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第八章

163.おねだり

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「思ったんだけど、宇宙人はきっと俺を誘拐しに来たんだと思う」

「……は?  何言ってんの。一体何の目的で?」


「狙いはDNAだな。俺のDNAを自分達の星に持ち帰って、宇宙人のDNAと結合させて新たな生命体を完成させるつもりだ」

「えっ?!  ……地球は大きいのに、どうして日本にいる理玖のDNAをわざわざピンポイントで狙ってくるのよ」


「そりゃ、顔がイイからに決まってんだろ」

「……それ、自分で言うかなぁ。理玖の話はいつもワールドクラスだからついていけないよ」



  愛里紗は男の話に半分呆れ気味。
  そして、俺は男の話に言葉を失った。

  あの男は恥ずかしげもなく容姿自慢をした上に、ワールドクラスのボケで愛里紗の気を引く作戦に出ているのか……。
  しかし、さすがの愛里紗も異常な発想に若干引いている。

  しかし、自慢話に嫌気がさしながらも拳に力を入れて我慢する。



「だろぉ。それとなぁ、それとっ……」

「まだあるの?  次は何?  カッパ?  それとも幽霊?  それとも小人?」


「バカにすんなって!  この前、本当に駅前から見たんだってば!」

「あー、はいはい。そーゆー事にしておくよ。理玖の話って本当に面白いね、あはは」



  愛里紗が白けた目で区切り良く話を断ち切ろうとすると、男はムッと口を尖らせた。



「笑いに感情がこもってない! 」

「はいはい……。こもってる、こもってる」


「嘘つけ!  棒読みじゃん。……あーっ、俺いま傷付いたわぁ。あっ!  チューしてくれたら直るかも」

「えっ!」


「チューして。ごめんねのチューゥ」



  男は街中の人通りの多いところで急に甘ったるい声を出すと、愛里紗に顔を近付けてキスのおねだりを始めた。
  だが、そのおねだりが劇的に気に障って爆発したように身を震わせると、先ほど握りしめたばかりの拳に筋が立った。



「くっ……」



  あいつ、気は確かか……。
  こんなに拓けた街中で、いつも堂々とキスをねだっているのか。
  彼氏といえども、ハードルが高い要求を軽薄な態度でいとも簡単にっ……。



  翔はエスカレートした要求に激昂して遠目から目を光らせていると、愛里紗は赤面したまま身体を反らせて目をキョロキョロさせた。

  すると、翔は焦るあまり近くに停車しているトラックを見つけると裏にサッと身を潜める。



「ちょ……ちょっと。最初からチューをおねだりをするつもりだったんでしょ!」

「チューをおねだりする為に話した訳じゃないし。でも、傷付いた心は簡単に修復はしないよ。だから、チューゥ」



  と言って、再び唇を突き出した。
  しつこく繰り返されるおねだりに意識が朦朧し始めた翔は、自動販売機の裏で頭を抱えた。



  シツコイ。
  お前は一度キスを断られてんだろ……。



  愛里紗に迷惑をかけまいと思って口に出せないひとことを心の中で叫んでいる翔の拳は、既に血が滲み出そうなほど強く握られている。

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