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捕獲開始

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葵に考える暇を与えたく無かった。
颯爽と登場して有無を言わさずヘルメットを被せる。無理矢理にでもバイクに乗せれば葵は大人しくしがみ付いているしか無いのだ。

顔が見えない事も、会話が不自由な事も都合が良かった。

でも……思い余って知らない間に叫んでた。
そして名前を呼んだのは失敗だった。
バイクが滑って転けたのも失敗だった。

葵は男らしくありたいのだ。
甘えてはいけないと思っているのだ。
見つけて欲しかったと思うけど、それを知られたくないのだ。バレバレだけどな!!

振り返りもせずに脱兎の如く走り出したけど、葵に追い付くのは簡単だ。

………悪いけどほらもう真後ろ。

こうなったら言い方と捕まえ方と諦めさせる方法が大事だと思う。「仕方が無いから戻ってやる」って言わせないと駄目なのだ。

「逃げんな!」
「俺はもう関係ない!ほっとけ!」
「ガメラの世話を俺1人に押し付ける気か!!」
「指でも食わせとけばいいだろ!」

予想通りと言うか可愛らしいとしか言いようが無いと言うか……葵は止まろうとはしない。

「これ」を言ってはいけないのかもしれないが、葵を繋ぎ止める事が出来るなら言う。
何でも言う。
非難されても言う。
それは葵に隷属を強いる酷い言葉だし、人としてどうかと思うけど、仕事を手伝ってくれって言っても根拠がないのだ。そして楽しいからとか好きだからと今言っても、もう既にやる事をやっちゃったから無理なのだ。

今なら椎名が何故しきりに借金の話をしたのかよくわかる。これは最終奥義で見えない首輪なのだ。しっかりと装填して発射する。

「借金!!お前には借金があるんだ!逃がさないぞ!!」

「払ったろ!!」
「まだだ!!60万!!椎名さんがベンツと交換した借用書があるだろ!まだ60万ある!」

「は?!」とビックリした顔をして振り返った葵に意図せず追いつきそうになった、ちょっと走る速度を緩めて距離をとってみせる。

「知るか!!」

「鬼!!」と叫んで走る背中が加速する。
光の玉になった最終奥義は確かに葵の背中を直撃したけど霧散した。

……効かない。

笑ってる場合じゃ無いけど笑いそうだ。
そうだった。葵はしぶといのだ。こんな時のメンタルは最強なのだ。

葵に引き離されたりしないけど、無理矢理捕まえたりは出来ないから走り続け、アパートの周りを一周してしまった。それでも葵は止まらないけど他の道に逃げたりもしないのだ。

「馬鹿」とか「付いてくんな」とか叫びながら段々とペースが落ちてマラソンみたいなスピードになってるけどそれでも止まらない。

もう本当に可愛いったら無い。

もうそろそろ息も上がって罵倒する元気も無くなってきた頃、葵はやっとのことで「どうして捕まえないんだ」って顔で振り返って足を緩めた。


「……し……しつこい…な」

「俺は……諦め無いからな、でも…何でもいいけど………一回……落ち着こう、もう駄目だ」

「………賛……成……」


トトっと慣性で足を進めて、そのままクタクタと崩れた葵に体当たりして乗り上がった。

葵の手足はもう抵抗を諦めている。
走り続けたせいでまだ息が上がったままだけど、目を見て欲しくて鼻先を合わせた。すると、黒目がちの瞳がくるくる回り気まずそうに逃げていった。


「………おかえり」

「帰ってない」

プイっと横を向いた葵をそのまま抱きしめてしまいたいが、意思疎通は図れてない。図ったつもりだったけどそれは思い込みだった。

もっとちゃんと話し合わなければならないが、それよりも何よりも腕の中に葵を囲った時に捕まえた……と心底ホッとした。
葵は「重い」と喚いているが今は離せない。

「何で一々乗り上がるんですか」
「逃げるからだろ」
「追いかけて来るからだろ!まずは人類の言葉で話し掛けろ!普通にしろ!」

「じゃあ言うけどお前臭いな」

「臭……い?…」

それは葵が臭いと言うより、おそらく着替えてない服が湿って乾いてまた湿ってを繰り返し、匂っているって意味だった。
それなのに葵は体が震える程驚いて大きく目を見開いた。

「……言われなくても……知ってるよ」
「風呂に入ってないんだろ」

「………違う…俺は臭いよ、ずっと臭い、汚いんだ、だから……」

「触らないで」と顔を覆った葵の肩は震えていた。最初は泣いているのかと思った。
しかし違った、仕掛けた悪戯を成功させた子供みたいに肩を震わせ、声を出さずに笑っているのだ。

「葵…」

「健二さんってやっぱり馬鹿なんじゃないの?俺なんか放っておけばいい、どうせそのうち寝首を掻いて逃げてたよ、俺は最悪なんだからね、芯から汚れてるんだ」
「葵…落ち着け」
「触るなよ、俺に触ると汚れるって言ってるだろ、ガメラのウンコより臭いぞ、洗っても落ちないからね」
「葵は汚れてなんか無いよ」
「臭いんだろ?言われなくても臭いって知ってる昔からずっと臭いんだ、だから……」

「俺を見ないで」

沈んでいく葵の声は、風を受けて地面を転がるペットボトルの音にかき消される程小さかった。

葵の中に垣間見えていた後ろ暗い一面は、もっと気楽な物だと考えていた。
しかし、思っていたよりずっと、ずっと深く、差し伸べた手は届いてない。

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