上 下
46 / 77

ナンパ

しおりを挟む
「上手く行った?」
「行ったけど、まず1つ。相談無しに突っ走るな。それからもう一つ、名前を呼ぶな」

「またそれ?」
「こっちの台詞だ馬鹿」

「仕方ないでしょう、健二ってワードは欠伸とかくしゃみと同じで我慢出来ないんですよ」


「……………」

誤爆?
座った場所にスイッチがあったから発射しちゃった?それとも計算通り?

この先、ホストクラブに潜入するとしての話だが、さっきのチンピラ役がホストクラブに関係あれば、顔と「健二」がNGになるって困る。
その辺を説明したいのに葵がとんでもない爆撃を仕掛けて来るから口を抑えなければならなくなった。

だってニヤニヤする。

「肩を抱いてもいい?」
「は?嫌です」

「じゃあ手を繋ごう」

「絶対に嫌です」

「嫌がるならキスするぞ」

「昼間です」

「夜ならいい?」

「死ね馬鹿」って真っ赤。


葵が仕事だと思ってたらどうする?
そう椎名に言われて、そうかもしれないと青くなった。

何度思い返しても、確かに1度目は意志のない人形だった。
2度目は……よく思い返してもわからないのだ。

揺さぶりに合わせて腰を動かすんだよ?
中の腹側を強く擦るとブルッと震えて息を詰めるんだよ?潤んだ目で宙を見つめて「あん」って言うんだよ?
額に浮いた汗はいい汗だったと思う。
髪を梳くと気持ちよさそうにうっとりと目を閉じたのだ。
とても嫌々には見えなかった。

本当は葵がどう思っているのであれ、実績は2回だ。少しずつ溶かしていけばもっともっと別の顔が見れる筈だ。

「別の顔………あれ以上だとこっちが溶けるな」

「健二さん、今変な事を考えているでしょう」

「うん……って…え?」

ソフトクリームを差し出した葵が睨んでいる。
いつ買ったのか……目を閉じていた覚えも無いのに見ていなかった。
どれくらいの間黙り込んで考え事をしていたのか聞こうと思ったら、ソフトクリームがブチュウッと口にめり込んだ。

「お前な、事務所の中でならいいけど往来でこんな事すんなよ、俺達の職業はとにかく目立たないように気を付けるもんなの」

ただでも無策で行き当たりばったりの無茶をして来たばかりなのだ。策を凝らして嵌めたのだとバレていれば、待ち伏せをされている可能性だってあるし、正体を確かめようとこっそりと後を付けられているかもしれない。

また独自の反論が返ってくるかと思ったら葵は下を向いて、前髪が隠した口元でペロンとアイスを舐めた。

「向こうから見つけてくれたら手取り早いでしょう?どうせどっかで接触しなきゃホストクラブに潜入なんて出来ないですよ」
「まだやると決まってない」
「やりますよ、俺はやります、小さな嫌がらせを一件治めただけで何になるんです、法に触れない嫌がらせは他に沢山ある、元を絶たなきゃどうしようも無いです」

「でもな、もし本当にホストクラブに潜入するならあくまで向こうからアクションを起こしてくれないと何をしても犯人決定だろ」

「健二さんはわかってない、わかってないから止めるんです」

イライラと噛んだ爪がカチリと鳴る。
持っている事を忘れているのか、下を向けたソフトクリームがボタンと地面に落ちた。

「おい…葵…」

「寝ても……2回も寝たのに健二さんは俺の汚さがわかってない、簡単なんだ、あんな仕事簡単なの、黙って横になってりゃいいし気持ちいい時もある。俺は売れっ子なの、あいつら馬鹿だから戻ったら喜ぶの、驚くでしょ?汚いでしょ?遊びたいならそれでいいから好きとか言わないでください」

「……やめろよ」

濃い闇は溶ける事を拒んでいるようだ。

葵は深い井戸の底から上を見上げているようなものなのだと思う。出口を塞いでいた蓋はもう取り払われ、もう青い空が見えているのに……つかまれと伸ばした腕があるのに泥水に浸かったまま膝を抱えて座り込んでいる。

しかし葵もわかってないと思う。

ほんの少しだが、ほんの少し…表面だけだが、凍てついて固く締まった氷は溶けている。

全てをリセットする方法は………

もう井戸を壊すしか無い。


「………燃やそう」

「燃やす?何を?」
「うん、ホストクラブは燃やしてしまおう、ついでだから葵が前に住んでいたアパートも燃やそう、何なら俺達の事務所も燃やす。その後は2人で逃げようぜ、海外にでも行ってリゾートの海辺でフラッペを食う、どう?」

「燃やさないし逃げないしフラッペも食べません、健二さん、何か誤解しているみたいだけど俺は怖く無い」
「お前こそわかってない、この話をすると真っ白になるくせに強がらなくていい」
「何が嫌かって健二さんが馬鹿でわかってないから嫌なの!馬鹿!」

明るい光の中にいる人に見られたく無いのだ。
健二にだけは知られたく無かった。
健二に想像されたく無い。

こんな話をしているのに口の周りに付いたアイスを丁寧にレロレロ舐めてんだよ?
大人なんだから口を拭けよ。
平和だろ、平和過ぎるだろ。

権力を欲するくだらない紛争も金に纏わる諍いも何故か健二には届いてない。
お前の周りには光が満ち溢れているから隣にいたら暖かいんだよ。
羨ましいを通り越してムカつく、優しさがウザい、側にいたいって思ってしまう自分のズルさに呆れる。

「葵~」「葵~」と困った顔で纏わり付いて来る健二をひたすら無視して事務所の最寄り駅まで帰ってきた。勿論帰る為じゃ無い。

やる事をさっさとやる。
ジッとしていると考え込んでしまい、「今すぐ事務所を出て行け」と自分で自分を説得してしまうのだ。

まずは「ホストクラブで働かないか?」と誘われるように仕向ける事が第一段階だと思う。

こっちからmen'sアナハイムに出向いては多分怪しまれる。健二も言っていたが何かあれば1番に怪しまれるだろう、だから向こうから声が掛かるのが1番なのだ。

それには引田を引っ掛けるのが1番早い。

しかし引田がどこにいるのかはわからない。
風俗のスカウトは法律で禁止されている為か引田は連絡先を教えてくれなかったと親父も言ってた。

引田と会える確率があるとしたら駅しかない。それは「葵」にまだ商品価値があると思ってくれていたらもう一度来るかもしれない……という程度の低い確率の賭けだ。
何日待っても会えないかもしれない。

しかし、今の所事務所周辺にしか手掛かりは無いのだ。


「健二さん、俺はここで引田を待ちます、出来れば……ってか出来なくても先に事務所へ帰ってください」

「無理」

………って言うのはわかってたけど、やっぱり無理だった。
しかし猶予は無いのだ。
引田が何の用でH.M.Kの近くにいたかはわからない、そしてあれからもう1週間以上経っている。
上手い事会えたら奇跡だと思う。

この先、別の手を考える傍らでもいいから毎日駅を見張った方がいい。

「帰れ」と「駄目だ」の応酬は続いた。

罵詈雑言を交えた正論……正論を交えた罵詈雑言、どっちでもいいけど何故早目に動かないと駄目なのか説得に説得を重ね、30分も喧嘩した末に「隠れて見張ってる」を約束させた。

健二は激しく誤解しているのだと思う。
仕事柄、多少汚い事にも関わるが引田は基本的に堅実なビジネスマンなのだ。需要と供給を見極め適切な商品を選んでる。キャバ嬢などは容姿を認められたと喜ぶ

だから20歳を過ぎるまで6年も待った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴
BL
※こちらは全てフィクションです。実際の事件、人物や団体等を特定してはおりません。犯罪を助長するものでもありません。事実に反する記述もありますが、創作上の演出とご理解ください。 性的表現は思わせぶりには伏せていますが、かなり過激に書いています。暴力的な場面も多々あるので、そう言ったものが苦手な方は読まないでください。 主人公、御笠グループCEOの御笠泉水、36歳。 美しい容姿に、財力も地位も名誉も全て兼ね備えていているが、ただ一つ手に入らないのは愛する美しい男、咲花流星だけ。 そんな泉水の前に現れたのは、モデルの美青年、ワタル。 ワタルに魅了されながらも流星への思いを胸に秘める。 そしてもう1人の主人公、六代目政龍組傘下誠竜会若頭飯塚真幸、37歳。 艶のある魅力的な美貌を持つが、その美しい容姿の奥底には、静かなる凶暴性を秘めている。 立場的に結ばれないと諦めながらも1人の男を一途に想い続ける。 泉水と真幸。決して相見えぬ光と影のふたり。 しかしある事件をきっかけに、様々な男達の関係はさらに複雑になっていく。 運命の相手を求めながらも、いつか壊れてしまうかもしれないと思うジレンマ。 そんな危うい恋の駆け引きは終わらない。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...