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反対
しおりを挟む「俺は反対だからな」
椎名と銀二は葵がハンバーグを食べ終えるのを見届けると、話は明日だと言い残して帰っていった。
椎名が帰るまでひたすら我慢していたのだ。
普段はそんな真似しないのにわざわざドアを開けて送り出したくらいだ。
やる、やりたいと葵は言ったが顔色が真っ青なのだ。椎名の個人的な商売の手伝いをするならもっと別の方法もある。
「椎名さんがどう言おうと葵が無理してやる必要なんか無い、葵にしか出来ない事は他にもあるだろ」
「でも1000万ですよ?半月掛けての3万とか5万じゃ無いんですよ?嫌がらせに嫌がらせ返しはうちの得意技でしょう」
「じゃあ他の嫌がらせを考えよう」
何でもそのちょー嫌な奴はやっかんだ末に椎名の持つ店で組員を使っての嫌がらせに出ていると言う。
そう、「法律では処理出来ない」嫌がらせは山程ある。ヤクザは「それ」を生業にしていると言ってもいいと思う。だから法に触れない嫌がらせはやる方も防ぐ方もプロだから厄介なのだ。
暴力団という組織は今、過渡期にある。
拠点の設置すらままならず、当たり前に入居を拒絶される。違法な収益は益々地下に潜り、芯に関われない組員は困窮する。
しかし、幾ら迫害されても、排除の動きが苛烈になっても「暴力団」がいなくならないのは需要があるからだ。警察をアテに出来ない夜の街では「ヤクザ」の威光が役に立つ。
だから、一見一掃されたかに見えるメカジキ料だって今は盆栽や胡蝶蘭をレンタルするって名目で集金している。
困った客や明細の出せない金銭トラブルは、誰がどう処理するにせよ刑法に触れる真似は出来ない、そんな時に組の名前とヤクザっぽい服装が必要になる。
「だから椎名さんもあんなに柄の悪い車に乗るんですね、「真面目にヤクザをやりたい」ってそう言う事なんだ」
「だからって俺達は関係ないだろ、組の事は椎名さんの個人的な事情だと俺は思う」
「ねえ……健二さん」
来た。
葵の「ねえ健二さん」って怖いのだ。
前に「もっと可愛い所を利用しろ」って説教をしたが、変な色気を武器にしろとは言ってない。
葵の事を知るまでは意識してなかったが、今にして思えば、この「ねえ健二さん」には上手く操られていたように思う。
「駄目、反対、お前は自分がどんな顔をしているかわかってないんだろう、それに椎名さんの言ってる危なく無いは、危なさを100%で考えた話だ、ヤクザの経営するホストクラブに潜入なんて普通に危ない」
「………ねえ健二さん、その前に俺達に何が出来るか考えましょうよ、men'sアナハイムをぶっ潰すと言ったって火を付けて燃やす訳にはいかないでしょう、まあやれって言うなら喜んでやりますけどね」
ニヤッと笑った葵の悪そうな顔……。
もうこの話題はおしまいにして葵自ら椎名の依頼を断る方向に持っていきたいのに、つい乗せられてしまう。
「……それ……面白いけどな」
「………次元発火装置……作る?」
「馬鹿、警察を舐めるなって言っただろ、放火ってわかったら葵は一番の容疑者になるんじゃ無いか?」
「……じゃあ自然発火か火の不始末を装うってのは?何かいい方法ないかな?」
「……いや、放火は危ない、それよりも、暗~い店の中にガメラを置いてくるってのはどうだ?誰かが足の指でも食われれば面白いだろ」
「それはいい」と葵が笑った。
そして、どうやって店の中にガメラを持ち込むかで揉めて破綻した。
話が逸れに逸れて、あーだこーだと面白おかしく作戦を立てたが、それは遊びだ。
葵がやりたいと言おうが椎名が何と言おうがmen'sアナハイムに関わるつもりなんか無かった。
無かったのに……わかってしまった。
葵はつらい出来事から目を逸らさないでしっかりと前を見ている。
膝を抱え込み座り込んだ場所から立ち上がる為にもがいているのだ。
しかし、出来る事なら、何も自虐に身を晒したりしなくても気が付いたら立ってた…って方法がいいと思う。
もう全部明日でいい。
多分葵は数日の間まともに寝てない。
血を吐くように「売ってもいい」と繰り返したのはほんの2時間前なのだ。
そして、埋もれていた泥の中から漸く手を上げた所だ。一度混乱した頭をスッキリさせた方がいい。
「なあ、今日はもうやめないか?葵は疲れてるだろ?俺は事務所のソファで寝るからさ、ゆっくりしろよ」
「え?」と、目を丸め、ベッドに片膝を乗せて枕を慣らしていた手を止めた。
これは当然だと思う。
葵とのラブラブを諦めたりしないが忘れてはいけないあの夜、葵は売って俺は買ったのだ。
払ってないけどね。
この問題は、もう一度好きと伝える所から仕切り直すつもりでいる。
だこら、今、悶々としたこの状態で葵と寝るのは無理だ。やる気満々で横たわる裸のお姉さんが隣にいるよりキツい。
「そんな目で葵を見れば色っぽいだろ」と椎名は言ったがそうなのだ。
「枕を一個持っていってもいいか?」
「それは……もしかして俺がピーピー煩いってって言ったから?」
「違うわ、ピーピーは関係ない」
「ピーピーは煩いんじゃ無くてウザいでした、言い方を間違えただけです」
「ピーピーじゃなくて、そうじゃなくてだな」
「……じゃあ俺が臭いから?」
ほら……
まだ全然混乱の中だ。
イジイジと枕の生地を摘み、噤んだ口元は……何故なのかやはり笑おうとする。
「違うよ」
後回しに出来ないのだ。
やり直しはもうスタートしている。
今なのだ。
葵をベッドに座らせてこっちも正座した。
「なあ葵」
「………ソファに行くんじゃ無いの?」
「ああ、ソファで寝るけどな、その前に言っとく事がある」
恐らく、何百万回「葵が必要なのだ」と言っても葵は耳を塞ぎ、下を向いたままだから届いてない。しかし、仕事以外は別だ。
同僚として、友人として、人として、簡単には揺らがない信頼を得ていると自信があるのだ。
それは頭じゃなくて心で感じる物だと思うから葵が必要だって想いはハッキリと言葉にした方がいい。
……何度でも。
「何ですか……溜めないでください」
「うん、俺は葵が好きなんだ、人として好き、そして……なれたら…だけど恋人として好き」
「………残念ながら俺は普通の男です」
「そんなのわかってる。俺も男だけどそんなの関係ないだろ、性別より人を選ぶ、まあ選ぶ前に葵だったんだけどな」
「そう言う意味じゃ無くて……健二さんが俺を好きだって知ってます。でも俺は綺麗なお姉ちゃんじゃ無いし腹は普通です」
「………」
「……なあ、前から聞こうと思ってたけど……それ何?」
何度も何度も「腹の出た親父」が出て来て何だと思っていた。いつか聞こうと思ってたけど大概は他に重要な事があって聞きそびれていたのだ。
「腹の太さと好きに何か関係があるのか?」
「健二さんは三段腹が好きなんでしょ」
「好きじゃ無い、っつか好きになるか?三段腹?何で腹に限定?」
「嘘だ、欲情してるって言ってた、店でひざま付いてた、人の趣味にとやかく言わないけどかなり恥ずかしかったです」
「いやいや待て待て何だそれ、話を戻そう」
「……健二さんは……」
「だから俺にそんな趣味は無い、誤解だ」
「ねえ、健二さんは俺の事をどこまで知ってるんですか?」
「…………え?」
突然の話題変節に頭がついていかなかった。思わず出た間抜けな返事にしまっと思った。
ここは上手く顔を作りサラッと流すべきなのだ。
これでは「知られたく無い」と叫び、のたうち回った葵の秘密を知っているんだ、と白状したようなものだ。
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