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縄抜けガメラ

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「誰もいないな」

シャッターの降りた商店街は寂しいが真っ直ぐに伸びた歩道の先の先まで見渡せて爽快でもある。

「わ~っ!」と叫んでみると葵が「バカ~」と叫んだ。

でもそこまでだ。
古い商店街は二階に住居がある場合が多いのだ。
人迷惑が想像できないなら爆音バイクと同じになる。

誰もいない寂しい商店街を抜けて少し歩くと大きな駐車場を抱えたホームセンターがある。もう閉店しているからそこも無人だ。更に歩いていくと公園に向かう下り坂の手前で移動販売をしている焼き芋屋に出会った。
~や~きいも~♩ってやつだ。

反射的に走って手を振ると止まってくれた。

買ったのは三つ、中2つと小1つ。「2800円です」と言われて笑うしか無かったが持てない程の熱々はポケットに入れると暖かい。

自分のポケットに1つ、ガメラの分を入れて葵のポケットには両方。
本当に甘いものって最強なのだ。
ガメラの散歩にあまり乗り気じゃなかった葵の頬が寒いのにホカホカになってる。
歩道に座って食べようと言う葵に公園まで待てって止めると走り出した。


「健二さん、星が見える!」
「ああ、ちょびっとだけどな」

雲ひとつ無い晴れた夜空にはなけなしの星がチラチラと見切れている。
まだ入り口には距離があるけど走っている歩道の横は公園の敷地なのだ。並んだ街灯が繁った木々に隠れて異様に暗いがそのお陰で星が見えるらしい。

いつもなら薄っぺらい紙を貼り付けただけに見える月もほのかに粗が見える。

もっともっと真っ暗になって満点の星でも見えればいいのに、11時を過ぎているせいか歩く人影はひとつも無いのに間髪的に通り過ぎる車のライトが邪魔をする。


「痴漢に注意って看板が多いですね」

公園に入るとすぐ、葵は待ちきれないようにまだ湯気の上がる焼き芋を取り出してムシッと折って半分をくれた。
一人一本を持つとあっと言う間に冷えてしまうから半分に分けた方がいいに決まっているのだ。
やっぱり相談なんかしなかった。

立ち並ぶ樹々に防がれて風は凪いでいるように感じるが夜気は冷たく焼き芋を持つ指の先がジンジンする。

ガメラは浅い池の中にリードを付けて浮かべた。

気温?水温?ガメラの生息地は暖かい?
そんなもん知らん。 
寒いかもしれないけどいつも狭い風呂の中じゃ滅入るだろう。池にいる魚でも食べてくれればいいし、多少の運動をした後に暖かい焼き芋もあるのだ。

長い白息を吐きながら葵が焼き芋の皮を池に捨てた。

「誰もいませんね」

「そりゃいないだろうな、ここは痴漢公園って有名なの、駐車場では夜中になると車の中でカップルが致してたり、木陰で致してたりトイレで致してたり中々面白くはある。こんな所をこんな時間に女が一人で歩いてれば痴漢を生業にしている奴じゃなくてもちょっと触ってやろうかなって思うだろ」

「………思わないです」
「いや、俺だって思わないけど男ってそういうもんじゃ無いか?」

「変態」

「おまわりさーん、こいつを逮捕してください」
…なんて、空に向かって白い息を吐いた葵は事務所にいた時より上機嫌だ。パクっと焼き芋に齧り付いて至福の顔をした。

もう随分冷めていたが芋って言うより芋きんとんみたいにトロッとしてる。
甘くてあったかくて極上だった。

「……焼き芋三つで2800円って…ビックリしたけど高く無いな、なあなあ、葵の初恋ってさ、いつ?誰?どんな人?」
「……高く無いですね、そしてこの話はやめましょう」
「いいじゃん、どうせ近所の幼馴染とか幼稚園の先生とかだろ?」
「さあ?健二さんはそうなのかもしれないけど俺にはそんなもん無いです……ってかホントにやめましょうよ」
「そうか……俺は…どうなんだろう」

初恋とは……。

それがいつ訪れたにせよ大概が身近にいた誰かだろう。
そして女はその辺に沢山いた。
家出をした10代の頃は女の腹の上で暮らしていたような物だ。
愛も恋も無い、性欲すら曖昧でセックスはスポーツかツールと同義語だった。女達は皆年上でお金を持っていたからだ。

将来いい男になれと口さが無い年増にせっつかれて、いつの間にか「女達」の歳を追い越した頃に「いい男」とは?と考えるようになった。

「あれ?俺の初恋って……いつだ?」

「健二さん、もうその話はいいですって」
「いや……葵…ちょっと待ってくれ」

初めて好きになった女の記憶なんかより初めて寝た女さえわからない。
誰かの心を得たいなんて一回も思った事が無いような気がする。こっちを向いて欲しいと願った事も、一緒にいたいって思った事も、どうすればチュー出来るか、どうすれば抱き締められるかなんて考えた事もない。

……と言う事は。

「葵が……俺の初恋?」

「健二さん!!」
「うわあ!ごめんなさい!重い?!重いよな?!」
「何言ってんですか!大変です!ガメラが!」

「え?」

バンバンッと肩を叩かれて何だと思ったら伸びるリードがツルツルと巻き戻ってくる。
そしてその先には何もいない。

「ガメラ!!縄抜けか?」
「水で甲羅の滑りが良くなったんですよ」
「どうしよう、ガメラは?!どこだ?」

公園の街灯は全て樹々の中に埋もれているのだ。
暗い池を照らすのは月明かりだけ、見回してもガメラはいない。
焦っているとツンツンとコートの裾が引かれた。
そして、声を潜めるのだ。

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