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第九章
212.彼を待つ私
しおりを挟むーー朝晩の寒暖の差が開き、いよいよ本格的な春の香りに包まれ始めた。
今日は3月13日。
腕時計の針は19時を指している。
理玖に大切な話をしようと思って、英会話教室のビルの前で帰りを待つ事にした。
目に映るのは、それぞれの目的地に向かう不揃いな足。
耳に飛び込んでくるのは、バスターミナルから聞こえる車の音や多数の足音や話し声。
私は街の景色に包まれながら一人その場に佇んでいる。
英会話教室が何時に終わるのかわからない。
この時間に来た理由は、バレンタイン前日にこの場所で理玖と翔くんがかち合った時間がこれくらいだったから。
つい先日まで理玖は塾の出入り口で私を待ってくれていたけど、逆の立場になるのは今日が初めて。
人が賑わう駅前とはいえ、暗闇に包まれる中一人きりで待つのは寂しい。
毎回迎えに来てくれた時は、一体どんな気持ちだったのかな。
交際当初から思い返してみたら、理玖はいつも積極的に誘ってくれたり、駅で待ってくれたりしたから、交際に苦労しなかった。
だから、いつも甘えてた。
優しくしてもらったり。
甘やかせてもらったり。
笑わせてもらったり。
時には、ワガママに付き合ってもらったり。
甘え癖がついてしまっていたせいか、寄りかかるだけの交際になっていた。
しかし、理玖と翔くんが衝突したあの日以降、二人きりで会う事でさえ躊躇うように。
会えば楽しいとわかっているのに……。
帰りを待ち始めてから、およそ15分が過ぎた頃。
二人くらいしか通れないほど狭いビルの階段から人がまだらに降りて来た。
人の流れにすかさず反応すると、理玖を見失わないように一人一人の顔を撫でるように目線を向けた。
すると、人混みの中から理玖を発見。
8日ぶりに見たけど、覇気がなく視線を落としたまま。
私は理玖を傷付けるどころか、お日様のような温かい笑顔まで奪っていた。
翔くんと別れてから、理玖、咲、……そして私の三人が幸せになる方法を探した。
小学生の頃に翔くんと別れた時は、自分でもびっくりするくらい長く引きずった。
でも、引きずり続けた後に訪れたのは幸せな未来じゃない。
だから、一つの決断をした。
大切にしているみんなが幸せになる方法。
笑顔溢れる毎日が訪れるように、私は一歩前に進むことを決めた。
愛里紗は大きく深呼吸して息を吐いたと同時に足を進ませて、ビルから出ようとしている理玖を呼び止めた。
「理玖!」
理玖は三メートル先に立っている愛里紗に気付くと、嬉しそうにフッと笑みが溢れた。
すると、ズカズカと足を進ませて愛里紗の手を取った。
まるで、風船のような心を引き止めるかのように……。
愛里紗は「話がある」と伝えると、消失した笑顔と共に握りしめている手の力が一瞬弱まった。
そして、二人は話し合いの場所を移す事に。
私達は駅近辺の公園へ移動した。
ここは、理玖にファーストキスをした思い出深い場所。
私にとって唯一落ち着いて話せる場所だった。
理玖は駅から口を閉じたまま。
何かを考えている様子で口を開こうとしない。
私が先にベンチに腰を下ろすと、理玖も続いて腰を下ろした。
私達は隣同士に座っているのに、まるで他人のように口を黙らせている。
普段ならすかさず肩を組んでくるのに……。
固い決心をしてきたけど、どうやって切り出したらいいかわからない。
「何から言ったらいいのか、分からないけど」
「そんなに言いにくそうにしてるって事は、大事な話?」
「うん。大事な話」
「わかった……」
返事と共にお互いの目線を合わせた。
もう逃げられないし、目を離すことは出来ない。
だから、意を決して伝えた。
「理玖……、大好きだよ」
愛里紗は穏やかな目でそう伝えると、理玖は驚いて目を丸くした。
何故なら交際を始めた日から今日まで愛里紗の口からの『好き』と言って貰える日を待ち望んでいたから。
「えっ……」
「……だけど、愛せなかった。ごめん」
愛里紗はそう言うと、瞳に潤んだ涙を飲むように息を飲んだ。
理玖は切ない眼差しで見つめるが、愛里紗は現実から目を背けるかのように目線を膝元に落としてスカートをギュッと握りしめた。
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