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キラキラ健二

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「ねえ健二さん」

例の「ねえねえ健二さん」とは違うトーンが天井に向かってフワッと浮いた。

酔っ払い、蕩けてふやけていたのに突然酔いが覚めて、いつもの葵に戻ったと思っていたが実はまだ少しアルコールが残っているらしい。

葵の「ねえ健二さん」は独り言のように内に籠もっている。

葵が隣にいてくれて嬉しい。
心の中を見せてくれる葵が愛しい。

実は、椎名と銀二が引き上げる時、「ここには変な奴がいるから」と言って葵を連れて帰ろうとした。しかし葵は「ここにいる」と笑ったのだ。

ガメラは銀二が連れて帰った。
だから今は2人きりだ。

今は、生臭くない風呂でシャワーを浴びた後、お互いに触れないように手足を縮め、ミイラみたいな格好で狭いシングルベッドに寝転がっている。

返事のいるような問いかけじゃ無かったけど「何?」って聞き返した。

「俺はさ、死にたく無いし死のうと思った事も無いけど……」
「手首を刺したくせに?」
「それは死にたかった訳じゃ無い、死ななきゃならなかっただけです、………俺が初めて健二さんに会った頃はさ、腎臓を盗られてそのまま死ぬんだろうなって思ってた。嫌だけどまあ、そんなもんか、とか案外楽かもなって思ってた」

「この先、そんな事があっても死のうと思う前に俺に言え」
「言わないけど……」
「言え」

「うん……理由は言わないけど……でも……今は…今なら「死にたく無いから何とかしてくれ」とは言えます」
「キラキラな馬鹿だから?」
「そうですよ、椎名さんが言ってたのはそう事です、囲われた厚い壁にもう諦めて、遙か高い所にポカンと開いた小さな空を眺めていると健二さんは誰も思い付かない側面から指一本で穴を開けて入ってくるんです」



きっと「何が難しいの?」って顔をしてね。

何故収益のない事務所に、これまた何の取り柄も無い「葵」を入れたのかずっと不思議だったけど、椎名は健二を試したのだと思う。
そんな自覚は無かったけど汚泥の中で溺れている奴を掬い出せるかどうかを。

だって、今日だって「優しげな顔をした食わせ者の変態」とやるんだなって覚悟したのに、自分にも、相手にも嫌悪感は無いのだ。
女扱いされる恥辱の仕事を健二に知られるくらいなら死のうって思うぐらい恥ずかしかったけど、今はそうでも無い。

そして今は「お腹すいた」、とか明日は片付けよりもまず焼き肉を強請ろうなんて呑気に考えてる。

健二はね、時々変だけど実はキラキラしているだけじゃ無くて空気を読むのが上手いのだ。

ほら、今だって結構訳がわからない事を呟いたのに聞いてくれるだけで何も言わない。

だから勝手な言いっぱなしでもいいのだ。
眠ろうなんて思ってないのに、眠く無いのにふわっと心地いい混濁に身を任せてもいい。

もっと…仕事がんばろう……とか。
好きって何だろう……とか。
この先、新しい従業員とかが入って来たら健二の優しい手は半分こ?……とか。
誰かに分けるなんて嫌だな……なんてガメつい事を考えていると、いつの間にか寝てしまった。

そこも健二のおかげなんだと思う。


馬鹿と言っても笑ってるし、変なコーヒーを飲ましても気付かないし、殺しても死なない、何をしても嫌われない、軽蔑されないと思える。

そう思えるのが健二なのだ。

健二がいる家。
そこは明るくて、いつもあったかくて……。

神様って健二の顔をしてるんじゃないかって思う。

今だけ。
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