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第八章
176.心の絆創膏
しおりを挟むーー理玖と交際を始めてから3ヶ月が経ち、交際は順調に進んでいた。
勇気を出して自分からキスをしたのは、あの日一度きり。
小雪に囲まれて身体は冷えていたはずなのに、寒さを忘れちゃうくらい大胆になっていた。
あの時は笑顔を取り戻す為に頑張りたいって思った。
これだけは正直な気持ち。
まだこれ以上の進展は難しく考えてしまうけど、理玖の心に絆創膏を貼る事が出来たかな。
チャームポイントのエクボはあの日のうちに取り戻せた。
明日はいよいよバレンタイン。
理玖とは二度目に。
中学生の頃は【初心者でも簡単にお菓子が作れる】と表紙に書かれた本を片手に、自分にでも出来そうなチョコレートマフィンを選んで作った。
小麦粉の計量時に思いっきりクシャミをしたら、顔と髪の毛が粉だらけに。
その上からココアパウダーを入れようと思って、計量スプーンの上で缶を揺らしたら、勢いあまって必要分量以上のココアが投入されてしまった。
掲載されている写真と比較すると、私が作ったマフィンは異様に黒光りしてたけど、何とか膨らんでくれて無事に完成。
多分、味は悪くない。
ゴキブリに匹敵するほど黒光りしていたから、怖くて試食出来なかった。
残ったマフィンは父親にあげた。
ちなみに出来具合は聞いてない。
だって、一人娘の私には甘いから。
それから専用の箱に完成したマフィンを二つ詰め込んだ。
そして、バレンタイン当日。
学校から理玖と一緒に帰っていた最中、並行していた足を止めて背中に向かって言った。
「今日バレンタインだから……」
と、カバンの中からマフィンボックスの入った紙袋を持ち上げると……。
彼は待ってましたと言わんばかりの鋭い眼光を放ってカバンから半分も覗かせていない紙袋を一瞬で奪った。
「あっ……」
「サンキュー! これ、俺のチョコだよね?」
「あ、うん……」
「じゃあ、食っちゃおーっと。賞味期限短いでしょ」
「焼き菓子だし、そこまでは……」
「手作りは1分1秒でも出来立てがいいんだよね~」
理玖は箱をガサツに開けたと同時に吸い付くように目が止まった。
マフィンを手に取ると、首を傾けて不思議そうにかざす。
「あれ? ……これ、マフィンだよな。マフィンって、こんなに深い色合いだったっけ。焦げてる? クンクン……。でも、焦げ臭くない」
「だっ……誰がどう見てもお菓子の本の写真通りだよ!」
「そう? こんなに香ばしかったっけ?」
「理玖のおばさんが作るものと同じ。丸っきりおんなじやつ」
明らかに不審な目を向けた理玖と、焦って誤魔化す私。
小さなプライドが邪魔して失敗したとは言いたくない。
「うーん、日の当たり加減で黒く見えてるのかなぁ。まぁ、いいや。いただきまーす! あっうめぇ。……ん? あ……うん。あ……うぅん……?」
食べた時の反応はイマイチだったけど、初めてのバレンタインはバカみたいに喜んでくれた。
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