上 下
74 / 77

やりたい

しおりを挟む



タイミングを逃すってこの事だと思う。
すっかり元通り、すっかり腰を落ち着けた葵。
新しい事務所と新しい住居は快適だし、仕事も増えて何とか自活レベルにはなってる。
だから文句は無い。

実は、懸案だったガメラの問題も解決した。
電話では断られたのに、もう一度お願いに本人を連れて行くと、ガメラは大層な美人(棘が顕著で綺麗って意味らしい)と言う事で水族館が引き取ってくれたのだ。
風呂掃除は生臭いけどガメラはもう家族だったから何だか寂しくて泣きそうになった。

ともあれ食われたり、コンクリに固められて海に沈む……なんてなくて良かった。

後の問題は葵との関係がやけにさっぱりしてしまった事だ。
今は普通に男同士の同居になってる。

「………」

別にいいよ?!
セックスが目的じゃ無いからいいんだよ?
心は繋がってると思う。
好かれているとも思う。
葵にとって無くてはならない存在になってると思う。

だからいいんだけど。

……やっぱり男だからやりたいよな。

「そんな目で見れば葵は色っぽいだろ?」と椎名は言ったが、そんな目で見たく無いのに葵は色っぽいのだ。

夜になると子供のように寝落ちる葵は、眠くなると半目でトロンとする。
そんな時はいつもの童顔が途端に違う色を帯びて
そこに「ねえねえ健二さん」が襲う。

もう普通の顔をするのは必死。
隣で眠るのは決死。
昔に逆戻り。

そんなある日の事だった。
「葵くんも運転免許を取ってきなさい」と椎名の指示が飛んだ事で苗字と戸籍問題が再び浮上した。
勿論「結婚」って言うのは心意気の話で養子縁組とか戸籍をどうこうしようとは思ってない。

しかし、葵との間にプロポーズしたって話が振り返したのは天の恵みだった。

俺って神様に愛されてるなってつくづく思う。

シャワーから出るとベッドの端っこで膝を抱えた葵がもじもじと指を捏ねていた。
因みに今のベッドはダブルだ。
いつもの葵なら縦横無尽に遠慮無く寝ている。

「?……何してんの?もう寝ないと明日も仕事があるぞ?」

「あの……健二さん……」
「ん?」

「……俺が嫌い?」
「は?何言ってんの?好きに決まってるだろ?」
「だって……」



健二と体を重ねたのは途中で笑い出したあの時が最後だ。前の事務所の時と違い、今度は選択肢が他にあっての同居を決めたのだ。だからそのうちに何かあるんだろうなって覚悟をしていたのに何も無い。

「………」

セックスがしたいんじゃ無いよ?
嫌だよ?
何が嫌だって「葵」の本性を見られるのが嫌だったけど、そんな意味ならもう2.5回やったから遅いし、実生活の中では暴れたし、酔って吐いたし、死のうとしたし、殺そうとしたし、もう健二に見せて困る物は何も無い。

だから好きにしてくれればいいのに健二は知らん顔なのだ。
好きだとか結婚しようなんて言ってたのは気の迷いだと気付いたのかな?って思う。

ガメラの預け先が決まった時の帰る間際、あの切なそうな顔。苦渋の決断に顔を歪め、泣きそうになりなりながらも頑張って笑う健二を見ていると、何ならガメラが羨ましかったよ。

今「嫌い?」と健二に聞いたけど、実は嫌われる心配なんかしないし出来ないのだ。

少し卑怯な言い方だなって思うけど、もう興味がないのかあるのか試してみたかった。

だけど死ぬ程恥ずかしい。
死ねるんじゃないかと思う程恥ずかしい。
お酒を飲んでおけば良かったと後悔してる。

え?お酒?
体質的に飲めないって人以外は慣れだと思う。
最近は飲んでも速攻寝るなんて事は無いのだ。笑うけど、覚えてないけど、「飲み会」が出来るようになってる。
大人だからな。

色々考えて、ちょっと黙り込むと「どうした?」って下げた顔を覗き込んでくる健二に恥ずかしくて燃えそうになった。

でも言う。ずっとモヤモヤしたまま今日こそは思っていたから言う。
さあ言うぞと、意気込んだ割に出てきた声は拗ねて僻んだ子供みたいに弱々しくなった。


「…何も……しないから…嫌いなのかなって……」

ああ……
健二の目が驚きで丸くなった。
これでは葵は淫乱だ。淫乱の葵。
最悪。
言わなければよかった。

もう消えてしまいたくて毛布に潜って丸まるとズシンと健二が乗っかってきた。
そしてワッハッハって笑うのだ。
健二はいつでもどこでも安定のキラキラ。
アクリル毛布の粗い繊維からシュコーって馬鹿の息が入って来る。
丁度耳だよ。

「……くすぐったい……重い」
「葵……顔を出して」

「………笑ったくせに…」
「そりゃ笑うよ、嬉しい時とか、楽しい時は笑うだろ?葵はさ、セックスって何なのか勘違いしてると思うよ」

してない。
してるか馬鹿。

所詮は生理的な欲の捌け口なのだ。
それだけなのだ。
だから大した事じゃない……筈だけど、何も無いと何だか寂しい。

それは……しつこい位に何回も言うけどセックスがしたいのでは無いのだ。
もうはっきり言ってしまえば、健二の目が他の誰かに移ってしまうのが怖い。

え?
健二が好きだと言ってくれるから調子に乗ってるんじゃ無いよ?
じゃあ健二を好きなのか?って?

す……好きだよ。

だからって恋人同士になりたいかって聞かれればわからないけど、健二の博愛は具《つぶさ》に見てきたのだ。
返事もしない無表情の怪獣亀にすら惜しみなく降り注ぐ無償の愛だ。

ガメラとの別れにオロオロしながら半泣きになっている健二には同情どころか笑いを堪えるのに忙しいくらいだったけどガメラが羨ましかった。

そして事務所まで帰ってきた健二は生臭い風呂場に向かって言うのだ。

「今まで楽しかったよ、お前の幸せを願ってる」

二本の指を立ててチャッと振った時には堪らなくなってトイレに逃げて笑ったけどモヤモヤした。

話が逸れたけど、つまり、やっぱり俺は神様から沢山の贈り物を貰ってる健二を独占したいと思ってる。
新しく入って来る「可哀想な若者」に取られたく無いのだ。

浅ましいって言うなら言え。
欲しいもんは欲しいのだ。
暴力団を経由して堅気になった奴なんて可哀想に決まってる。可哀想であるならある程健二は心を砕き、ある意味夢中になる。
「葵」にもそうだったように……。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

血と束縛と

北川とも
BL
美容外科医の佐伯和彦は、十歳年下の青年・千尋と享楽的な関係を楽しんでいたが、ある日、何者かに拉致されて辱めを受ける。その指示を出したのが、千尋の父親であり、長嶺組組長である賢吾だった。 このことをきっかけに、裏の世界へと引きずり込まれた和彦は、長嶺父子の〈オンナ〉として扱われながらも、さまざまな男たちと出会うことで淫奔な性質をあらわにし、次々と関係を持っていく――。 番外編はこちら→https://www.alphapolis.co.jp/novel/498803385/499415339 賢吾視点の番外編「眠らない蛇」、Kindleにて配信中。 表紙イラスト:606D様

【完結】11私は愛されていなかったの?

華蓮
恋愛
アリシアはアルキロードの家に嫁ぐ予定だったけど、ある会話を聞いて、アルキロードを支える自信がなくなった。

【BL】切なさの涙の数だけ、共に夜を越えていこう~契約結婚のススメ~

圭琴子
BL
 僕は小学校まで、遊園地の好きな、何処にでも居る明るい子供だった。  だけど両親を亡くし、あしなが基金に借金して成人した僕は、いつしか長い前髪の陰に隠れて、自信を失い、恋愛もままならないようになっていた。  ある日、心配した姉ちゃんに無理やり申し込まれた婚活パーティで、優しくしてくれた男性(ひと)に連絡先を書いたら、何とそれは、結婚契約書だった!  最初は誰でも良かった契約結婚。  いつしか「好き」と「好き」が重なり、「愛してる」になる。  幾つもの障害をを越えて結ばれた時、こぼれ落ちた切ない涙は、「愛」そのものなのだと知る。  切なさの涙の数だけ、共に夜を越えていこう。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

処理中です...