月のカタチ空の色

ろくろくろく

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最終章  1

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沿線を辿ると長く光る車両が暗い景色を照らしながら何回も追い抜いていく

今更電車に乗る気になれなくて身を寄せ合いブラブラ歩くうちにマンションが見えて来た

どのくらい時間がかかったのかはわからないが極上の時間はあっという間で清宮となら新潟までだって歩いて行けそうだった

「意外と近いな、自転車でも買う?終電気にしなくていいだろ」

「それもいいですけど……寒い……」

ぴゅうと足元から身体を押す冷たい風に春になってからな………と笑いながら二人で身を縮めた

心は暖かいけど体は冷え切り早く帰りたいが………あの超人類はどうしたのか………マンションを見上げると部屋の窓は暗い

「あ、よかった………誰もいない」

「仁もそこまで暇じゃないだろ、挨拶が終わった後事務所に行って弁護士さんに会うって言ってたし今頃まだ飲んでんじゃないか」

「だといいんですけどね、帰って来るつもりかな」

「帰ってきても包丁振り回したりすんなよ」

「それ俺より仁に言ってください」


エレベーターで部屋のフロアまで上がりドアを開けると………信じられないものが目に入った
でかいブーツがキチンと頭を揃えて玄関マン真ん中に居座っている

「…………これ……」

「あれ?仁いるじゃん………粘るな」

粘るとか頑張るとか耐久性の話じゃない、明かりがついてないから無人だと思っていたら仁は遠慮も礼儀もなぎ倒して他人ひとのベッドで堂々と眠っていた

………しかも裸………どんな神経してるのか一度分解して見てみたい

「信じられない………何なんだこの人、どんだけ図太いんだよ……人ん家で勝手にベッドに寝るか?」

人生で人に疎まれた事なんかないんだろう、自由過ぎる仁の耳元でわざと大き目の音を立ててもピクリともしない



「…もう12時過ぎてる、お前明日も仕事だろ?………どこで寝る?」

「それは勿論仁を叩き起こして出て行ってもらいましょう」

「仁は起きないよ……睡眠時間は短いけど一度寝ると自分で起きるまで目を覚まさない」

「ベッドから引きずり下ろせば起きるでしょう」

「起きないよ、何をしても起きない、俺が仁の隣に寝るから悪いけどお前はソファに寝れば?」

「絶対ダメ!それくらいなら俺が仁の隣に寝ます」

「わかったよ、じゃあそうしよう……」

「は?」


いや!ちょっと待てそれはない!絶対にない!!

常識で考えてくれ、どこの世界に付き合う事を反対している恋人の父兄と仲良く一緒に寝る奴がいる、嫌いだとか男同士だとか全部横に置いといても変だろう

毛布を取りに行こうとする清宮は全く本気、どうなんだこの兄弟

「春人さん!ないから!そんな事するくらいなら俺は寝ません!………わっ!何!」

寝室に入って行こうとする背中から手をグッと掴むと清宮の腕がクルンと回り腕を獲られそうになった、それは定石通りの肘を固められた時の返し技だった

「危っぶな」

「ふっ………さすがに簡単じゃないな………」

使ってみたくて仕方がなかったのか………清宮は全くの素人のくせになんだか様になってる

「樹は何教えたんだよ!」

「手の内明かす馬鹿がどこにいる」

「何で一回齧ったくらいで覚えるんですか!」

「覚えたかどうかを今確かめてるんだろう、ほらも一回かかってこいよ、動けなくしてやる」

「素人のくせに生意気言うな!すぐに泣かしてやる」

互いに牽制してジリジリ間を取りながら組手かスパーリングのようになって来た


「うるせえな!!ドタバタと!暴れるんなら外でやれ!」

ちょいちょい手を出すうち、恒例の取っ組み合いになり寝技を繰り出そうと足をかけている途中でドスの効いた怒鳴り声に邪魔されて足を組んだままピタリと固まった

複雑に手足を絡めて寝転んでいる所にドアの中から見下されキス直前に踏み込まれた記憶が蘇って気不味い

ドカドカと部屋から出てきた仁は限界まで眉間に皺を刻み不機嫌をぶつけるように後手でドアを思いっきり閉めた

「あれ?起きたの……珍しいな」

「出かけるんだよ……………」

「今から?もう夜中だよ」

「うるさいとかよく言いますね、図々しいんです、静かなご自分の部屋でゆっくり寝たらいいでしょう」

「ああ?」

また濁点入りの返事………顔だけでも怖いのに仁の体から発するオーラは明らかに物理的な力を持っている

ひれ伏してしまいそうになる眼力を込めてギロッと目玉を動かした仁の顔が突然一点を見つめ、みるみる驚愕の表情に変えた

「ハル…………お前………」

「何?仁!痛いって」

「なんだこれは………」

清宮の襟首を引っ掴み、釣り上げた清宮の頭をぐっと押しのけて早速見つけてくれたのはわざと付けたキスマーク


「神崎………貴様………」

ギリッと歯を鳴らしてオーラの色を変えた仁の手がグッと固まった

殴るなり蹴るなりすればいい、あざ笑うかのように仁の鼻先で清宮を抱いたのだ、ある程度の覚悟はしていた

流血しようが骨が折れようがどんなに痛くてもどんな状況でも絶対に笑ってみせる

清宮をソファに投げ出して掴みかかって来るかと思ったら………

「うわ!何ですか!やめ!!うわあ!!」

高い上背から伸びてきた長い手に腕ごと巻き取とられ思いっきりブチュウッと首に吸い付かれた

「は……はな、離せっっ!!」

ぎゃあっと喚いて死にものぐるいで振り払いそれでも怖くてへたり込んだままドタドタと壁際まで後ずさった

「何をするんですか!何ですかその反応!違うだろ!変だろ!間違ってるだろ!」

「お前も同じ目に合わせてやったんだよ」

「普通に殴れよ!この変人!」

男に抱きつかれるのがこんなにも気色悪いとは思ってなかった、大体誰がこんな事をする

仁は男の中でも特別綺麗で女はもちろん、男をはべらせても抜群に似合うがそれでも鳥肌が立つほど気色悪かった

「お前の普通なんて知るか、目には目を歯には歯、キスにはキス」

「あんたやっぱり馬鹿だろ」

「大学は行ってないが俺とハルの出身高は偏差値65くらいだったと思うけど」

「誰が学歴の話してんだ!」

「神崎!!」

「ハルうるさい!何?!」

「さっきからピンポン鳴ってる」

「えっ?!」

ハッと気付くとインターフォンが頭の上で連続押しされてる

時間は………もう1時近い………

「誰だ!今頃!」

「わあ!仁!待って!」

ピンポンを鳴らしてる奴はおそらく上か下か両隣の住人、ドアからバトルテンションの仁が出てきたらどう出るか怖すぎる

「待てったら!俺が出る」

止めてもこんなでかい奴止められない、どんな豪勢な家に住んでるのか知らないが動くたびドカドカとうるさい足音を立てて勢いのままドアを開けた

「うるせえな!なんだ!」

「……………えっっ?!!……」

案の定ドアの外に立っていたのは前に文句を言いに来た階下の住人………、派手に文句を言ってやろうと身構えていた筈なのに目に写ったものが信じられないのだろう

憤りを隠していなかった顔は表情を無くして固まり文句を言いかけた口が閉じられなくなってる

そりゃ誰でもそうなる………こんな地味な場所でドアから出てきたのは仁………190の高い所に乗った小さな顔はポスターやテレビで見るより迫力がある

しかも鬼の形相で怒鳴りつけられたら言葉を失って当然……


「誰だお前」

「え?あの………すいませんが……夜も遅いので……もう少し静かに………」

「………ああそりゃ悪かったな」

仁はそれだけを言って鼻先でバタンとドアを閉めてしまった、ほぼ何も知らない他人の家の客に「お前誰だ」って、お前こそ誰だって話だ



「ちょっと!何してくれるんですか!管理会社に文句言われて追い出されたらどうするんです」

「ガタガタ言われたら出て行きゃいいだろ」

「そんな簡単に言うなよ、時間もないしあんたみたいに稼いでないからな」

がっと伸びてきた仁の手が喉をつかんだ


「俺の眼の前でハルにあんなもんつけやがって………いい度胸だな」

「褒めて頂いて恐縮ですが嬉しくない」

「いつ誰が褒めた!」

「2秒前に褒めただろが!」

喉にかかった手は躊躇するようにそこにあるだけで締まっては来ないが胸糞悪い、振り払って後ろに下がるとまたダンッと床が鳴った

外殻は違いすぎるけど仁の中身は清宮のバージョンアップと考えていい、今の所必死に抑えてはいるが本来こいつは絶対に手が早い

次に何かして来たらもう遠慮なくのしてやる

「春人さんから落ち着いて話を聞いていれば俺に手を出そうなんて思わなかっただろうにな、勝てると思うなよ」

「ハルと育ってんだから俺は結構強いぞ、お前こそ俺の必殺技聞いとくべきだったんじゃないか?」

「何が必殺技だ小学生か、遠慮なく殴れよ、あんたなんか怖くない、抱きつかれるより余程ましだ」


「………へえ?」

「あ…………」

しまった…………余計な事を言った
口から血を流すとかして不敵に笑ってやるつもりだったのに先にニヤリとされた

腕を捻って背中に回してやればいいだけなのにジリジリと間合を詰めてくる仁に足が勝手に逃げる

とうとう背中が壁について行き場がなくなった


「どうした、ヤリたいんだろ?」

「その言い方やめろ、気色悪い」

つんっと突付こうとする指を払い落とし、また寄ってくる指に噛み付いて食い千切っでやろうかと思った

「二人とも!いい加減にしろよアホらしい、いい大人が何やってんだよ」

「お前に言われたくない」
「春人さんに言われたくない」

揃ってしまった台詞にバッと目が合い、フンッと顔を背けたタイミングまで揃ってしまった

「今うるさいって文句言われたばっかりだろう、暴れるのはやめて腕相撲とかにしたら?」

「は?」

仁の手を握れと?この状況で?

耳を疑うあり得ない提案に、毒気を抜かれて呆けていると清宮はニヤニヤしながらドンっとテーブルの天板を叩いた


「俺は強いからな………」

「はあ?!」


仁はすっかりやる気でテーブルの前にやれやれと座ってニョキリと腕を出した

どういう神経構造をしているんだ、状況が特殊過ぎて何が正しいのかわからなくなってるがとにかく仁と仲良く腕相撲なんて出来る訳ない

「嫌です」

「負けるのが怖いか?逃げるんならそれでもいいけどな………」

「………………怖いわけ無いだろ、そんなふざけた事したくないだけだ」

「じゃあ俺の勝ちでいいな」


「……………………俺も…………強いぞ」

「じゃあ俺審判ね、仁、言っとくけど神崎は本当に強いからな」


清宮はニコニコしながら渋々出した腕を仁の手と合わせてグっと固めた
冷たいと思い込んでいた仁の手は暖かくて意外とゴツい

「俺は売ってるイメージがあるから派手な筋肉はつけられないが細いと思って舐めんなよ、上腕は太い方が色気出るからな」

羽織っただけのシャツからわざとらしく袖を捲り、顕になった仁の腕は筋が浮いて………確かに色気満々……

「あんたこそ舐めんな、俺は握力には自信があるんです」

ビジュアルで勝てる相手じゃないが勝負に負ける気はない、対抗して袖を捲った

「腕相撲は握力じゃないだろ」

「ほざいてろ、負けて泣け」

「口喧嘩はもういいだろ、いいか?離すぞ、レディ………」

清宮の手が離れるとガッと二人の腕の筋が盛り上がった




「仁………出かけるって言ってたけど時間いいの?」

「ああ?…………あっっ!!」


3戦した所で、腕に溜まった乳酸を散らしながら睨み合っていると清宮に携帯を見せられて仁が飛び上がった

腕相撲の勝負は力が拮抗して真ん中で止まり、3回ともお互い力尽きる頃に清宮の待ったがかかった

「命拾いしたな」

「お前が俺に勝てる日なんて永遠に来ないさ」

「仁、こんな時間からどこ行くの?オフだって言ってなかった?」

「3時出発で日の出をバックに海で撮影!電報堂の樋口に押し込まれたんだよ」

「海で?春物か夏物の撮影だったら楽しそうだな」

「うるせえ、新年用だ」

バタバタと風呂場に飛び込んでシャワーを浴びただけで鞄ごと持っていけばいいのに財布から出した札をナマのままポケットに押し込み手ブラで部屋を飛び出ていった

寝起きの姿から出て行く用意は5分……どうせスタッフが全部やってくれるから最悪パンツ一丁で行っても困らないのだろうが、さすが清宮の兄貴………殆ど拭いてない濡れた髪から滴った水滴が玄関まで点々と続いていた



「お前さ、仁と仲良しだな」

「どんな見え方してるんです、そんなわけ無いでしょう」

「仁ってさ普段はもっと静かなんだよ、なんかはしゃいでる、気が合うんじゃないか?」

それは違うと思う………清宮には言わないけど…………違う


「神崎………寝よ、もう遅い、仕事に行けなくなるぞ」

「………そうです………ね……」


テーブルを挟んで対峙した時に一瞬仁が見せた苦虫を噛み潰したような表情……

腕相撲は………多分………手加減されていた

キスマークを付ける逆襲なんてやってる事は変だが必死で自分を抑え誤魔化していた仁はやっぱり大人………

「そこまでするなら負けとけばいいのに……」

「何?」

「なんでもないです、疲れたでしょう、おやすみなさい」

絶対に仁は帰ってこない、安心して眠れるベッドに潜り込み、もう朦朧としている清宮の背中に顔を埋めて大好きな匂いに包まれると長過ぎた一日はすぐに暗い闇の中に消えていった



その日から仁とは顔を合わさずにすんでる


しかし本格的に居座る気なのか荷物はしっかり残ったままで……なんか増えてる

靴は2足、つまり履いて出ている分と合わせると3足、いつの間にかクローゼットに知らないコートやシャツも増え……風呂場がピカピカになってたり冷蔵庫もやたら豪華で夕食が出来てたりする

昼間ここで仕事をしている清宮と二人でいるなんて前なら耐えられなかったが仁の清宮に対する感情は度が過ぎて常軌を逸しているものの身内への愛情だと理解してしまった

どこに行っていつ帰ると言い残して行くのも夜眠れるようにと考えてるからだと思う

清宮はせっせとバレンタイン関係の仕事を熟し発注前なのに思いつく各種媒体を殆ど仕上げてしまっていた


「春人さん…助かるけどせっかく休みなのに勿体無いですよ」

「やる事ないからいいよ」

「今日はデザイン部の仕事納めでもうあんまりないですよ」

「別にいいよ、仁がうどん作ってくれてるから食べるだろ?」

「え………いや……」

既にもう何回か仁の作ったご飯を食べてはいるが素直に「はい」とは言いたくない、出汁を暖めてうどんを作ってくれた清宮からしぶしぶと丼を受け取った


「何で朝からうどんなんですかね」

「起きてすぐにご飯もパンも食べんの嫌だって俺が言ったからかな」

「じゃあ何でこんなに短いんですか」

箸で摘むとどいつもこいつも短くてひょいと持ち上がる

「ちっちゃい頃喉に詰めたんだよ、こう半分飲み込んだけど切れなくて……でも吐き出すことも出来なくなって暴れたんだ、それからずっとうちのうどんは短い」

………つまり清宮の朝食は仁が作っていたと………

二人の関係性は聞けば聞くほど深くてちょっとだけ開いた隙間から無理矢理手を突っ込んで必死にぶら下がっているのがいまの現状………

清宮にはそれがまるでわかってない

負け犬と罵られているような短いうどんを無理矢理胃に詰め込んで、コーヒーを飲んでいると清宮がケースに入った服をクローゼットから出して来た


「何?それ………どこかに行くんですか?」

「うん、多分この仕事が最後だと思うけどスラッシュの会社で株主のパーティに顔出さなきゃならない」

「またあの格好?」

「多分な……仁の事務所に寄って美容院行くってさ」

「俺は今日会社の打ち上げなんです、春人さんも来てくれたらと思ってたんですけど…無理そうですか?」

美咲と山内が帰省する為休暇に入るので飲みに行く事になっていた、デザイン部全員に課長まで顔を出すと言われれば断れないので清宮も巻き込んでしまおうと思っていた

「連絡くれよ、行けたら行くから」

「ちゃんと携帯見て下さいよ」

「多分な」

ニヤッと笑って携帯をヒラヒラさせた携帯の画面は電池の残量がもう残り少ないと言っている

「充電してしといて下さいね」

了解と背中で聞いて出社した


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