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可愛いから仕方がない

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葵が先に寝てしまう。

それがどうしたと言われそうだが、ここの所毎日心掛けている……と言うか必死になっているのは「葵より先に眠る」事なのだ。

何故って葵が可愛いから。

ここまで語って来た葵の可愛さは、あくまで「第二次性徴期を迎えた頃の子供、そう正にまだケツノアオイ14歳が必死にクールを装ってるのに子供っぽさが漏れ漏れで食べたいのに意地になって興味ない振りをするあまりプリンを前にするとカタカタになってる」

………って可愛さだ。

困っているのはその可愛さでは無いのだ。

そして見た目の話でも無い。

当初、同じベッドで寝るのは単にスペースの問題だった。狭い事務所に2つのベッドを置くのは無理だったからそうなってる。それに男二人だ、葵はコンパクトだから何も支障はない筈だった。

ほぼ毎日のように朝起きると「くっ付くな、ウザい」とか「俺は抱き枕」じゃないって文句を言うけど実は違うのだ。葵は落ちていく途中で必ずと言っていいほどゴソゴソと寄って来て肩とか脇腹に顔を埋めて丸くなる。


……車道に飛び出して怪我をしたあの日……

椎名に殴られた夜。
酔った葵は笑いながら泣き続け、眠ってもまだ涙を流していた。
何かはっきりとした理由があった訳じゃないと思う。
普段は冷たいくらい悟っているし、憐れっぽい様子は無い。寧ろどちらかと言えば不適で豪胆な性格が勝ってるのだが、葵は自分の心に開いた穴をわかってないのだと思う。
葵が隠し持ってる闇の一部だと思うけど……自覚が無いからこそ根が深いように思えてしまう。

その時に……葵が泣いた夜に「葵を守ろう」と椎名が言った。

身の安全を守るのは勿論だけど笑顔を守るって方を優先したいと言った椎名に勿論賛成した。

賛成だけど……。

もう限界なのだ。
何が限界って色々限界なのだ。

正直に言ってしまえばギュッとしたいって欲が我慢できない。

喧嘩ばっかりしているけど葵とは気が合うと思う。波長が合う。精神的な上下関係が一定じゃない所もバランスがいい。24時間一緒にいても窮屈でもなければ余計なストレスも無い、そして何だかんだ言っても葵といれば楽しい。

そこまでは友人や同僚、もっと言えば家族として……の話だからいいけど、言いたいのはそうじゃない。

ギューとしたいのだ。
ギューとしたいの意味をわかりやすく表現すると……つまり抱き締めてしまいたいのだ。

色んな場面で散々やってるだろうと言われそうだが違うのだ。

葵の持つ「可愛い」は色気を伴わない……そう…例えば、泣きたいのを我慢して何かを必死でやってる子供を見ると頬が緩む、正にそれ。

女の子みたいだって揶揄ったのはただの比喩だ。

つまり、いくら葵がちっこくて細くて可愛くても女に見えてる訳じゃない。
ハイになった末に戯れてキスをした時も可愛い相棒の頭を撫で回す延長だった。

しかしあの時……。

頭を殴られて動けなかった時、半グレのならず者達が葵を捕まえて「廻す」と口にした。

多少ちっこくて可愛くても葵は男だ。
女と間違えたりはしない。
あの場面……普通の男なら、まず殴られたり蹴られたりの暴力に怯えるか、何を言ってるのかと耳を疑うだろう。それなのに葵は「廻す」と言われた時、ギリッと歯を鳴らして凄まじい目をして、押さえつける男達を睨み上げた。

その時は朦朧としていたせいで耳に入って来たのは言葉では無くただの音だったけど、後で考えてしまった。

知っているな、と思った。

以前、葵は童貞だって揶揄った事があるけど違うと直感した。……いや、童貞かどうかは定かでは無いがセックスの経験があるのではないか……そう思えた。

そして……「そんな」可能性に気付いてしまったのだ。

夜中に抱きつかれても困るのだ。
嬉しいけど非常に困るのだ。
もう……今は「キスしていいか?」なんて軽い調子で言えない。

うっかりキスでもしちゃうと止まれない自信がある。たっぷりと、溢れて滴るくらいにある。
この際だから「好きだ」と伝えて同意を求めた方がいいのかもしれないが……。

「絶対無理……だよな」

俺も好き……なんて葵が言う訳ない。
冷たくあしらわれるならまだマシだと思う。
また斧でも持ち出すか、下手をすれば出て行ってしまうかもしれない。

でもそれは嫌われているとかでは無いと思う。

寧ろ好かれていると思う。
うがった見方をすれば惚れられていると思う。
気のせいじゃないと思う。

浮かれて、躁状態になって「好きだ」と叫んだら葵は「俺も好きです」と答えた。
「健二さんカッコいい」と言われた事もある。

しかし、例え両想いでも素直じゃない葵の性格じゃ告白しても多分無駄だ。

少しずつ、少しずつ、慎重に、冷静に、大人っぽく、カッコよく、丁寧に、それとなく好きだと伝えて、葵に自分の気持ちに気付いて貰うしかない。

作戦はこうだ。

まず俺の事をカッコいいと思ってる事を自覚して貰う。そしてもっと、ずっと一緒にいたいって思って貰う。
最終的に好きだと自覚して貰う。
求めている事に気付いて貰う。


その日の葵は悩ましかった。いや……悩ましいと言うより意図して試されているのかと疑う程可愛く懐いてきたのだ。
酔ってうとうとしていたくせにベッドに入ると「ねえねえ」と寄ってくる。
先にある寝ていろと言って部屋を出ようとすると「何で何で」と腕につかまり絡んでくる。
仕方なくベッドに座ると、ヘラヘラと笑い続けて膝に頭を乗せて事切れた。

地獄。
可愛い地獄。

こういう葵にムラムラしたりしないけど、ギュッとしたくなる。しかしギュッとしたら絶対にムラムラする。

好きだー……と飛びついたらどうなるか、と考えたり、熱烈なキスをしてそっと押し倒したら無言の合意が得られるのでは、と都合よく考えたり。
悶々としたまま朝を迎えて今は5時半。

寝られるかって話だ。


抱き着く   と    抱き締める   の違いは何なのだろう……とか考えつつ、葵より先に寝てしまうのが一番だと自分を抑えているこの頃だった。
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