月のカタチ空の色

ろくろくろく

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第2章 11

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一杯だけ飲みに行かないかと珍しく山田が誘ってくれたが清宮が待ってる、週末まで伸ばしてもらい部屋に帰り着くと部屋から美味しそうないい匂いがしていた


「おかえり神崎、メシ出来てるぞ」

嬉しいけど清宮が料理をするとどうやったらそうなるのか台所がやたら散らかる、そんなに種類のない調理道具が全て放り出され自分でもどう収納していたのかわからなくなる上何だか色々減ってる………

ピーラーはもう既に一回買い直し、5本あった筈のスプーンはもう二本しかない、絶対ゴミと一緒に捨てられてる


「その前に話をつけましょう」

「嫌だ、せっかく作ったのに料理が冷める、食べるのが先」

グイッと冷えたビールが手に押し付けられ帰って来るのを待ち構えていたらしい清宮はやけに真っ直ぐで何の曲かわからない鼻歌を歌いながらいそいそと台所に入っていった


「わかりました……それならアルコールは無しの方がいいと思います」

「やだよ、俺もうビール開けてるしもう遅い」

手を洗うついでに鍋を覗くと驚いたことに清宮はロールキャベツを作っていた、コンソメベースの透明なスープに浮かんだキャベツの包は綺麗に纏まり初心者とは思えない

食べてみるとふんわり上手に味が染みていた

「春人さん随分上手くなりましたね、俺はこんな面倒な料理作った事ないですよ」

「これ何か違わないか?」

自分で作ったロールキャベツを持ち上げ不満毛な表情を浮かべた清宮が頭を傾けた

味の感想は社交辞令ではなく本当に教科書通り

「別に?凄く美味しいですけど何か変ですか?家の味と違うとかそういう事?」

「うん…まあ…家と言うか………」

清宮が言い淀んだ事で何を言いかけたのかわかってしまった

「それ以上言わないでいいです、聞きたくありません」

「どうしても出るよ……仕方がないだろ」

「…………それは……そうでしょうけど……」

清宮の中にいる「仁」は根が深い、目に見えている部分だけも大くて圧倒されてしまう

兄弟と一口に言っても二人の関係は必要以上に密接でその人生の大半をベッタリ一緒に過ごしている、何をしていてもチラチラと仁の痕跡が見えてしまうのは仕方がない

それはわかっている………わかってるが今すぐにでも仁の元に戻ってしまいそうで一々過剰反応してしまう

我ながら鬱陶しい………もうグズグズ………



食べ終わった食器に加え散らかった台所を片付けて、話を始める前にまず約束をした

足も手も出さないと………

昼間の二の舞になっては元も子もない、テーブルの前で膝を合わせ咳払いをした


「辞めるのはやめてください、俺は……俺達は認められません、春人さんがいないとうちは無理です」

「もう決めた、俺がいなくてもちゃんと回ってただろ、大丈夫だよ」

「それは今が暇な時期だったからって分かっているでしょう、それに全然大丈夫じゃなかった、わからない事だらけで困ってました、発注から納品まで半日なんて危ない仕事が何件もあったんです」

「お前もいるし出来るよ」


「春人さんは………それでいいんですか?」

清宮は返事の代わりに何とも言えない切ない顔をして笑った

清宮がもう決めてしまっている事は顔を見れば分かるが、それでも清宮がいてみんながいるあの空間がなくなってしまうと思うと引き留めずにはいられない

「俺はツイッターに乗ってたインスタを見ましたけど、うちの会社を特定できるような写真はないんです、背景は裏の方が多いし………大丈夫ですよ」

「その事だけじゃないんだ」

「他に何が?」

「怒るなよ?」

「…………努力します、その前にちょっと待ってください」

素面で聞くには心の容量が足りない………清宮を待たせてウイスキーを取りに行くとこれは絶対にやめろと止められ二本目のビールと取り替えられた

冷蔵庫に入っていなかったビールは冬なのに午後いっぱい清宮が付けた暖房に暖められ生温かった



「俺は仁の所で事務所を手伝う、もう仁が一人で切り回すには無理があるんだ」

「"春人デザイン事務所"をやりながら?」

清宮は聞き分けのない子供を諭すように穏やかに笑った

「仁はそのつもりだけど俺に経営なんて出来きるわけ無いだろ、中で細々手伝うだけにするよ、そっちがパンクしそうになったら外注してくれ、俺やるから」

「辞めるん………ですね……」

「そうだな……決めたのは今日だけど今はこれでよかったと思ってる」


清宮の行く先は仁が作る会社だ、ついていく事は出来ない………

今の会社は清宮がいたからこそ来た場所だった

一人残るなら何の意味もない


「神崎は出来るなら今の会社を助けて欲しい、俺にとってあそこは………大事な……場所だから………」

「………そう……したいです……」

脅迫材料にならないかと足掻いてみたが、気持ちを見透かしたように先を塞がれもう何も言えなくなった

清宮が職場から消えてしまう、毎日顔を見るだけでもそれがどんなに幸せだったのか身に沁みて心がポロポロ欠けていく


「俺の所に帰って来てくれますか?」

「いるじゃん、今ここに…」

「本当に?」


ふふッと綺麗に笑う清宮が消えてしまいそうで抱きつこうとすると………

足の裏がドンッと胸に乗って伸ばした腕が空振りした


「足は出さない約束でしょう」

「手もな」

清宮がニヤリと笑った

さっきまでの儚さは消えて図太い


「俺は今日こそ実家に帰るからやめろ」

「ちょっとくらいいいじゃないですか……ケチ……」

「ちょっとで済むか?」

「済まない………かな………」

実家と聞いて何かが喉に引っかかった

実家と言えば………

「車………」

「車?」

「車の事忘れてた!!」

スノーボードから帰った後、酔いつぶれたり風邪を引いたりして地下の駐車場に車を停めた事をすっかり忘れていた

あれから何日経った?

生活とまったく接点のない地下になど行かないからどうなってるかわからない、慌てて階段を駆け下りると停めた覚えの有る場所にちゃんとあったが……

駐車違反

ミラーに垂れ下がった黄色い札は鎖に繋がれ、無情に切られた警察の切符に輪を掛けてフロントにベッタリ張り付いた紙にはとどめの文言が書いてあった

"不法駐車につき罰金五万円お支払いただきます"

マンションの管理会社からの通告も忘却罪追求の共同戦線を張っていた


「うわあ……15000円と50000円……合計65000円…」

軽い気持ちでちょっと借りて、ほんの数日忘れただけなのに月極プールより高くついた

がっくり膝を落とすと清宮がポンポンと頭を撫でて苦笑いを浮かべた

「神崎…………俺半分払うから………」

「はあ……」

いらないと言えばゴネるに決まってる、どうせ支払い方法なんて知ってる訳ないから曖昧に笑って誤魔化しておいた

エンジンをかけてみるとバッテリーは正常、これでJAFだとかレッカーにお世話になったらもう泣く


「春人さん乗ってください、車を返すついでに送っていきますよ、実家に帰るんでしょう?」

「あ?……ああそうか……そうだな」


車を運転すると相変わらず同じ曲をリピートしているカーステレオに顔を見合わせて笑い合った


また暫くは会えないだろう、二週間弱残った年休を消化してから正式に退職するまで時間はあるが清宮からの連絡は期待出来ない……

別れ際にキスでもしたかったがそこは清宮の家の前、次に逢える日が来る事を信じて玄関から姿が見えなくなるまで見送った


注、すっかり失念していましたが飲酒運転は厳禁です


先に駐車違反の支払いを済ませ実家の駐車場に車を入れていると音を聞きつけた樹が家の中から飛び出てきた

何を言いたいのか予想が付いて口を開く前に叩き伏せてやろうかと思ったが今は暴力自粛中……グッと拳を固めて我慢した

「司!!司!見た?!」

「うるさいぞ樹!」

「だから見た?!」

「知ってるよ!うるさい」

今年21になった樹はスラッシュの世代にドンピシャなのはわかる、甘みのあるテイストは飲みやすく何よりもこんな大人になりたいと思う願望を体現しているのが仁なのだろう

「俺…清宮さんと風呂に入っちゃったよ」

「何言ってんだ馬鹿」

樹相手に暴力自粛なんて無理

ボカっと樹の頭を殴ると蹴りたそうに足を上げたが反撃はなかった、同じ道場に通っていたが学年の区切りが一緒になる事はなく、組み手すらしたことが無い

今やればどっちが勝つかわからないが実戦経験の差(相手は主に清宮)は大きく、喧嘩で弟に負けない自信はある

「ってえな」

「樹…………お前外で友達とかに余計な事言うなよ、ボコボコにするぞ」

「わかってるよ……なぁ…気になるんだけどさ、母さんが仁の実家が近所にあるって言ってたけど………この前行った清宮さんの家…のような気が……」

とんでもなく綺麗な子がいると小さい頃から評判だった仁はモデルとして活動していても頻繁に近所をうろつき、実家の場所は近所の中では有名だったらしい

「ああそうだよ、仁は春人さんの兄貴だよ」

「うえ?!やっぱり?」

「それも言うなよ、匂わすだけでも駄目だぞ、SNSには物凄い迷惑かけられてんだからな」

「……そっか……清宮さんそう言ってたな……スペックが違うって……確かにあんな兄ちゃんがいたらかえって比べられないかもな……」

「だろうな………」

「司…………」

「何だよ」


「大丈夫か?」


大丈夫かどうかなんてこっちが聞きたいのに樹に心配されるなんて冗談じゃない

「……………俺明日もあるから帰るな……母さんたちは?」

「旅行」

「またか……じゃあ俺行くわ」

樹の頭をグシャと乱して歩いて駅に向かった



清宮のいない仕事が始まった


もうスケジュールに名前もない

戻ってくる希望があった前とは違う、決意を固めた清宮の目は揺らいでいなかった

辞めると決まっていても次の日から仕事に来ないなんて普通は出来ないが出社出来る状態ではない

無責任なバーチャルの世界で色んな人が少しずつ情報を出し合い、結局職場を特定されてしまった

店舗の受付にはひっきりなしに清宮目当ての女子が押し掛け、中には営業を装う奴まで出てきた


考えても考えても清宮がここにいない事に納得出来ずについつい黙り込んでしまう


「神崎!お前清宮とここで暴れたんだって?」

いつでも元気な宮川に笑いながら肩を叩かれ、またむっつり不機嫌になりかけた所を強制的に蘇生させられた

「はあ…すいません……」

「あいつのキック高いし速いだろ?表情変わんないから避けれねえよな」

「宮川さん見た事あったんですか?」

目の前で清宮が暴れる所を見たくせにまだ信じていない美咲が驚いて目を丸くした

「あるよ、食らったもん、俺」

「食らった?」


基本的に清宮が手…いや足を出すのは体力的にかなわない相手を止める時(その他例外あり)

「一体何をして蹴られたんですか」

「おい、神崎……怖いぞお前、俺は清宮が辞めるって聞いてメチャクチャ落ち込んでるんだ、もうちょっと優しくしろよ」

「落ち込んでるようには見えませんがね」

「大人だからな」

ザクッと鋭利な言葉で切りつけられ床に這いつくばりそうになった

「電報堂にいときゃよかったと思ってるか?」 

「思ってませんよ」

薄い付き合いしかない人脈を駆使して無理矢理この場所に転職して来た経緯を宮川は多分知っている

カラカラと大雑把に振る舞う宮川はいつも何気ない言葉の中に意味ありげな含みを持たせ、口出しはしないが心に刺さる

おそらく今のは説教………

パチンと指で弾かれた額は意外に重くジンと長引く痛みが後を引いた

確かに………清宮が休んだ頃から取ってしまった行動は常軌を逸していた

同僚を怒鳴ったり仕事を放って勝手に帰ったり………会社でキスしたり………

とうとう職場で乱闘してMacも壊した

改めて並べると赤面もの………卒なく社会適応してきたつもりがスタジオで清宮を見つけてから一人で右往左往して築き上げてきたものを自らぶっ壊してる

恥ずかしくて無かった事にしたいがもしやり直すなんて事が出来てもどの道同じ事をする、後ろを見返してぐずぐずしている暇がなるなら清宮が大切な場所だと言ったこの職場をしっかり支えて行く方がいい


「神崎さん!何ぼうっとしてるんですか、数はないけどこれからはスケジュールが全部タイトなんです、暇にするのは入稿が終わってからにしてください」

「……ごめん、何かあるか?」

「お正月特売の整理券作ってください、発注書に書いてありますが、スマホで撮った写真でいいから商品入れてくれって頼まれたんで売り場に取りに行って貰えますか?」

「俺が撮るの?」

「出力するだけですからね」

不思議なもので発注書を集めスケジュールの割り振りを担当するうちに、いつの間にか山内がリーダーの役割を引き受けてる

これが清宮なら売り場の方から商品を持って来そうなもんだが山内にはまだそこまで望めない

まだテンパって足元は危ういがみんな清宮の後を引き継ぎ自分の役割を果たして行こうともう前を向いている

「わかった、今すぐ取りに行ってくる、ハンドバッグと紳士ベルトだけでいいんだな?」

「一階のアクセサリーもあります、発注書は無いですがついでにお願いします」

「了解」



売り場に出るとザワっと波立ちあからさまに注目を浴びた、SNSの威力は大したもので殆ど全員が共有しているように見えた、振り返られ二度見され指まで指される………

今や店内一顔を知られている清宮とのキスを暴露されたのだから当然だがどんなアナザーストーリーが語られているかと思うとちょっとゾッとした


「すいません、整理券に載せるバッグを取りに来たんですけど…」

2階の事務所に入り声をかけるとザワザワしていた室内からピタリと話し声が消えた


「そこに置いてます………」

「このピンクのやつですか?」

「そうです、それ現品なんでタグは取らないでくださいね」

「わかってます、俺が写真を撮るから今日中に返しに来ますよ、抽選券はカラーコピーになりますけど聞いてくれてますよね」

「聞いてるよ……………清宮……からね………」

婦人洋品の吉川は普段なら無理難題を手にして猫なで声を出しながらすり寄ってくるくせに目を合わせようとはしない

この程度の孤立は屁でもないがどうやら仕事にも影響して来そうでちょっと面倒………

用が済んだのなら早く出て行けと言いたげに背中を向けてしまった


「暫くはこの調子かな……」


アクセサリーを受け取りに行った婦人小物の事務所も清宮とやたら絡んでいた吉川程では無いが腫れ物を触るような対応だった 

後は紳士洋品……

なるべく社員と顔を合わせたくない、客にも社員にも殆ど使う人がいない店舗の階段を駆け上がっていると三階の踊り場で同じく駆け下りてきたパリッとしたスーツにぶつかりそうになった

こんな時でなくてもいつでもどこでも……お互い一生顔を合わせたくない相手……

バッと同じタイミングで体を引くと視線が真ん中でぶつかってパチンと剣呑な火花が飛んだ


「なんだお前……ホモを通り過ぎておカマだったのか?ピンクのバッグがお似合いだな」

「そっちこそそんなでっかいぬいぐるみがオナペットですか、気色悪い」

「買いに行くのが恥ずかしかったらお前に合うブラジャーでもスカートでも自宅に届けてやるぞ、遠慮なくするな」

「じゃあ綿棒が切れてるから持ってきてください、ああ重くて持てないならマンションの入り口まで取りに行きますよ」

「おお任せとけ、2トントラックで行くからな、部屋に入るか計算しとけよ」


ハンドバッグの持ち手を腕に通しひじを折ってぶら下げている男とフカフカのでっかいパンダを抱く男、これじゃあ仲良しがコントをやってるみたい
 
まだなにか言いたげな黒川を無視して階段に足を上げると背中から……らしくない小さな声が聞こえた

「なんで清宮が辞めるんだよ……お前が辞めろよ」

「…………」


詳しい事情を知らない他の社員から見れば清宮が辞めた理由はあのキス写真のせいだと思われても仕方がない

階段を上がりきっても黒川はまだ踊り場に立ち尽くし、本人は睨んでいるつもりなのかもしれないが…………

垂れ下がった眉が泣いているようにも見えた


「疲れた……針のムシロ……」

広い社内で唯一の避難場所に帰り着くと体から力が抜けてどんなに気を張っていたか思い知らされた


「暫くは我慢してくださいよ、今神崎さんは清宮さんの次に時の人なんですから」

「清宮さんは地味に誰の物でも無いプチアイドルだっからなあ」


「……そうだな………」


「寂しいですね………」

誰ともなく目が行った窓の外……………誰もいないベランダにはどこから飛んできたのかビニール袋が引っかかりブワッと膨れてまた空に向かって飛び発って行った



部屋に帰ってからビールとウイスキーの瓶を並べて眺め、どっちにしようか迷っていた

そもそも……今どちらかを手に取ればきっと何も食べずに飲み続け、また前と同じ事をしてしまう

暫くやってみてリーダーに向いてない事は重々わかったが、山田と山内が二人でやっても清宮の代わりが務まる訳もなく、美咲と二人で補佐に周り出来るだけ先回りしていきたい

体調管理は仕事のうち、飲むなら食べてからにした方がいい


「何か食べ物あったかな……」

冷蔵庫を開けて中を探ると清宮が買ってきたトマトや豆腐があった、使いかけのトマトは丁寧にラップで包まれ身の回りには雑な清宮にしてはキチンとしていた


「これでいいか………」

豆腐の真ん中に穴を開けて醤油を垂らし、トマトはそのまま口に放り込んだ

「うぶ……」

一口で食べるには大き過ぎた破片は噛むと種と汁がブチュッと口から飛び出て飛び散った、携帯がブルブル震え出したが口が一杯で出てもこのままじゃ話せない

画面を見ると「馬鹿」と表示されていた

急ぐ必要も無ければ出てやる必要もない………

ゆっくり口の中を綺麗にして飛び散った汁を始末したがまだしつこく鳴り止まない電話を仕方なく手に取った


「何だよ……」

耳に当てた途端、何だかわからない騒音と樹の怒鳴り声が響いて携帯を耳から離した

「司?!」

「何?後ろがうるさくて聞こえない」

「元気か?!」

「は?」

「元気かって聞いてんの!!」


「…………切るぞ」

イライラしたくないのにわざと煽るようにイライラさせてくれる

家に帰ってまで穏和な「神崎」を演じるつもりはない、叩っ切ろうとすると電話の後ろから聞こえてくる声に気が付いた


カラオケらしい騒音から聞こえて来る……多分これは歌?………多分だけど…この声は間違いない、清宮が歌ってる?

「樹!そこに春人さんがいるのか?」

「おう!いるよ!今!ゆず歌ってる!

いや…聞こえてくるのはゆずじゃない、確かにカラオケはゆずの王道超有名曲だが歌は違う

「なんでそこに春人さんが……おい聞こえてるか?!!」

俺の兄貴でーす!!

うぇーい!!

樹の声が遠くなって数人の野太い声が揃って歓声を上げた

「他にもいるのか?!」

「ああ、悠達だよ」

悠介は小さい頃から樹と仲のいい近所の幼馴染みだが樹と性格が似ている為何度も絶交しいる調子乗り、そこに人見知りする清宮が混ざってる事がもう不自然……

「お前なあ、春人さんは今大変なんだよ!何で友達なんかの所に連れて行ってるんだ!」

「違う、違う、カラオケに行く途中で偶然会って一緒に来るかって誘ったら付いて来たんだ」

「どこだそこ!!」

「どこって駅前のビックリエコー」

「駅前」が全国に何箇所あると思ってる、清宮と樹と悠介の接点を考えると実家の最寄り駅に間違いないが今から部屋を出ても30分以上はかかる

「樹!春人さんは飲むとすぐに寝るぞ!絶対放置すんなよ!」

「また!!司は清宮さんに構いすぎ!こっちに来たりすんなよ!大人だし放っておけよ!」

「じゃあ何の用事だ!!」

「この後行くから!起きとけよ!」

「はあ?!行くって………樹!こら!」

相手は馬鹿で酔っ払い、要領を得ないまま電話が切れて迎えに行こうにも部屋から動けなくなってしまった

「あのアホ………顔を出したら殴ってやる」


騒音の中での会話はずっと怒鳴りっ放し、電話が切れると急に部屋が静まり、棒状の歌声だけが耳に残った


「春人さんがカラオケ………」

始まりがわからないなんて控えめな言い方するから知らなかった

どんだけ下手なんだ………

以前に行きかけたまま忘れていたが行っとけば良かった

ふつっと湧いた笑いの泡がボコボコこみ上げてもうオーバーフロー、酔っているのは分かるが大真面目に歌う姿が目に見えるようでそれがまた面白い

笑えて笑えて止まらなくなった

静かな部屋で一人笑っているのがまた余計に可笑しくて腹を抱えて転げ回った


全く………何も面白い事は言わないのにそこにいるだけで笑わせてくれる、喧嘩上等、嬉しいも悲しいも清宮といるとあらゆる感情の上限ギリまで連れて行かれる

腹筋が千切れそうになってようやくぶり返す笑いが治まってきた頃には体力を使い果たし起き上がってビールを取りに行く気にもなれない


─── 今から行く

樹からラインが入って来たが返事はしなかった
殴るか無視するかはその時に決める


最初はドンッと扉を叩く音………


ピンポンが鳴らなかった時点で無視しようと決めた

次は………絶対ドアを蹴ってる………しかも連続………

もうこれは既に騒音テロ、うるさいと文句を言われたのは階下の住人からの一回だけだが両隣が何も感じてないわけない


「うるさいぞ!何時だと思ってる、何の用だよ!帰れ!!」

「司!開けろよ!」

「開けろよ司!」

!!

今のは………

一人で蹴ってるにしてはドアを蹴る足数(?)が多すぎると思った

「春人さん?!」

滅茶苦茶よく知ってる声が聞こえ慌ててドアを開けるとガツンと硬質な手ごたえと一緒に鈍い衝突音がした

「痛ってえな!」

「痛ってえな~♪」

やっぱり………清宮………

「何をやってるんですか樹なんかと……ちょっと!」

「お邪魔しま~す」

「おジャマしま~す」

二人は塊になってドドッと玄関になだれ込み、靴も脱がずに廊下に転がった、よく見ると樹は清宮の腰に腕を回して抱いている

酔っ払いのじゃれ合いなのにそんな小さな事にも耐性がない、抱き合ってゴロゴロ転がってる樹の襟首を引っ張って隣に投げ捨てるとゴンッと硬い音がした

「お前な!気安く触んなよ!靴を脱げ!」

「痛え……酷えな司」

「酷いぞ司」

「春人さんまで一緒になって……」

何なんだ、さっきから続いているこの仲良し連携は……

二人は一言喋る度に笑い転げ、羨ましいくらい楽しく酔っ払いまともな話しになりそうもない


「春人さんも靴を脱いでください、樹なんかの誘いに乗っちゃ駄目じゃないですか」

「え~?なんで?面白かったよ……声の出し過ぎで喉が痛い」

「清宮さんの歌メッチャ下手クソ、今時ありえないくらい下手、腹がよじれるくらい笑わせてもらった」

「わかったからお前は帰れ!電車なくなるぞ」

「え~樹もここにいろよ」

ゲラゲラ笑いながら起き上がろうとしない清宮はゴロゴロ転がって樹に抱きつこうとした

普通の男がやるなら何でもないが酔ってフニャフニャしている清宮がそんな事をすると意味を取り違えられたりしてしまう………自分を含め数人そんな奴を知ってる

ヘラヘラ笑いながら曲名不詳の歌をご機嫌に歌っている清宮の腕を引っ張って部屋の奥まで引きずっていった


「へぇここが司の部屋か……いいな~一人暮らし、俺も家一人暮らししたいな~」

「おい!勝手に入るな!」

「結構広いな部屋が2つある」

「こら!樹!」

よろめきながら立ち上がった樹はふらふらと部屋を物色し始め清宮に構ってる場合じゃなくなった、どうせ放っておくと勝手に寝てる

2つずつある食器も歯ブラシも見られたくない、クローゼットに当たり前にぶら下がってるピーコートは清宮が着ている所を樹も見ているし寝室に置いてあるセックス用のローションなんて洒落にならない

「うわっベッドでか!何なのこれ」

「乗るな馬鹿!寝室に入るなよ」

ベッドに飛び込んでボンボン跳ねる樹の足を捕まえて床に投げると面白いぐらいに転がっていった


「お前何しに来たんだ、帰れよ」

「痛えな、一々投げるなよ、清宮さんが司の家に行くって言うから連れて来ただけだろ」

「大人なんだから放っておけって言ってのお前だろ」

「………ベロンベロンに酔ってて足元が怪しいし……どこにいるかわかってない感じでフラフラ変な方向に歩くし」

「何言ってんだ、あそこは春人さんの地元なんだから方向くらいはわかってるよ」  

「かもしれないけど………なあ………司……俺……どうしよう………」

樹は誰にも聞かれていないか探るようにキョロキョロ周りを見回してモジモジ指を捏ね繰り回した

「どうしようって何が?」

「俺……さ……」

「うざい、早く言え」


「うん……俺……清宮さんとキスしちゃったよ……」

「はあ?!!」

出た……酔っ払い清宮のキス魔

「いや……あの……めっちゃニコニコ笑いながら顔をペタペタ触られて……さ……………なんか…綺麗と言うか……」

「お前からしたのか?!」

「違う違う……そうだけど違う、清宮さん顔が近すぎで……」

「したんだな?」

「あれは無理だって!」

多分清宮の方が悪い………が有罪確定、胸ぐらを掴んで持ち上げると足がドンっと何かに当たり…………掴み合った二人の間にぬうっと清宮の頭が割り込んで来た

「春人さん?」

「………ヴぅぅ………ヴ~………」

動物じみた唸り声を上げながらのしのしと足元を這い進み、何故そんな所を通るのか(多分直線距離)、冬眠に入る熊のようにゴソゴソとベッドに潜り混んだ


「………寝ちゃった…………」

ファイティングポーズを固めたままポカンと見てしまい戦意喪失………殴ってやろうと振り上げた腕は勢いを失いどちらともなく手が離れた


「…………全く……春人さんは酒に弱いんだからあんまり飲ませるなよ、それから言っておくがこの人は酔うと誰彼構わずキスするから勘違いするなよ」

「そうじゃないと思うけど」

「そうじゃないってどういう意味だよ」

「何でもない………確かにこの人は放っておけないよな………司の気持ちわかるわ……」

「わからなくていいから帰れ、それ以上何か言うと今度こそ本気で殴るぞ」

「言われなくても帰るよ、その代わり2000円寄越せ、今からだと途中までしか電車ないだろ」

「歩け馬鹿」

「ひでえ兄貴だな……清宮さんを連れてきてやったのに………」


無情な事に終電間近になると実家の2つ手前で電車が止まる、仕方が無いのでタクシー代を恵んでやろうと財布を取ると樹は困ったように笑った

「あのさ………清宮さんは俺の顔を見てさ………司の所に行くって言い出したんだぜ」

「え?……」

「邪魔出来ねえよ」

樹はじゃあなと手を振ってお金を受け取らずにそのまま出ていってしまった

つまり…………

物凄く都合のいい所だけを拾って纏めれば……樹を見ているうちによく似た顔を思い出して会いたくなってくれたって事?

何も考えずに流されるまま惰性で一緒にいた節があり執着してくれた事なんかない、普通に女と付き合えって何度も言われ仁の余計なアドバイスを素直に聞いてあっさり身を引こうとした

本当に何を考えてるのかわからない、何も考えてない可能性も濃厚………


寝室を見に行くとベッドの端で小さく丸まり口を半開きにしてスウスウと静かな寝息を立てている

綺麗にカットされていた髪は少しだけ毛先が伸びスタイリングアレンジがしやすいように長く残された前髪が顔にかかって寝息でひらひら揺れていた

………下手したら何週間も会えないかと思っていたのにここにいる

髪をそっと払い折り曲げた人差し指の関節で唇をなぞるとキスをする様にプチュッと吸い付いた


「…………」

「駄目だぞ………」

「駄目…………だからな………」
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いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

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