これが一生に一度きりの恋ならば

風音

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14.巨大水槽

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 ――土曜日。
 私たちは電車に乗って水族館へ。
 週に一度は休日デートをすることを約束していたので少し遠出した。
 入口でチケットを購入して中に入ると、薄暗い館内には小さな水槽が並んでいる。

「うわぁ、かわいい。こっちはカクレクマノミ。アニメにでてきたことのある魚だよね」
「有名だよね。昔スキューバーダイビングをしていた時に見たことがあるよ」
「へぇ、スキューバーダイビングをしたことあるんだぁ! この説明書きにはフィリピンやインドネシア西武太平洋や沖縄の海に生息しているって書いてあるけど、旅行かなにかで?」
「あーー……、うん……。家族旅行の時にね」
「すごいねぇ! 多分海外旅行だよね。実は藍の家はお金持ちだったりして」
「……別にフツーだよ。旅行くらい誰でも行くだろ」
「そ?」

 先日ひまりちゃんが、藍がホテルで暮らしてる的な話をしていたからそれに乗っかってみたけど、そうではない様子。
 人の隙間を抜けて次の水槽に移動していると、すれ違ったばかりの女の子の会話が耳に入った。

「いますれ違った人かっこよくない?」
「私も思ったぁ! 超イケメンだったね!!」

 振り返ると、高校生らしき女子二人がちらちらこっちを見ながらキャアキャアと賑っている。
 いますれ違った人……、とは藍のこと?
 私は男として見てないけど、彼はたしかにモテる。
 身長は175センチ超えで顔はイケメンだし。
 で、でもっ!!
 私の中では断然梶くんの方がイケメンだし。

 そのまま後ろ向きで歩いていたら、藍の背中にドンッと衝突した。

「おいおい。よそ見してたら危ないよ」
「ごめーーん……」
「ほら、向こうの巨大水槽を見てみようよ。魚がいっぱい泳いでるよ」

 彼が指をさした先は、照明がてらされてブルーに輝いているダイナミックな世界の巨大水槽。
 エイやサメなど大きな魚から、普段食卓に並んでいるアジやカツオなどの回遊魚がスイスイと泳いでいる。

 私たちは水槽前でブルーの光を浴びたまま魚たちを目で追った。

「こんなに広々としていると泳いでいるだけでも気持ちよさそうだよね」
「羨ましいな。こんな広い世界でのびのびと生きていて……」
「それ、どういう意味?」
「あっ、えーっと……。小さな水槽にいた魚たちは他の魚がのびのびと泳いでることを知らないんだろうなって」

 たしかに小さな水槽の魚たちは、生まれた頃から何百倍何千倍もの大きさの水槽を知らないのかもしれない。

「そうかもしれないね。でも、案外幸せかもよ?」
「どうして?」
「敵に襲われる心配はないし、時間になれば餌はもらえるし」
「でも、孤立しているから他の水槽の存在さえ知らない。どんな魚がいるとか、どんな世界があるんだろうとか興味さえ奪われてしまってるような気がする」

 時より見せる、影を被った表情。
 もしかしたら、なにか深い意味でもあるのかな?

「そんなことないと思うよ」
「えっ」
「きっと、大きな水槽よりも沢山の笑顔を吸収しているはず。小さな水槽だからこそ、一人一人が足を止めてじっくり見るくらいだからね」

 にこりとして言うと、彼はクスッと笑った。

「あやかって優しいね。そーゆーとこ、すげぇ好き」
「ちょ、ちょっと……。所構わずに好きとか言わないでよ! 周りの人に聞かれたらどうするのよ」
「俺は別に気にしないけど?」
「藍っっ!!」
「……あははっ。あやかのお陰で少し元気出たかも」
「どうして?」
「ううん、なんでもない」

 時々、彼がなにを考えてるかわからないことがある。
 ひまりちゃんへの態度が冷たかったり、こうやって小さな水槽の中の魚の心配をしたり。

 すると、目の前に藍の手がすっと差し出された。

「あのさ、せっかくのデートだから手を繋がない?」

 顔を見ると、少し恥ずかしそうな表情。
 急に変なことを言い出したから私まで恥ずかしくなる。

「えぇっ?! 無理!」
「だって、他のカップルがいちゃいちゃしてて悔しいんだもん。俺らだってカップルなのに」
「ダメダメ! 絶対ダメ!! 最初に手を出さないって約束したでしょ?」
「手を出すって、そーゆー意味だったの? ……ってことは、チューはいいってこと?」
「ちちち……ちがーーうぅ!! そんなこと言ってない!!」
「ダメなの?」
「当たり前でしょ!! ……いい? 私に指一本でも触れたら承知しないからね!」
「ちえっ」

 彼はふてくされていると、人混みの向こうの壁際に見覚えのある顔と目が合った。

「あれ、ひまりちゃん?」

 帽子を目深く被っていたから合ってるかどうかわからない。
 ただ、毎日顔を見ている分そっくりに思えた。

「えっ、どこに?」
「人混みに紛れちゃってるから本人かわからないけど、そっくりだったな」
「これだけ人が沢山いれば見間違えるだろ」
「んーーっ、でも本当にひまりちゃんに見えたんだけどなぁ」
「ひまりがこんなところにいるわけないだろ」
「そうだよね。見間違えかもしれないよね」

 転校してきたばかりだから一人で水族館へ来るわけないか。
 でも、本当にそっくりだったなぁ……。

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