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アナハイム再び
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「………もうちょっとだったのに……全部健二さんのせいです」
新聞紙を敷いたビニール袋に硝子の破片を放り込むとチャリンと鳴いた。
「葵が俺を突き落としたりするからだろ、もう少しで死ぬ所だったぞ」
「そもそもの発端は健二さんが変な事を言うから悪いんです」
窓枠を含めた大物はもう大方片付いている、残った小物を慎重に摘んでゴミ袋に入れるとチャリチャリと転がる。
2枚分の窓が砕けて壊れたのに健二には切り傷一つ無かった。
背中から落ちたくせに一回転して足で着地、ガラスが降ってくるより先に走り出して階段を上がってる。
健二に何してもいいと思ってて何が悪い?
本当に不死身なのだ。
道路の掃除が終わったら吹きっ晒しの風から事務所の中を守る為に段ボールと新聞を駆使して窓枠を覆った。
こんな日に限って風が強くて寒いしベラベラと段ボールが揺れるし広げた新聞が顔に張り付く。
苦労して一度完成させたのに、小さな突風一つでベロンと捲れた。メゲずにもう一回、目張りを強化して今度こそと思ったら今度は健二だ。
強度を確かめるとか言って凭れたら突き抜けた。
それこそもう一回突き落としてやろうかなっておもった。
そんなこんなで窓の応急処置を終えたらもうホストクラブへの出勤時間になっていた。
慌ててシャワーを浴びて着替えた服はいつもの通りだ。持ち物は昨日借りた服だけ、現金は持たない。ポケットにはタクシーチケット。
これでよし。
そこまでしなくていいと思うけど、一応…誰がどこで何を見ているかはわからないから地元の駅は避けて2駅程離れた大きなハブ駅まで電車に乗ってから流しのタクシーを拾った。
ウキウキしてるのは何でだ。
なんだかんだと気負っていた1日目が不安になる間も無かったからかな?
それとも健二と銀二が付いているって思えるからかな?
もうmen'sアナハイムの名前を聞いても嫌な気持ちにはならない。
それよりも仕事の方が心配だ。
健二と二人で撮れた写真を精査したけどクライアント(椎名)に提出出来そうな物は全体の3割も無かった。
高額な経費を考えたらもう後は無いのだ。
men'sアナハイムのある無機質なビルが見えて来るとブルッと武者震いが起きた。
「すいません、その先を左に折れてください、そしてもう一回左に折れたらそこでいいです」
表の入り口は駄目と言われたから一旦通り過ぎてから店の裏口に回って貰った。
「はい」と慇懃な返事をするタクシーの運転手。
もう会わないから愛想してくれなくてもいいけどね。
タクシーを降りると待ち構えるように迎えに出ていたガードマン2人に恭しく囲われて店に入った。
VIPかよ。
健二と共用のトレーナーに健二お下がりのコート、使い古したスニーカーはガメラが逃げた池のせいで白の筈が何だかグレーだ。
手にはコンビニのビニール袋だ。
誰も襲ったりしないし、サインくれなんて言わない。
ビニール袋に入れて持って来た服は昨日汚したまんままだから使用不能になってる。
店のグレードが落ちるから服は支給って言われたけど、パリピも陸上部も胸筋眼鏡も明らかに私服だったと思う。
何故俺だけなのだ。
余程貧乏くさいから?
それともダサいから?
ダサいならそれは健二のせいだ。
だって服は全部健二のだもんね。
それにしても何なのだろう。
2日目の今日、用意されていたのはノーカラーで胸元から切り替えになってるシャツだ。
白い生地なのに胸元に白い刺繍がしてある中世舞台の少女漫画みたいなシャツ。
切り替わってる胸の下はダーツが皺々入っているから何だかヒラヒラしてるし、袖口もボヨンと膨れてまるで女物だ。
ズボンも七部丈で裾が絞ってある。
何だか馬鹿にされているようでムカつくけどこれは仕事だ。健二が見たらきっと笑うだろうけど笑うなら笑え。仕事なのだ。ピラピラでも何でも着る。女装しろって言われたらする。何よりも昨日のように皮を剥かれたり髪を触られたり変なメイクが無いだけマシだ。
マニュアル通りの方法で念入りに手を洗い、歯を磨くと準備万端。
昨日に引き続き、ムフーと火のつきそうな鼻息を噴射してバックヤードを出た。
そして、店に入ってフカッと分厚い絨毯を踏んだ途端だった。
隅っこのソファに辿り着く前にサッと寄って来たホストのお兄さんにカードを渡された。
しかも2枚、薔薇と百合模様だ。
「え?……これ……」
ホストのお兄さんは何も言わず、頭を下げたままでキチッと一歩下がり回れ右して行ってしまう。
どっちが誰だとかどうしろとか無いのか?
「お前人気あるな」とパリピが笑った。
その日は週末だったせいかホストの数も多いし、売り専門の男も多いのだ。
みんな見てるしみんな笑ってる。
恥をかかされた気分になった。
「あの、これ…カードを……渡して来た人って俺が適当に選んでもいいんですよね?」
「ああ、勿論選んでもいいけどな、あんまりあからさまに顔とか雰囲気で選んだら客だって気分が悪いだろ?そうだな……こんな場合は1番に申し出た客か、1番高い値段付けた奴とかさ、一応お断りする為の大義名分がいるんじゃ無いか?」
店の体面を考えろとパリピは言う。
意外とプロフェッショナルな一面を見せられて驚いたが……
そうなのだ。
時計が欲しいからとか、車が欲しいからと気軽を装っているが、実はそれぞれにどんな事情があるかなんて窺い知る事は出来ない。
今日限りと言えど先輩を習って(実は後輩だけど)精一杯に真摯に働くmen'sアナハイムの従業員を演じてこそ仕事と言える。
うん、俺ってプロ。
今はまだ開店したての7時だ。パッと見た所、客の入りは1割程度だと思う。
銀二はいる。
そして当然だけど健二はまだ来てない。
だって、いってらっしゃいと手を振った健二はまだ部屋着だった。
椎名もどきに変身するにはそれこそmen'sエステに行って美容院に行って小学校からやり直してせめて常用漢字だけでも覚える。
うん。
6年は掛かるな。
そんなに待つ気は無いけどやっぱり健二には側にいて欲しい。なるべく客席から目に付きにくい端っこに座って小学校の卒業を待つ事にした。
そして、何も言ってないのに出て来た飲み物はやっぱりバヤリースのオンジジュースだ。
「見ているぞ」って銀二が放つ闇のメッセージなんだと思う。
ジュースもいいけどね、実はお腹が空いてる。
昼にちょっとした殺人未遂をやらかしたせいでまともに食事をしていないのだ。
何か食べる物は無いのかと給仕のホストに声をかけると、「客席で注文されたらいかがですか?」と言われた。
何でも席に着くと客が全てを払う上、多少のバックマージンもあるらしい。
「あちらです」って指された方を見ると二箇所からおいでおいでって呼ばれてる。
「でもな、席に着いちゃったら断るのが難しい……よな……だよな」
しかし写真を撮るには都合がいいのだ。
健二が来たら健二の席に行っちゃう……そしたらまた昨日と同じになってしまう。
これは客先を渡り歩くチャンスとも言えるのだ。
カードは2種類ある。
二箇所あるうちのまずは一箇所目、こんな店には珍しいサラリーマンっぽい団体客の席にお邪魔してみた。
勿論だけど極力ゆっくり歩いて見える客席全部を写真に撮ったよ。
何せ今日は「撮る撮る撮る2nd」なのだ。
もうこの日で終わりなんだから多少不自然でも撮りまくった。
「ようこそいらっしゃい」って自分の家に招くようにソファを勧めてくれたサラリーマンの写真も撮った。
新聞紙を敷いたビニール袋に硝子の破片を放り込むとチャリンと鳴いた。
「葵が俺を突き落としたりするからだろ、もう少しで死ぬ所だったぞ」
「そもそもの発端は健二さんが変な事を言うから悪いんです」
窓枠を含めた大物はもう大方片付いている、残った小物を慎重に摘んでゴミ袋に入れるとチャリチャリと転がる。
2枚分の窓が砕けて壊れたのに健二には切り傷一つ無かった。
背中から落ちたくせに一回転して足で着地、ガラスが降ってくるより先に走り出して階段を上がってる。
健二に何してもいいと思ってて何が悪い?
本当に不死身なのだ。
道路の掃除が終わったら吹きっ晒しの風から事務所の中を守る為に段ボールと新聞を駆使して窓枠を覆った。
こんな日に限って風が強くて寒いしベラベラと段ボールが揺れるし広げた新聞が顔に張り付く。
苦労して一度完成させたのに、小さな突風一つでベロンと捲れた。メゲずにもう一回、目張りを強化して今度こそと思ったら今度は健二だ。
強度を確かめるとか言って凭れたら突き抜けた。
それこそもう一回突き落としてやろうかなっておもった。
そんなこんなで窓の応急処置を終えたらもうホストクラブへの出勤時間になっていた。
慌ててシャワーを浴びて着替えた服はいつもの通りだ。持ち物は昨日借りた服だけ、現金は持たない。ポケットにはタクシーチケット。
これでよし。
そこまでしなくていいと思うけど、一応…誰がどこで何を見ているかはわからないから地元の駅は避けて2駅程離れた大きなハブ駅まで電車に乗ってから流しのタクシーを拾った。
ウキウキしてるのは何でだ。
なんだかんだと気負っていた1日目が不安になる間も無かったからかな?
それとも健二と銀二が付いているって思えるからかな?
もうmen'sアナハイムの名前を聞いても嫌な気持ちにはならない。
それよりも仕事の方が心配だ。
健二と二人で撮れた写真を精査したけどクライアント(椎名)に提出出来そうな物は全体の3割も無かった。
高額な経費を考えたらもう後は無いのだ。
men'sアナハイムのある無機質なビルが見えて来るとブルッと武者震いが起きた。
「すいません、その先を左に折れてください、そしてもう一回左に折れたらそこでいいです」
表の入り口は駄目と言われたから一旦通り過ぎてから店の裏口に回って貰った。
「はい」と慇懃な返事をするタクシーの運転手。
もう会わないから愛想してくれなくてもいいけどね。
タクシーを降りると待ち構えるように迎えに出ていたガードマン2人に恭しく囲われて店に入った。
VIPかよ。
健二と共用のトレーナーに健二お下がりのコート、使い古したスニーカーはガメラが逃げた池のせいで白の筈が何だかグレーだ。
手にはコンビニのビニール袋だ。
誰も襲ったりしないし、サインくれなんて言わない。
ビニール袋に入れて持って来た服は昨日汚したまんままだから使用不能になってる。
店のグレードが落ちるから服は支給って言われたけど、パリピも陸上部も胸筋眼鏡も明らかに私服だったと思う。
何故俺だけなのだ。
余程貧乏くさいから?
それともダサいから?
ダサいならそれは健二のせいだ。
だって服は全部健二のだもんね。
それにしても何なのだろう。
2日目の今日、用意されていたのはノーカラーで胸元から切り替えになってるシャツだ。
白い生地なのに胸元に白い刺繍がしてある中世舞台の少女漫画みたいなシャツ。
切り替わってる胸の下はダーツが皺々入っているから何だかヒラヒラしてるし、袖口もボヨンと膨れてまるで女物だ。
ズボンも七部丈で裾が絞ってある。
何だか馬鹿にされているようでムカつくけどこれは仕事だ。健二が見たらきっと笑うだろうけど笑うなら笑え。仕事なのだ。ピラピラでも何でも着る。女装しろって言われたらする。何よりも昨日のように皮を剥かれたり髪を触られたり変なメイクが無いだけマシだ。
マニュアル通りの方法で念入りに手を洗い、歯を磨くと準備万端。
昨日に引き続き、ムフーと火のつきそうな鼻息を噴射してバックヤードを出た。
そして、店に入ってフカッと分厚い絨毯を踏んだ途端だった。
隅っこのソファに辿り着く前にサッと寄って来たホストのお兄さんにカードを渡された。
しかも2枚、薔薇と百合模様だ。
「え?……これ……」
ホストのお兄さんは何も言わず、頭を下げたままでキチッと一歩下がり回れ右して行ってしまう。
どっちが誰だとかどうしろとか無いのか?
「お前人気あるな」とパリピが笑った。
その日は週末だったせいかホストの数も多いし、売り専門の男も多いのだ。
みんな見てるしみんな笑ってる。
恥をかかされた気分になった。
「あの、これ…カードを……渡して来た人って俺が適当に選んでもいいんですよね?」
「ああ、勿論選んでもいいけどな、あんまりあからさまに顔とか雰囲気で選んだら客だって気分が悪いだろ?そうだな……こんな場合は1番に申し出た客か、1番高い値段付けた奴とかさ、一応お断りする為の大義名分がいるんじゃ無いか?」
店の体面を考えろとパリピは言う。
意外とプロフェッショナルな一面を見せられて驚いたが……
そうなのだ。
時計が欲しいからとか、車が欲しいからと気軽を装っているが、実はそれぞれにどんな事情があるかなんて窺い知る事は出来ない。
今日限りと言えど先輩を習って(実は後輩だけど)精一杯に真摯に働くmen'sアナハイムの従業員を演じてこそ仕事と言える。
うん、俺ってプロ。
今はまだ開店したての7時だ。パッと見た所、客の入りは1割程度だと思う。
銀二はいる。
そして当然だけど健二はまだ来てない。
だって、いってらっしゃいと手を振った健二はまだ部屋着だった。
椎名もどきに変身するにはそれこそmen'sエステに行って美容院に行って小学校からやり直してせめて常用漢字だけでも覚える。
うん。
6年は掛かるな。
そんなに待つ気は無いけどやっぱり健二には側にいて欲しい。なるべく客席から目に付きにくい端っこに座って小学校の卒業を待つ事にした。
そして、何も言ってないのに出て来た飲み物はやっぱりバヤリースのオンジジュースだ。
「見ているぞ」って銀二が放つ闇のメッセージなんだと思う。
ジュースもいいけどね、実はお腹が空いてる。
昼にちょっとした殺人未遂をやらかしたせいでまともに食事をしていないのだ。
何か食べる物は無いのかと給仕のホストに声をかけると、「客席で注文されたらいかがですか?」と言われた。
何でも席に着くと客が全てを払う上、多少のバックマージンもあるらしい。
「あちらです」って指された方を見ると二箇所からおいでおいでって呼ばれてる。
「でもな、席に着いちゃったら断るのが難しい……よな……だよな」
しかし写真を撮るには都合がいいのだ。
健二が来たら健二の席に行っちゃう……そしたらまた昨日と同じになってしまう。
これは客先を渡り歩くチャンスとも言えるのだ。
カードは2種類ある。
二箇所あるうちのまずは一箇所目、こんな店には珍しいサラリーマンっぽい団体客の席にお邪魔してみた。
勿論だけど極力ゆっくり歩いて見える客席全部を写真に撮ったよ。
何せ今日は「撮る撮る撮る2nd」なのだ。
もうこの日で終わりなんだから多少不自然でも撮りまくった。
「ようこそいらっしゃい」って自分の家に招くようにソファを勧めてくれたサラリーマンの写真も撮った。
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