウが走っていく。
思っていたよりも軽く、思っていたよりも速い。
肩に付きそうな長さの髪が揺れている。
そして、突然しゃがんで「ゲーッ…」と聞こえた。

「吐いてるよ」

何だか面白かった。
北見には最初から走るつもりは無かったのだ。
とても意外だが単純な手に引っ掛かり、一人で走って一人で吐いてる。

クツクツと湧いてくる笑いが抑えられずに爆笑しながらゆっくり追い付くと、四つん這いに伏せた氷上がアルコールの水溜りを囲って前髪の奥から睨んでいた。

「お前……覚えておけよ」
「忘れませんよ、氷上さんも結構酔ってたんじゃ無いですか」
「酒には強いが胃は弱いんだ……走ったから混ぜ返っただけだ。」
「ハイハイ、立てますか?」
「立てない、気持ち悪い」
「俺ん家に来ますか?」

「……え?」

長い前髪の隙間から見える目が丸くなっている。
そんなに驚くような事じゃ無いが、恐らく氷上には「友達の家に転がり込む」ような仲良し文化は無いだろう。

「お互いにフラフラだからタクシーでしょう、別々に帰ったら勿体ないですよ、週末を一緒に過ごすつもりは無いから明日になったら帰って貰いますけどね」

「…………」

無視では無いが無返答だ。
どうせ雑魚寝になるのだから、一晩寝床を貸すくらい何とも無いのに、探るような目で見上げてくる。

「もう、つくづく面倒くさい人ですね、大通りまでは行けそうに無いからMOVを使ってタクシーを呼びますよ」

返ってくるかは疑問だが返事を待つ気は無かった。携帯を出してタクシーの配車アプリを立ち上げて手続きをした。
そしたら秒だった。
大通りからやって来たタクシーが「呼んだのはお前らか?」と問いかけるようにパッシングをしたので手を上げた。

「ほら、乗りますよ、立ってください」
「立てない」
「俺も酔ってるんです、前みたいに抱っこは出来ません、乗らないなら置いて行きますけど?」

拗ねたようにプイッと向こうを向いた氷上は一応だけど男なのだ。
ちょっと酒に強いからって今の今まで勝ち誇っていた奴に手を貸す気も無ければ、来ないなら置いて行く気も満々だった。

「じゃあこれで、お疲れ様でした」
「わかったよ!」

ノソノソと立ち上がった氷上は差し出した手を無視して膝から上がったタクシーのバックシートを這って奥に収まった。
妙に不機嫌な顔を見ると「勝った」と思ってしまうのは何故だろう。
目測を誤って窓枠で頭を打ったが、そんな痛みがどうでも良くなる程気分が良かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

処理中です...