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不死身の健ちゃん……叔父?
しおりを挟む「うわあぁぁ……ァ…ァァ…」
遠くなって行く悲鳴。それに続いて、ドシン、バンッ、ガチャガチャパリーンって音がした。
お馬鹿さんのディレイトは無事終了。………と思ったのに、瞬時にダダダッと階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。
本当に健二は丈夫で不死身なのだ。
椎名も慌てたりはしないで「やり過ぎ」と笑っていた。
やり過ぎじゃ無いよ。
ほら、もう帰ってくる。
健二が走ると事務所までの階段は4、5段しか無いのかなって思う。あっという間に近づいて来る足音は止まる気配なんか無くて、勢いよく開けて跳ね返ったドアにぶち当たっても怯む事なく怒鳴った。
「葵!!幾ら俺でも死ぬだろ!」
「死ねって言いましたよね?殺すつもりで突き落としたんです、何で生きてるんですか」
「ちょっとした冗談だろ!一々殺すな!」
「椎名さんに怒られたばっかりなのに余計な事を言うからです、椎名さんに………椎名さんは…椎名さん………そこにいたんですね」
「うん……いるよ、ずっといるじゃないか」
ふっと下を向いて笑い、ゆらりと立ち上がった椎名は「つまりお前ら「控えて」無いんだね?」と言って、ゆっくり、ゆっくりと顔を上げた。
表情は能面の笑みだ。
ここが健二と違う所だ。
見下ろしてくる顔は笑っているのに……何も言ってないのに怖いのだ。
座れと言われたから座るけど、座るのは当然床だし正座だ。
しかし……やっぱり健二に似ている。
顔もそうだけど、何よりも手とか爪の形とか細かい所を含め、全体的な体型が濃い血の繋がりを物語っているのだ。
今まで散々見比べてきたし、良く似た顔が揃ってるとは何度も思ったけど、men'sアナハイムの暗い照明の中、大ぶりな革のソファに品よく体を埋めた健二を見た時に付き纏っていた固定概念が消えて無くなった。
混乱する程に。
椎名は元々の性格なのか、貶められがちなヤクザって職業の地位確立の為か、いつも服装や立ち居振る舞いに気を使っている。
反対に健二は産まれたまんまと言えるくらいピュアな性格が見た目にそのまま出ていて、服には頓着しないし靴を脱いで裸足でソファに足を上げて隙あらば寝転がる。
視認よりイメージが先立つのは無理も無かったけど、健二を磨いて洗練させれば血は濃い。
’《ダッシュ》椎名と言ってよかった。
※但:見た目に限る。
「ダッシュって何だよ、省略すんな」
「だって他に表現のしようがありません」
「俺と椎名さんはタイプが違うだけだろ、歳が違うだけだろ、ヤクザじゃないだけだろ」
「実力が違います」
「実力と見た目は比例しないぞ、ユニクロ着てロレックスを買いに行く奴もいればブランドバッグを持ってても夕食はキャベツだけって人もいる、椎名さんとは実力が違うのは認めるけどそこを比べて欲しく無い」
「比べてないけど……二人の違いを上げればまずはそこでしょう」
「じゃあ聞くけど3高(身長学歴年収)を追い求めた女が幸せとは限らないよな?一見優しいけど椎名って何を考えてるかわからないよな?」
「何何?…突然何ですか、何が言いたいんです」
「つまりはお金もあって実力もあってスーツでベンツでも…………椎名より健二を選ぶって言わないか?」
うん、もうデフォルトだけど論点がズレてる。
そんなんだからこれだけよく似てても気付けなかったんだなあ…と、相変わらずどこまでもお天気な健二が本当に羨ましいけど、小声でゴチャゴチャと喧嘩していると「二人共黙れ」って椎名に怒られた。
「はい」しか言えない。
だって椎名の笑顔がより明るい笑顔になってる。
「………す……すいません」
「謝らなくてもいい、俺は何もお前達二人が仲良くするのを諫めたり止めてるんじゃ無い」
「はい」
「特に健二、お前は葵くんが今立っている場所がどんなに不安定なのかをわかってる筈だ」
「はい」
「お前のエロ欲に応じる葵くんは葵くんじゃ無い」
「はい………でも……エロ欲じゃない…と言うか…昨日だってイッたのは葵だけ…」
「健二さん!!」
ボコっと殴れば反対側から椎名のビンタが飛んだ。2人して健二をボコボコにしてギブアップした健二の上に跨いで座り黙らせた。
実は今、漸く核心に辿り着いたのだ。
椎名と健二に血縁があるかどうかなんて見たらわかると言うレベルなのだ。今まで気付かなかった方がどうかしてた思うくらいにこれは疑問でも何でもなくてただの確認だ。本題は別にあった。
椎名はいい加減なデタラメの中に真実を隠している事が多い、つまり半分は大嘘だけど半分は本当かもしれないって事。
「ねえ椎名さん、健二さんは兄弟だから面倒を見てる、それでいいです」
「うん、面倒を見てるつもりは無いけど最初のきっかけはそうだね」
「じゃあ…………俺は?」
もがもがと動いていた尻の下にいる健二がピタリと鎮まった。
椎名は「来たな」って顔をしている。
そしてサッとシフトチェンジをした。
バリヤを張るように青い膜が椎名の周りに張り巡らされていくようだ。
聞いても言わないかもしれない、しかし聞かなきゃ絶対に言わない。
桃地は「健二が息子で葵は甥」と言ったのだ。
本当じゃ無いと思うけど全くの無関係とは思えない。
「健二さんは兄弟、なら…俺は何なんですか?」
「葵くんは……」
「俺は?」
「……俺の息子だ」
うん。そう来ると思った。
「椎名さんが6歳の時の子供って事でいいですね?俺は椎名さんの甥だって話がありますけどそれは?」
正念場だったのに……
「駄目だ!」と叫んだ健二が、跨いで踏んでるのにガバッと起き上がり、首が締まるほどの勢いで抱き付かれた。
「甥は駄目!!」
「駄目って何ですか!配役を決めてるんじゃ無いんです!駄目とか無いでしょ!健二さん!苦しい!」
「息子ならいいけど甥は駄目!」
「何でっ?!!」
「叔父と姪は結婚できない!!」
「……」
………甥って言ってるだろ。
しかも健二は詳しい話を聞きもしないで、乗らない電車を見送るようにサラッと「椎名と兄弟」を受け入れてる。
いつも快晴、いつも春、幸せで楽しいその頭を尊敬する。
「健二さんは黙っててください…叔父と姪は結婚できないかもしれないけど、叔父と甥は勿論、他人でも男同士では結婚なんか出来ません、出来てもしません」
「それが返事?!」とか「落ち着け」って健二にこそ落ち着いて欲しい。
謎の巻付きに邪魔されて暴れているうちに「今日も気をつけて」って手を振った椎名が逃げてしまった。
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