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聖女様、大ピンチです!
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「新聖女のラウラ様って、元娼婦だったんですって!」
そのスキャンダラスな噂はあっという間に△△国中に広まりました。
事情聴取と称して保護するためにラウラを王宮に呼び出した宰相のレオンは、前聖女のセリーヌ(せいちゃん)も、王宮へと呼び寄せました。
そして、王宮に行く前にちょっと神殿のミレイたちの様子を見ようとしていたせいちゃんは、行方不明になってしまいました。
~~~~~~~~
「レイチェル嬢、こちらは王宮のレオンだが、ラウラ様は到着されたが、セリーヌ殿がまだお見えでないのだが?」
王宮と森の家を繋ぐ通信ラインから聞こえてきたのは、新しく宰相になったレオンの訝しげな声でした。
「レオン様?え?せいちゃんならかなり前に出掛けましたわ。ゆうちゃん、せいちゃんは神殿に寄ってから王宮に行くって言っていたわよね。せいちゃんの通信用のアイテムの反応は?」
「ちょ~っと待ってよ?……神殿…の中には入ってるけど、その後の動きが無いね。レオン様、ダニエルの代わりに神殿に詰めてる護衛から何か連絡ありましたか?」
「いや、定時連絡は異常無しだったが、問い合わせてみる」
「お願いします。…何かあればミレイから連絡があるはずだけどそれも無いね。せいちゃんが着けてるブローチもダミーのホックも、壊されたらアラームが鳴るはずだし、外されたのかな?」
「ゆうちゃんのアイテムのこと知ってる相手ってこと?でももう○○国はそんなことしないはずだし…レオン様、私たちも王宮に行っていいですか?」
「是非お出で願いたい。…出来れば内密に」
「分かりました。ジャンに頼んで直で広間へ飛びますね」
「それは心強い。では後ほど」
「どうしよう、ゆうちゃん。先に神殿に行ってみた方がいいかしら?」
「いや、連絡が無いってのが引っかかる。罠かも。ジャンが来たら王宮の奥まで直行してもらおう。誰にも見付からないように。神殿の様子はその後でジャンに頼もう」
「そうね。それにしても今度はせいちゃんが行方不明だなんて。…せいちゃんが本当の聖女だって知ってる人の仕業かしら」
「ラウラの噂が出た途端に、だもんね。しかもその噂も有り得ないスピードで広まってる。何が狙いで誰が広めてるのか…分からないのが怖いね」
れいちゃんが呼び出したジャンが、セリーヌ行方不明の内情を報告したライモンドと一緒に森の家に現れて、4人は王宮の奥の広間の柱の陰へと瞬間移動しました。
~~~~~~~~
「…クシュンッ!」
乾き切らない半濡れの髪の冷たさで目が覚めたせいちゃんは、ラウラの物らしい白い聖女服を着ていました。縛られてはいませんでしたが、靴は履いていませんでした。
(ここはどこかしら。物置、ってほど荒れてないけど…この水の匂い…ここは△△国ではないわね。…海が近い?)
「あら、起きた?」
青味がかった長い黒髪の、見慣れない軍服の女性が戸を開けて入ってきました。
「あなたは誰?ここはどこなの?」
「さあね。当てられたら教えてあげる」
「はあ?そんなこと分かる訳無…」
(…なるほどね。当てればいいのね。見たことが無い軍服、しかも女性。見たことが無い髪の色。綺麗すぎる発音。僅かに聞こえる水音。水の匂い。温かい西からの海風…)
「あなたは海の向こうの帝国の軍人ね。ここは□□国の再北西の海寄りの川岸の近くかしら」
「あらまあ、頭が良いのねえ。当たりよ」
「はあ…。そんな人がなぜ私を?」
「贅沢ね。そもそも質問は受け付けてないわ」
「独り言よ。少し1人にしてもらえるかしら」
「あなたに考える時間をあげるとろくな事が無さそうね。また眠っていてもらおうかしら」
「それならそれでもいいけど、お腹が空いたわ」
「ふふ、じゃあ何か持ってくるわ。食べたらまた眠りなさい」
(睡眠薬でも入れるつもり?解毒してあげるけど?少しでも水分があれば変質させられるもの。…私の力を知っているのかしら。殺す気は無さそうだけど、利用する?それとも私が邪魔?…ラウラの噂との関係はあるのかしら。何が狙いなの。
こんなに離されてしまうと結界が張れないわ。まだミレイたちの力だけでは長くは保たないはず。私が戻らないと△△国の水は涸れ続けていく。ラウラに水を復活させる力は無い。そうなることで誰に何のメリットがあるの?)
~~~~~~~~
「でもさあ、娼婦だったってことは処女じゃないんだろう?それでも聖なる力ってのはあるのかい?」
「大本山からラウラ様が戻ってきた時に水が溢れ出した奇跡は覚えてるだろう?今だって水はまだ涸れていないし」
「少し不味くなったか?」
「王宮で尋問されてるんだろう?疲れてるんじゃねえか?…なあ、俺、難しいことは分からねえけど、ラウラ様には感謝してんだ。いつも不思議なカバンにいっぱい聖水持ってて、疲れてたり熱があったりするやつにタダで配ってる。俺だって娘だってそれで助けてもらった。ラウラ様は聖女様だよ。それでいいんじゃねえのか?」
「そうだよな。ラウラ様ってお人好しでちょっと抜けてるけど朗らかで癒されるんだよなあ。誰が言い出したんだ?もしかして娼婦仲間が妬んだとかか?」
「違うらしいぜ。娼館行ったやつが聞いた話じゃ、どこかの金持ちに身請けされて出て行ったラウラが聖女のラウラ様だとは思ってなかったんだってさ」
「この騒ぎで知ったってことか」
手の者が聞き出した△△国の現状や噂話を、飛ばした耳で受けたライモンドは思考を巡らせました。
この前のパーティーの事件の後からは自国だけではなく小大陸の3国全域に網を張っていたので、噂の出所までは特定出来ていないが広まり方の違和感には気付いていて、情報を集めさせていたのでした。
(意外と、元娼婦だと分かってもラウラの評判が落ちてはいない。普段から聖なる力を持つ子を探して市場や農村まで回って、あれこれ手伝ったりしている今のラウラの姿をみんなが見ているからだろうな)
ジャンとダニエルを神殿に向かわせて、れいちゃんとゆうちゃんと共に王宮に残ったライモンドは、片目と片耳をフル回転させて集めた情報をその場で共有しました。
王宮の内部や神殿のことならばそれなりに掴んでいるレオンでしたが、宰相になってまだ日が浅いので市井の声に疎く、ラウラに対する民衆の反応を心配していたので、ライモンドからの報告に少し安堵しました。
「スキャンダラスな噂が流れたぐらいじゃ揺らがないぐらい、ラウラ様の聖女としての地位は確立されているようだな」
「そうですね、宰相閣下」
「レオンでいい。ライモンド殿」
「では、レオン様、セリーヌがちゃんとした聖女様だったということは今では周知されていますが、ラウラ様が仮の聖女様だということは極秘ですね?でもラウラ様に不利な状況下でセリーヌが行方不明になったということは…」
「聖女の価値を下げるのが狙いだということか?だとしたら…水か。だが水への影響はまだそれほど出てはいない。ラウラ様、それがなぜなのか分かりますか?」
「見習い聖女の子たちの能力が上がってるからよ。特にミレイの力が強いわ」
「…それを誰かにおっしゃったことは?」
「いつも言ってるわ。周りにも、本人にも。私、褒めて育てたいと思ってるから」
「ラウラの素直さは美点だけど…裏目に出ちゃったかな?」
ずっと黙っていたれいちゃんが、ゆうちゃんの言葉にハッとしました。
「え…?ミレイ…危ないんじゃないの?」
既にジャンに指示を出していたライモンドは、妹の言葉に肯きました。
~~~~~~~~
(ふぁ…考え事しながらうたた寝してたわ。食事には何も入ってなかったけど。いやね、年(精神年齢)かしら。あら?この気配は…)
「ミレイ?…ミレイ!起きて!」
「う…ん…あっ!セリーヌ様!私、…え?ここはどこ?」
「ミレイも連れてこられちゃったのか。にしても、別動隊がいるのかしら…それとも、もしかして…」
(神殿の近くで襲われて意識を落とした私の体をゆうちゃんのアイテム外しのために清めて、ラウラの服に着替えさせたのは、あの軍服の女と、多分ミレイだわ。女1人の力じゃ無理だものね。…ミレイはどこまで関与しているのかしら)
「はっ!セリーヌ様!大丈夫ですか?セリーヌ様は瘴気に当てられて倒れていたんですよ!」
「…神殿で?」
「はい!神官様に運んでいただいて、瘴気をお浄めして奥の部屋で休んでいただいていたのですが…あれ?ここは?私、いつの間に…?」
「神官様?…って誰?」
「…え?あれ?…顔が思い出せません。でも、今はラウラ様の噂のことがあって神殿の警備も厳しいし、身元は確かな神官様だとは思うのですが…」
「それは、まあ、いいわ(あの女の変装か仲間でしょうね)。そんなことより問題は私とミレイがここにいることだわ。△△国の水が涸れるわね」
「え?結界は?祈りは?」
「届かないわ。ここは□□国の最北西だから…え?ちょっと待って?おかしいわ。まさかジャンが?いいえ、違うわね。ジャンと同じ瞬間移動の魔法が使える人がいるんだわ。私の洗い髪が乾かないうちにこんなに遠くまで私を移動させた後で、また往復してミレイまで連れてこられるんだから。ん?1人しか運べないのかしら?」
「どうしましょう!セリーヌ様。お水が…」
「しばらくは大丈夫よ。前回の経験からすればね。でも私たちがここにいることをどうにかして知らせないと」
「あの神官様は悪い人だったんでしょうか?私が騙されたせいで…」
「ミレイのせいじゃないわ。悪事ってのはね、するやつが悪いのよ。海の向こうの帝国絡みだと思うわ。帝国の狙いはこの小大陸でしょうね。今までは魔王の瘴気があったりして手が出せなかったんだろうけど、革命が成功した○○国は軍部をかなり縮小してしまったし、□□国にはお飾りの騎士団しか無い。神聖力で護られている△△国から力のある聖女を連れ去った上に聖女の地位も貶めて人心を惑わせたら…」
せいちゃんがそこまで言った時、ガンッ!と大きな音がして戸が蹴り開けられました。
「あ~あ、処分は保留だったんだが、厄介な頭してんなあ。味方に付くなら生かしてやるが、敵対するなら命は無い。どうする?」
ズカズカと部屋の中に入り、しゃがみ込んで目線を合わせてきた赤目の男の顔を睨み付けたせいちゃんは、一瞬だけその男の耳元でキラリと光ったサファイアの瞳に気が付きました。
「あなたにそんな権限は無いでしょう?それにあなた、本気で帝国に加担しようとしているの?」
「は?」
「この小大陸は大精霊と魔王に護られているのよ?たかだか人間如きが小賢しいことしたって手に入らないわよ。嘘だと思うなら仕掛けてみればいいわ。弱っちょろくなってる今の3国なら叩けると思ってるんでしょう?」
「…参ったな。こりゃあ分が悪すぎだろ。っていうか、魔王は生きてんのか?」
「健在よ。前に勇者に倒された魔王は、本物の魔王と対立して名乗りを上げていたやつだから。魔王は人と人が殺し合うのが嫌いなのよ。帝国に攻め込まれそうになったら今度はこの小大陸全部を瘴気で覆って隠すかもね」
「…ふ~ん。なんだかなあ…俺は元々風来坊でな。ついでに言うと、いい女には目がないんだ。ソネットに従ってんのもそれなりに楽しかったが、あんたはもっと楽しませてくれそうだな」
「下手な口説き文句ね。あなたを楽しませる筋合いは無いし、私は自分の楽しませ方を知っているから男はいらないわ」
「……あんたなぁ、いくつだ?小娘と話してる気がしねえんだが?なんていうか、ちょっと…ギャップがたまんねえな。なあ、男はいらないなんて言うほどホントは男知らねえんだろ?試しに俺と…なんだ?外が騒がしいな」
あっちだ!こっちだ!と大騒ぎしている様子を見に、赤目の男がせいちゃんから離れてそっと窓際に立った隙に、ライモンドが姿を現しました。
「は!なん…!」
ライモンドに気付いて振り返った赤目の男の背後にはジャンがいました。速攻で赤目の男を後ろ手に拘束したジャンは、外で大騒ぎを引き起こしていた使い魔を回収しました。
拘束された赤目の男は困ったようにヘラヘラと笑いました。
「あ~、ボス、何勘違いしてるのか知らねえけど、俺は聖女様たちを助けに来たんだぜ?怪しいやつらが立てこもっていたから様子見て乗り込んで、さあ、これから!って時に…」
「フラれたらさっさと引き下がる方が男を上げるぞ、アンタレス」
「へ?なんでフラれたって…」
「私は見えるだけじゃないんでね。セリーヌ、時間稼ぎありがとう。一瞬だけ具現化させた私の瞳によく気付いてくれたね。2人とも無事だね?」
「千里眼な上に地獄耳かよ。ちっ。あの時の盗聴器はフェイクだったのか?」
「いや?せっかくサリーが渡してくれたから使ってみようかと思っただけだ」
「いつから…ああ、最初から俺を信じていなかったな。見張りは撒いたはずだったんだが」
「うん、撒かれてたな。鍛え直さないと」
飄々とした顔で怖ろしい部下育成計画を立てているライモンドをチラッと見たジャンは肩をすくめました。
「じゃあ、なんで気付いたんだ?」
「ミレイにジャンの使い魔を付けたからね。ギリギリ間に合ったよ。で、使い魔を通してジャンにこの場所が分かったから連れてきてもらって、そこから目と耳を飛ばしてどの部屋にいるのかを探したんだ」
「目と耳を飛ばす…?そういうことか。しかし、そんなことまで話していいのか?…俺を始末する気か?」
「その気ならこんな手間はかけない。お前の為人が分かったから、これからは存分に働いてもらう。お前が何のために動いているのか掴めなかったが、女だったとはね。ま、肝心のソネットとやらは分が無いと悟った時点で側近だけ連れて飛んだみたいだけどな」
「薄情な女だよな。今頃はもう海の上だな。追いかけるか?」
「その必要は無い。さっきの大精霊と魔王の情報を帝国に持って帰ってもらわないとな。それを聞いても武力に訴えるほど帝国はバカじゃないだろう?」
「そうだろうな。今回のも様子見でちょっと揺さぶってみただけだ。資源が豊富で文化も成熟しているこの小大陸を、出来るだけこのままの姿で、最小限の犠牲で手に入れたかったんだ」
「ソネットはジャンのような瞬間移動の魔法が使えるんだな?」
「ああ。だからジャンの能力や、真の聖女の在り方に気が付いた。ソネットは革命の前から男装して○○国に潜り込んでいたんだ。革命後の軍部縮小からの余剰人員での鉱山発掘、瘴気跡での学園都市の発展まで見届けて、さて、今度は△△国のややこしい聖女関連を弄ってみようと、失脚した前の神官長を懐柔して新聖女の弱味を握って噂を流したけど、尻すぼみになったから本当の聖女の誘拐にシフトしたんだが、もうアウトだな」
「ラウラは人たらしだからな。悪評なんか立ち消えだ。で、お前が□□国の、というか私の押さえだったのか?」
「ああ、王家に影がいるのは分かっていたからな。上手いこと俺を組織に取り込ませたと思っていたんだがなあ。いつもこんなに疑い深いのか?」
「相手による。お前は最初からおかしかった。お前たちの組織を潰したきっかけになったサリーを恨んでると言いながらあっさり許すし、私たちの配下になってしまったという卑屈さも無かった。下手が過ぎる」
「キッツいなあ。セリーヌちゃんといい、ボスといい、今時の若者ってこんな辛辣なのか?」
「ふっ。私たち程度で辛辣なんて言っていたら私の妹とは話も出来ないぞ。なあ、セリーヌ」
オドオドするミレイを宥めながら話を聞いていたせいちゃんは吹き出しました。
「れいちゃんね…くく。なんてったって悪役令嬢ですもんね。あ~、でも心配してるでしょうね。もうここはいいんでしょう?撤収はそこの赤目さんに任せて戻りましょうよ」
「赤目さんじゃなくてアンタレスだ。なあ、俺は本気だから考えといてくれよ」
「考えるまでもなく嫌よ。さよなら」
せいちゃんのあまりの拒否っぷりに思わず笑ってしまったミレイは口元を両手で覆いました。
少し顔色が良くなったミレイの背を、せいちゃんはゆっくりと撫でました。
「おいおい…。なあ、ボスの妹ってホントにアレよりキツいのか?」
「乗り替えるなよ。もっと手強いからな」
「げっ!もっとって…あ~あ、おとなしく撤収して、良い子で待ってるぜ、ボス」
ジャンに掴まって消える4人を見送ったアンタレスは、カフスボタンの飾りパーツを押して、ソネットと通じていた通信機のスイッチを切って、捨てました。
戦争にならないなら、ならない方がいい。
そっと独り言ちたアンタレスは、部下を撤収するために階段を下りていきました。
~~~~~~~~
(あ、通信機を切られたわね。あの男、元々信用はしてなかったけど、ここまでね)
帝国へと戻る船の甲板で、ソネットはイヤーカフを外しました。
(あの聖女を運んだ後で、先に神官として潜り込ませていた側近を移動させていた間に、ミレイに使い魔を付けられていたとはね。私は一度に1人しか運べないし、魔法力が違いすぎるわ。始めから勝ち目なんか無かったのね)
大精霊、魔王、魔法使い、大聖女、勇者、隠密…こんなところに手を出すべきではないという報告書をまとめるために、ソネットは船室へと向かいました。
~~~~~~~~
「ただいま!と同時に結界を!と言いたいところだけど、ミレイ。あなたが結界を張ってみて」
突然△△国の王宮の奥の広間に、ライモンドとジャンにくっ付いたせいちゃんとミレイが現れたと思ったら、せいちゃんは開口一番、そう言いました。
「え?!私がですか?」
「そう。もう大丈夫だと思うのよね。ね?ラウラ」
せいちゃんに飛び付くタイミングを見計らっていたラウラは、首を縦にぶんぶんと振りました。
それに応えてミレイが祈ると、瑞々しい気配がサーッと広がりました。
「すごいわ!ミレイ!力がまた増してる!あと、それと、おかえりなさい!せいちゃんさん!ミレイ!2人とも無事で良かった~!」
ラウラはミレイを抱き上げてグルグル回ると、ミレイを抱えたまませいちゃんに抱き付きました。
「ふふふ。ラウラも災難だったわね。今度私とミレイが代わりばんこに残って、二手に分かれて大本山に登りましょう。そこで今いる見習い聖女の子たちに加護をもらったら、私もラウラももう引退してもいい頃合よね。ラウラは聖なる力を持つ子を見付ける目があるから、それはまだ頑張ってほしいけどね」
「うんうん!でもこんなに噂になってると動きにくいかなぁ。私が元娼婦だってことってさ、大きな声で言えることじゃないのは分かってたけど、そんなに悪いことだと思ってなかったんだよねえ。私、お母さんも娼婦で、お母さんは早くに亡くなっちゃったから娼館で育ったんだよ。だから他の世界を知らなかったし、違いもよく分かんない。何がダメなの?男と女が交わるのも、それで子どもが生まれるのも、人が死ぬのも生きるのも、食べるのも笑うのも、当たり前で普通のことでしょう?お金のやり取りをするのがダメなの?でも何を買ったってお金、何をしてもらったってお金、旦那さんは奥さんにお金渡すでしょう?何が違うの?」
訴えるのではなく、責めるのでも嘆くのでもなく、「あ~あ、前髪切りすぎちゃった」ぐらいの調子で、ラウラは言いました。
隣で聞いていたレオンは、大きく息を吐きました。
「娼婦は犯罪者でも悪でもない。確かに白昼堂々看板を掲げて闊歩出来る職業ではないかもしれないが、恥ずべきは個々の事情を慮ることなく興味本位で悪意を吹聴することだ。それにラウラの噂はもう既にかなり下火になっているから、普通にしていればいい」
ラウラは、レオンを見つめてキョトンとしました。
「あの、ごめんなさい。聞いたこと無い言葉ばっかりでよく分かんなかったんだけど…?」
レオンは片手で顔面を押さえて天を仰ぎ、ラウラ以外のみんなは笑いを堪えました。
「つ・ま・り!みんな今のラウラが好きだから、過去のことなんてどうでもいいんだってさ!」
と、ゆうちゃんが言い、
「そうよ!わたくしが差し上げたカバンでたくさん人助けもしてきたでしょう?皆さん、感謝していたわよ!」
と、れいちゃんが言い、
「ラウラはちゃんと大本山の大精霊様が認めた聖女なんだから堂々としていればいいのよ!力はちょっとしか無いかもしれないけど、立派にミレイたちを見付けて育て上げたんだから!」
と、せいちゃんが言いました。
ラウラは、エヘヘと笑っていました。
そのスキャンダラスな噂はあっという間に△△国中に広まりました。
事情聴取と称して保護するためにラウラを王宮に呼び出した宰相のレオンは、前聖女のセリーヌ(せいちゃん)も、王宮へと呼び寄せました。
そして、王宮に行く前にちょっと神殿のミレイたちの様子を見ようとしていたせいちゃんは、行方不明になってしまいました。
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「レイチェル嬢、こちらは王宮のレオンだが、ラウラ様は到着されたが、セリーヌ殿がまだお見えでないのだが?」
王宮と森の家を繋ぐ通信ラインから聞こえてきたのは、新しく宰相になったレオンの訝しげな声でした。
「レオン様?え?せいちゃんならかなり前に出掛けましたわ。ゆうちゃん、せいちゃんは神殿に寄ってから王宮に行くって言っていたわよね。せいちゃんの通信用のアイテムの反応は?」
「ちょ~っと待ってよ?……神殿…の中には入ってるけど、その後の動きが無いね。レオン様、ダニエルの代わりに神殿に詰めてる護衛から何か連絡ありましたか?」
「いや、定時連絡は異常無しだったが、問い合わせてみる」
「お願いします。…何かあればミレイから連絡があるはずだけどそれも無いね。せいちゃんが着けてるブローチもダミーのホックも、壊されたらアラームが鳴るはずだし、外されたのかな?」
「ゆうちゃんのアイテムのこと知ってる相手ってこと?でももう○○国はそんなことしないはずだし…レオン様、私たちも王宮に行っていいですか?」
「是非お出で願いたい。…出来れば内密に」
「分かりました。ジャンに頼んで直で広間へ飛びますね」
「それは心強い。では後ほど」
「どうしよう、ゆうちゃん。先に神殿に行ってみた方がいいかしら?」
「いや、連絡が無いってのが引っかかる。罠かも。ジャンが来たら王宮の奥まで直行してもらおう。誰にも見付からないように。神殿の様子はその後でジャンに頼もう」
「そうね。それにしても今度はせいちゃんが行方不明だなんて。…せいちゃんが本当の聖女だって知ってる人の仕業かしら」
「ラウラの噂が出た途端に、だもんね。しかもその噂も有り得ないスピードで広まってる。何が狙いで誰が広めてるのか…分からないのが怖いね」
れいちゃんが呼び出したジャンが、セリーヌ行方不明の内情を報告したライモンドと一緒に森の家に現れて、4人は王宮の奥の広間の柱の陰へと瞬間移動しました。
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「…クシュンッ!」
乾き切らない半濡れの髪の冷たさで目が覚めたせいちゃんは、ラウラの物らしい白い聖女服を着ていました。縛られてはいませんでしたが、靴は履いていませんでした。
(ここはどこかしら。物置、ってほど荒れてないけど…この水の匂い…ここは△△国ではないわね。…海が近い?)
「あら、起きた?」
青味がかった長い黒髪の、見慣れない軍服の女性が戸を開けて入ってきました。
「あなたは誰?ここはどこなの?」
「さあね。当てられたら教えてあげる」
「はあ?そんなこと分かる訳無…」
(…なるほどね。当てればいいのね。見たことが無い軍服、しかも女性。見たことが無い髪の色。綺麗すぎる発音。僅かに聞こえる水音。水の匂い。温かい西からの海風…)
「あなたは海の向こうの帝国の軍人ね。ここは□□国の再北西の海寄りの川岸の近くかしら」
「あらまあ、頭が良いのねえ。当たりよ」
「はあ…。そんな人がなぜ私を?」
「贅沢ね。そもそも質問は受け付けてないわ」
「独り言よ。少し1人にしてもらえるかしら」
「あなたに考える時間をあげるとろくな事が無さそうね。また眠っていてもらおうかしら」
「それならそれでもいいけど、お腹が空いたわ」
「ふふ、じゃあ何か持ってくるわ。食べたらまた眠りなさい」
(睡眠薬でも入れるつもり?解毒してあげるけど?少しでも水分があれば変質させられるもの。…私の力を知っているのかしら。殺す気は無さそうだけど、利用する?それとも私が邪魔?…ラウラの噂との関係はあるのかしら。何が狙いなの。
こんなに離されてしまうと結界が張れないわ。まだミレイたちの力だけでは長くは保たないはず。私が戻らないと△△国の水は涸れ続けていく。ラウラに水を復活させる力は無い。そうなることで誰に何のメリットがあるの?)
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「でもさあ、娼婦だったってことは処女じゃないんだろう?それでも聖なる力ってのはあるのかい?」
「大本山からラウラ様が戻ってきた時に水が溢れ出した奇跡は覚えてるだろう?今だって水はまだ涸れていないし」
「少し不味くなったか?」
「王宮で尋問されてるんだろう?疲れてるんじゃねえか?…なあ、俺、難しいことは分からねえけど、ラウラ様には感謝してんだ。いつも不思議なカバンにいっぱい聖水持ってて、疲れてたり熱があったりするやつにタダで配ってる。俺だって娘だってそれで助けてもらった。ラウラ様は聖女様だよ。それでいいんじゃねえのか?」
「そうだよな。ラウラ様ってお人好しでちょっと抜けてるけど朗らかで癒されるんだよなあ。誰が言い出したんだ?もしかして娼婦仲間が妬んだとかか?」
「違うらしいぜ。娼館行ったやつが聞いた話じゃ、どこかの金持ちに身請けされて出て行ったラウラが聖女のラウラ様だとは思ってなかったんだってさ」
「この騒ぎで知ったってことか」
手の者が聞き出した△△国の現状や噂話を、飛ばした耳で受けたライモンドは思考を巡らせました。
この前のパーティーの事件の後からは自国だけではなく小大陸の3国全域に網を張っていたので、噂の出所までは特定出来ていないが広まり方の違和感には気付いていて、情報を集めさせていたのでした。
(意外と、元娼婦だと分かってもラウラの評判が落ちてはいない。普段から聖なる力を持つ子を探して市場や農村まで回って、あれこれ手伝ったりしている今のラウラの姿をみんなが見ているからだろうな)
ジャンとダニエルを神殿に向かわせて、れいちゃんとゆうちゃんと共に王宮に残ったライモンドは、片目と片耳をフル回転させて集めた情報をその場で共有しました。
王宮の内部や神殿のことならばそれなりに掴んでいるレオンでしたが、宰相になってまだ日が浅いので市井の声に疎く、ラウラに対する民衆の反応を心配していたので、ライモンドからの報告に少し安堵しました。
「スキャンダラスな噂が流れたぐらいじゃ揺らがないぐらい、ラウラ様の聖女としての地位は確立されているようだな」
「そうですね、宰相閣下」
「レオンでいい。ライモンド殿」
「では、レオン様、セリーヌがちゃんとした聖女様だったということは今では周知されていますが、ラウラ様が仮の聖女様だということは極秘ですね?でもラウラ様に不利な状況下でセリーヌが行方不明になったということは…」
「聖女の価値を下げるのが狙いだということか?だとしたら…水か。だが水への影響はまだそれほど出てはいない。ラウラ様、それがなぜなのか分かりますか?」
「見習い聖女の子たちの能力が上がってるからよ。特にミレイの力が強いわ」
「…それを誰かにおっしゃったことは?」
「いつも言ってるわ。周りにも、本人にも。私、褒めて育てたいと思ってるから」
「ラウラの素直さは美点だけど…裏目に出ちゃったかな?」
ずっと黙っていたれいちゃんが、ゆうちゃんの言葉にハッとしました。
「え…?ミレイ…危ないんじゃないの?」
既にジャンに指示を出していたライモンドは、妹の言葉に肯きました。
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(ふぁ…考え事しながらうたた寝してたわ。食事には何も入ってなかったけど。いやね、年(精神年齢)かしら。あら?この気配は…)
「ミレイ?…ミレイ!起きて!」
「う…ん…あっ!セリーヌ様!私、…え?ここはどこ?」
「ミレイも連れてこられちゃったのか。にしても、別動隊がいるのかしら…それとも、もしかして…」
(神殿の近くで襲われて意識を落とした私の体をゆうちゃんのアイテム外しのために清めて、ラウラの服に着替えさせたのは、あの軍服の女と、多分ミレイだわ。女1人の力じゃ無理だものね。…ミレイはどこまで関与しているのかしら)
「はっ!セリーヌ様!大丈夫ですか?セリーヌ様は瘴気に当てられて倒れていたんですよ!」
「…神殿で?」
「はい!神官様に運んでいただいて、瘴気をお浄めして奥の部屋で休んでいただいていたのですが…あれ?ここは?私、いつの間に…?」
「神官様?…って誰?」
「…え?あれ?…顔が思い出せません。でも、今はラウラ様の噂のことがあって神殿の警備も厳しいし、身元は確かな神官様だとは思うのですが…」
「それは、まあ、いいわ(あの女の変装か仲間でしょうね)。そんなことより問題は私とミレイがここにいることだわ。△△国の水が涸れるわね」
「え?結界は?祈りは?」
「届かないわ。ここは□□国の最北西だから…え?ちょっと待って?おかしいわ。まさかジャンが?いいえ、違うわね。ジャンと同じ瞬間移動の魔法が使える人がいるんだわ。私の洗い髪が乾かないうちにこんなに遠くまで私を移動させた後で、また往復してミレイまで連れてこられるんだから。ん?1人しか運べないのかしら?」
「どうしましょう!セリーヌ様。お水が…」
「しばらくは大丈夫よ。前回の経験からすればね。でも私たちがここにいることをどうにかして知らせないと」
「あの神官様は悪い人だったんでしょうか?私が騙されたせいで…」
「ミレイのせいじゃないわ。悪事ってのはね、するやつが悪いのよ。海の向こうの帝国絡みだと思うわ。帝国の狙いはこの小大陸でしょうね。今までは魔王の瘴気があったりして手が出せなかったんだろうけど、革命が成功した○○国は軍部をかなり縮小してしまったし、□□国にはお飾りの騎士団しか無い。神聖力で護られている△△国から力のある聖女を連れ去った上に聖女の地位も貶めて人心を惑わせたら…」
せいちゃんがそこまで言った時、ガンッ!と大きな音がして戸が蹴り開けられました。
「あ~あ、処分は保留だったんだが、厄介な頭してんなあ。味方に付くなら生かしてやるが、敵対するなら命は無い。どうする?」
ズカズカと部屋の中に入り、しゃがみ込んで目線を合わせてきた赤目の男の顔を睨み付けたせいちゃんは、一瞬だけその男の耳元でキラリと光ったサファイアの瞳に気が付きました。
「あなたにそんな権限は無いでしょう?それにあなた、本気で帝国に加担しようとしているの?」
「は?」
「この小大陸は大精霊と魔王に護られているのよ?たかだか人間如きが小賢しいことしたって手に入らないわよ。嘘だと思うなら仕掛けてみればいいわ。弱っちょろくなってる今の3国なら叩けると思ってるんでしょう?」
「…参ったな。こりゃあ分が悪すぎだろ。っていうか、魔王は生きてんのか?」
「健在よ。前に勇者に倒された魔王は、本物の魔王と対立して名乗りを上げていたやつだから。魔王は人と人が殺し合うのが嫌いなのよ。帝国に攻め込まれそうになったら今度はこの小大陸全部を瘴気で覆って隠すかもね」
「…ふ~ん。なんだかなあ…俺は元々風来坊でな。ついでに言うと、いい女には目がないんだ。ソネットに従ってんのもそれなりに楽しかったが、あんたはもっと楽しませてくれそうだな」
「下手な口説き文句ね。あなたを楽しませる筋合いは無いし、私は自分の楽しませ方を知っているから男はいらないわ」
「……あんたなぁ、いくつだ?小娘と話してる気がしねえんだが?なんていうか、ちょっと…ギャップがたまんねえな。なあ、男はいらないなんて言うほどホントは男知らねえんだろ?試しに俺と…なんだ?外が騒がしいな」
あっちだ!こっちだ!と大騒ぎしている様子を見に、赤目の男がせいちゃんから離れてそっと窓際に立った隙に、ライモンドが姿を現しました。
「は!なん…!」
ライモンドに気付いて振り返った赤目の男の背後にはジャンがいました。速攻で赤目の男を後ろ手に拘束したジャンは、外で大騒ぎを引き起こしていた使い魔を回収しました。
拘束された赤目の男は困ったようにヘラヘラと笑いました。
「あ~、ボス、何勘違いしてるのか知らねえけど、俺は聖女様たちを助けに来たんだぜ?怪しいやつらが立てこもっていたから様子見て乗り込んで、さあ、これから!って時に…」
「フラれたらさっさと引き下がる方が男を上げるぞ、アンタレス」
「へ?なんでフラれたって…」
「私は見えるだけじゃないんでね。セリーヌ、時間稼ぎありがとう。一瞬だけ具現化させた私の瞳によく気付いてくれたね。2人とも無事だね?」
「千里眼な上に地獄耳かよ。ちっ。あの時の盗聴器はフェイクだったのか?」
「いや?せっかくサリーが渡してくれたから使ってみようかと思っただけだ」
「いつから…ああ、最初から俺を信じていなかったな。見張りは撒いたはずだったんだが」
「うん、撒かれてたな。鍛え直さないと」
飄々とした顔で怖ろしい部下育成計画を立てているライモンドをチラッと見たジャンは肩をすくめました。
「じゃあ、なんで気付いたんだ?」
「ミレイにジャンの使い魔を付けたからね。ギリギリ間に合ったよ。で、使い魔を通してジャンにこの場所が分かったから連れてきてもらって、そこから目と耳を飛ばしてどの部屋にいるのかを探したんだ」
「目と耳を飛ばす…?そういうことか。しかし、そんなことまで話していいのか?…俺を始末する気か?」
「その気ならこんな手間はかけない。お前の為人が分かったから、これからは存分に働いてもらう。お前が何のために動いているのか掴めなかったが、女だったとはね。ま、肝心のソネットとやらは分が無いと悟った時点で側近だけ連れて飛んだみたいだけどな」
「薄情な女だよな。今頃はもう海の上だな。追いかけるか?」
「その必要は無い。さっきの大精霊と魔王の情報を帝国に持って帰ってもらわないとな。それを聞いても武力に訴えるほど帝国はバカじゃないだろう?」
「そうだろうな。今回のも様子見でちょっと揺さぶってみただけだ。資源が豊富で文化も成熟しているこの小大陸を、出来るだけこのままの姿で、最小限の犠牲で手に入れたかったんだ」
「ソネットはジャンのような瞬間移動の魔法が使えるんだな?」
「ああ。だからジャンの能力や、真の聖女の在り方に気が付いた。ソネットは革命の前から男装して○○国に潜り込んでいたんだ。革命後の軍部縮小からの余剰人員での鉱山発掘、瘴気跡での学園都市の発展まで見届けて、さて、今度は△△国のややこしい聖女関連を弄ってみようと、失脚した前の神官長を懐柔して新聖女の弱味を握って噂を流したけど、尻すぼみになったから本当の聖女の誘拐にシフトしたんだが、もうアウトだな」
「ラウラは人たらしだからな。悪評なんか立ち消えだ。で、お前が□□国の、というか私の押さえだったのか?」
「ああ、王家に影がいるのは分かっていたからな。上手いこと俺を組織に取り込ませたと思っていたんだがなあ。いつもこんなに疑い深いのか?」
「相手による。お前は最初からおかしかった。お前たちの組織を潰したきっかけになったサリーを恨んでると言いながらあっさり許すし、私たちの配下になってしまったという卑屈さも無かった。下手が過ぎる」
「キッツいなあ。セリーヌちゃんといい、ボスといい、今時の若者ってこんな辛辣なのか?」
「ふっ。私たち程度で辛辣なんて言っていたら私の妹とは話も出来ないぞ。なあ、セリーヌ」
オドオドするミレイを宥めながら話を聞いていたせいちゃんは吹き出しました。
「れいちゃんね…くく。なんてったって悪役令嬢ですもんね。あ~、でも心配してるでしょうね。もうここはいいんでしょう?撤収はそこの赤目さんに任せて戻りましょうよ」
「赤目さんじゃなくてアンタレスだ。なあ、俺は本気だから考えといてくれよ」
「考えるまでもなく嫌よ。さよなら」
せいちゃんのあまりの拒否っぷりに思わず笑ってしまったミレイは口元を両手で覆いました。
少し顔色が良くなったミレイの背を、せいちゃんはゆっくりと撫でました。
「おいおい…。なあ、ボスの妹ってホントにアレよりキツいのか?」
「乗り替えるなよ。もっと手強いからな」
「げっ!もっとって…あ~あ、おとなしく撤収して、良い子で待ってるぜ、ボス」
ジャンに掴まって消える4人を見送ったアンタレスは、カフスボタンの飾りパーツを押して、ソネットと通じていた通信機のスイッチを切って、捨てました。
戦争にならないなら、ならない方がいい。
そっと独り言ちたアンタレスは、部下を撤収するために階段を下りていきました。
~~~~~~~~
(あ、通信機を切られたわね。あの男、元々信用はしてなかったけど、ここまでね)
帝国へと戻る船の甲板で、ソネットはイヤーカフを外しました。
(あの聖女を運んだ後で、先に神官として潜り込ませていた側近を移動させていた間に、ミレイに使い魔を付けられていたとはね。私は一度に1人しか運べないし、魔法力が違いすぎるわ。始めから勝ち目なんか無かったのね)
大精霊、魔王、魔法使い、大聖女、勇者、隠密…こんなところに手を出すべきではないという報告書をまとめるために、ソネットは船室へと向かいました。
~~~~~~~~
「ただいま!と同時に結界を!と言いたいところだけど、ミレイ。あなたが結界を張ってみて」
突然△△国の王宮の奥の広間に、ライモンドとジャンにくっ付いたせいちゃんとミレイが現れたと思ったら、せいちゃんは開口一番、そう言いました。
「え?!私がですか?」
「そう。もう大丈夫だと思うのよね。ね?ラウラ」
せいちゃんに飛び付くタイミングを見計らっていたラウラは、首を縦にぶんぶんと振りました。
それに応えてミレイが祈ると、瑞々しい気配がサーッと広がりました。
「すごいわ!ミレイ!力がまた増してる!あと、それと、おかえりなさい!せいちゃんさん!ミレイ!2人とも無事で良かった~!」
ラウラはミレイを抱き上げてグルグル回ると、ミレイを抱えたまませいちゃんに抱き付きました。
「ふふふ。ラウラも災難だったわね。今度私とミレイが代わりばんこに残って、二手に分かれて大本山に登りましょう。そこで今いる見習い聖女の子たちに加護をもらったら、私もラウラももう引退してもいい頃合よね。ラウラは聖なる力を持つ子を見付ける目があるから、それはまだ頑張ってほしいけどね」
「うんうん!でもこんなに噂になってると動きにくいかなぁ。私が元娼婦だってことってさ、大きな声で言えることじゃないのは分かってたけど、そんなに悪いことだと思ってなかったんだよねえ。私、お母さんも娼婦で、お母さんは早くに亡くなっちゃったから娼館で育ったんだよ。だから他の世界を知らなかったし、違いもよく分かんない。何がダメなの?男と女が交わるのも、それで子どもが生まれるのも、人が死ぬのも生きるのも、食べるのも笑うのも、当たり前で普通のことでしょう?お金のやり取りをするのがダメなの?でも何を買ったってお金、何をしてもらったってお金、旦那さんは奥さんにお金渡すでしょう?何が違うの?」
訴えるのではなく、責めるのでも嘆くのでもなく、「あ~あ、前髪切りすぎちゃった」ぐらいの調子で、ラウラは言いました。
隣で聞いていたレオンは、大きく息を吐きました。
「娼婦は犯罪者でも悪でもない。確かに白昼堂々看板を掲げて闊歩出来る職業ではないかもしれないが、恥ずべきは個々の事情を慮ることなく興味本位で悪意を吹聴することだ。それにラウラの噂はもう既にかなり下火になっているから、普通にしていればいい」
ラウラは、レオンを見つめてキョトンとしました。
「あの、ごめんなさい。聞いたこと無い言葉ばっかりでよく分かんなかったんだけど…?」
レオンは片手で顔面を押さえて天を仰ぎ、ラウラ以外のみんなは笑いを堪えました。
「つ・ま・り!みんな今のラウラが好きだから、過去のことなんてどうでもいいんだってさ!」
と、ゆうちゃんが言い、
「そうよ!わたくしが差し上げたカバンでたくさん人助けもしてきたでしょう?皆さん、感謝していたわよ!」
と、れいちゃんが言い、
「ラウラはちゃんと大本山の大精霊様が認めた聖女なんだから堂々としていればいいのよ!力はちょっとしか無いかもしれないけど、立派にミレイたちを見付けて育て上げたんだから!」
と、せいちゃんが言いました。
ラウラは、エヘヘと笑っていました。
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