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第九章
214.穏やかな優しさ
しおりを挟む理玖、バカだよ……。
怒鳴り散らしてもおかしくないくらいなのに、どうして我慢するの?
この瞬間から私達はもう恋人じゃないんだよ。
あんなにいっぱい愛してもらったのに、最後は『愛せなかった』なんて。
昔から私だけを一途に愛してくれたのに、中学卒業後と同様、最後は受け入れなかったんだよ。
こんな別れ間際ですら優しい言葉をかけたら、またいつもみたいに甘えたくなっちゃうじゃん。
理玖は逃げ出す事ばかり考えていた私よりずっとずっと強い。
少しは我を忘れるくらい怒ってもいいのに。
『別れたくない』と駄々をこねたり、『ふざけんな』と罵倒を浴びせたり、別れを食い止めてもおかしくないのに非難すらしないから、最後の瞬間さえ深い愛情を感じている。
そんな理玖の優しさに耐えられなった途端、翔くんと別れたあの日に相応するくらい大量の涙がポロポロと零れ落ちた。
「いつも塾から送ってくれてありがとう。理玖が傍にいてくれたから安心だったし、楽しくて幸せだったよ」
「お前が心配だったから迎えに行っただけ。それに、俺自身も幸せだった」
「それに、デートをすっぽかした上に、音信不通でいっぱい心配かけたのに、何も聞かないでくれてありがとう」
「あの時は泣き腫らした目を見た瞬間、心の方が心配だった。丸一日音信不通だったから聞きたい事は山ほどあったけど、何も聞かない方がお前の為になると思って」
「……っ。理玖と二人で行った遊園地、最高に楽しかったよ。苦手なものに乗ったり、一つのポテトを奪い合ったり。お陰で凄く元気が出たよ」
「うん。俺も一生の思い出になるくらい楽しかったよ。もっと色んな所にいっぱい連れて行ってあげればよかった」
寂しさと苦しさで次々と湧き出てくる涙と理玖の穏やかな優しさに、言葉一つ一つが詰まってしまう。
理玖と過した日々は、言葉では伝えきれないくらい感謝している。
だから、気持ちを伝えるなら目を見て伝えた方がいい。
「バレンタインの日にネックレスを一緒に探してくれてありがとう。見つけてくれた時は本当に嬉しかったよ 」
「大切にしてくれたと知った時はマジで嬉しかった。毎日身に付けてくれていたし。昔のお前ならあり得なかったのに」
「それと、最近誘ってくれたデートを連続で断り続けちゃってごめんね。理玖に会いたくなかった訳じゃないよ。私の気持ちが中途半端だったから……」
「それで良かったと思う。お前が会いたいと思ってくれないと会っても意味がないから。それに、過ぎた話だからもう忘れよう」
「……んっ。それと、『ずっと傍にいる』って約束、守ってあげれなくてごめんね……。大切にし続けてあげられなくて、……本当にっ……、本当にごめんなさい」
愛里紗は手で顔を覆いながら、すすり泣く声を詰まらせて泣き崩れた。
すると、理玖は袖口から柔軟剤の香りを漂わせながら髪を優しく撫でた。
「俺なら大丈夫。……だから、この話は終わりにして家に帰ろう。時間も遅いし、これ以上話を続けるのはお互い辛いから」
ビショビショに頬を濡らした顔をゆっくり上げると、理玖は穏やかで優しい顔をしていた。
ーーだが、次の瞬間。
理玖の左目から一粒の涙がツーっと頬を伝った。
それは、私に心配かけぬように隠し通していた感情が明らかになった瞬間だった。
真っ直ぐに筋を描いた涙が目に焼き付くと、優しい仮面の奥に隠された感情がギュッと凝縮されてるように思えて更に胸が締め付けられた。
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