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チキチキチキ
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「葵?どうした?椎名は?何かあった?おい、椎名に何か言われたのか?どうしたんだ」
畳み掛けてしまった問い掛けにハッと驚いたような丸い目、しかしプラスチックのように無機質な顔をした葵は、スッと視線を外して口を動かさずに声を出した。
「…………から……」
「え?何て?聞こえない、葵何かあったんなら俺に言えよ、どうしたんだ」
「……何でもない」
掠れた声、視線を落とし目を合わせようとしない。何でもないって事は無い。
「……いや…でも…」
「何でもないっっ!!!」
キンッ…と跳ね上がった悲鳴のような絶叫は突然だった。いつも黒目勝ちな大きい瞳は瞳孔が縮んで形相が変わってる、そのままプツンと切れて倒れてしまうかと思った。
「……葵?…」
キリキリと張り詰める冷たい空気は長く外にいた葵が連れて来たものだと思っていたが違う。
葵から……葵が作ってる。
サッとベッドのある部屋に足を向けた葵の肩を掴んで「待って」と引き戻すと、触るなと言いたげにバンっと振り払われた。
しかし、振り返った顔は笑っていた。
下がろうとする口角を無理矢理持ち上げて笑っているのだ。
「……どうした?」
「ごめん……本当に何でもないから、ちょっと寒かっただけだから…」
「何だよそれ」
もっとつまらない事でも斧を振り上げて来るのに「ごめん?」「寒かった?」
露わにしてしまったイラつきに的外れな言い訳を添えるなんてそもそもそこから葵らしくないのだ。
「何でもなくないだろ、お前自分がどんな顔をしてるかわかってない、椎名か?椎名だろ?あいつどこ行った、帰ったのか?」
「健二さん……健二さんやめて、お願いだから聞かないで」
「聞かないでってお前……いいよ、わかった椎名に直接聞くから」
椎名が葵を守ろうと言ったのは嘘じゃないと思う。そりゃ日常的に葵を揶揄って遊んでいるし、怒る葵を見て楽しんではいるけどこんな顔をさせるような真似はしない。
そしてこんな顔をさせたまま放っておいたりもしない。
つまり何かあったのだ。
それは間違いないと思う。
葵が言えないなら聞く。椎名に聞く。
命を売れと脅されてもしぶとく果敢に逃亡を図る葵だ。それ以上に何がある。
葵は気付いてないが既に一部を白状しているのだ。椎名が事情を知っている、もしくは椎名が原因だと吐いている。
それならば後でこっそりと連絡してみるなんてしなくてもいい、今聞く。
尻のポケットでゴツゴツと腹筋の邪魔をしていた携帯を出すと葵が「やめて」と叫んで飛び付いて来た。
「落ち着けよ葵!何かあったんなら今解決した方が早いだろ!」
「健二さん!やめて!聞かれたくない!健二さんに知られたくない!もし椎名さんに何か言ったら俺は死ぬからね!」
死ぬ?………
「死ぬって何言ってんだ、冗談でも脅しでも言って良い事と悪い事があるだろう」
「……冗談……だと笑うんだ……」
「笑ってない、でもな葵、そこまで言うなら余計に放っておけないだろ、椎名に聞いちゃ駄目なら葵が言えよ、俺が聞くから……何でも受け止めるから、な?」
いつもほかほかしている頬は白く、噛んだ下唇から血が滲んでいる。
こんな葵を見るのは初めてだ。
消えてしまいそうな程影が薄く、触ると手が突き抜けてしまいそうに見えるのは気のせいだろうか?
この「法律では解決出来ない~」の事務所に来てから色々な珍事件を起こしている葵だけど、いつも、どこまでも逞しくて、頼り無げな見た目とのギャップに驚いたくらいなのに……
一体何があったと言うのだ。
椎名自身が何か言ったのか。
それとも何か……命との交換を考える程の何かを伝えたのか。
事務所の前まで来てるのに帰ったって事は椎名にも身に覚えがあるって事だ。
「言えよ、俺が力になるから」
「もう……しつこいな、わかった、わかったから健二さん、もういいよ」
上着を脱いでポイッと捨てた葵は観念したように大きな溜息を吐き出し「もういい」を繰り返した。
「じゃあまずは暖ったかい飲み物を入れてやるからソファに座ってまずは落ち着け、大丈夫だから何があっても守ってやるからな」
葵をソファに座らせてから、甘い物がいいだろうとCCレモンをマグカップに注いでレンジに入れた。
落ち着くのを待つつもりだった。
暫くは葵の顔を見ない方がいいような気がして、ブーンと低い音を立てるレンジを眺めていると背中の方から知っている音がした。
それは誰しもに聞き覚えがあり、それが何なのか一瞬でわかる独特の音だ。
チキ……チキチキチキ
ハッとした瞬間に体が動いていた。
斜めにソファに座っている葵の手元は見えない。
背中に飛び付くとやっぱり………信じられない事に葵はカッターナイフを握っている。
「葵っ!!」
背中から抱きついたから体は拘束できたけど両手の先までは手が届いてない。
嘘みたいだけど葵の「死ぬ」発言は脅しでも何でもなかったらしい。
白く細い手の付け根に何の躊躇もなくカッターの刃先がズブリと埋まるのが目に入った。
「やめろっっ!!」
バンッと弾いた葵の手から鷲掴みにしていたカッターが弾けたように飛んで転がる。
この際だ。多少傷が増えても止めるのが先決だった。滑っていく黄色い柄を追おうとする軽い体を大の字に抑えて乗り上がった。
「何考えてんだ!!」
何故なのだ。
何故そんなに極端なのだ?
死ぬ?
カッターナイフで手首の動脈まで切るのはかなり難しいだろう、だがこれは狂言やポーズでは無い。手首で死ねそうになかったら首でも喉でも、より簡単な方を躊躇なく選んだのだとわかるのだ。
しつこく追おうとしていたカッターナイフに届かないと知ると、惚けたように生気の無かった目に光が戻った。
ギッと睨んで来る葵の瞳は、あの高架下の空き地で見た目と同じだ。
「離せよ!!」
「馬鹿!!何でこんな事を!」
「聞いたら死ぬって言ったでしょう!その上で聞くって言うんだからそれは死ねって事です!!」
「死ぬってなんて簡単に言うな!簡単に死のうとするな!」
葵には悪いが手を緩める気は無いし、幾ら葵が本気でも負けたりはしない、力よりも何よりも体重差はどうしようもない。
ガタガタと暴れる手足が動かない事を知るとクタッと力を抜いて囁くような声で呻いた。
「死にたくなんかない……健二さんの馬鹿…」
「馬鹿なのは葵だろ、死にたくないって…何だよ、どうして…何で……」
何だか熱いものが喉の奥からせり上がり、飲み込もうと思っても飲み込めない。
こんな事をするな。
ここまでするなら余計に理由が知りたい。
言いたい事は山ほどあるのに何だか泣いてしまいそうで言葉が続かない。
妙に落ち着いた目でじっとか見てくる葵が憎らしくて、心配で、愛しくて……悲しかった。
「こんな事はやめてくれ……言いたくないなら何があったかは聞かないから……「嫌だった」だけでいいから……「死にたくなった」でもいいから……」
やっとの事で絞り出した声は喉に支えてカスカスだった。
もう何が嫌なのかはどうでもいい。
隠していてもいいから心を許して欲しかった。
弱い所を預けて欲しい。
預けてくれていると思っていた。
一人だと思い込んでいる葵は自分の命を自分だけの物なのだと勘違いしている。
ここにいるのに。
目の前にいるのに見てないのだ。
酷く強い意志で、いらない物を捨てるような潔さで手首に突き立てたカッターナイフは床に落ちて転がっている。
押さえつけたまま、未だ離せない腕からは薄く鮮やかな血がトロトロと流れ出ていた。
手当が必要だが、今、掬い上げなければならないのはそこじゃない。
しかし、「聞くな。」「聞けば死ぬ。」
比喩だと思い込んだ結果ガムシャラにカッターを振り下ろしたのだ。
何も言えない。
お手上げってこの事だ。
「……何で…健二さんが泣くんですか…」
「人は…1人で生きてるんじゃないって葵が知らないからだ」
「1人だよ、誰だって1人で生きて1人で死ぬ…親父も1人で死んだ」
「1人じゃない、好きとか嫌いとか、親しいとか世話になってるとかじゃなくて、俺も椎名さんも……それこそ葵の顔を知ってる…名前を知ってる人全部がこんな事許さない、1人なんて勝手な事を言うな」
「健二さんは……綺麗だから……」
きっと……俺は酷い顔をしているのだろう、見つめるしか出来ないでいると、まん丸の大きな瞳が少し揺れて、眠るようにゆっくりと閉じた。
「だから……健二さんって好き」
「え?…」
それは?……。
唇がとんがってんだけど?
もしかしてキスをしろって事?
片方の足は膝をついて葵の両足を抑えている。
両手はそれぞれが葵の腕を抑えている。
大の字の形で床に張り付け、乗りあがったこの体勢でキスは肘を緩めて顔を落とせばいいだけだけど、体勢が良すぎて止まれるか?って話だ。
……でもいい。
止まれなければその時はその時だ。
今、口を開けばどうせ「どうして」しか出てこない。呆けたようにポカンと隙間を開けた唇に顔を落とすと、キスを待っていたなんて願望だったらしい、固まっていた葵の体がビクンっと揺れた。
「ふざけてる?」
「何を言う、俺はちょー真面目だ」
「健二さん……手が痛い……」
「もうちょっとだけ我慢出来たりしないか?」
「鬼畜と呼んでもいいなら我慢します」
「……わかったよ」
小さいキス。
そしていよいよって時に痛恨の待ったを食らったが元よりここまでなのは仕方がない。
もう体重を預けてしまいそうになっていた体を起こすと、葵は「ひっ」と息だけの悲鳴をあげた。
「もう!今度は何だ」
「健二さん!血が出てます」
「………自分で刺したくせに今更何言ってんだ、ティッシュで押さえとけ、今手当してやるからさ」
「痛い、怖い、何だこれ、まだ血が出てる、止まってない、床にポタポタって……健二さん、痛い」
「……全く……」
畳み掛けてしまった問い掛けにハッと驚いたような丸い目、しかしプラスチックのように無機質な顔をした葵は、スッと視線を外して口を動かさずに声を出した。
「…………から……」
「え?何て?聞こえない、葵何かあったんなら俺に言えよ、どうしたんだ」
「……何でもない」
掠れた声、視線を落とし目を合わせようとしない。何でもないって事は無い。
「……いや…でも…」
「何でもないっっ!!!」
キンッ…と跳ね上がった悲鳴のような絶叫は突然だった。いつも黒目勝ちな大きい瞳は瞳孔が縮んで形相が変わってる、そのままプツンと切れて倒れてしまうかと思った。
「……葵?…」
キリキリと張り詰める冷たい空気は長く外にいた葵が連れて来たものだと思っていたが違う。
葵から……葵が作ってる。
サッとベッドのある部屋に足を向けた葵の肩を掴んで「待って」と引き戻すと、触るなと言いたげにバンっと振り払われた。
しかし、振り返った顔は笑っていた。
下がろうとする口角を無理矢理持ち上げて笑っているのだ。
「……どうした?」
「ごめん……本当に何でもないから、ちょっと寒かっただけだから…」
「何だよそれ」
もっとつまらない事でも斧を振り上げて来るのに「ごめん?」「寒かった?」
露わにしてしまったイラつきに的外れな言い訳を添えるなんてそもそもそこから葵らしくないのだ。
「何でもなくないだろ、お前自分がどんな顔をしてるかわかってない、椎名か?椎名だろ?あいつどこ行った、帰ったのか?」
「健二さん……健二さんやめて、お願いだから聞かないで」
「聞かないでってお前……いいよ、わかった椎名に直接聞くから」
椎名が葵を守ろうと言ったのは嘘じゃないと思う。そりゃ日常的に葵を揶揄って遊んでいるし、怒る葵を見て楽しんではいるけどこんな顔をさせるような真似はしない。
そしてこんな顔をさせたまま放っておいたりもしない。
つまり何かあったのだ。
それは間違いないと思う。
葵が言えないなら聞く。椎名に聞く。
命を売れと脅されてもしぶとく果敢に逃亡を図る葵だ。それ以上に何がある。
葵は気付いてないが既に一部を白状しているのだ。椎名が事情を知っている、もしくは椎名が原因だと吐いている。
それならば後でこっそりと連絡してみるなんてしなくてもいい、今聞く。
尻のポケットでゴツゴツと腹筋の邪魔をしていた携帯を出すと葵が「やめて」と叫んで飛び付いて来た。
「落ち着けよ葵!何かあったんなら今解決した方が早いだろ!」
「健二さん!やめて!聞かれたくない!健二さんに知られたくない!もし椎名さんに何か言ったら俺は死ぬからね!」
死ぬ?………
「死ぬって何言ってんだ、冗談でも脅しでも言って良い事と悪い事があるだろう」
「……冗談……だと笑うんだ……」
「笑ってない、でもな葵、そこまで言うなら余計に放っておけないだろ、椎名に聞いちゃ駄目なら葵が言えよ、俺が聞くから……何でも受け止めるから、な?」
いつもほかほかしている頬は白く、噛んだ下唇から血が滲んでいる。
こんな葵を見るのは初めてだ。
消えてしまいそうな程影が薄く、触ると手が突き抜けてしまいそうに見えるのは気のせいだろうか?
この「法律では解決出来ない~」の事務所に来てから色々な珍事件を起こしている葵だけど、いつも、どこまでも逞しくて、頼り無げな見た目とのギャップに驚いたくらいなのに……
一体何があったと言うのだ。
椎名自身が何か言ったのか。
それとも何か……命との交換を考える程の何かを伝えたのか。
事務所の前まで来てるのに帰ったって事は椎名にも身に覚えがあるって事だ。
「言えよ、俺が力になるから」
「もう……しつこいな、わかった、わかったから健二さん、もういいよ」
上着を脱いでポイッと捨てた葵は観念したように大きな溜息を吐き出し「もういい」を繰り返した。
「じゃあまずは暖ったかい飲み物を入れてやるからソファに座ってまずは落ち着け、大丈夫だから何があっても守ってやるからな」
葵をソファに座らせてから、甘い物がいいだろうとCCレモンをマグカップに注いでレンジに入れた。
落ち着くのを待つつもりだった。
暫くは葵の顔を見ない方がいいような気がして、ブーンと低い音を立てるレンジを眺めていると背中の方から知っている音がした。
それは誰しもに聞き覚えがあり、それが何なのか一瞬でわかる独特の音だ。
チキ……チキチキチキ
ハッとした瞬間に体が動いていた。
斜めにソファに座っている葵の手元は見えない。
背中に飛び付くとやっぱり………信じられない事に葵はカッターナイフを握っている。
「葵っ!!」
背中から抱きついたから体は拘束できたけど両手の先までは手が届いてない。
嘘みたいだけど葵の「死ぬ」発言は脅しでも何でもなかったらしい。
白く細い手の付け根に何の躊躇もなくカッターの刃先がズブリと埋まるのが目に入った。
「やめろっっ!!」
バンッと弾いた葵の手から鷲掴みにしていたカッターが弾けたように飛んで転がる。
この際だ。多少傷が増えても止めるのが先決だった。滑っていく黄色い柄を追おうとする軽い体を大の字に抑えて乗り上がった。
「何考えてんだ!!」
何故なのだ。
何故そんなに極端なのだ?
死ぬ?
カッターナイフで手首の動脈まで切るのはかなり難しいだろう、だがこれは狂言やポーズでは無い。手首で死ねそうになかったら首でも喉でも、より簡単な方を躊躇なく選んだのだとわかるのだ。
しつこく追おうとしていたカッターナイフに届かないと知ると、惚けたように生気の無かった目に光が戻った。
ギッと睨んで来る葵の瞳は、あの高架下の空き地で見た目と同じだ。
「離せよ!!」
「馬鹿!!何でこんな事を!」
「聞いたら死ぬって言ったでしょう!その上で聞くって言うんだからそれは死ねって事です!!」
「死ぬってなんて簡単に言うな!簡単に死のうとするな!」
葵には悪いが手を緩める気は無いし、幾ら葵が本気でも負けたりはしない、力よりも何よりも体重差はどうしようもない。
ガタガタと暴れる手足が動かない事を知るとクタッと力を抜いて囁くような声で呻いた。
「死にたくなんかない……健二さんの馬鹿…」
「馬鹿なのは葵だろ、死にたくないって…何だよ、どうして…何で……」
何だか熱いものが喉の奥からせり上がり、飲み込もうと思っても飲み込めない。
こんな事をするな。
ここまでするなら余計に理由が知りたい。
言いたい事は山ほどあるのに何だか泣いてしまいそうで言葉が続かない。
妙に落ち着いた目でじっとか見てくる葵が憎らしくて、心配で、愛しくて……悲しかった。
「こんな事はやめてくれ……言いたくないなら何があったかは聞かないから……「嫌だった」だけでいいから……「死にたくなった」でもいいから……」
やっとの事で絞り出した声は喉に支えてカスカスだった。
もう何が嫌なのかはどうでもいい。
隠していてもいいから心を許して欲しかった。
弱い所を預けて欲しい。
預けてくれていると思っていた。
一人だと思い込んでいる葵は自分の命を自分だけの物なのだと勘違いしている。
ここにいるのに。
目の前にいるのに見てないのだ。
酷く強い意志で、いらない物を捨てるような潔さで手首に突き立てたカッターナイフは床に落ちて転がっている。
押さえつけたまま、未だ離せない腕からは薄く鮮やかな血がトロトロと流れ出ていた。
手当が必要だが、今、掬い上げなければならないのはそこじゃない。
しかし、「聞くな。」「聞けば死ぬ。」
比喩だと思い込んだ結果ガムシャラにカッターを振り下ろしたのだ。
何も言えない。
お手上げってこの事だ。
「……何で…健二さんが泣くんですか…」
「人は…1人で生きてるんじゃないって葵が知らないからだ」
「1人だよ、誰だって1人で生きて1人で死ぬ…親父も1人で死んだ」
「1人じゃない、好きとか嫌いとか、親しいとか世話になってるとかじゃなくて、俺も椎名さんも……それこそ葵の顔を知ってる…名前を知ってる人全部がこんな事許さない、1人なんて勝手な事を言うな」
「健二さんは……綺麗だから……」
きっと……俺は酷い顔をしているのだろう、見つめるしか出来ないでいると、まん丸の大きな瞳が少し揺れて、眠るようにゆっくりと閉じた。
「だから……健二さんって好き」
「え?…」
それは?……。
唇がとんがってんだけど?
もしかしてキスをしろって事?
片方の足は膝をついて葵の両足を抑えている。
両手はそれぞれが葵の腕を抑えている。
大の字の形で床に張り付け、乗りあがったこの体勢でキスは肘を緩めて顔を落とせばいいだけだけど、体勢が良すぎて止まれるか?って話だ。
……でもいい。
止まれなければその時はその時だ。
今、口を開けばどうせ「どうして」しか出てこない。呆けたようにポカンと隙間を開けた唇に顔を落とすと、キスを待っていたなんて願望だったらしい、固まっていた葵の体がビクンっと揺れた。
「ふざけてる?」
「何を言う、俺はちょー真面目だ」
「健二さん……手が痛い……」
「もうちょっとだけ我慢出来たりしないか?」
「鬼畜と呼んでもいいなら我慢します」
「……わかったよ」
小さいキス。
そしていよいよって時に痛恨の待ったを食らったが元よりここまでなのは仕方がない。
もう体重を預けてしまいそうになっていた体を起こすと、葵は「ひっ」と息だけの悲鳴をあげた。
「もう!今度は何だ」
「健二さん!血が出てます」
「………自分で刺したくせに今更何言ってんだ、ティッシュで押さえとけ、今手当してやるからさ」
「痛い、怖い、何だこれ、まだ血が出てる、止まってない、床にポタポタって……健二さん、痛い」
「……全く……」
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