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らぶり〜だからナンシーだ。

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朝一番、楓ちゃんへの報告書をポストに投函した。中身は葵が家出する前に纏めた物そのままだけど、一応この世にも難しい依頼は完了したってことだ。

ガメラは未だ保留のままお風呂の中で毎日昼寝をしている。
朝ご飯にアジを食べてデザートに白菜を齧ってた。とても幸せそうに見えて、姿の見えないクライアントからの依頼は完遂しているように思う。

いや……。
このままガメラを飼いたいなんて言わないぞ?

探すよ。
言われなくても引き取り先は探す。
椎名の言ってる事は正論だし、長引けば情も移る。

「健二さん、そこは食費が嵩む……とか風呂場が再起不能になる…でしょう、ガメラは懐いたりしませんよ」
「え?懐いてるぞ?俺が風呂場に行くと何かくれ~って引っ込めてた首を伸ばすぞ?可愛いだろ?愛しいだろ」

とても可哀想だけど浴槽は狭いのだ。
向きを変える事が出来ないから移動するとバタバタと後ろに下がって追ってくる。
それはプラスチック製のガメラに出来る最大の愛情表現だと思う。

「俺は愛されている、俺もガメラが愛しい」
「健二さんは稀に見る博愛ですね」
「は?俺の愛は1つだ、葵に言った事は本気で真面目、一生に一度のプロポーズだぞ」


「…………ただの…悪趣味だと思います」

「人の趣味を笑うな」

「……じゃあただの変態」

「バーカ、バーカ」と逃げて行く葵を追って走って、走って………


桃地をまいた。作戦は成功だ。


桃地にしたら仕事なのかも知れないが、どこに行くにも付いてくるから邪魔だった。
今から行く場所に桃地の顔は割れてるかもしれないし、見た目がヤクザの見本みたいで目立つのだ。

喧嘩するフリをして逃げようと、葵と相談して実行したけど喧嘩の内容は決めてなかった。
口喧嘩には慣れてるからスーパーナチュラルだったと思う。

何はともあれ、ホストクラブに潜入なんて危ない真似をする前に出来る事がある筈なのだ。

実は、嫌がらせを受けていると言う椎名の事業は何なのかを聞いたら桃地が必要以上に詳しく教えてくれた。

どうやら桃地は「法律では裁けない問題を解決します」の詳しい事情は知らないらしい。
銀二に聞いても答えてくれない事を桃地に聞けば簡単に口を割る。

椎名がそこの所を濁したのは組の構成員、ひいては組と関わって欲しくないからだってわかっているが嫌でも関わるし、もう既に関わっているのだ。今更だと思う。

桃地によると、椎名の事業は多岐に渡る。
分類は主に3つ。
桃地所属のヤクザ派遣業、どんな仕事かって主に暴走族を追い払ってくれた時のような仕事らしい。その下請け(?)が我がH.M.K。
そして不動産。うん。ヤクザにありがち。
そしてその不動産を起点にバーが数件とステーキハウス、チャンコ鍋、異彩を放つのはカフェを併設するチョコレートショップだった。

「それにしてもチョコの専門店なんて意外だな」
「少なくともヤクザが経営するにはチョイスが変ですよね」

「それに……名前」

「ショコラトリ らぶりーナンシーって……椎名さん、確実にふざけてますよね」
「こっそり自分の名前をもじってるなんてふざけてますよね」

購買客の殆どが女性だからなのか、嫌がらせの被害が一番大きいのがらぶりーナンシー1号店と2号店なのだ。

店に入って飯でも食うならステーキハウスやちゃんこ鍋がいいけど、外から偵察するなら客足が多く、滞在時間の短い店がいいだろうと、取り敢えずらぶり~ナンシーを見にいく事にしたのだ。

らぶり~ナンシーは近くて遠いハイソサエティな街並みの裏通りにあった。
当然だけど椎名の経営するチョコレート専門店にはヤクザのヤの字もない。
平仮名で「らぶり~」とか付けるだけあって薄いピンクと白、レースとリース、ドライフラワー、継ぎ目の見える木材で揃えたカントリー調のファニチャーには白いペンキが塗ってある。ロゴはエプロンをしたウサギだ。男子禁制と表記してあるも同じだと思う。
向こう三軒右隣まで、咳き込む程の甘い匂いを撒き散らしていた。

「臭いな」と葵が眉間に皺を寄せた。
そんな虚勢を張らなくても、もう既に頬がホカホカしてるっての。さすがにお茶をするのは無理だけど、せっかくだからチョコレートを買って行くかと、白い木枠にピンク色をしたお花のステンシルが入った乙女なドアを開けると、見えない尻尾がパタパタと振れた。

「ココナッツ…トリュフ?イチヂク?あ、こっちはナッツ…抹茶、一個60円だって……わ、こっちは100円……高っか…高いよね?健二さん」

「店によっちゃもっとするよ、取り敢えず1ダースくらいかな、好きなの選べば?」
「好きなの?端から順でいいよ、興味無いし」

はしゃいでる自覚は無し。
端からでいいと言ったくせに隣に、隣に、目移りしてしっかりと選んでる。
1ダースと言わずに全種類と言ってやればよかった。

取り敢えずわかった事は葵はやっぱり女の子のようだってって事と、チョコレート専門店にしては単価が安くてターゲットは年齢層低めの若い女子だって事だ。
そしてヤクザならではの嫌がらせがどういうものなのかもわかった。

暫くの間、ラーメンを食べたり近くにあった本屋で時間を潰したりしながら、らぶり~ナンシーを見張っていると桃地と同じ国から来た男が数人、照れもせずに店に入って行った。

まあ葵の例もあるし柄の悪い奴らがチョコ好きでも文句は言えないが見るからに異様ではある。
そっと店に近付いてみると、外にいてもはっきり聞こえる下品な大笑いが耳に付く。
思わず葵と顔を見合わせた。

「シンプルだなあ…こういう事だったんですね」
「うん、何もしないんだな、でもヤクザですって格好をしてカフェに屯されたら確かに客は減るかもな」
「営業妨害でしょう、警察に訴えたら追い払えないのかな」
「う~ん…微妙だろ、ほら、あいつらは店に文句付けてる訳でも無いし、絡んでる訳でも無い、ちょっと見た目が怖くてうるさいからって威力業務妨害とまでは言えないかもな」

「正に……現行法では解決出来ない問題って訳ですね?」

「そうだな」

何か出来たらいいのだが、今はまだ面割れする危険は冒せないのだ。
顔を見られないように店の外からそれと無く中を伺うと、チンピラの人数は3人、コーヒーとチョコのプレートを注文して似合いもしない可愛らしい丸テーブルを囲んでる。
小さ目の机からは足がはみ出し、椅子の背凭れに肘を乗せるという大柄な態度ではあるが、仲間内としか目を合わせないよう気を付けていると思われた。

明らかに法を意識して、プロフェッショナルに「営業妨害の仕事」をしているらしい。

こんな時、本来ならヤクザ派遣業が本領を発揮するのかもしれないが今回の場合はお国が同じなのだから効果は無い、それどころか柄の悪い奴の出入りが増えて店の評判が益々悪化する可能性が高い。

もしかして既にそんな噂が広まっているのでは無いかと、葵と二人でらぶり~ナンシーを調べてみると「怖い」とか「店に入れなかった」などの書き込みが山程出て来た。

「運良く嫌がらせの現場を見れたと思ってたんだけどな」
「結構頻繁なのかもしれませんね、それにしてもSNSって怖いですね」
「ああ、そうだな」

店に来て直接怖い思いをした人は元より、昨今はSNSが営業妨害に加担している。それはチンピラ役のヤクザは長居などしなくとも、短時間でも十分効果を上げられるって事だ。

「ねえ健二さん、もうさっさとやっちゃいましょう、警察を呼ぶ理由があればいいんでしょう?被害届も逮捕も起訴も有罪も死刑も何もなくていい、110番する理由とチャンスがあればいい」

「え?!ちょっ……葵?!」

止める間も無く白いドアに突進した葵は「引っ掛けたってワードをお願いします」と言い残して店に入った。


「葵のやろう……」

やるならやるでいいけど、もっと詳しく言えって思う。この先どうやって何をやるか、その為には何が必要かもわかってないのに、作戦無し打ち合わせ無しで即実行。度胸が有るとか無いとかじゃ無くて、これでは討死に必須の特攻だ。

もう面割れは仕方ない、葵の狙いを読んで息を合わせるしか無いのだ。
いざとなったら葵を担いででも逃げる。

ズカズカ歩く葵の後を追うと葵も超シンプルだ。
机からはみ出たチンピラの足に派手につまづいて派手に転んだ。

うん。
もっとスペースはあるのに客席に近過ぎるコースは不自然だし、こける時に足を出してたやつに当てた手がグウである必要は無い。

「引っ掛けられたのか?!」って言ってみたけど、これじゃただの当たり屋だと思う。
そして「ちょー嫌な奴」配下のチンピラ役の人はよく訓練されているらしい。おらおら言うとか怒ってくれたらいいのにサッと顔を見合わせ立ち上がった。

でもナイス。
まんまヤクザに絡まれてる様子に見える。

「警察!警察を呼んでください!」

呼ぶか?ってくらいの小さなトラブルだけど、警察に来て貰う事が重要なのだ。
わざとらしく弱々しい声を出す葵を慌てて助ける振りをして極力顔を隠した。
店のバイトは心得ていた。
ちゃんと伝票を持って支払いをしようとするヤクザさん達を無視して、躊躇無く携帯を出して耳に当てた。
後は警察を待てばいいだけだと思ってたけどそこはやっぱり葵だ。

跳ねるように立ち上がり、脱兎の如く逃げ出した。


「………後始末は俺ね………ハイハイ」

ヤクザさん達は会計を待たずに札を置いて逃げて行った。
後は店のバイトと共謀して「わざと足を引っ掛けられた」と被害者風味を強調して事情を話し、被害届は店から出して貰う事になった。

掛かった所要時間は2時間。
予想以上の足留をくらい、葵と一緒に逃げれば良かったと後悔しながらお店を出ると、これも恒例だ。目だけ出した葵が道の角から見切れていた。
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