上 下
47 / 77

ピンチって時と場所を選ばない

しおりを挟む
駅の改札口が見えるコンビニの前に陣取り、今買ったばかりの煙草とライターを取り出した。

封を解いて一本口に咥える。

え?
煙草?
吸うよ?大人だから吸う。
お金が勿体無いから普段は吸わないけど実は煙草を吸うキャラなのだ。
勿論メンソールなんかじゃない、銘柄はマルボロの8ミリに決まってる。 
何でマルボロなのかって言うとパッケージがカッコいいからだ。老舗の赤白デザインはタフな大人って感じだと思う。

火を付けて一口、香ばしい匂いがする煙を軽く吸い込むと何だか懐かしい味がする。
そして頭の芯がふわっと浮いた。

「やべ……久々だからヤニクラ……」

煙草を覚えたのは中学の頃だ。家出してふらついている時に一緒にいた奴と試したのだ。
別に美味しいから吸ってた訳じゃない。
お金も無い、美味しくもないのに無理して煙草を吸ったのは子供なりの武装でもあったのだと思う。だってどいつもこいつも子供扱いするから…。

今ならもう誰も何も言わない。
コンビニのレジも何も言わなかった。
あの頃と違って今は22の大人なんだから当たり前だ。

そこのおばさん、眉を潜めてこっちを見るな。
副流煙だな?嫌煙だろ?
生憎ここは喫煙してもいい場所だ、悪いけどそんな顔するならあんたがあっちに行け。

もう一口……浅く吸い込むと、郷愁の薫る煙が「昔」を連れて来たみたいだ。
嘘みたいなナイスタイミングで雑踏に紛れた引田が改札口の奥に見えた。

目立つように、目に付くように、急いで紫煙を上げる。派手に吹き出す。

改札口を凝視しないように気を付けていたが、引田はこっちを見てすぐ、ハッと顔を上げた。

上手く釣れたと思う。
多分これが最初で最後のチャンスだ。
しかし不味い事に……非常にまずい事に……

釣れたのは引田だけじゃ無かった。

ここを動くなと、駅のロータリーの隅に置いてきた健二が派手な阿波踊りを踊ってる。
ワタワタと腕を振り回して突進して来るのだ。

二本の指をポンポン唇に当てているのは多分煙草に驚いているのだと思う。

最悪だ。
これ最悪。
最悪のタイミング。

「もう……「可愛い葵」なんてただの幻想なのに……」

見張りを承諾したのが間違いなのだ。タクシーに乗せて「博多駅まで」って言えば良かった。
引田だってそんなに暇じゃ無い、もうすぐ23になる地味で垢抜けない普通の男にそうは拘らないと思う。


このチャンスを逃す訳にはいかないのに、悪い事には悪い事が重なる。もう一つの脅威が降って湧いた。

健二と反対側から走ってくるのは朝に巻いた桃地だ。しかもガメラを小脇に抱えて必要以上に目立ってる。禿げで隈取りを付けたヤクザが恐竜の子供を抱えて走ってんだよ?そりゃ目立つ。

神様って椎名みたいな顔をしていると思う。
ふざけてるし遊んでる。

「クソ………神様、俺はどうやってこの窮地をどう乗り越えたらいいんですか…」

距離的には引田が1番近いけど、健二は足が速い。
そしてこっちは暇を装わなくてはならない。

落ち着け、顔に出すなと無表情を作り、煙草を持ったまま足を踏み出した。
あり得ないくらいの大股で。

改札口を見ないで歩いてるから引田との距離はわからない。
素知らぬ顔でもう一口煙草を吸うと軽快な足音が近付いてくる。ドタドタと重い足音も勿論聞こえる。

もう駄目かと思ったら「葵じゃ無いか」って引田が声をかけて来た。
心の準備もなく、突然降って湧いたピンチに冷や汗をかいて背中が冷たい。

ここで健二が割って入ったら全てがおじゃんになる。さり気無く、出来るだけゆっくり振り返ると、ダーっと走り込んで来た健二が風のように目の前を通り過ぎて……。


そのまま改札口に飛び込んで行った。

さすが健二、普段は馬鹿だけど状況判断は的確だ。

こんな時は健二の機転は凄い。
名前を叫んだりしなかったのもさすがと言える。何故普段はあんなに馬鹿なのかは今度ゆっくりと解明したらいいと思う。

続いては桃地の脅威だ。
目立ち度が健二の比じゃないし、恐らく鈍い、そして遅い。

ドタドタ走る足音はまだ続いてる。
もう行けるところまで行くしか無い。

もう一度「葵」と呼んでニコニコしながら近付いてくる引田と煙草を咥えたまま向かい合った。
後は野となれ山となれって思う。

「引田さん?どうしたんですか?こんな地味な場所に知り合いでもいるんですか?」
「そりゃお前を探しに来たに決まってんだろ」

「……俺に何か用でも?もう関係ないでしょう」
「つれない事言うなよ、どうせ金に困ってんだろ?ヤクザに捕まってたもんな、相談に乗るぞ?稼がしてやる」

「結構です」
「そんな警戒すんなよな、もしかしなくてもお前ここで立ちんぼでもしてたんだろ?お馴染みの店なら金はいいし安全だし言う事ないだろ」

「ほら」とコートのポケットに押し込まれたのは引田の名刺と1万円札だ。

「気が向いたら電話しろ」
それだけ言って引田は今出て来たばかりの改札に引き返して行った。

1分も話してない。
しつこくしないのはスカウトした相手に警戒されない為なのだと思う。
あくまで自分で決めて貰うのだ。

そう自分で決める。


「あれ?そう言えば……」

桃地が到達して無い。
どうなったのか、ハゲの隈取りヤクザを探して周りを見回すと……

トラックに轢かれたのかと思った。

「ギャッ!!」

吹っ飛ばすなら腹とか胸で当たってくれたらいいのに脇に抱えたガメラがヒットした。

脇腹に刺さったよ。
時代劇の斬撃音みたいな音がドピュって聞こえたよ。「危ない!」ってこっちの台詞だ。
立っていただけなのに吹っ飛んで後転して知らない女の人が「キャア」って悲鳴を上げた。

何と……桃地はまだ走っていたのだ。
とんでもなく遅くて、遅かったからこそシビアなブッキングを乗り越えられた。

やっぱり神様って椎名の顔をしている。自分の都合に合わせているとしか思えない。

そして、神様は俺の事に関しては途端にそっぽを向く。

「煙草なんてどこで覚えた!!」
「引田に何を言われたんです!」

吹っ飛ばされて地面に尻を付いているのに…先に助け起こして欲しいのに、2人から怒鳴られて空笑しか出ない。

本当にギリギリだったけど
結果的に成功したけど……

「神様ありがとう」とは言えなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

冷酷組長の狂愛

さてぃー
BL
関東最大勢力神城組組長と無気力美男子の甘くて焦ったい物語 ※はエロありです

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

管理委員長なんてさっさと辞めたい

白鳩 唯斗
BL
王道転校生のせいでストレス爆発寸前の主人公のお話

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

処理中です...