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第八章

178.不安材料

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  約2ヶ月ぶりに姿を現した翔くんは、ラッピング材料が入っているレジ袋を持っている左腕を掴んだまま言った。



「いま話せるかな……」



  彼は他の用事ついでに見かけて声をかけてきた感じではない。
  そう思ったのは、心を見透かしそうなくらい真っ直ぐな瞳で見つめてきたから。
 

  傍にいるだけで懐かしい香りが漂ってくる。
  昔からずっと変わらない優しい香りが……。
  私はその香りに誘導されるようにコクンと頷いた。


  本当はこれが正解じゃない。
  翔くんと接触する自体、理玖や咲への裏切りだから。

  ……でも、何故か首を横に振る事が出来なかった。



  ーー場所は、駅ビル一階のオープンテラス付きのコーヒーチェーン店。
  若者中心とした年代が集まり、20席も満たない店内は半席以上が客で埋まり、店内に流れるBGMが耳に届かないくらいの賑わいを見せている。


  彼はカウンターでコーヒーが乗ったトレーを受け取ると、空いてる席へ向かう。
  私は後ろをついていく時に思った。

  翔くんはすらっと背が高くて広い背中に細いウエストで足が長く、後ろから見ても本物のモデルのようにスタイル抜群。
  正直、周囲の目を引いてしまう理由がわかる。


  窓際の席に着いた彼に次いで腰を下ろす。
  ラッピング材料の入っているレジ袋は学生鞄と一緒に隣の席へ。
  コートを脱いだばかりのお互いは、それぞれ別の高校の制服を着ている。


  私達は、今や17歳の高校生同士。
  面影は残っているけど、彼は17歳とは思えないほど大人っぽい。
  コーヒーカップを持つ姿はファッション誌の表紙を飾れそうなほど。


  翔くんはつい先日まで咲の彼氏だった。
  だから、咲の元彼目線でもある。
  私達は長年別々の人生を歩んできたせいか、心に少し距離がある。

  イタリアンレストランで再会してから顔を合わせるのは今日で三度目。
  まさか私が暮らす街まで会いに来るとは思わなかった。
  何の根拠もないけど、神社で会ったあの日が最後だと思っていたから。


  駅で言われるがままについてきてしまったけど、そんな自分が怖い。
  はっきり断れない自分と、彼に会う度に不安定になる心。

  前回会った時、私達にはそれぞれ別の恋人がいたのに、我を忘れて彼の背中に腕を回していた。
  あの時はびっくりするほど理性を失っていた。


  目がなかなか合わせられない今も不安材料が積み重なっている。
  また、あの時と同様どうにかなってしまいそうな気がしてならない。



  愛里紗はアンバランスな気持ちを一旦落ち着かせるように、カフェラテを一口ゴクリと飲んだ。
  すると、翔は穏やかな笑みで口を開く。



「落ち着いて話すのは随分久しぶり。……元気だった?」

「うん。翔くんは?」


「元気だったよ」

「おばさんは元気?」


「相変わらずね」



  変わらない口調と向けた眼差しは、幸せだった当時と変わらない。

  どうしてかな。
  今日も差し支えのない会話ですら脈が上がっている。
  少し大人になったから緊張してるだけなのかもしれないけど。


  翔くんと再会したら話したい事が沢山あったはずなのに、立ちはだかる障害の数の方が上回っていたせいか、次の言葉が浮かんでこない。

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