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アフターアナハイム

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泊まっていいとはどこにも書いて無かったが薔薇の部屋に時間制限は無い。

なるべく早く葵をmen'sアナハイムから解放したいとは……思っていた事は思っていたけど、一応、あんな事やこんな事をしている設定な訳だから少なくとも1時間と思っていたら自然と時間が過ぎていた。

コスプレして写真撮って笑って笑って、鼻水吹いてる間にこの部屋が何なのか、何しに来たのか、仕事を忘れてちょっとしたアトラクション体験になってる。
もうそろそろ引き上げようかって話になる頃にはたっぷり2時間くらいは遊んでた。

「帰るか…」

「そうですね、そうしましょう、ここはまだターゲットの腹の中ですしね」

「葵は?一緒には……」
「…帰れませんよ、ここは同伴もアフターも無いんです、健二さんは先に帰って事務所で待っててください」

「寝ないでくださいよ」と笑って手を振る葵を薔薇の部屋に一人で残すのは忍び無い気持ちになるけど、そこは仕方が無い。

葵が言ったように薔薇の部屋から外に一歩出ればそこは敵の手中だ。
葵は従業員、こっちは客、そんな風に「持っている者」が陥りがちな無神経さで人を見下だす横柄な上下関係を演出しなければならない。

金を払ってんだから当然だ、買われた方にどんな事情があるのか、どんな気持ちでいるのかなんてお構いなしでいいのだ。

ドアを開けて部屋の中に投げキッスを飛ばす。
そして振り向いた時にギクッと足を止めてしまった。

キチンと頭を下げた黒服が部屋の前で待ち構えている。ずっとそこで?…と冷や汗が噴き出してきたがまさかそんな事ある筈ない。

実は、men'sアナハイムつづきのシケ込み部屋には中から掛ける鍵が無いのだ。
それは旅館業を申請してない故の消防法対策なのか、それとももっと別の用心があるのか。まさか「最中」を覗き見る為でも無いと思うし、分厚いカーテンに阻まれているから中の物音や会話が外に漏れてるなんて無い筈だけど、見事なタイミングで黒服が待っていたって事はドアの開閉か何かにセンサーでも付いているのだと思う。

「ご苦労様です」って変な挨拶だなと思ったけど、その時に黒服が目を合わせないようにしている事に気が付いた。

相手は葵だし、仕事だと思っていたから何も考えて無かったが、「今からセックスするよ」と公言して部屋に入り「はあスッキリした」って出て来る。風俗に行くってこう言う事だ。

「みんな心臓強ええな」

これはかなり恥ずかしい。

そして、当の葵と黒服、そして2人程のホストに「またのお越しをお待ちしております」と、恭しく送り出されてしまった。

丁寧なら丁寧な程居心地は最悪だ。
ちょっと葵を待っていたい気分だったけど、それは出来ないから先に事務所まで帰ってきた。

取り敢えずはビール。
タブを開けて一口飲むと……何て事だろう、本気で飲んだら5口で無くなる4500円より余程旨い。
ツマミはチーズ蒲鉾、窮屈なネクタイはポイ捨て、靴も靴下も脱いで裸足でペタペタ、庶民は素敵だって思う。

一本目はすぐに飲み終わり、もう一本目を飲み終わっても葵はまだ帰ってこない。
風呂に入ったついでにガメラにご飯を上げて晩酌に付き合ってもらった。

3本目のビールが空になる頃、店の前で別れて2時間くらいだろうかやっとの事で葵がタクシーに乗って帰ってきた。

店で着ていた服そのままだ。

「おかえり、それとご苦労様」
「健二さんも……職場放棄ご苦労様です」

ハイっと手を出されたからパチンと当てた。
そしたら強過ぎるって怒られた。

取り敢えずは1日目の潜入は無事に終了した。
ホッとしたと言うか気が抜けたと言うか、何だか全然飲んだ気にならないから4本目のビールを開けた。

「葵も飲むか?」
「飲む前にやる事あるでしょう」

「そうだな、撮れた?」
「何が写ってるかはわかりませんが結構撮りましたよ、それにしてももっと大変かなって思ってたけど意外と楽しかったですね」
「ああ、変な言い方だけど聞いていた通りちゃんとした店だな、何が撮れてるかな」

「見よう見よう」って事になって、ベッドの上でノートパソコンを開いてみた。ズラッと並んだサムネイルは大した量があるけど床とか天井とかブレブレの写真もおおい。

「………葵…お前俺を撮ってどうすんだよ」

「客には違いないんで一応……ああ、残念ですねどうやらおばさんは撮れてません、パリピと陸上部と胸筋眼鏡はバッチリ……あ、銀二さんも撮れてる」
「パリピ?陸上部って何だよ」
「日雇いのバイトに来てた奴らですよ、300万の時計が欲しいらしいです」

「………そりゃ勝手だけど…仕事は選べって言いたいな……」
「そんなもんなんですよ、知識も技術も体力もいらない、考え方を変えたらこんな楽な仕事は無いです」

「…………お前さ、今日の昼から何も食ってないだろ、弁当買ってきたから食べながら見よう」

「恋人同士や夫婦なら寧ろ望んでやってる事だ」
……なんて葵は笑っているが、好物の筈のハンバーグ弁当を前にしても、ごちゃごちゃと手元をかき混ぜるだけで殆ど何も食べなかった。
甘い物で誘ってみたがやっぱり食べない。

そもそもだ。
ホストとして銀二が潜入出来るなら、無理を押してまで葵を使う必要なんて無いと思う。

実は客として店に潜入するって事だって椎名と相談済みなのだ。
その時点で葵を外せと迫ったが、椎名は「葵には確たる居場所が……そこにいていい理由が必要なのだ」と言って譲らない。

そして葵も「大丈夫」を繰り返して笑う。
しかし、そのクシャクシャの笑い顔は楽しくて笑っている時とは全然違う。
ジクジクと膿んでいる過去の記憶が大きな負担になっているのだとわかるのだ。

もう痛くて痛くて………葵の顔を見てはいけない様な気がして、ベッドに寝転んで携帯を開いた。

そこに写っている映像を見て唸り声が出る。
いいけど…面白かったけど……違う意味で泣きそうだ。

角の生えた銀髪のウィッグを被り、チョーカーと繋がった黒いレースのビスチェ乳首丸見え、ガーターベルトにストッキング、火のついた蝋燭を頭に乗せて笑っている………

……俺。

因みにこの時、悪乗りした葵はセーラー服を着ていた。葵が自らセーラー服を着るってこと自体が普通では無い。

痛さ倍増。そして黒歴史。何故写真を撮ったんだと後悔しかない。
速攻消し去ろうとするとドシンと背中を蹴られた。

「何?葵、今忙しい」

携帯から目を離さずに「待って」と言うと、肩の向こう側から「ねえ健二さん」に襲われてハッとした。

毎度毎度、葵の「ねえ健二さん」は怖い。
斧より余程怖い。
そろそろと用心しながら顔を上げると葵が黄色いシミの付いたシャツの胸元を開けてハイっと顎を上げた。

「………え?……は?…何それ?何してんの?」

「何してんのって見たらわかるでしょ、見えそうで見えないけど見せようと思ったら見える所にキスマークを付けてください」

「………は?何で?」
「勿論仕事したって証明です、あそこには恋愛がしたい奴なんていない、セルフフィールドでは発散出来ない欲情を買いに来るんです、傷一つ無いなんて不自然です」

「傷がデフォルトってどんなセックスだ。そんな……そんなに酷い目に?…毎回?」


「…………そういう事を健二さんに聞かれるのが1番嫌です」
「ごめん、でも…」
「何でもいいから仕事してください、大金払って俺を買ったんでしょう」

「大金……払ったけど…」

30分程座ってただけ、そしてビールしか飲んで無いのに、チャージ料、飲み代、昆布代、薔薇のカード料合わせて20万を越えたのだ。葵が日払いの稼ぎを持って帰ってきたから差し引き13万の支出になる。
顔通しの為に通った2日分を入れるともう40万近い経費を使ってる。
あんな店に通える奴ってどれだけ稼いでるんだと僻むと同時に、腐り加減にも呆れる。

「……何で?」
「必要だからお願いしてるんです。実はあの後バスルームは使ってないのかって聞かれたんです、備え付けの変態グッズを荒らしただけでベッドも使ってないし…ほら…色々…アレ…使ってないでしょう」

「そうか…そうだな…うっかりしてた」

men'sアナハイム独自の売る方も買う方も安心だって事は反対に言えば全てを管理され、始終監視されているって事だ。

客が帰った後の部屋にすぐ清掃が入れば篭った匂いや逃げ場の無い熱が残っている筈だ。
薔薇の部屋に入ったからと言って必ずセックスをしなければならないなんて規則は無いが、大金を払って何もしないなんて不自然だった。

「ゴミも…笑い過ぎて飛び出た鼻水を拭いただけだな…まずかったかな、コンドームの使用は念を押されてんだ」
「そこはいいです立ったままって奴もいるし、アレを飲めって言う奴もいます」

ブフッと飲んでたビールを吹いた。
飲め?
嫌悪感より湧いて出るあらぬ想像の方が怖い。

「………葵~~頼むから…」
「今更ですよ、ほら、早くしてください、どっちにしても何らかの痕跡はあった方がいいでしょう」

「そうだけど……」

確かに……
採ってきた写真や情報をどうするかはまだ決まってないけど、何をするにしてもほんの少しでも疑いが掛かるような真似はできないのだ。

それにしても葵は悪魔かって思う。

今こんな時だからこそ、深く考えるまいと仕事に徹しているのに、中途半端にボタンを外したシャツを引っ張り、首の筋を見せて差し出して来る。

キスマークを付けろ?

一緒に住んでいても、一緒に笑っても、阿吽で喧嘩出来ても………それこそ抱き合ったって葵は手に入らないと気付いたから我慢してるのに、また「ねえねえ健二さん」だ。

「きゅ……吸盤とかスポイトとか…」

「そんなもんどこにあるんですか、自家製の吸盤が顔に付いてるでしょう、ほら早く、何なら噛み跡でもいいですよ、痛かったら殴るけど、多分大丈夫ですよ……セックスの時って……」

噛まれても不思議と痛くないんです


ヒィと情け無い悲鳴が出た。

………吐息の声はやめろ。

少し頼りなくて無邪気、しかし辛辣で真面目、根底はタフで粗雑で野生、そんな葵にこんなエロテクが加わったら一生逆らえない。
「ねえねえ健二さん」付きで「お金がないから銀行を襲いましょう」って真顔で言われたらハイって返事する。

銀二ばりに……。


「と……止まらなかったら……どうする?」

「だからいいって言ってるんです」


「………どこ?」

もしかしたら葵はヤケになって自虐の誘惑に囚われているのかもしれない。
また、居場所探しに翻弄されているだけなのかもしれない。
しかしこのまま惚けて、何も気付かないフリして誘われといた方がいいと思う。

葵は俺なんか簡単に釣れると思ってる。
下半身の自主規制が緩る緩るだと思ってる。
釣れるけど。
盲目になって2回も釣られたけど。

痛くもなく、辛くも無く、噛まれたり傷つけられる心配なんて皆無で、ただ気持ち良くて、暖かくて、心が満たされる、そんな風に体を合わす意味を教えてあげたいのだ。

え?!
言い訳じゃないぞ?

これはあくまでも仕事の一部だ。
キスマークを付けたらそれで終わる。

しかし何だ。

壁に向けていた視線をチラリと寄越し、見下ろして来る色っぽい目はもう誘っているとしか思えない。

女でも男でも何でも……閉まっている筈のドアが少しだけ開いてるって異様に昂る。胸など無くても十分に興奮する。
おっぱいは大きい方がいいなんて思い込んでた若い頃の俺に一言言いたい。

しかも……
ベッドの背に立てた枕に怠そうに凭れた葵は……どう取ったらいいのか……どう受け取る?
投げ出した足の間がツンッと盛り上がってる。

そこは見ない。
今は関係無い。
関係ないぞ俺。

葵を挟んでベッドに手を置くと、マットレスがキイと鳴いた。

今更なのに……おずおずと顔を近づけると葵の匂いがした。
毎日一緒にいるのに、昨日も一緒に寝たし、さっきまでちょー密着して一緒に遊んでた。
それなのに何だか懐かしく思うなんて不思議だ。

「チュー……するぞ?チューだけだぞ?」

「……健二さんの好きなように…して…」


……して……って……

シャツを割って密やかな隙間に顔を突っ込むとふわりと感じた熱に腰が砕けそうになる。

駄目駄目な俺発動だ。

大胆に誘っておいて逃げ腰の体に興奮する。
おずおずと頭を包んで来る葵の腕に興奮する。

女顔で、可愛いいと思っていたのに、細くても、小さくてもやっぱり骨格が女とは違う。セーラー服を着た葵はやっぱり男だった。
こんなにも男に欲情出来るなんて我ながらびっくりする。

キスマークってキスでは出来ないのだ。
ブチュっと唇を張り付けてチューチュー吸わなきゃ出来ない。

御所望のキスマークを鳩尾の少し上に一つ。
唇を横にズラしてもう一つ。

「ねえ健二さん、胸だけじゃ無くて……背中の方にも…」

「首?いいのか?」

「……コンニャクよりもマシです」

「なあ葵……俺の事好き?」


「………好きですよ」

「それは…どんな好き?」

答えを期待しての問いかけじゃない。
シャツのボタンを外して、柔らかな生地を掬い上げる。露わになった肩に一つ。
ピクリと揺れた体を抱き寄せて、コツンと飛び出た背骨にそっと触れて首の付け根に一つ。

「ここも」と腕を持ち上げた脇の下。

ヘソの横。

誘うの上手。

かなり硬く、誓った筈の決心は今やプリン。
ツルンと吸い込んだら最早飲み込むしか無かった。
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