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葵を纏めると…

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大きい、と言うより黒目がちのまあるい目。
大人しそうな印象。
何もしていないのに……黙って座っているだけでつつきたくなる小動物感。

今までの暮らしぶりを聞けば、プンプンと不幸臭が香って来るのに悲壮感は無い。危なっかしいくらい直情なくせに、今ある状況を淡々と受け入れる太い肝、可愛さとのギャップが凄い。


「ちょっと面白い子を連れてくる」

そう聞いて、夏の終わりにやって来た、それから一緒に仕事をしている同僚?後輩?
葵《あおい》に抱いた印象はこんなもんだ。

この事務所、「法律では裁けない問題を解決します」略してH.M.Kに来た当初は、正に「借りて来た猫」だった。ドアが開く度に隙間を狙い、近寄ると一歩下がる。触ると毛を逆だてた背中を緊張させる。

そんな感じだった。

その、葵については特筆しておきたい事がある。

葵にはいとも簡単に破裂する地雷がある。
厄介な事にその地雷は「地雷」のくせに地面に埋まってない。つい触りたくなる日常の其処此処にフワフワと浮いているのだ。

小さいとか可愛いとか子供に見えるとかは禁句。
女の子みたいなんて既に毒ワード。
近頃そこに「プリン」が加わった。(vol.1参照)

言っちゃ駄目だとわかっていても気が付いたら「可愛い」って口にしてしまう……この現状に困っているが、仕方がないとも思っている。

葵は可愛いのだ。
細くて小作りな見た目も可愛いが、本人はしっかりしているつもりなのにやる事なす事が少し抜けてて危なっかしい所が可愛い。
甘い物や美味しいものを目の前にすると頬を赤くしてふかふかほくほくするのも可愛い。
甘いものが好きなのは女子だ……なんて、妙な固定概念を持つ葵は、自分から食べたいとは決して言わないから、さり気無く持ち掛けるとピリピリしていた空気が途端に柔らかくなるのだ。

ついでに言えば中身も可愛い。


声変わりしたての思春期真っ盛り、ケツの青いガキが細い手足で粋がっているようにしか見えないのに男らしくあろうと虚勢を張る事自体が可愛い。

そして、これもついでだが葵に取っては苗字も地雷の1つだ。この事務所に来た当初絶対に苗字は言わなかった。

欠野 葵

読み方は「かけの」だが大概の人は「けつの?」と読む。

けつのあおい
俺達と葵が所属する「法律《H》では裁けない問題《M》を解決《K》します」の社長である椎名が、葵の名刺にそう印刷した時には燃やしたり暴れたりして大変だった。

そしてそれも可愛かった。

葵と暮らし始めて3ヶ月。
最近はやっとの事で少し落ち着いて来たような気がする。
逃げる気満々だったのに、近頃は「クリスマス」とか「来年は」と口にする。
「仕事」なのだから…と言って事務所の掃除をするようになったのも最近だ。

チョコチョコと動き回る葵も可愛い。
事務所の床に残った瞬間接着剤の残り滓をムキになって擦っている姿が面白くて、観察ついでに眺めていた。
すると表情の無い顔で寄ってきてモップの先を足に当てた。

「健二さん」

「あ?……ああ、何?」

「そこにモップをかけたいんで足が邪魔です、切ってもいいですか?」

「いいけど……って…」

「いいけど」って返事は「足を避ける」って意味なのに……普通の感覚なら当然なのに、何故斧を持っている、何故躊躇無く振り上げる。

「…待て待て待て葵!待て!
待てって!足を切っていいとは言ってないぞ!!」
「今健二さんはいいって言いました」
「その斧はどこから出した?!買ったのか?貰ったのか?押し売りか?訪問販売か?知らない人から声を掛けられたら用心しなきゃ駄目ぞ?!……って…うわあっっ!!」

ガスッと床に刺さった斧はソファの隅を切り、ビニールタイルを抉ってる。
チッってその舌打ちは何だ。何も惜しくないぞ?本気だったのか?

咄嗟に足を上げなければどうなってたかって……多分遠慮は無かった。


「葵、怖いんだけど…」

「俺は子供じゃない、何回言えばわかるんですか、飴玉じゃあるまいし知らない人から物を貰ったりしません、それにヤクザの事務所に訪問販売なんて来ません、もし来ても俺は男らしくキッパリ追い出すし押し切られたりしません」

ほら……抜けてる。
飴玉なら知らない人に貰うんだって告白したようなものだ。そして貰っているのだろう。
葵に飴をあげたくなる気持ちはわかるし、貰えるものなら貰えばいいけど、それより気になったのは斧だ。

「貰ったんじゃなきゃその斧はどうしたんだよ」
「この斧は消火栓に付いてたヤツです」
「じゃあ何で瞬時に出てくるんだよ、ってかお前今持ってただろ、用意してただろ」

「ニヤニヤしながら俺を見てるからです」

フンッと鼻を鳴らして、何事も無かったようにまた黙々と掃除を始めた葵は無表情で回収した斧をまだ手に持ってる。

葵は真面目だし地頭も悪くない。見た目の割に行動力もある。でもやる事が極端なのだ。

鉄の斧を本気で振り下ろすか?
死ねと言って車道に突き飛ばされた事もある。
基本は素直で明るいのに、見せない心の中にゴツゴツしたマッチョな闇を抱えているような気がする。そこが少しミステリアスでもある。

「健二さん…」
「え?今度は何?手も足も大事だぞ?切ったらもう生えないぞ?痛いぞ?」

「時間です」
「何の?」

「………」

「あ?ああそうか、そう言えば椎名さんが昼までに牡蠣を取りに行って来いって行ってたな、掃除は終わったのか?」
「"誰"も手伝ってくれないから時間がかかりましたけど終わりました」
「ハハ、明日は手伝うよ、じゃあ行こっか」

この所葵とは何をするにも一緒に行動している。
それこそ寝食は勿論、仕事も遊びもちょっとした買い物だって一緒に行く。
同然付いてくると思っていたら、葵はモップを持ったまま目を細めてシラっとしていた。

「どうした?上着を着なきゃもう寒いぞ?」

「健二さんが行けばいいでしょう、何で俺まで……」


………こういう所が闇属性。

「冷たい事を言うなよ、どうせ暇なんだから2人で出掛けよう、天気もいいし気持ちいいぞ」
「暇なのが問題なんでしょう、俺はSNSを使って仕事の募集をかけてるんです、忙しいんです」
「ちょっと携帯の使い方を覚えたらこれだもんな、宣伝なんていいから行こうぜ、朝飯の代わりにモンブランの美味しいとこに行きたいんだよ」

甘い物を匂わせるのは葵を操縦するテクニックの一つだ。そしてそれは言い方さえ間違えなければ成功率はほぼ100%を誇る。
案の定ハッとした葵の顔に迷いが浮かんだ。
もう一押しだ。

「一緒に食おうぜ、モンブラン」

「………モンブラン?…」

「そう、モンブラン、何でも行列が出来るほど美味いって有名らしいぞ」

「モンブラン……」

葵の可愛い所が炸裂している。
クールに振る舞おうとするくせに、隠しきれてない中身がいとも簡単に漏れ出てくるのだ。

「ケーキなんて興味無いです」と言いつつ「命令なら」ってパーカーを羽織る。

素直じゃ無いところも可愛い。

ここでニヤけたりしたらまた臍を曲げて二度とモンブランを食べなくなるから、普通に、普通にと振る舞い、それでも頬が緩むから顔を見られないよう先に事務所を出た。

仕方がないなあって顔をしているつもりなのかもしれないが、走って追いかけて来る顔は期待に満ちて頬が赤い。
可愛いから期待値を上げといてやる。

「あんまり早く着いても困るな、ナマモノを取りに行くんだからモンブランを先にしようか」

「健二さんがそうしたいならそれでいいです、でも牡蠣をとりにいくってどうしてスーパーとかじゃなくてお店なんでしょうね」

「それは知らないけどな、椎名さんの知り合いが安く分けてくれるとかじゃ無いの?」

その前に……何故牡蠣なのかをいうと、葵が食べた事が無いと言ったからだ。
「何?!」と顔色を変える程のことじゃ無いけど、椎名は葵に美味しいものを食べさせる事に腐心している。

葵の世界は酷く狭いからと言う椎名の気持ちは物凄くわかるけど……そこは何と無くだけど気に入らない。

「まったく……食べたい物があるなら俺に言えって何度も言ってるのに」

「俺は牡蠣が食べたいなんて一言も言ってませんよ」
「え?……あれ?……俺喋ってた?」

「……は?何言ってるですか?」
「いや……いい」

そう………椎名とは穏やかに、にこやかに話すくせに俺にはこうして冷たいのだ。

それは、椎名に対しての警戒を解いてないって事だからざまみろって思うけどな。


どっちでもいいと言っていたのに葵は栗が丸ごと一個乗ったモンブランを前にするとやっぱり嬉しそうだった。対応は塩だけどふかふかしてる。
甘くて、あまりにも甘くて、甘いケーキを二個も食べた気分だった。

それはそうと、多用している「ふかふか」って何だと聞かれそうだけど、正にそうとしか言えないから「ふかふか」と表現している。触ったらぶにゅッと凹む柔らかすぎる餅みたいと言えばいいのか、甘い物を前にした葵の頬は摘んで引っ張りたくなるのだ。

女子でもこんなのは中々いないよなって思いながら甘い匂いが立ち込めるカフェを出た。





















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