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だから散歩に行こう

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バフっと埃を立ててベッドに飛び込むと葵もバフっと横に並んだ。

その日はガメラの世話と言いつつ、やる事も無いのに銀二と桃地は日が暮れるまで事務所に留まり、やっと帰ってくれた所だった。

椎名は顔を出さなかった。
連絡さえ寄越さない。

実は……椎名にはメッセージを送っていた。
勿論、もし椎名が無関係だった場合、後で冗談とかいつもの喧嘩だと惚ける事が出来るように「葵が死のうとした」、それだけだ。

そんな連絡を受けても泡を食って飛んでこない所を見ると椎名は関係ないのか、もしくはそこまで葵が思い詰めているってわかってないのかもしれない。
しかしタイミング的にも、窓から見た2人の様子から見ても椎名が無関係とは思えないのだ。
もし、椎名が原因じゃないとしても、事情を知っている可能性は高い。

俺が一番身近にいるのだ。
一番心配しているのだ。
椎名が知っていて俺が知らないないなんて変だと思う。

知られたくないと叫んだ葵の金切り声が耳から離れない。葵には悪いが放っておくわけにはいかない。殺すと言って飛び掛かってくる葵の地雷より、死ぬって脅される地雷の方が余程怖いのだ。

いずれにしてもこの問題は葵のいない所で椎名と話をしなければならないと思う。

しかし今は「もう気にして無い」を貫く方が大切だ。葵の頭が腹の上に乗ったから「重い」と言って少し雑に払い除けた。

「いい枕なのに……」

「俺は今色々考えてるから邪魔なんだよ、枕なら本物があるだろ」
「……健二さんの脳味噌は腹にあるんだ」
「頭にも胸にも腹にもあるの、考える事がいっぱいだからな」
「腹の脳味噌は日々消化してるから減ってるんじゃ無いですか?」

「だから馬鹿なの?」って溜息を吐くな。
「消化してるけど食ってるからまた増えるの」

「いつもなら何も言わないくせに」と言って葵は可愛く膨れてるけど、その「いつも」が邪魔をしてギクシャクと前に進めなかったり、大事な事が聞けなかったり、楓ちゃんの依頼に苦労しているのだ。

「脳味噌より……なあ葵、どうする?銀二さんは最終的な結論には噛んでくれなかっただろ」

「そうですね、調査員二人が感じた個人的な感想だ……と付け足して、そのまんま伝えるしか無いですね」
「食べ物のシェアは結構ポピュラーだから、「嫌だと思っても我慢しろ」とか?、「嫌な事より楽しい事をまず見つけろ」とか?、そんな事で嫌われたりしないと思うけどなー」
「健二さんなら嫌ったりしないでしょうね、ってかそんな小さい事気が付かないでしょう、何人いても、誰がいてもいつも先頭だし、銀二さん風に言えば健二さんは天然のアイドルだし馬鹿だし」

「…………それ………褒めてんの?」

「羨ましいだけです」
「葵は?友達いないって言ってたけどもしかして虐められたりしてた?俺から見れば「強烈なギャップ持ちだなあ」…で終わるけど同級生に混じればびっくりされるだろ、万年中学生とかプリンとか言われて……痛えな、噛むなよ」

今はいいけど……俺は不死身じゃ無いとちゃんと教えないと駄目だと思う。思いっきり肩を噛まれて食われたかと思った。

「冗談はいいからどうなの?」
「どうもクソもありません、俺は虐められたりしてません、何回も転校したしあんまり学校行ってないんです、それに……同い年の奴らって違う匂いに敏感でしょう、友達なんて出来ませんでした」

「え?匂いって何?」

「健二さん煩い、俺の事はどうでもいいでしょう、楓ちゃんは結構マイペースですよ、結果を聞かせろって明日にでも言ってきたらどうするんですか」

「まあ……そうかもな…意外とせっかちだもんな」

しかし、それなら「もう少し待って」で済むと思うけど葵は仕事にだけは意識が高いのだ。
取り敢えず纏めろって言うから纏めてみた。

食べ物の事はSNSやインスタに上がってる事例を交えて説明。お金の事も「言い方」の手直しをレクチャー。その他「嫌だな」って思った事を顔に出さないように気をつける。

そんな事を箇条書きにしてから、基本的に楓ちゃんは可愛くて話しやすいから、自分から積極的に誘ったら友達なんかすぐに増える筈。……と最後にフォローを入れる。

こんな物で楓ちゃんの悩みが解決できるとは思えないが、これ以上出来ることは無いと思う。

葵が箇条書きにした報告書をチェックして唸っていると葵の首が揺れていた。

まだそんなに遅くは無いのに、話が途切れると途端に葵の意識レベルが低下していくのだ。
起きて動いて、話しかけたら返事をするのに上の空と言うか、無気力と言うか目の中に光が無い。

葵は無理をしているのだと思う。
朝、目を覚ましたらいないかも……なんて心配はもう無いと思っていた。

「なあ、葵、今からガメラの散歩に行かないか?」

商店街を抜けて坂を下った先に大きな公園がある。昼間は家族連れの遊び場だったりジョギングコースになっているが、大層古く育ち過ぎた木が生い茂っている為か夜になると痴漢が多く、無料の駐車場は野外ラブホテルとも言われている。
つまり夜はほぼ誰もいない。

「寒いけどガメラが喜ぶかもしれないぞ」

「公園って商店街の東側ですよね、あっちには行った事ないけど結構歩きますよね、ガメラの散歩って……2泊3日くらいの予定で?」
「何言ってんだガメラに歩けとは言って無い。公園までは担いで行けばいいだろ、散歩は俺達がするんだよ」

うんとも嫌とも言わない葵に「行こう」と、手持ちの中で一番暖かそうなダウンコートを着せてガメラ用の伸びるリードを手渡した。生返事をした葵は、迷うように立ち上がってコートの袖に腕を通したが、どこから出て来たのか、紙の塊がハラリと床に落ちた。よく見ると折り鶴だ。

「何?これ作ったの葵?千羽鶴でも折んの?」

「いや……どうだろ」
「何だその返事。もし何か願い事があるなら手伝うぞ、でも今は外に出よう、夜の徘徊ってワクワクしないか?」

葵は黙ったままだが返事なんかいらないのだ。
ガメラを抱えて葵の手を引くと素直に付いてくる。階段を降りると吹き付けてくる冷たい風に叩っ切られたけど天気は良かった。
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