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銀のスーツ

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決行は2日後と決めた。
men'sアナハイムは年中無休だから覚悟が出来たらいつでも連絡して来いと引田が言ったのだ。

もうやると決めたんだから1日でも早く済ましたいのにそうもいかない。
通販で購入した隠しカメラの精度確認と写真を撮る練習をしなければならなかった。
だって「葵」の使命は店の内部とか客とか従業員とかありとあらゆる物の写真を撮る事なのだ。

結構重要だと思うんだけど、はっきり言って丸2日間とても楽しく遊んでいたような物だ。
だって実験だ訓練だと言っても健二だよ?

ナイトクラブは暗いから夜まで待とうと言い張ったのも健二。
部屋の灯りを消して蝋燭とか懐中電灯とか携帯のライト機能を駆使してナイトクラブらしくしようと言ったのも健二。
ついでだからってシェイカーとかリキュールとか揃えたのも健二。

三角のボディにステムの付いたカクテルグラスなんて物が会社の事務所にあっても何に使う。
ちょっとしか入らないからお茶を入れたらお代わりが忙しいぞ?
しかもいかにも脆そう。
一個3000円もしたけどテーブルの天板だって簡単に割れるのだ。「落ち着いたらこれで一杯やろうぜ」って健二は笑うけど……
賭けてもいいけどこの仕事が終わる頃にはそのグラスはもう無いよ。

何だか知らないけどあれもこれもとリキュールやらソーダやらをシェイカーにぶち込んで、氷と一緒に降ったら紫か茶色かわからない不気味な色の飲み物が出来た。
そこに缶詰のチェリーを沈めたらカクテルって……本当か?

こんなもんか?って聞かれてもmen'sアナハイムの接客ホールには入った事無いし、普通のバーもクラブも行った事ないから知らないよ。

何故そこまで熱心になれるのかは知らないが、健二はわざわざ髪を目に掛けて襟を立てたホストっぽい服、椎名は男漁りに来てる金持ちのエロ親父風を装いやっと擬似ホストクラブの完成だ。
因みに携帯とか懐中電灯には黄色いフィルムまで貼ったんだからね。

漸く、漸くだ。
丸一日掛けて漸くテスト撮影にこじ付けた。

静かに流れる音楽付きだよ。
成り切ってイチャイチャする2人の横で距離を変え、ポーズを変え、角度を変えて盗撮ライターを駆使してみた。

実際はこんな風にあからさまなポーズで撮影なんか出来ないと思うけど、そこを突っ込む奴は誰もいない。

結果。
カメラの精度は大した物だったが問題は画質じゃ無かった。小さなレンズは広角が狭いから狙った物を撮るのは物凄く難しい。
練習したらどうにかなるってレベルじゃない。

じゃあどうするかって?
取り敢えず何が写っていようがシャッターを押す……に尽きる。


一応だけど作戦は纏まった。
作戦名は「撮る撮る撮る」だ、

全然万全じゃ無いけど一応の準備を終え、引田に電話を掛けると待った無し、その日の夕方に駅まで来いと言われた。


「服は?」
「クオリティを保持したいから向こうで用意するって、だから何でもいいって言われました」
「靴は?靴は持ってかなきゃ駄目だろ、向こうは葵のサイズを知らないんじゃないか?」
「だから向こうが全部用意するって言ってるじゃ無いですか、歩く訳じゃ無いから何でもいいんです」
「じゃあお金は?幾ら持ってく?」
「ロッカーが無いから金は持ってくるなって、送り迎えはしてくれるらしいです」


「そうか」って……椎名が手に持ってるその服……。
いつかどこかで……つまりあの時、腎臓の売買を持ちかけたチンピラが着ていた銀色のスーツじゃ無いか?

それを着ろって?
そして何故そんなに残念そうなのだ?

暴力団内部の抗争に絡み、数千万に及ぶ売り上げを懸けて男娼に化けて敵の懐に潜入する……そんな薄い暗く剣呑なミッションの筈が「法律で裁けない問題を解決する」に掛かれば何故か問題のレベルが稚拙になる。

何でもいいけど、取り敢えず銀に光る事だけは阻止できた。men'sアナハイムに礼を言う。



「せっかくだから着てみようよ」

いらない。

「俺も白いスーツ着るからさ」

持ってる事に驚く。

ナイトクラブごっこをした前日に引き続き、無駄に遊んでる間に指示された時間になった。

緊張とか嫌な思いに囚われずに済んだから良かったけどね。

駅までは一人で行く事になってる。
どこで誰が見ているかわからないのだ。
引田がどんな車で来るかもわからないし「葵」は孤独で無くてはならないのだ。


事務所近くの駅に迎えに来ていた引田に連れられ、車に乗るとロータリーの隅から心配そうに見送る健二が見えた。

不安そうな顔は演出なんだとウインクして見せたがきっと見えてないと思う。

心配をしてくれなくても大丈夫だ。
これから弱者を食い物にして踏みつけにした奴らを踏みつけるのだ、やっぱり1人は怖いけど何だか楽しくなって来たのは暖かい光に照らされた数ヶ月のお陰だと思う。

しかし楽しかったのは地味な雑居ビルの前に車が止まった所までだった。

そう……俺は思ったよ。

また騙された?!!

一応お約束だから暴れてみたが、そこは何のことは無いmen'sエステだった。

暗い部屋で長い間蒸し物にされて、手足の爪を切られる。爪は前も切られたけど今度の俺は大人に成長しているのだ。足の毛を剃られ、\$€%°を剃られてツルンツルンだ。
せっかく生えたのに。
大事にしてたのに酷い事する。
そして足の裏をヤスリのような物でゴリゴリと削られ、マッチョなおばさん2人に緑のタワシで一皮剥かれた。

どうだったかって?

背中はよかったよ。
痛いけど我慢出来た。
しかし、なけなしに履いていた不織布の薄いパンツを剥ぎ取られマッパで仰向け、腹も胸も危ない所もガシュガシュ擦られたら悲鳴も出るよ。

「痛い痛い痛い死ぬ殺す離せ!」

ハイハイ…っておばさん。

「話し合いをしよう!俺は世にも珍しい亀を持ってる!食ったら旨いらしい!親父が亀は旨いって!ギャア!」

あらあらこんな所にほ く ろ

「見るなエッチ!削り過ぎです!そろそろ……骨が見えてるんじゃ無いですか?」

昨日食べたおでんがね…。


…………聞いてないのかよ。

遠慮なく暴れさせても貰ったけど、垢すりのおばさんは異様に強かった。もしかしたら健二の数倍強いと思う。
片手で簡単に押さえつけられ、もう片手は止めないのだ。あんまり煩いからと、笑いを堪えた引田に「ヨシヨシ」と猿轡を噛まされ声の抵抗も防がれた。

2時間後、赤剥けた体に臭いクリームを塗りたくられ、白いシャツと黒い細身のパンツに着替えて耳に光る石を挟まれた。
こんな事も前はしてない。
眉毛も剃ったし目尻と目の下に赤い線を引かれた、これも初めてだ。

そうなのだ。
もう売却されていた前とは違うのだ。
体を張って自らが客を会得しなければならないのだ。店は場所を貸すだけだ。
売り上げは7割が自分の物なのはいいけど、本日味わった地獄の体クリーニングの代金は売り上げから引かれるらしい。

最初にそう言ってくれれば断るのに……。
怖さも怯えも不安も店に入る前段階で使い果たしてもう何でも良いい。知らない男と寝ろって言われれば寝るよ。寧ろ進んで寝る。
もうグウグウ寝る。
靴の中で足が滑る歩きにくいリーガルを履いて、ガードマンが守るやけに厳重な裏口からホストクラブに入る頃にはクタクタになっていた。

しかし今からが本番なのだ。

頬を2、3度引っ叩き、気を引き締めてホールに入ると「ムフー」と火のつきそうな鼻息が出た。
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